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No tech No life 〜この技術とともに在り〜 Vol.4 クルマのIT化の最先端「カーナビ技術」の27年史
世界初のカーナビから27年、GPSカーナビの登場から18年。新車だけをとると、「カーナビ付き」は、現在約7割にも達するという。日本のクルマの「標準装備」になりつつあるカーナビの技術史を追います。
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの イラスト/岡田丈)作成日:08.04.17
Part1 「道を知っているクルマ」の夢をかなえた、日本の技術
1981年、初めての「カーナビ」は生まれた
 2007年秋時点での日本全体の自動車保有数は約7960万台、カー・ナビゲーション・システム(以下カーナビ)の出荷台数累計は約2830万台。単純計算で35%程度の普及率ということになる。技術面でも日本は、世界に誇る「カーナビ大国」である。世界で初めてカーナビを開発・発売したのは日本メーカー、そして現在、全世界で販売されているカーナビも、8〜9割が日本製といわれる。その約半数が国内市場向けだ。
 もちろん、運転を的確にサポートしてくれるシステムは、欧米人にとっても夢の技術。007シリーズ「ゴールドフィンガー」(1964年)に登場するボンドカーもナビ付き。車それ自体が高度なAIという特撮テレビシリーズ「ナイトライダー」も、1982年から放映されている。

 そんなカーナビが、日本で生まれ、日本を中心に発展してきた背景には、この国独特の交通事情がある。
「ヨーロッパでは都市がそれぞれ独立していて、その間をつなぐルートはほぼ決まっているし、住所は通りの名前が基本。ナビゲーションは、矢印と通りの名前くらいがあればすんでしまう。一方で日本は、“町の中心”は曖昧、住所は面が基本で入り組み、道路網も複雑。都市部では渋滞もしばしばで、スムーズに運転するために必要な情報が圧倒的に多いのです」(インクリメントP株式会社 開発本部長 西山寿美生氏)

 カーナビの原点をたどると、行き着くのが1981年に登場したHondaの「エレクトロ・ジャイロケータ」だ。
 単に方角を示す、船の羅針盤のようなシステムは以前からあったが、「地図上で道案内をする」という現在のカーナビの直接の祖先といえるのがこれ。今でこそGPSで自車位置を確認するのはカーナビの“基本機能”だが、この機械は、圧電素子の振動で作られたヘリウムガスの流れを2組の熱線に当て、その抵抗変化から方向を検出するガスレートジャイロという仕組みを使った慣性航法装置。地図もスライド形式に、しかも手動で差し替えるアナログ地図だった。

 その仕組みは、今でこそプリミティブに見えるが、当時のニュースリリースには、すでに「ガソリンのムダ遣い、ドライバーの体力や神経の消耗や時間的なロスなどエネルギーロス」を防ぎ、「総合的な移動効率の向上と新しい機能の創造を可能」にすると、現在のカーナビのコンセプトそのものがうたわれている。
エレクトロ・ジャイロケータ
Hondaが1981年に送り出した“世界初のカーナビ”、自動車用慣性航法装置「エレクトロ・ジャイロケータ」。ガスレートジャイロセンサーとタイヤ回転からの距離センサーによってクルマの方向と移動を検出、表示する。
カーナビ技術史:(1)1981〜95
カーナビ技術史 IT技術史
1981
[Honda] 自動車用慣性航法装置「エレクトロ・ジャイロケータ」搭載「アコード」発売
富士通が超大型メインフレーム「FACOM M380」「同382」を発表
1982  
東北新幹線が開通
1983
[三菱電機] 第25回東京モーターショーのコンセプトカーでGPS利用のナビゲーションシステムを提案
国産PCメーカーがPC用統一規格として「MSX」採用を表明
1984  
AT&T社、22の地域電話会社に分割
1985
[三菱電機] 第26回東京モーターショーでGPSカーナビのプロトタイプ発表
日米半導体摩擦が表面化
1986
CD-ROM地図の全国統一フォーマットとカーナビ促進を目指し「ITナビゲーションシステム研究会(ナビ研)」発足
ソフトウェア生産工業化システム(シグマシステム)プロジェクトがスタート
1987
[トヨタ/デンソー] CD-ROM電子地図を使ったカーナビ搭載「クラウン」発売
日米政府が国際VAN自由化で合意
1988
財団法人日本デジタル道路地図協会(DRM)、「全国デジタル道路地図データベース標準」を作成
青函トンネルが開業し青函連絡船廃止
1989
[日産] 90度間隔で地図が回転する「マルチAVシステム」搭載「シーマ」発売
日米政府、半導体関税撤廃で合意(日米半導体摩擦が終結)
1990
[日本無線] 世界初の車載用GPS開発
[マツダ/三菱電機] 世界初GPS式カーナビ搭載「ユーノス・コスモ」発売
[パイオニア] AVIC-1
市販モデルで世界初のGPS式カーナビ発売

GPS衛星がまだ少なかったため、測位可能時間は半日程度だった。
AVIC-1
大学入試に初のセンター試験
パソコンの89年度国内出荷額が初めて1兆円を突破
日米スーパーコンピュータ協議が決着
通産省が「コンピュータウイルス対策基準」を発表
東西ドイツ統一
1991
湾岸戦争でアメリカがGPSの誤差データ操作を一時解除。GPSの注目度上がる
[トヨタ/日本電装] 目的地へ経路案内ができるナビシステム搭載「クラウン」発売
NTT、異種コンピュータ接続インタフェース統一仕様「MIA」を発表
1992
[トヨタ/アイシン・エィ・ダブリュ] 世界初のボイスナビゲーションシステムを「セルシオ」に搭載、発売
[パイオニア] 電子地図内蔵のICカード式カーナビを発売
国公立学校で週休2日制
産業構造審議会・情報化人材対策小委員会、「2000年のソフトウェア人材」を発表
1993
[三菱電機] CU-9300
市販カーナビ初の音声案内・誘導機能を搭載
[パナソニック] CN-V1000D
市販カーナビ初の自動ルート探索、交差点での拡大図表示
米国防省、GPSシステムの正式運用開始を宣言
国内パソコンメーカーとソフト会社約70社、「OS/2コンソーシアム」を設立
産業構造審議会、ソフトウェアの適正取引についてのガイドラインを作成
細川連立内閣成立
1994
[アルパイン/アイシン・エイ・ダブリュ] NVE-N055
市販カーナビ初のオートリルート機能搭載
政府、「高度情報通信社会推進本部」(本部長:内閣総理大臣)を設置
1995  
Windows95発売、ウィンドウズ・フィーバー
1990年、GPSカーナビ登場で精度向上
 初期には精度も低く高価で、ベテランドライバーからは「贅沢なおもちゃ」と冷やかされることも多かったものの、その後飛躍的な性能向上を果たし、コストも低下。次第に一般のドライバーにも、広く受け入れられてゆく。
 カーナビの進化には、測位の技術、地図の技術、そのデータを納めるストレージの技術、表示の技術、経路探索の技術など、さまざまな要素がかかわっている。なかでも、特に測位の技術で転換点となったのが、衛星による位置特定=GPS(グローバルポジショニングシステム)の活用だ。

 GPSそれ自体は、アメリカの軍用に70年代にすでに実用化されており、これを民生用に、カー・ナビゲーションに使うコンセプトそのものも、「世界初のカーナビ」登場前からあった。これが初めて、実際の製品に組み込まれたのは、1990年のこと。以後、GPSと自律航法を組み合わせるのが主流となる。GPSはもともと軍用だけに、当初は「軍事機密」として故意に誤差を生じさせるデータ操作が加えられており、その補正が必要だったが、民生用途の広がりとともに2000年には操作を撤廃。これにより、カーナビの精度はますます上がることになった。

サテライト・クルージング・システム
1990年、パイオニアが「サテライト・クルージング・システム」と名付けて発売した「AVIC-1」。市販モデルとしては世界初のGPSカーナビで、「道は星に聞く。」の名コピーも注目を集めた。
 GPSカーナビの登場以前から進んでいたのが地図のデジタル化で、より詳細・膨大な地図データを納めるため、その記録媒体もCD-ROM、DVD-ROMと進化をたどり、現在では大容量のHDDが主流となりつつある。

 90年代半ばには、ITを利用して輸送効率を向上し、道路交通を快適にする「高度道路交通システム(ITS)」の構想が本格化。ナビゲーションの高度化もその中核技術のひとつに数えられ、リアルタイム交通情報システムであるVICSも稼働を開始。各社からVICS受信機内蔵モデルが発売された。
単なる「道案内」から、双方向の「高度な情報機器」へ
 こうしたナビゲーションに関する情報の高度化、そして大量のデータを扱える小型HDDの搭載、通信インフラの整備、そしてもちろんカーナビの「コンピュータ」としての処理能力の向上が、さらなる進化を生み出すことになる。パソコン同様、ネットワークに接続することで、道路状況に加えて天候など多様な情報の取得や地図データの更新を素早く行えるようになっただけでなく、「情報共有」の可能性も広がってきたのだ。

 2003年、Hondaは「フローティングカーシステム」を自動車メーカーとして世界で初めて実用化。これは、実際に走行している自動車をセンサーとして利用。そこで得られたデータを、交通管理や他の車の走行支援用にフィードバックする仕組みだ。これは、2007年の新潟中越沖地震の際、被災地の交通状況を把握するのに役立つという、開発者にも想定外の活躍も果たしている。
 高度化するカーナビは、「車の頭脳」として、今後さらなる飛躍を遂げようとしている。
カーナビ技術史:(2)1996〜2007
カーナビ技術史 IT技術史
1996
VICSサービス、まず4月に東京圏で、12月に大阪圏で開始
郵政省、警察庁、通産省、運輸省、建設省(すべて当時)、「高度道路交通システム(ITS)推進に関する全体構想」策定
電子ネットワーク協議会、「パソコン通信の利用をめぐる倫理問題に関するガイドライン」を発表
通産省、「不正アクセス対策基準」を告示
1997
衛星測位情報センター(GPex)、FM多重放送を使い誤差補正データを配信するD-GPSサービスを開始
[パイオニア] AVIC-D909/D707
市販モデル初、地図メディアにDVD-ROMを採用
大容量を生かし、ナチュラルボイスによる音声案内や立体ランドマークなど多彩な機能の搭載が可能に。
AVIC D-909
政府、高度情報通信社会推進本部に「電子商取引等検討部会」を設置
ニューメディア開発協会、電子公証実験を開始
「コンピュータ西暦2000年問題関係者省庁連絡会議」を設置
1998
[Honda] ナビゲーションシステムとインターネットを融合させた「インターナビサービス」開始
明石海峡大橋開通
1999  
EU単一通貨「ユーロ」がスタート
2000
アメリカ、GPS誤差データ操作を撤廃。民間での高精度利用が可能になる
HELPNET(事故などの緊急時に位置情報を消防・警察などに通報するサービス)開始
コンピュータ西暦2000年問題、世界的にクリア
2001
[パイオニア] AVIC−H09/H07/XH07V
地図メディアとしてHDD内蔵
[パナソニック] 取り外して歩行ナビとして利用できる「カー&タウン」ナビを発売
ETCサービス開始
政府が「e-Japan戦略」を決定
アメリカで同時多発テロ。ニューヨークWTCビル崩落(9.11)
2002
道路交通法改正により、道路交通情報提供サービスが自由化される
[Honda] 携帯電話経由で全国の道路交通情報を入手できる「オンデマンド型VICS」を実現
[パイオニア] AVIC-T1
世界初の通信モジュール内蔵カーナビ
みずほ銀行、システム統合でシステムトラブル
住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が稼働
米連邦議会で「上場企業会計改革および投資家保護法(SOX法)」が成立
2003
[Honda] フローティングカーシステムを自動車メーカーとして世界で初めて実用化
丸紅のショッピングサイトでパソコンの価格を19800円と誤表示
2004
「自動車−カーナビゲーションシステム用地図データ格納フォーマット」がJISに認定
知的財産基本法施行
2005
[KDDI/ナビタイム] GPS付携帯電話を使った「EZ助手席ナビ」のサービス開始
高速道路通行車両のうちETC利用車両が50%超す
2006
[パナソニック] 地上デジタル放送チューナー標準装備モデルを発売
ライブドア事件
2007
[Honda] 世界初「主要道 リアルタイム地図更新」のサービス開始
HDDインターナビ 2007年秋発売の新型「フィット」搭載の新型HDDインターナビ(写真)から順次展開。
Windows Vista発売
GISアクションプログラム2010が決定
経産省、「情報システム信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」最終報告書を発表
新潟県中越沖地震が発生
Part2 市販モデルメーカー、自動車メーカー、それぞれの「道」
データ媒体の進化と、試行錯誤
 市販モデルでは世界初のGPS搭載カーナビの発売、同じくDVDカーナビの発売など、カーナビの進化に欠かすことのできない役割を果たしてきたのがパイオニア。そのパイオニアのカーナビの地図やアルゴリズムなど、ソフトウェアの部分を担っているのが、1994年にパイオニアから同部門が独立してできたインクリメントP株式会社である。
 パイオニアの子会社ではあるが、競合他社にも広くソフトウェアを供給、ウェブ上の地図サービスとして「MapFanWeb」も提供するなど、グループの枠を超えた展開をしている。同社開発本部長の西山寿美生氏は、パイオニア時代からカーナビの開発に携わってきた。
 
「私はもともとパイオニアLDC(現ジェネオン エンタテインメント)でレーザーディスクとPCの連動といった開発に携わっていました。その後CD-ROMの登場に伴い、これはまずカーナビの地図データ媒体として使えるだろうということで、89年にパイオニア本体でのプロジェクトに加わったのが、カーナビ開発にかかわった最初です。
 初期の開発で思い出すのは――。今でこそCDドライブには何十倍速というのがありますが、当時はせいぜい倍速程度。フィールドテスト用から何から、開発時でもさまざまな用途に大量に複製が必要になるのですが、それを1枚1枚、延々と手焼きです。しかも大量のデータを素早く送信する手段もなかったので、プレス会社のある甲府まで車で届けたり……」

 PCのデバイスの発展とともに、カーナビのデータ記録媒体も、CD-ROMからDVDへ、そしてHDDへと進化を遂げる。もちろんそれは“一本道”ではなく、その過程には主流にはならなかったものの、さまざまな挑戦がある。パイオニアが試した「ICカードタイプ」もそのひとつだ。
「ICカードのメリットは、ドライブのメカがなくてすむので、振動に強く、省電力で、小型化も可能なこと。とはいえ当初のモデル(GPS-V7、1992年発売)では全国地図を収めたICカードが32枚という、とんでもない数になってしまった。
西山寿美生氏
西山寿美生
インクリメントP株式会社
開発本部長
MapFan PLANNER
カーナビ地図から派生し、インクリメントPが展開する地図サービスが「MapFan」。「MapFan PLANNER」は、全国4100万件以上の検索データと詳細な全国地図データに、ネット上からさまざまなリアルタイム情報を取得して表示する地図ソフト。
 結局、容量の問題、書き換えができないこと、専用カードしか使えないことなどの制約から後が続かなかったのですが、バッテリーを付けて、車から取り外して持ち歩けるといったことも考えていましたから、その意味では先駆的だったと思います。現在はSDカードタイプのPND(簡易タイプのポータブル型カーナビ)もありますが、そのはしりといえるかもしれません」
車内という空間を「どう楽しませるか」
 コストを引き下げるためにも、CPUなどは既存のPCやゲーム機のものをさまざまに組み合わせて活用した。先述のICカードを利用したシステムでは、NECのゲーム機「PCエンジン」のCPUを使用。特にゲーム機は表示能力が優れているため、カーナビ用に使うには都合がよかったという。地図を見やすくするだけでなく、「使って楽しいもの」に仕上げるために、グラフィックの能力は欠かせないからだ。

「『PCエンジン』のゲームの移植もしましたよ。もちろんそのままではなく、サイドブレーキと連動で停車中にだけ起動できる機能付きです。
 CD-ROMを使った機種では、細かいところにこだわりました、たとえば、システム起動時のオープニング画面です。起動時はデータ読み込みのためにどうしてもある程度の時間が掛かる。それをどうオシャレに見せるか。初期には、『よし、花火を打ち上げよう』なんていうのもやりましたっけ。とはいえ、当時はイラストの色数も256色。そんな中できれいに見せるために、手作業でカラーパレットをいじり、妙に凝ってみたり」

 もちろん、カーナビとして『安全運転をサポートする、ドライブを管理する』という基本の機能の追求は欠かせない。しかし、それだけはない、と西山氏は語る。
「われわれは、車の中をひとつの生活・エンタテインメント空間として『その中で何をして過ごすか』を考えています。そのためのツールとして、カー“ナビではなく、カーコンピュータであると意識して開発・制作してきました。それが、自動車メーカーさんとわれわれの違いだと思っています」
 再び「企画力勝負」の時代へ
 カーナビのシステムはますます複雑化し、ひとつの機能を書き換えるにも規模が大きくなってきた。技術者としては要求されるものが高度になってきている一方で、そのぶん、昔のように「このカーナビというもので何ができるだろう、何をさせてやろう」と手探りで探していた、そんな“企画者”としての楽しみは減ってきていたと西山氏は言う。

「しかし、今後はそれだけではないと思う。今ではカーナビは“あって当たり前”のツールになりつつありますよね。しかも、カーナビ単体でなく通信と融合し、『車から出たときにどう使う?』も重要になってきている。
 例えば“口コミ情報”など、既にインターネット上では活用されている情報がある。それをカーナビ上でも活用できないものか?
 車だけでなく、出掛ける準備のところから、車を降りた後まで、『車の中だけ』のものでなく、うまく情報を受け渡していく仕組みが必要になってくる。『企画力』復権の時代がやってきたな、という気がします。カーナビの開発は、これからますます面白くなってくると思うんですよ」
80年代末、日本全国のデジタルマップを整備
「カーナビは誰もが使うもの、そして正しくて当たり前のもの。それだけに『誰でも文句が言える』商品。だから開発は常に苦労の連続です」
“世界初”のカーナビを生み、その後も先駆的な機能を追求してきたHondaで、現在インターナビ推進室室長を務める今井武氏はそう語る。

 そんな“苦労”のひとつが、80年代末に自社独自で日本全国のデジタルマップを整備したこと。今でこそGIS(地理情報システム)の発達で、さまざまなデジタルマップが用意されているが、当時は流用できるものもなく、新たに地図を描き起こしたのだ。
「最高の稟議書を2枚書いたんですよ。1枚は、日本全国のプレーンなデジタル地図を制作すること。もちろんカーナビで使うには単に地形があってもしょうがないので、もう1枚はさまざまな施設情報を整備すること。それぞれが予算数億円の稟議書です。さすがに営業部門では、誰もそんな稟議書にサインなんてしてくれない。最終的には、われわれ研究開発部門で2カ月休日出勤をやめれば予算が出るということで、始めることができたんですが(笑)。
今井武氏
今井武
本田技研工業株式会社 インターナビ推進室 室長
 一方でカーナビのシステム自体も、当時は1台当たりのコストが50万円以上した。『そんな、50万円もする機械をいくらで売るんだ。100万円で売れと言うのか?』……もちろん、そんなに高くて売れるはずもない。結局、コスト50万円で売値も50万円。商売になっていないんです。それでもあえてリリースしたのは、『カーナビはHondaが生んだ』という誇りと、将来必ず重要な存在になるという可能性への期待があってこそだったと思います」
カーナビの21世紀は「双方向の時代」
 Hondaは、2002年10月から純正カーナビ対応サービスとして、「インターナビ・プレミアムクラブ」を開始。これは通信機能を組み合わせることで双方向ネットワークを実現し、オンデマンド型VICS情報やユーザーごとの専用ページを提供するサービスだ。さらに1年後の2003年には、自動車メーカーとして世界で初めて「フローティングカーシステム」を実用化する。

「結局、VICSはA地点からB地点まで何分かかるかを計っているわけでなく、定点で流量を観測しているにすぎないわけです。だから、どうしても情報に不足が出る。たとえその地点ですいて見えても、その先で詰まってしまっていたり。やはり、やるからには車それ自体をセンサーにするしかない。もちろん、それなりの数がそろっていなければ、役に立つだけの情報量が集まらない……。
 それ以前から、研究レベルでは『センサーとなる車が同じ道を少なくとも3台通れば、それなりにデータとして使える』という論文もあったんです。あとは数が増えるだけ、情報の精度は上がっていく。当然、最初は全然、数はそろっていないわけですよね。けれど、とにかく始めなければいつまでもそろわないのですから、やるからには早く始めないといけない――そう判断してのスタートでした」
 結果的に、開始して1年で総走行距離が1億kmに到達。その時点で、目的地までの平均所要時間を19%程度短縮する効果を上げることができたという。現在の総走行距離は3億5000万kmである。

主要道リアルタイム地図更新
↑更新前 ↓更新後
主要道リアルタイム地図更新
主要道リアルタイム地図更新
携帯電話通信を利用し、目的地までのルート周辺に開通した主要道路を数分で地図データに反映できる。更新前は計画線(赤の点線)だった「八王子−あきる野」間の圏央道が、更新後には推奨ルート(緑の実線)に反映され、所要時間も短縮されている。
「今後は他社でも同様の仕組み作りが進められていくと思いますが、中越沖地震の際に確かめられたように、特に災害などの緊急時には、互いに協力・統合して、その情報を役立てていくということも考えていかないと。他社と競いながら個としての商品の質を高めていくレベル、自社のカーナビ同士をネットワーク化して機能を高めるレベル、さらに会社の壁を越えて手をつなぐことで役立たせるレベルと、さまざまな階層ができてきたのが、これからのカーナビだと思う。
 今後を考えると、やはり実現したいのはネットワークへの常時接続。既に地震情報・気象情報の配信などは行っていますが、現時点では携帯電話の圏内でなければ使えない。車というのは道がある限りどこでも走りますから、どうしても今のインフラだとつながらないところが出てきてしまう。それをなんとかしたいですね」
次回の掲載は5月22日、「Javaの14年史」(仮題)です。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
複雑な道路網や深刻な渋滞といった日本独特の(あまりうれしくない)状況が、日本の優れたカーナビを生んだ「母」でした。しかしまた日本には、ゲームソフトで培われた画像表示技術、組込みシステム技術など既存の技術要素という「父」もいたからこそ、この子は日本で生まれ、大きく育ったのではないでしょうか。

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