では、トヨタ自動車が求めるITエンジニアとは、どんな人材なのか。
「まず技術の資質として、ソフトウェアのアーキテクチャがわかる人。ソフトの基本仕様が書ける人です。アーキテクチャが好きな人、と言ってもいいかもしれない。そして、期待するのは、クリエイティブであることです。既存のものを持ってきて応用するのも重要なこと。でも、新しいものを生み出したい、という気持ちを常に持っていてほしい。そういうモチベーションを高く持っている人を求めたいし、そういう人たちにも間違いなく満足できる仕事環境があると思っています」(保科氏)
実は保科氏自身、8年間勤務した日系の大手コンピュータメーカーから、1990年に転職してきた。かつてはコンピュータのプロセッサ開発からOSまで、日系企業が自社で手がけていた時代があった。ところが80年代、アメリカの技術に席巻されてオリジナリティを失う。保科氏は、そんな状況にやりがいをなくし、システム全体をユーザー視点から見ようとトヨタに転じた。
「コンピュータの世界にいて、なかなか自分の思うように仕事が進められないと感じている人は今もいると思います。そういう人にこそ、ぜひトヨタに注目してほしい。自動車の標準ソフトウェア・プラットフォームは今から始まるんです。まだ世界の誰も手がけていないし、デファクトスタンダードもない。今からソフトの創造ができる。新しいチャレンジができるんです。これは、何より大きな醍醐味だと思う。もちろん標準プラットフォームですから、トヨタは自社だけで使おうとは思っていません。デファクトスタンダードになって業界全体で使ってもらってもいい。自動車業界全体が同じ悩みを抱えているわけですから、みんながハッピーになれる。そういうものを作っていきたい」(保科氏)
車は好きなほうがいいけれど、自動車に関する知識は特に必要ない、と保科氏。
「私自身もそうでしたが、トヨタ自動車というだけで、あれこれ勝手に想像してしまって(笑)。エンジンをはじめ、自動車の技術については入社後に学べますし、気にする必要はありません。むしろ、ソフトウェアという得意分野を大事にしてほしいと思います。その上で、自動車の知識をプラスしていけばいい。あと、ちょっと意外だったことといえば、残業が少なかったことかもしれないですね(笑)。効率的に仕事をして、早く帰ろうという空気は文化になっている。もうひとつは、大胆な予算配分です。もちろん余計なことにはお金は使わない。でも、これだと決まったら、予算の心配はいらないくらい。私自身、これまで不満を感じたことはありません」
経営戦略が決まれば、上から下まで一丸となって突き進んでいくトヨタの開発風土は入社当初、大いに新鮮だったという。今、ソフトウェア開発はまさにその対象。ソフト開発への社内の注目度はますます高まっている。IT化が進む中で、ソフトの位置付けが大きく変わってきているのだ。多くの部署からの協力も、驚くほど積極的だという。それが、未来の優れた車づくりにつながることを、誰もが理解しているからだ。
「エンジニアとしていいなと思ったのは、まずはやはり品質へのこだわりです。そして、その品質を実現するための仕組みがある。例えば作り込みには、しっかりとした計画が立てられます。そして作り込みそのものだけでなく、要件レベルの全体設計と、最終段階での品質チェックが徹底される。我々はV字プロセスと呼んでいますが、高度なモノづくりのノウハウは、ソフトウェアにも生かされているんです。そしてもうひとつ、すべてをブラックボックス化しないことです。「見える」化は、ソフトウェア開発でも同じ。既存のソフトやアプリケーションを使うにしても、中身をしっかり理解しておくことがエンジニアには求められます。すべての中身を理解しておかなければいけませんから厳しい。でも、それだけ力は付きます。間違いなく、スキルは高まっていくと思います」
今後は100人規模、200人規模のプロジェクトが次々と立ち上がっていくと予想されている。プロジェクトマネジメントから開発プロセス管理、環境整備から品質管理、ソフト監査など、たくさんのフィールドで人材が必要になるという。
既に900万台もの年間新車販売台数を誇るトヨタ。「OS」完成時は、おそらくそれ以上の規模で「OS」が搭載された車が世界を走ることになるだろう。もし、デファクトスタンダードになれば、その規模はさらにとんでもない規模になる。こうなると、このソフト開発は単なる自動車の「OS」のスケールとは思えないのだ。しかも、10年間はこの「OS」が使われ、さまざまなアプリケーションを実現するサービスがその上を走っていくことになるという。通信技術やインターネット関連技術はさらに進展していることだろう。新しいサービスを実現させるアプリケーションも数多く開発されているだろう。
さて、そのときの“車”とは、どんなものなのだろうか。なんともワクワクしてくる話なのだ。
「新しいプラットフォームができることで、どんな新しいサービスが出てくるかは予測もできません。もしかすると、ナビが人工知能化され、“眠くない?”なんてドライバーと会話しているような時代が来ているかもしれない。少なくともいえることは、自動車はますます楽しいものになっていくのだということです。そしてそのベースとなるソフトウェアはこれから作られるということ。車独自の位置付けの“OS”は世の中にないんです。誰もなしえなかったことを、我々はこれからやろうとしているんです」
自動車メーカーによるITエンジニア採用。トヨタ発“OS”は、本当にエンジニアのキャリアマップを塗り変えてしまうかもしれない。