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冷蔵庫21dB→14dBに エアコン従来比35%低減を達成騒音を減らせ!1デシベルの壁に挑む家電開発の魅力
今、世間では環境への意識の高まりから「低騒音」を売りにした生活家電製品の発売が相次いでいる。実際に低騒音化を実現するためのハードルや技術開発など、低騒音開発ならではの特徴を探った。
(総研スタッフ/山田モーキン)作成日:08.07.15
はじめに 省エネと併せて注目を集める、静音設計家電
今年7月に北海道で開催された「北海道洞爺湖サミット」でも主要テーマとして取り上げられた「地球環境問題」。温室効果ガスの排出量を2050年までに半減することを目標にするなど、今、世界中が真剣に環境問題に取り組もうとしている。
その中で、冷蔵庫や洗濯機などをはじめとした家電製品も今、「省エネ」を主要な開発テーマとしてメーカー各社の開発競争が活発になっている。その「省エネ開発」とも密接にリンクしてくるのが、今回のテーマである「低騒音化」

夜間を中心に家電製品を使用するシーンが増加していることを背景に、ユーザーからの低騒音化に対する要望は年々、高まりつつある。集合住宅やマンションなどの住宅環境の多様化も影響している。そこでメーカー各社、相次いで「低騒音」を売りにした製品を発売しているのだ。例えば、東芝コンシューママーケティングが発売しているサイクロン式掃除機「Quie(クワイエ)」シリーズや、三洋電機のドラム式洗濯乾燥機「AQUA(アクア)」など、それぞれ独自の技術で運転時の騒音を大幅に低減している。

今回、そうした開発に取り組むエンジニアから、「低騒音化開発」ならではの特徴や魅力を探っていきたい。
事例1 「50µs単位で見極める技術」エアコン低騒音化開発への取り組み 株式会社日立製作所 電力グループ 電機システム事業部
2007年4月、日立製作所電力グループが開発、発売した「マイコンとワンチップインバータICセット」。この製品によって、室外機&室内機を含めたエアコン用のファンモーターの効率を高め、当社比最大35%もの騒音低減を達成することに成功した。この低騒音化開発に取り組んだエンジニアに、開発を成功させた技術や取り組みについて聞いた。
低騒音化実現のテーマ:「ファンモーターをいかに"なめらかに"回すか」
現在、年間およそ700万台(国内)&7000万台(世界)が生産されているエアコン。
自宅やオフィス、店舗など生活に欠かせない存在であるが、特に熱帯夜にエアコンを利用して快適に眠りたいユーザーなどから、「低騒音化」に対する要望は昔から根強くあった。
エアコンは室内機と室外機の2つがセットになって動作するが、それぞれには小型のファンモーターが内蔵されている。このファンモーターこそがエアコン1.2を争う「騒音発生元」なのだ。

エアコンの低騒音化および省エネ化を目的に開発された「マイコンとワンチップインバータICセット」の開発を担当した前田氏は、開発テーマについてこう語る。
「開発のポイントは主に3点あります。一つ目は、騒音発生元であるファンモーターをいかに"なめらかに"回すか。二つ目があらゆるメーカーのエアコン(ファンモーター)に対応できる製品を開発すること。そして三つ目はできる限り低価格となるシステムによって、上記の目的を達成すること」。

特に一つ目のテーマは従来品の場合、モーターはあるタイミングで加速と減速を繰り返す「矩形波」状に動作するが、オンとオフの切り替え時に「速度ムラ」が出る。それが騒音発生の大きな要因になっている。そのため、今回の開発では「速度ムラ」をなくして、よりなめらかにモーターを回すかが、低騒音化への重要な鍵を握っていたのだ。
100年の歴史が積み上げた技術をフル活用。50µs単位でモーターをなめらかに制御する
今回の低騒音化を実現する上で重要になるのが「モーター制御技術」。
日立は創業以来およそ100年間、発電機から小型のファンまであらゆるモーター制御技術の研究開発に取り組んできた、モーターのパイオニア企業である。
その日立の研究所で3年間、モーター制御の技術開発に取り組んだ前田氏が、今回のプロジェクトの立ち上げに際してメンバーに加わり、その後3年ほど経て現製品が誕生したわけだ。

今回の製品の最大の特徴について、前田氏は「50µs単位でモーターの回転位置を推定することができる技術」であると力説する。
モーターをなめらかに制御するためには、まず常に動き続けるモーターの正しい回転位置をきめ細かく把握したうえで、その位置に対して必要かつ最適な力量を計算しながら、随時通電していく必要がある。
そこで今回の「50µs」(µsは100万分の1秒単位)は、それだけきめ細かくモーター回転位置を把握できることで、よりきめ細かな制御が可能になったのだ。
「静かさ」の実感。そして「省エネ」への貢献が大きなやりがい
また、先述した開発テーマのうち「あらゆるメーカー(ファンモーター)に対応できる製品開発」に関しては、実際に何十種類ものファンモーターに"Try on!"、性能試験と検証〜フィードバックを地道に繰り返す中で、日立オリジナルの「自動チューニング機能」を開発。汎用的にどの製品に対しても、ある一定レベルの低騒音効果を発揮できるようになった。
そして「低価格開発」に関しては「最も苦労した」と前田氏が語るとおり、技術的なハードルが非常に高かった。しかしコストパフォーマンスの優れたマイコンの性能を極限まで使い切ること、そして低騒音実現のために必要不可欠な要素を、限られたスペックの中で優先的に組み込むなどさまざまな工夫と努力によって、無事製品化にたどり着いた。

その結果、同社比で最大約35%もの低騒音化を達成できたわけだ。
今回の開発に関して前田氏は「実機を目にしたお客さんから『静かだねえ』と言ってもらえたことは、うれしかったですね。それに今回の開発は低騒音化だけにとどまらず、効率よくモーターを回すことによる高い省エネ効果を生み出すことで、社会貢献につながることも大きなやりがいになりました」と実感している。

世の中には"非効率"で動くモーターがまだまだ多く存在する中、今回の開発で培ったモーター制御技術をエアコンだけでなく、より多くの製品に生かしていくことが前田氏にとっての当面の目標だという。
前田 大輔氏
株式会社 日立製作所 
電力グループ 電機システム事業部
パワーデバイス本部 開発部 
インバータモジュールグループ 技師
前田 大輔氏
マイコンとワンチップインバータIC
マイコンとワンチップインバータIC
こちらが「マイコンとワンチップインバータIC」(写真上・中)
マイコンは、わずか10mm四方の非常に小さな製品ではあるが、この製品がモーターを効率よく制御することで、エアコンの大幅な低騒音&省エネを実現させた
モーター制御に関して熱く語る前田氏
モーター制御に関して熱く語る前田氏
事例2 「境界条件の安定化技術」冷蔵庫低騒音化開発への取り組み 三菱電機株式会社 静岡製作所
三菱電機が冷蔵庫の低騒音化開発に本格的に取り組み始めたのが、およそ10年前。
その後さまざまな技術的ハードルをクリアし、現在発売されている最新製品は、10年前の約21dBから約14dBへと、およそ2/3レベルにまで低騒音化を実現した。10年間の道のりを、冷蔵庫の開発に同じく10年間取り組んできたエンジニアに聞いてみた。
冷蔵庫最大の騒音発生元は「庫内ファン」「機械室ファン」「圧縮機」
今回取材した冷蔵庫製造部の吉田氏が入社した1998年当時、冷蔵庫の静音技術に関して競合メーカーに比べ、三菱電機は特に優れていたわけではなかった。
そもそも冷蔵庫の騒音発生元として、「庫内ファン」「機械室ファン」「圧縮機」の3つが全体の9割以上を占める。その中でも「庫内ファン」に関しては当初、大きなウェイトを占める500Hz前後に現れる"ピーク音"をどうすれば減らせるのか技術的な裏づけが薄かったため、吉田氏を含めた開発陣は特に苦労したという。

庫内ファンは当然ではあるが、常に冷蔵庫内の冷たい空気の中でファンがまわっている。しかしその一方、庫内ファンには「霜取り機能」が備わっているため、時としてファンの温度が上がる「環境(温度)変化」がある。
その環境(温度)変化に伴う試験データを細かく分析していくうちに、冷えたときとあったかいときに合わせて、急に静かになったりうるさくなったりすることがわかった。つまり、環境の変化によって生じる"ピーク音の制御"が、低騒音化実現の最大の開発課題になったわけだ。
低騒音化実現のキーポイントは「境界条件下での安定的稼働」
「私たち開発チームが議論を重ねた結果、低騒音化へのキーポイントとしたのが"環境(温度)変化にあっても、安定的な境界条件を実現すること"です」と吉田氏は語る。
つまりファンとモーターからなるシステムの境界条件、そのシステムの持つ固有値を安定化させ、共振の回避、なおかつ満足な冷却性能を得られる"ファンの最小回転数"を見つけ出すことが必要であると結論付けたのだ。

そこで目をつけたのが、ファンとモーターが接する部分。従来、1カ所だけばねで締め付けて固定化していたのだが、ファンなどの部分は環境(温度)変化の影響により、部品自体が膨張と収縮を繰り返すことになる。
そうなると、時にファンとモーターの接続部分にスキマができたり、また時に密着しすぎたりして「不安定」な状態になってしまい、結果として共振の発生をコントロールできなくなってしまう。
そこで新たにもう1カ所、ばねを取り付けて固定することで、安定的な境界条件下でファンを駆動させ、安定的に共振を回避することに成功したのだ。

吉田氏いわく「今こうして説明するとなんてことはない簡単な技術なのですが、ほんの10年前まで他社も含め、誰もこのことに気付いていなかったわけです。そしてこの発明が低騒音化への大きな突破口になったのは、紛れもない事実です」
冷蔵庫低騒音ナンバーワンを達成 あるべき結果を出せたときの達成感が、低騒音化開発のやりがい
その後、庫内ファンだけでなく「機械室ファン」にも同様の技術を応用することで、より一層の低騒音化を推し進めた。
また最後の大きな騒音発生元である「圧縮機」に関して、例えば冷蔵庫の扉口に設置された仕切りに内蔵されているヒーター(通常、冷蔵庫内を冷却しすぎると冷蔵庫の外まで冷えてしまうため、冷やしすぎないための温度補償ヒーター)の仕様改善により通電率を減らし、熱負荷を軽減するなどして圧縮機の駆動周波数を下げ、低騒音化を実現。
ほかにもさまざまな改良を繰り返すことで先述したとおり、10年前の21dBから14dBまで下げることに成功し、文字どおり業界ナンバーワンの静音冷蔵庫になった。ちなみにこの「7dB」の差をわかりやすく説明すると、冷蔵庫4台分の稼働音がおよそ1台分にまで減った計算になるそうだ。

実際にこの10年間の取り組みを振り返って吉田氏は「緻密な計画を立てて、地道に実験、測定、分析を繰り返し根気強くやり続けてきたことが、"低騒音化"というひとつの成果につながったと思います。そのことに特に派手な感動はありませんでしたけど(笑)、"等身大の結果"が出せたことには満足しています」と、淡々と語ってくれた。

ちなみに現在、吉田氏は冷蔵庫全体の省エネ設計に携わっており、低騒音に続き省エネでも業界ナンバーワンになることを目指しているそうだ。
吉田 淳二氏
三菱電機株式会社 静岡製作所
冷蔵庫製造部 技術課 専任
吉田 淳二氏
三菱電機の最新型冷蔵庫「Gシリーズ」
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「静音 14dB」と、製品に誇らしげに表示されている
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低騒音化へのひとつの大きな開発ポイントとなった、扉口に設置されているヒーター機器
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10年間の低騒音化開発への取り組みが、業界ナンバーワンという結果に結びついた
10年間の低騒音化開発への取り組みが、業界ナンバーワンという結果に結びついた
おわりに 低騒音化は省エネを実現するための重要な鍵。今後も挑戦は続く
今回紹介した日立製作所と三菱電機、2社の低騒音化開発の取り組みに共通しているのは、

1. 低騒音化実現のための最大の課題・目標を明確にする
2. その課題をクリアするための「キーポイント」を発見する
3. 発見したキーポイントを実用化させるために日々、地道な検証・分析を繰り返す

ことではないだろうか。
そしてこの開発過程はなにも低騒音化に特化したものではなく、あらゆるモノづくりに共通したもの。ただしその中で「実際に製品が静かになったときに得られる満足感」は低騒音開発ならではの魅力だ。

そして今回の低騒音化開発はそのまま、省エネ開発につながっているともいえるだろう。
省エネを実現させるためのひとつのキーワードとして、低騒音化への取り組みは今後もますます、重要になってくるに違いない。
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今回の三菱電機さんへの取材時、実際に昔の冷蔵庫(20年ほど前の製造)と「聞き比べ」してみましたが、まったくの別次元でした。ちなみに私が今使っている冷蔵庫は、大学入学時に購入したもの。今回の件で「さすがにそろそろ買い換えようかな……」と実感した次第です。

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