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デジタル家電の盟主として、松下電器産業の世界での存在感はこれまで以上に高まっているが、それを支えるのが中途採用エンジニアたち。今年はプラズマディスプレイ事業を中心にさらに採用を拡大。学歴不問・実力重視・異文化歓迎が生み出す松下の開発と採用の裏側に迫る。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき)作成日:07.09.26
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キャリアリクルーティング室
室長 蔭山陽洋氏
収益を伴った着実な成長戦略を展開する松下電器産業。全社的には「2009年度売上高10兆円、ROE10%、営業利益率8%」という目標を掲げており、その核になるのが各商品市場でシェアナンバーワンをめざす製品群「V商品」だ。プラズマテレビ、デジタルカメラ、DVD/ブルーレイレコーダーなどが含まれる。成長戦略を加速するためには、これらV商品の競争力強化が鍵になるが、それを担うのが中途採用のエンジニアたちである。 今年度の事務系を含む中途採用枠は350名。うち約7割がエンジニアで、さらにそのうち大半が、機構設計や光学設計、半導体・電子部品などのデバイス開発、さらに次世代表示ディスプレイ開発・環境対応などの材料系技術者を含む、広い意味でのハード系といわれる。 ハード系技術者の重点配属分野の一つがプラズマテレビ。テレビはいつの時代も家電メーカーにとって“主役”だが、プラズマテレビのマーケットでは現在欧米、中国市場における液晶陣営や韓国メーカーとの覇権争いが熾烈を極めている。それに勝ち抜くため国内におけるパネル生産工場への大型設備投資が続く。末端価格の値下がりでも十分利益を見込めるだけの生産コストダウンと高付加価値化を同時に達成することが、 松下の中途採用が本格化したのは2001年からだが、その後も高い水準の採用が続き、今年度の目標が達成すると、01年以来の累積2000名規模の採用ということになる。 「かつてはキャリア採用にネガティブな職場もあったが、今は様変わり。開発現場では新卒よりもキャリアが欲しいという声も高まっている」と、同社キャリアリクルーティング室長の蔭山陽洋氏。この数年、新卒採用が400名規模で推移していることを考えても、いかに中途採用を重視しているかがわかる。 中途採用者が持ち込む新たな発想や価値観、ノウハウをエンジンにして、松下の風土や文化も変わり始めている。最近、社内カンパニーのひとつであるパナソニック エレクトロニックデバイス株式会社に、中途採用入社組から初の社長が誕生した。これからもさまざまな分野の要職に、中途採用者が登用されることになるだろう。 新卒か中途かといった入社経緯は、そのときにはもはや何の意味も持たない。重要なのは、パナソニックのブランド・タグラインにある「ideas for life」の理念に、どれだけ現場でチャレンジし、それを実現できたかということだけだ。 自社製品を通して世界の人々に豊かな生活を提案するために、どのようなアプローチを取るかは、開発者の裁量に任されている。実力さえあれば、これまでの松下の流儀にとらわれることなく、新しい発想・異なる価値観、別のやり方を持ち込むのは大いに歓迎だ。単一の「金太郎飴的」な企業文化を脱し、異種混交の多様性溢れる文化へ転換していくことが、製品のグローバリティやユーザビリティを向上させる第一歩だと考えられているからだ。「異能・異才のエンジニアが果たす役割はますます高まっている」と、蔭山氏は引き続き転職者の力に期待をしている。 |
薄型・大画面・超画質のテレビが当たり前になろうとする時代。世界のテレビ市場を牽引する松下電器は今プラズマ戦略を強化しようとしている。戦略のポイントは何か、その実現のために必要な人材とは──。
パナソニックAVCネットワークス社
映像・ディスプレイデバイス事業グループ PDPデバイスビジネスユニット PDPモジュール技術グループ グループマネージャー 辻原 進さん
松下電器が2006年9月に発売した、世界最大の103v型プラズマディステレビ(PDP)。人間が等身大のサイズで映るというのがキャッチフレーズの一つだった。ここまで来るともはや従来のテレビという概念を超える新しいデバイス。その使い方も、アラブの大富豪や国際スポーツ界のスーパースターが購入し、豪邸の壁の一角に埋め込むというようなスケールのでかい話になる。 103インチはドリーム商品だとしても、一般家庭におけるテレビの大型化はどこまで進むのか。「画素数でいえば1920×1080というのが一つの基準。フルハイビジョンを前提とした大画面、高精細、超高画質化で家庭にいながらにして映画館のスクリーンのような臨場感が得られるようになります。これまでのDVDではその良さが理解しにくかったものが、ブルーレイ・ディスクによるHD映像作品が登場することで、大画面の真価が人々に伝わるようになるはずです」というのは、パナソニックAVCネットワークス社の辻原進氏だ。 家庭のテレビのメインサイズは今後50インチ以上になるというのが松下の予測。これによってテレビ需要の第5の波(白黒→カラー→大画面→薄型・デジタル→「見るテレビ」から「つないで使うテレビ」)が加速するという。ただし、国内需要の伸びはあまり期待できず、松下のプラズマの販売戦略も、欧米およびBRICs諸国に重点がシフトしつつある。 同時に単に大画面・高画質だけでなく、環境と安全、使いやすさへの配慮も進む。環境面では鉛フリーや製品寿命10万時間のパネル開発、ユーザビリティでは、テレビのリモコンで簡単に複数のAV機器が操作できる「VIERA Link」のホームネットワーク機能が松下のウリになる。 むろん薄型・大画面テレビ市場では液晶という強力なライバルがいる。また国際的には韓国メーカーの追い上げも急ピッチだ。そこでの松下の強みは、他社が容易に真似できない技術のブラックボックス化にある。なかでもパネルは、子会社の松下プラズマディスプレイが尼崎市に3つめの工場を建設するなど、国内拠点におけるパネル生産技術の高度化が進む。このパネル、回路、生産技術という3つのブラックボックス技術をグループ内で垂直統合できる点が、松下の最大のアドバンテージといえる。 世界における大画面テレビの覇者をめざす松下が、今期のキャリア技術者採用で最も力を入れているのが、PDP技術者の獲得だ。 駆動回路設計については社内からも調達が可能ということだが、たとえばエアコンなどパワー系の制御回路設計経験者なら、十分に選考のチャンスがある。 材料技術者の例でも明らかなように、現在の松下PDP事業が切実に求めるのは、深い専門知識に加えて、隣接技術にも目配りが効き、「全体感をもって各デバイスの技術開発をドライブできる人材」(辻原氏)ということになる。エレメンタルな要素技術にとどまることなく、デバイス開発全体に責任をもつ「デバイス・マネジメント」(辻原氏)という新たな能力が求められているともいえる。 将来のテレビは、マーケティングや販売のデータだけから生まれるものではない。「こうしたらもっと人に夢や感動を与えることができるはず」という技術者の未来展望が必要だ。そのためには、エンジニア自身が技術領域を越えて、次世代のテレビのあり方を構想できるだけの社会・文化的な視点をもつ必要があるかもしれない。 |
松下が転職者に求めるのは、高い専門性と技術の周辺を見通す幅広い視野。そして「異文化」で現場を活気づけてくれる刺激効果だ。転職3年めで、今やプラズマ事業を担う技術者の一人となった上田さんのケースは、これからの転職者を勇気づける。
パナソニックAVCネットワークス社
映像・ディスプレイデバイス事業グループ PDPデバイスビジネスユニット PDPモジュール技術グループ パネル技術グループ 主任技師 上田健太郎さん(34歳)
1998年大学院(電子物性工学科専攻)卒業後、大手電機メーカーに就職。プラズマテレビのディスプレイデバイスの開発に携わる。よりコンシューマに近いところで仕事がしたいと、2004年6月松下電器へ。以来、一貫してプラズマディスプレイ(PDP)の開発に従事。
「聞いたときは大変だろうなと思いましたが、実際やってみると想像以上に大変でした」 上田さんは2004年、大手電気メーカーから松下に転職してきた。グループの中で「世界最大をめざそう」という話が出たのは、入社後わずか数カ月のころ。前職では大型プラズマパネル設計に関わっていたから、白羽の矢が立つのも当然ではあるが、大げさにいえばプラズマ戦略という社運のかかったプロジェクト。その中心部であるパネル設計を、転職してきたばかりのエンジニアに任せるのは、大抜擢といっても過言ではない。 それまでの松下の最大サイズは65インチ。それをそのままスケールアップすればよいというものでもない。誰も越えたことのない「3桁インチの壁」。電力消費、明るさ、工場設備などわからないことだらけ。「とりあえず私がたたき台になるプラズマパネルの全体構想(グランドデザイン)を描いてみました。その元図がないと、みんなイメージが湧かないんです」 CEショーまでの時間もない。突貫工事のような状況でなんとか試作品は発表できたが、ショーに出品するのと、それを工場で量産するのとはまた次元の違う話。引き続き103型プロジェクトに残った上田さんの本当の苦労はそれからだった。 「極端に言えば、ショーの間だけ持てばいいというのと、商品としての使用条件下で安定的に動くものを作るのは、ハードルが全然違います。こんな大型のパネルですから、試験環境も一から揃えなければなりませんでした」 現在は、42型のフルハイビジョンのパネル設計に携わる。「打って変わって今度は小さい方で苦労しています」。プラズマ世界戦略完遂のため、現場の忙しさはかなりもののようだが、チーム全員のモチベーションの高さには驚くという。「非常に高いモラルをもつ、専門性の高い技術者が、ハイペースで仕事に従事している」現場。ただ「専門性が深い分だけ、横の技術との関連を考えるということにはあまり熱心でない」という印象も持つという。 「たまたま私は前職のチームが今と比べると少人数だったということもあり、いろいろなことに必要上関わらないといけなかったんです。だから、比較的全体が見渡せる立場にいました」 「松下でずっとやってきたエンジニアは、松下流の技術だけが自分のスタンダード。それはそれで悪いことじゃないけれど、何かあったとき、他の参照軸もあったほうがよいこともあります。複数のモノの見方ができるという転職者の特権をこれからも活かしていきたい」と上田さん。既成概念を異種の人材が刺激することで、ものづくりの創造性を高める。転職者に期待される役割を、彼は存分に発揮している。 |
5年前の中村改革で松下電器の企業文化は大きく変わったといわれる。何が変わったのか、それは転職者にとってどんな魅力をもたらすものなのか。 今やテレビ事業ひとつとっても勝ち組の地歩を固めた松下電器だが、5年前には4000億円以上の連結最終赤字を計上し、2万人以上のリストラに踏み切ったことは記憶に新しい。危機を脱することができた背景には、中村邦夫社長(当時、現会長)が陣頭で指揮を執った大幅な組織変革、いわゆる「中村改革」があった。改革によって、一人ひとりが事業家精神を刺激され、生産価値を高める新しいワークスタイルを率先して身につけるようになった。これまでの、寄らば大樹的な日本型大企業の悪弊は、今やどこにも見られない。 組織改革の眼目は部課制の廃止。それにともなってチームやタスクフォース制が導入された。タスクフォースではテーマを提案した人がリーダーになる。自分のテーマに取り組む社員たちは自律的に動き出し、終業後の打合わせや土日出勤も厭わなくなったといわれる。こうした新しい組織スタイルは「フラット&ウェブ型組織」と呼ばれるが、これによって社員の自律性、すなわち業務に対するオーナーシップが高まったのだ。 「フラット&ウェブ型組織」によって不要な職位階層が減り、新製品開発に必要な人的・物的資源の効率的・集中的な編成が可能になったことが、その後のヒット商品開発の原動力になったという指摘もある。 企業風土改革の試みは今も続いている。その一つが、2006年1月に発足した「e-Work推進室」を中心に進められる e-Work の導入だ。e-Workとは「従来型のオフィスワークにとらわれない、ITを駆使したユビキタスな働き方」のこと。例えば、在宅勤務、モバイル勤務、などを指す。 同社の在宅勤務制度は週に2〜3日程度を上限として自宅で仕事をするというものだが、2006年春から1000人規模で試行が始まり、2007年度には本格的に導入した。これは、育児や介護などの家庭責任をもつ社員のためという福利厚生的な観点から発想されたものではない。むしろ、ユビキタスな働き方でより生産効率を高め、創造的な仕事のスタイルを実践することを、社員に要請しているのだ。 その他にも、同社は外国人社員の採用を今後3年間で100名規模に増やすことで多様性(ダイバーシティ)を推進し、育児支援制度の充実でワークライフバランスの改善を図るなどさまざまな人事施策を強めている。一口でいえば「社員に優しい会社」とも言えるが、その真の目的は、一人ひとりの社員の自律的な働き方を支援するところにある。 逆にいえば、会社に言われるままにではなく、自分が最も効率的でかつ創造的な働き方をするためにこそ、会社の制度を積極的に活用する。そういう志向性の人には、魅力ある職場ということができる。 |
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