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論より証拠の技術。効果は絶大、理論は不明―― 古来より伝わることわざに「論より証拠」という言葉がある。物事は議論するより証拠によって明らかになる、ひいては議論しているより証拠を出したほうが早いという意味だ。千葉県のベンチャー企業であるアビーが開発したCASは、まさしくそのことわざを地で行くような装置である。 CASという商品名は「Cell Alive System」、すなわち細胞蘇生システムを略したもの。肉や魚介類などの生体を、凍らせる前の状態に復元できるように冷凍するという、画期的な装置だ。その「なぞ」をCASの考案者である大和田哲男社長に聞いてみたが、大和田氏は笑顔で「わかりません」と答えるばかり。 「もちろんCASの機能について説明することはできますし、装置がどのように作動するかということもお話しできます。しかし、CASが何でこのような効果を得られたかということは、本当にわかっていないんですよ」 論の部分は解明されていないが、証拠の部分についてはすごい。アビーではCASを実装した冷凍装置で凍らせたさまざまな食品を、常に大量にストックしている。その中から解凍した枝豆、サンマ、大根おろしなどを食べさせてもらったが、その風味はまさに生の食材そのものだった。 「高級料亭やフランス料理店の料理人の方々からも、旬の素材を貯蔵しておき、いつでも出せる技術として注目をいただいています」 |
地球の磁場を冷凍状態で再現できるか この装置の作動はシンプル。冷凍装置内の磁場を自然界と同じように保つというのが基本だ。庫内に水を張ったシャーレを入れて装置を作動させると、水面が極めて微妙に脈動するのが見て取れる。自然界における磁場の流れを再現・増幅してやるとなぜこのような現象が起こるのかは、まだすべて解明されてはいない。が、この振動が生体の細胞を、組織を破壊することなく中心から周辺部まで均質に凍らせる作用をもつことは明白だという。 大和田氏がこの仕組みを考案した背景に、科学的な理論の裏付けはなかった。生命にパワーを吹き込んでいるものは何だろうかと漠然と考えていたことが、そもそもの発端だったという。 「シベリアでよく冷凍マンモスが発掘されますよね。草食の恒温動物なのに、あんなに大きな体をなぜ維持し続けられたのか不思議でなりませんでした。もしかして今とは植物のパワーに違いがあったのかな?などと思っていたとき、地磁気の研究をしている大学の先生が『地磁気は約5000年ごとに大きく変わる』という話をしているのを聞いて、地球の磁場を冷凍のときに再現してやればどうなるのだろうと思いついたんです」 地球上の磁場を冷凍装置内で再現してやれば、生命体の水の分子をコントロールできるのではないか――論理的には飛躍もいいところだった。まず、コイルを巻いて磁界を発生させてみたが、もちろん何の効果もなかった。普通はそこで効果なしとあきらめてしまうところだが、大和田氏は「太陽が昇ったり沈んだりすることで、地表の磁気にも変化が生じるはず」「冷凍装置の冷媒の流れが、微妙に磁界にムラを作るのではないか」と工夫を重ねた。 「自然のパワーというのは本当にすごい。自然に学んでその自然を再現すれば必ず何かがあるはず、という思い込みだけであきらめずに開発を続けました。僕はただの技術者で、科学者ではなかった。その無学が幸いしたのかもしれません」 臓器移植、再生医療、日本の農業再生へと膨らむ夢 CASは当初、日本の学識者からは受け入れられなかった。理論的な裏付けがまったくと言っていいほどなかったためだ。特に冷凍における磁場の応用という点については、インチキとばかりに誹謗中傷の対象となったこともしばしばだったという。 一方、CASにいち早く注目したのは、前出の高級料理店、漁業関係者、貿易関係者といった、食品を実際に扱う人たちだった。冷凍で長期保存した後でなお、生の風味がよみがえるというのは、彼らにとってはまさに夢の技術だからだ。 食品関係で話題となったCASに、次に目をつけたのはアメリカの研究機関をはじめとする医療業界だった。細胞の組織を破壊せずに冷凍保存できるCASの技術は、移植用臓器や生体細胞、幹細胞などを長期保存できる画期的な技術と映ったのだ。 さらに、冷凍分野以外でもCASの磁場制御技術は注目されている。農地にCASで磁場を作ってやると、不思議と良質の作物ができるというのだ。試験的な導入は既に始まっている。 「これからもさまざまな用途開発が行われると思います。また、CAS自体も技術革新によってどんどん進化しています。食糧備蓄、医療への応用、さらには農業や漁業、酪農、畜産など、日本では崩壊寸前の一次産業の再生にCASの技術が貢献する。それが私の夢であり、喜びです」 画期的なモノは理論の積み重ねではなく、理論の飛躍によって発明されるというモノづくりの本質を、CASは改めてわれわれに見せつけている。 |
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食品の貯蔵技術とひと口に言っても、乾物や塩漬けなどの古典的手法から、CASのような磁場を利用したハイテク貯蔵技術まで、さまざまなバリエーションがある。既にコンベンショナルな技術となっている急速冷凍、冷蔵、フリーズドライなどの分野は既に一定の市場が形成されており、家電、重電、食品などの企業を中心に求人も行われている。 現在の貯蔵技術の水準は、完全な形で保存、還元するというサイクルを達成するにはほど遠い状況であり、さまざまな新技術の開発が行われている。研究開発志向のエンジニアは、そういった研究を行っている企業のラボラトリーへの転職を目指すのも手だ。 リクナビNEXTでは「貯蔵」「冷凍」などをキーワードに検索をかければ求人情報をゲットできる。また冷熱、重工、食品関連の企業、またアビーのようなベンチャー企業をダイレクトに検索するのも効果的だろう。 冷凍技術の分野に限っても、エンジニアに求められるスキルは実に多様である。倉庫や家電向けの一般的な冷蔵冷凍技術であれば、冷媒や熱交換機などの冷熱関連全般のスキルが役立つ。また、食品メーカーや漁業関連会社が使うような誘電式の急速冷凍装置であれば、誘電体やIGBTなどのパワーエレクトロニクスのスキルを生かすことができる。 モノが腐敗する原因である酸化を防止することも貯蔵技術のメインストリームで、有機化学関連のエンジニアにとっては狙い目だ。また、アビーのようにまったくの新技術を開発している企業なら、役に立つ旧スキルがほとんど存在しないため、工学の基礎知識があればOKというケースもあるだろう。 |
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