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明日に向かってプログラめ!!PARTU vol.4/10 g新部裕@Linux Kernelは、穴を掘る!
Linux(GNU/Linux)のカーネル開発にクレジットされた唯一の日本人、新部裕さん。彼の活動は多彩です。リチャード・ストールマン氏の「GNUプロジェクト」への参加、IPAやGoogle Summer of Codeでの若手プログラマ育成、もちろん本業の研究職も……しかしその正体は「穴掘り人」だったのです。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/関本陽介)作成日:07.12.14
プログラミングとは、万物感を取り戻す愉悦である
g新部裕さん
LEDでメッセージが流れるGNU GPL Display。新部さんがアキバで買ってきた部品で自作
LEDでメッセージが流れるGNU GPL Display。g新部さんがアキバで買ってきた部品で自作
2004年に20周年を迎えたGNU Projectの記念Tシャツ。イラストのヌーはGNUのロゴでありマスコット
2004年に20周年を迎えたGNU Projectの記念Tシャツ。イラストのヌーはGNUのロゴでありマスコット
Linuxを知ったのはリチャード・ストールマン氏のセミナー
いきなりですが、なぜ「g新部」なんですか?
いろいろと説はあるのですが、「g新(New)」で「GNU」なんです。名乗り始めた1991年当時はフリーソフトウェアが一般的でなく、出自の不明なソフトだという懐疑的な意見も多かったんですよ。だったら負けられないと、ログインネーム変えたれと、俺は今日からGNUの「g新部」だと。これが発端ですね。
 ちなみに「グニューベ」で「GNUな人々」だと主張しているのですが、広まらなくて、十何年たってもグニューベは僕だけです(笑)。
GNUプロジェクトは、前回の記事で取材したリチャード・ストールマン(RMS)が始めたフリーソフトウェア推進活動で、g新部さんもフリーソフトウェアイニシアティブ(FSIJ)の理事長です。そもそもGNUと出合ったのはいつごろですか?
大学時代はUNIXのワークステーションが普及した時期で、僕もGNUのテキストエディタ「Emacs」でUNIXを勉強したクチです。ハッカー文化が徐々に衰退して、プロプライエタリな(所有権のある)ソフトウェアビジネスが勃興してきたころでしょうか。そんな中で出合ったのがGNUです。技術的な先進性を感じましたし、しかもコードを自由にいじれるなんて、「すげえ!」と思いましたよ。
 RMSはずっと社会運動としてフリーソフトウェアの活動を続けてきましたが、僕は最初は技術としてGNUに魅力を感じていたんです。ただ最近では、GNUプロジェクトを継続的な推進活動にすることも重要だと実感しています。
g新部裕さん
g新部さんは、Linuxのカーネル開発にクレジットされた唯一の日本人として知られます。1993年に開発したパラレルポート間ネットワークのドライバが採用され、1999年にはSuperH環境への移植に成功しています。開発のきっかけは何ですか?
Linuxの開発にかかわるのは社会人になってからです。1992年にGNUのセミナーでRMSが来日して、「GNUプロジェクトにLinuxは必ずしも有用ではない」という話をしたんです。当時のLinuxはPCしかサポートしておらず、GNUはもっと広範だという意味でしたが、初めてLinuxを知った僕は興味をもちました。そこで、アメリカのボランティアの学生に頼んで、手間賃の10ドルか20ドルを払い、コードをフロッピーで郵送してもらったんです。40〜50枚くらいあったかな。
 これをパソコンにインストールしたんだけど、なかなか動かない。それでちょこちょこ直していって、結果的にカーネルに採用されたという経緯です。ただ、当時はリーナス(・トーバルズ氏)が大学生だった初期の時代ですからね。昔と今とではその価値を単純に比較できないと思います。
コードを私物化しないのが「フリーソフト」
RMSさんもそうでしたが、「オープンソース」という言い方には抵抗があるようですね。
1984年から始まったGNUプロジェクトは、当初から「フリーソフト」という呼び方をしていました。しかし、フリーという言葉には「好き勝手」などの印象もあってか、先のように産業界はネガティブな意識をもっていました。しかし、1998年から使われた「オープン」という言葉は多くの人を引きつけ、利用の拡大につながりました。
 歓迎すべきことではありますが、ソースコードを公開しなかったり、あまりにビジネスを重視するオープンソースも生まれてきました。これではフリーソフトではありませんし、コードを私物化せずに自由にやり取りして社会に貢献するという、フリーソフト本来の趣旨とも異なります。
パッケージやライセンスでビジネスをする企業も多くあります。リソースを投下してリターンを求めるのは、ある意味当然では?
プロプライエタリなソフトを否定しませんが、ビジネスとしてあまりに発展してしまったという印象があります。特定の企業がソースを独占するのは問題かと思いますし、GNUのような自由を求める活動があってもいい。
  フリーソフト活動に参加するプログラマは、金銭というよりは名誉や満足感がモチベーションになっているようですね。
g新部裕さん いろいろですね。ただ、アメリカなんかだとフリーソフトの開発や活動への参加が、例えば履歴書に書いて企業に評価されます。日本でこんな例はまれですし、成功例もRubyやSRAなどがようやく出てきたくらい。また、優秀なプログラマでも通常のプログラマでも出来上がるのは同じ「コード」ですし、人海戦術的な作業も多いので、企業が高い給与を支払うのは構造的に難しい。
 給与や地位の向上を求めるなら、カーネルの開発やプログラミング言語の開発・保守などして、自分を差別化していくしかないでしょうね。
日本のプログラマにとっては厳しい状況ですね。
プログラミングは面白いし、それだけで価値があるから、「給料は安いけど楽しいからいっか」と思う人も多い。よくない傾向ではあるけれど、逆に言えば日本にはお金ではなく趣味で開発する人が多く、モノづくりや技術を尊ぶ文化もあるので、フリーソフト開発ではアドバンテージが高いのです。
 ですから、現状の問題点をすぐには変えられなくても、こうした環境を脅かされるのには非常に抵抗感があります。この自由を守って、次の世代に継続させたい。先日、ようやくGNU GPLv3(バージョン3)の改訂がありましたが、これも自由を守るために必要なことです。
お兄さんの新築祝いになった6mの井戸
新部さんは穴を掘ることが趣味とうかがいました。あの、全然わからないんですけど。
掘るのはプログラミングと似ているんです。そのためか、2002年ごろにLinuxカーネル開発の講演をしたときに、1時間半、掘る話しかしなくて大不評を買ってしまいました。それ以来話さないようにしているのですが……。
まあ、そう言わずに。
プログラミングもそうですが、穴掘りはリニアじゃないんですよ。1、2、3、4……と段階を経てもそれぞれの難しさがある。例えば1m掘るのと2m掘るのとでは、土を上に出すのが二乗で難しくなり、自分の身長より深くなると恐怖感が出てきます。また、穴の内径は肩幅2つくらいで90pほどですから、穴が5mを超えると暗くなって、下手すると酸素量も怪しくなってくるのです。危険ですから、絶対にまねはしないでくださいよ。
私はしません。読者もしないと思います。
学生時代から掘っていましたが、2002年に6〜7m掘ったのが最高ですね(上と横の写真)。そのときは水が出てしまったので、井戸を掘ったことにしましたが、単純に掘るのが好きなんです。このくらいの深さになるとひとりでは無理なので、兄に協力してもらって2カ月半くらいかかりました。もっとも、兄貴は30pくらいでやめましたが(笑)。ただ、井戸は完成させたのは結果で、過程のダイナミズムが面白いんです。 g新部裕さん
  純粋に疑問なんですが、どうして穴を掘るのですか。
好きだからで、特に理由はありません。私の親戚にも「ちょっと掘るか」と掘り始める人がいますし、そのために土地を買う人もいますよ。ただね、石が出てしまうと大変です。バールで崩すのですが、石の大きさがわからないから、そこまでの努力をあきらめるのか掘り続けるのかの判断が難しい。「石、出たよ〜〜」と思いますからね。
 最近は土地の関係もあって掘っていませんが、これからはパワーショベルを使った穴掘りにもチャレンジしたいですね。
サイバースペースの中で「万能感」がよみがえる!
ほかの趣味にはどんなものが……。
床下のワイヤー張りもそうですね(上の大きな写真)。最近のオフィスは最初から機能的にできていますが、昔はどこにどんなコードがあるのかわからなかったでしょう。それをうまくつないでいくのが好きですね。三菱総研時代も随分とやりましたよ。 Richard g新部裕さん
  どこか「地下」につながっているようで……。ところで、今でもプログラムを書いているのですか?
もちろんです。ただ、人の手伝いが多くなってきましたね。FSIJのイベントで学生さんを支援・育成する「Google Summer of Code 2007」では、学生さんに課題を出して、メンターである私たちがプログラミングを手伝います。僕の相手はインドの方でしたが、あまりやってくれなくて僕が半分くらい書いてしまった(笑)。
では、g新部さんはなぜプログラミングをするのですか?
生まれてすぐの「万能感」を取り戻せるからです。子供のころは何でもできると思っていたでしょう。コンピュータを制御してサイバースペースをわがものにすると、そのころの万能感がよみがえってくるんですよ! 最初からまともに動くことはまずないから、うなりながらバグをつぶしていって、ようやく動いたら「俺は神だ」みたいなね。
 文章でも絵画でも同じなんでしょうが、コントローラブルとアンコントローラブルの間が面白いんですよね。
g新部裕さん g新部裕さん(40歳)
1967年生まれ。電気通信大学電子工学専攻修士課程修了後、株式会社三菱総合研究所に入社。このころより独自にLinuxのカーネル開発に取り組み、GNUプロジェクトやLinux開発での国際的な活動が広がってきた2000年に、通商産業省電子技術総合研究所(現・独立行政法人産業技術研究所)に入所。
これまでにIPA未踏ソフトウェア創造事業のPMやU-20プログラミング・コンテストの審査委員などを兼務しながら、現在は情報技術研究部門自由ソフトウェア武門の研究グループ長。20代よりGNUプロジェクトに参加し、その活動を推進する特定非営利活動法人フリーソフトウェアイニシアティブの理事長を務める。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
実はg新部さんを2000年に取材しているのです。Tech総研の前の『TECH B-ing』という雑誌で、「フリーソフトの伝道師」という見出しでした。誌面を見たらGNUの白いTシャツを着てガッツポーズを取るg新部さんが……。この後にすぐ転職されたのですが、まさか穴掘り人だとは思いませんでした。

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