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N700系新幹線を支えるダブルスキン構造、地下鉄等の車両印刷 鉄道バンザイ!超ハイレベルな車両開発に挑む技術者魂
ここ最近、なにかと鉄道に関する話題を多く目にすることはないだろうか? 今回、多くの人々にとって身近な乗り物である鉄道車両にスポットを当て、車両開発において遺憾なく発揮される高度な技術を探ってみたい。
(取材・文/総研スタッフ 山田モーキン)作成日:07.09.19
はじめに
2007年夏、東海道新幹線におよそ8年ぶりとなる新車両「N700系」が華々しくデビュー。また鉄道をテーマにしたアニメが評判になったり、今年10月にはさいたま市に鉄道博物館がオープンするなど、最近、鉄道に関する話題が世間でもにわかに注目を集めている。 そこで技術やエンジニアを応援するTech総研として今回、鉄道の数ある魅力のひとつである「車両」にクローズアップして、その開発にかかわる企業やエンジニアを取材。
鉄道車両ならではの技術開発の特徴や苦労、またその仕事の魅力について紹介していきたい。
ケース1:最新新幹線車両「N700系」の根幹を支えるアルミ素材「ダブルスキン構造」 日軽金アクト株式会社 日軽新潟株式会社
日軽金アクト株式会社 日軽新潟株式会社

現在、鉄道車両本体の素材として主に使われているのは、1.昔から使われている鋼 2.ここ最近、特に特急型〜通勤用車両を中心に広く普及しているステンレス 3.新幹線や特急用車両などを中心に使われるアルミの3点。
今回、アルミニウム素材の主力メーカーである日軽金アクト株式会社、日軽新潟株式会社を取材。最新型新幹線車両「N700系」の車体にも採用されている最新技術「ダブルスキン構造」について探ってみた。

「ダブルスキン構造」とは? 「ダブルスキン構造」とは?
新幹線車両をはじめとする、アルミ素材が使用されている車体構造には主に「シングルスキン構造」と「ダブルスキン(中空押出形材)構造」のふたつのタイプがある。
「シングルスキン」とは車体の基本骨格である骨組み(骨材)に板状の押出材を溶接しながら車体を組み立てていく方法。
それに対し「ダブルスキン」は、押出材自体に2枚の板とその間に斜めのリブが入った構造なので、シングルスキンに比べて骨組み不要で車体を組み立てることができる。
それによって製造コストの削減効果やまたその構造特性上、車体の剛性強化や遮音特性に優れるなどのメリットがある。
現在製造されているアルミ製の新幹線車両や特急型車両の多くは、このダブルスキン構造が主流になっている。
車体開発最大のハードルは、「押出材の肉厚」を薄くすること

先述したように多くのメリットがあるダブルスキン構造であるが、その独特の構造によって生産上、さまざまなハードルがある。
そのひとつが「トラス形状」と呼ばれる、三角形の断面をした押出材の内部構造(右下画像参照)。もともと、トラス形状が採用されている大きな理由は「車体剛性の確保」。例えばこれが四角形の構造であれば三角形に比べて外圧がかかった場合につぶれやすいため、この形状はダブルスキン構造で車体を組み立てるうえで必要不可欠なスタイルであるといえる。
ただ、こうした“複雑な”構造をしたものを押出成型するのは、非常に難易度が高い。

「通常“ビレット”と呼ばれる、長い棒状のアルミ原料(左下画像参照)を約500度に加熱し、変形抵抗を下げて、金型の中に通しながら押出成型するわけです。
加工しやすくするために加熱するわけですが、それは裏を返せば“変形しやすい”状態なので押出成型時、金型を通過するメタルバランスに少しでも誤差が出ると、トラス形状のような複雑な構造ほど変形するリスクが大きいわけです」と、現場を担当する岩瀬正和さんはその難易度の高さを語る。

しかもそのうえ、製造ハードルをさらに高める要因として挙げられるのが、押出材そのものの軽量化。特に新幹線車両は、環境負荷の低減を目的にした車体の軽量化要求がほかの車両に比べて厳しいうえに、長距離に及ぶ高速走行にも耐えうる強度な剛性を求められる。
「その要求にこたえるために可能な限り押出材の“肉厚”を薄くするわけですが、そうなればより成型時に変形するリスクが高まるわけです。ですから肉厚をできる限り薄くしても剛性が保たれたうえで、現実的に押出材として生産可能な車体デザインについて、車両メーカー側に対して提案する必要があります」

日軽新潟株式会社 素材製造グループ 岩瀬 正和さん
日軽新潟株式会社 素材製造グループ
岩瀬 正和さん
平成8年に入社後、2002年から新潟工場にて鉄道を含めたさまざまなアルミの押出材の製品化を担う。
左が原材料になる“ビレット” 右が完成品 20m以上(1車両分)ある実物を目の前にして改めて、その“長さ”を実感できる
左が原材料になる“ビレット” 右が完成品 20m以上(1車両分)ある実物を目の前にして改めて、その“長さ”を実感できる
「ダブルスキン構造」の特徴である、断面のトラス形状。
「ダブルスキン構造」の特徴である、断面のトラス形状
製造ハードルを乗り越える「3つの鍵」
鉄道車両、特にN700系をはじめとした最新の新幹線車両の車体製造ならではの、数々の厳しいハードルを乗り越えるためのポイントとして、「金型デザイン」「精度評価」「修正(点検)」の3つがあるそうだ。

「押出材の精度は、金型のデザインと維持管理で決まるといってもいいほど重要なんです。今回製造したN700系において、弊社では前モデルの700系で培った金型技術をベースに、肉厚が薄くても高精度の成型ができるよう、金型デザインをチューニングしました。
また精度評価では、押出材自体の寸法変化や、三次元測定器を活用して金型の変化を常に厳しくチェックしていますし、“修正”といって金型の検査・メンテナンスも日々、チェックしています。
押出成型は常に均一に加工できるわけではないので、押出材の形状変化や肉厚変動が大きくなる前に未然に金型を修正し厳しく管理することで、常に精度の高い押出材を生産することができるわけです」

岩瀬さんが語るように、デザイン設計・製品テスト・メンテナンスと生産ラインの最初から最後まで日々、手を抜かずに真摯に仕事と向き合う姿勢こそ、厳しいハードルを乗り越える上で必要不可欠であることは、間違いない。
その成果として、N700系は700系に比べ、押出材の肉厚が平均約1割薄くできたことで重さも約8%程度の軽量化を達成することができた。

そんな押出成型の仕事の魅力について、岩瀬さんは「メーカーからの受注が多くなったことで、実績を評価していただいていると実感できたときはうれしいですね。それに新幹線という子供にもわかりやすい製品の開発・製造に携わっていることで、仕事の説明をして簡単に理解してもらえるのが最高です。ただ、実はまだN700系に乗ったことはないんですが(笑)」と、にこやかに語る。

「この先、“うちでしかできない押出材のデザイン・精度”を追究して、実績で評価される技術力で勝負していきたいですね」
今後も岩瀬さんと日軽新潟の挑戦は日々、続いていく。
工場内にて厳しく製品をチェック。日々の厳重なチェック管理は重要な作業である。
工場内にて厳しく製品をチェック。日々の厳重なチェック管理は重要な作業である
「この工場でなければ作れないものを生み出したい」と語る岩瀬さん
「この工場でなければ作れないものを生み出したい」と語る岩瀬さん
今も多くの乗客を乗せて毎日運行されている新幹線も、岩瀬さんをはじめとしたメンバーの活躍あってこそ走れる
今も多くの乗客を乗せて毎日運行されている新幹線も、岩瀬さんをはじめとしたメンバーの活躍あってこそ走れる
ケース2:鉄道車両に広く活用される印刷技術とは? マルワ工業株式会社
マルワ工業株式会社 鉄道車両の外観をよく見ると、多くの車両の側面にはさまざまなカラーの帯が巻かれていることに気づく。JR、私鉄、地下鉄などの車両には色鮮やかな帯が、1編成車両の窓下側面に端から端まで一直線に、きれいに描かれている。
実はこの帯、塗装されたものではなく、カラー印刷されたシール状のフィルムが張られているのだ。次はそのフィルムに施されている「スクリーン印刷」を手がける企業を取材し、その技術を探ってみた。
鉄道車両の検品基準は、他の製品よりもはるかに厳しい
大型広告や交通標識、ステージの床などさまざまな対象物に張られるスクリーン印刷を手がけるマルワ工業では、今から10年ほど前から鉄道車両を対象にしたスクリーン印刷を始めたが、他の対象物よりもはるかに厳しい検品基準があるそうだ。

「まず第一に“ごみ”(主に糸くず)の付着に対する基準ですね。特に鉄道車両の場合、1両が18〜20m程度あってその分のシールを作成しますが、ごみがついたからといってその 部分だけ切り外して、付け足すようなことはできないんです。例えば20m作って1カ所にコンマ1oのごみがついただけで、残りの19m以上のフィルムが廃棄処分になることもあります」と、鉄道車両担当エンジニアである中尾史さんは、その検品基準の厳しさを語る。
またほかにもフィルムに印刷される色に対する鉄道会社から指定される条件も、色を測定する装置による数字で厳しく検査し、何度も試作したうえで指定の色を調合するなど、その要求レベルは生産側にとってかなり高いハードルなのだ。
マルワ工業株式会社 製造部主任 中尾 史さん
マルワ工業株式会社 製造部主任
中尾 史さん
10年前に入社後、4年ほど前に鉄道車両フィルムのスクリーン印刷に携わる。
こちらが完成品。貼られる車両によって様々な色や模様に印刷されている。
こちらが完成品。張られる車両によってさまざまな色や模様に印刷されている
こちらがカラー測定器。センサーによって色を数値で測定する
こちらがカラー測定器。センサーによって色を数値で測定する
厳しい検品基準をクリアする独自の機械と技術
こうした厳しい検品基準をクリアするために、数々の技術が生み出されることになる。
その最たるものが、同社が設計したオリジナルのロール印刷機。
この印刷機の大きな特徴が、同じところに“キレイに二度印刷できる”ことだという。
「そもそも2度印刷するメリットは、色が安定してよりきれいに出せることや、鉄道車両のような常に外気環境にさらされる条件で長期間使用するうえで、耐久性や耐光性を高めて、フィルムが“丈夫で長持ちする”ことにあるんです。
そこでほかにもロール印刷機はあるんですけど、その多くはいったん、印刷した後にもう一度機械にロールをセッティングし直す必要があるのに対して、うちの機械のように“巻き戻して印刷する”方式は、ずれなくより精密かつきれいに色を印刷できるのが大きな利点なんです」(中尾さん)

またほかにも色を印刷した後に塗るコーティング剤(フッ素クリア)も同社がオリジナル開発している。こちらも先述した鉄道車両ならではの厳しい仕様環境を乗り越えるうえで、耐久性・耐光性を高める効果があり、またフッ素樹脂のコーティングにより車両材料燃焼試験をクリアするなど、主に地下鉄車両で要求される防火性も持ち合わせている。
それにスクリーン印刷の天敵であるごみを徹底して排除するための静電気防止カーテンを設置したり、また色の重ね方を工夫することで、複数の色をきれいに塗り分ける方法を生み出すなどの地道な努力によって、鉄道車両にベストマッチな高品質フィルムを生み出すことができるのだ。


「最近の鉄道車両カラーフィルムの傾向としては、いわゆる“派手で明るい色”が多くなってきて、生産側にとっては明るい色を印刷するのは難しいんです。でも実際に自分がかかわったフィルムが張られた車両を見るとこの仕事のやりがいを感じますから、今後もより精度の高い印刷を目指したいですね。個人的に今後チャレンジしたいのは、より難易度の高い蛍光色やメタリックのスクリーン印刷ですけど、実際、車両に張られたら目立つでしょうね(笑)」(中尾さん)

今後も、鉄道車両の“帯”から目が離せない。
オリジナルのロール印刷機。“巻き戻し印刷”が特長。
オリジナルのロール印刷機。“巻き戻し印刷”が特徴
こちらのロールにフィルムを巻きつけて、カラー印刷される。
こちらのロールにフィルムを巻きつけて、カラー印刷される
静電気防止カーテンも、目に見えない小さなごみを排除するために大きな効果を発揮する
静電気防止カーテンも、目に見えない小さなごみを排除するために大きな効果を発揮する
おわりに
今回、2社の事例を紹介してきたが、ほかにも鉄道車両のありとあらゆる部品や素材・構造開発に、多くの企業やエンジニアが紹介した2社と同じように日々、高度な技術開発にチャレンジしている。
そしてそのあくなきチャレンジのうえに、数多くの鉄道車両が日本中、そして世界中の人々を乗せて、今日も走っている。
もしこの後にいつもと同じように鉄道車両に乗り込むとき、ちょっとだけ視点を変えて車両の隅々を見渡してみれば、きっと新たな発見があるはずだ。
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ 山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
私は中学生のころに出合った一冊の時刻表がきっかけで、鉄道ファン(マニアではない)に。今回の取材でも話の節々で「JRの○○○系、私鉄○○鉄道の○○○○系」など、おそらく一般の方には理解できない“専門用語”が頻発して、個人的にはついつい仕事を忘れて違う意味で、取材に没頭してしまいました。また機会があればぜひ、今回の続編を!と密かに思っています。

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