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ITエンジニアの採用を強化し、2010年以降の実用化を目指す!トヨタのソフト開発部隊が明かす車載OSへの挑戦
自動車業界で世界トップを競う“世界のトヨタ”がIT技術者の採用を強化している。なぜトヨタがIT技術者か? そこには今の自動車の進化を支えるIT技術と、次世代自動車開発を見据えるトヨタの戦略がある。これはキャリアマップを塗り替えるような“事件”かもしれない。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:07.09.12
トヨタ自動車がなぜ、ITエンジニアを求めるのか?
 連結ベースでの売上高23兆9400億円、経常利益2兆3000億円、研究開発費9400億円。まさに日本を代表する世界的企業、トヨタ自動車からこの春、エンジニア採用にも大いに関わる、気になるニュースが出ていたことをご存じだろうか。パソコンの基本ソフト(OS)に相当する「自動車搭載用の標準ソフトウェア」を、トヨタが独自開発すると発表したのだ。1月にはOS開発大部屋を、東京・お台場でスタート。ソフトの開発はもちろん、ITエンジニアの人材採用も活発化している。

 快適さ、便利さにおいて、ますます進化する自動車だが、今の自動車は実は“走るコンピュータ”と化していることは一般の人にはあまり知られていないかもしれない。自動車には大量の半導体やセンサーが組み込まれ、数十から100近い超小型コンピュータ(マイコン/ECU)が稼働しているのだ。4月にスタートしたトヨタ自動車トヨタ東京開発センターBR制御ソフトウェア開発室(BRW)主幹の保科健氏が言う。

 ECUによるIT制御は、エンジン、ボデー、マルチメディア機器など多岐の領域にわたる。燃料消費効率を高め、車体の横滑りを防ぎ、カーブではライトが角度を自動調整……。アクセルやブレーキ、トランスミッションやメーターでもECUは活躍する。車内の装置が正常に作動するかどうかをチェックするスタビリティコントロールなど安全性能を確保するためにも使われる。しかも、ECUは単体で動いているのではない。それぞれは複合され、組み合わせながら動くのが今の車だというのだ。
保科健氏
トヨタ自動車(株)
トヨタ東京開発センター
BR制御ソフトウェア開発室 主幹
「これも一例ですが、最近では、駐車アシスト機能や、センサーを使って白線を読み取るステアリング制御機能がついた車種が出ています。また、地図情報で得た急カーブをするという情報と連動してドライバーに早めにカーブの存在を知らせる情報を発したりする機能を持っている車種もあります。かつてはひとつひとつの役割を持っていたECUですが、今や複数のECUによって複数の機能を実現させています。ITの複合システムによって、これまでになかったさまざまなサービスを実現させられる時代になってきているんです」(保科氏)

 こうしたECUはこれまでも社内で開発されてきた。ではなぜ今、自動車メーカー・トヨタが、大々的にソフトウェアの独自開発を行うと宣言したのか。それこそ、新しい組織、BRW立ち上げの背景でもある。
アーキテクチャの構築が本業であり、今回その中でもOSについて取り上げる。
車載マルチメディアOS
多数の電子制御を統合する自動車独自の“OS”を作る
「自動車産業、とりわけトヨタ自動車が大切にしているのは、信頼性です。したがって、ソフトウェアの開発においても、品質と信頼性は何より重視されます。ロジックが確実なのは当然として、何万回、何十万回動いても失敗しない。そういうソフトの作り込みをしなければならない。それが自動車のソフト開発なんです」(保科氏)

 これまで搭載されるECUはすべて、こうした強いこだわりを貫いて作られてきた。だが、自動車のIT化の進展に伴い、ソフトの開発量も急増していくことになる。車種によってはソフト技術者を500人動員しても、開発に2年以上かかる。新規の開発には膨大な時間とコストがかかってしまうのだ。また、それぞれのECUを開発するだけではなく、数十ものECUを連携させなければならない。これがまた複雑な開発になる。

「安全性を高めるためにも、機能を充実させるためにも、自動車のIT化はもはや欠かせないものです。しかし、結果として時間もコストもかかり、車の価格がどんどん高くなってしまうのでは我々の意に反します。高度なIT化を実現させ、かつできるだけ多くの方々に使っていただく。そのためにどうすればいいか。その答えのひとつが、ECUの標準プラットフォームを作ることだったんです」(保科氏)

 トヨタが“OS”ともいうべき「標準ソフトウェア・プラットフォーム」の名称で開発する標準ソフトは、多数の電子制御システム、ECUを統合する頭脳の役割を担う。制御機能や車種ごとにソフトを一から作るのではなく、パソコンのOSと応用ソフトのように機能を分けることで開発を効率化し、技術のさらなる高度化を実現させていく、というのだ。


信頼性、リアルタイム性、拡張性が鍵となる

「BRWは、トヨタの自動車開発のソフトウェア全体をまとめる組織になります。これから自動車のIT化、ソフトウェア活用はますます進んでいくことになる。そのときに、全体をコントロールしておく必要があります。エンジンやボデーなどの制御系、マルチメディアなどの情報系など、いろいろな分野のソフトも横串に見ていきます。そして、その両方が走る“OS”的なプラットフォームを作っていこうとしているわけです」(保科氏)

 標準ソフト開発にあたって重視されるのは、信頼性、リアルタイム性、そして拡張性だという。そのすべてを満たす「OS」が求められるのだ。既に名古屋大学との共同開発で、先行開発としての3階層OSが構築されている。今後は、2010年を目標に、リライアビリティとスケーラビリティを両立させた、まだ世の中にない「OS」の開発に挑む。

「かなり難しい開発になります。例えば数十のECUの情報は、インターフェースとしてはディスプレイというひとつのデバイスを共有しなければならない。何をどう表示させるか。優先順位をどうするか。ドライバーは運転中に見ることもありますから、チラっと見ただけで情報がわかる工夫も必要になる。既存のパソコンのように、クリックして開くのを待って、というものにはできません。また、ECUのデータをどうやって保存するか。外部から取り込んだ地図や音楽、街の情報、レストラン情報なども含め、蓄積デバイスをどうするか。データの持ち方、取り出し方など、考えなければいけないことは山のようにあります」(保科氏)
自動車は今以上にもっともっとコンピュータ化するのだ。だからこそ、もっともっと数多くの優秀なITエンジニアがトヨタ自動車には必要になっていく、というのである。
まだ世界の誰も手がけていないソフト開発になる
 では、トヨタ自動車が求めるITエンジニアとは、どんな人材なのか。
「まず技術の資質として、ソフトウェアのアーキテクチャがわかる人。ソフトの基本仕様が書ける人です。アーキテクチャが好きな人、と言ってもいいかもしれない。そして、期待するのは、クリエイティブであることです。既存のものを持ってきて応用するのも重要なこと。でも、新しいものを生み出したい、という気持ちを常に持っていてほしい。そういうモチベーションを高く持っている人を求めたいし、そういう人たちにも間違いなく満足できる仕事環境があると思っています」(保科氏)

 実は保科氏自身、8年間勤務した日系の大手コンピュータメーカーから、1990年に転職してきた。かつてはコンピュータのプロセッサ開発からOSまで、日系企業が自社で手がけていた時代があった。ところが80年代、アメリカの技術に席巻されてオリジナリティを失う。保科氏は、そんな状況にやりがいをなくし、システム全体をユーザー視点から見ようとトヨタに転じた。

「コンピュータの世界にいて、なかなか自分の思うように仕事が進められないと感じている人は今もいると思います。そういう人にこそ、ぜひトヨタに注目してほしい。自動車の標準ソフトウェア・プラットフォームは今から始まるんです。まだ世界の誰も手がけていないし、デファクトスタンダードもない。今からソフトの創造ができる。新しいチャレンジができるんです。これは、何より大きな醍醐味だと思う。もちろん標準プラットフォームですから、トヨタは自社だけで使おうとは思っていません。デファクトスタンダードになって業界全体で使ってもらってもいい。自動車業界全体が同じ悩みを抱えているわけですから、みんながハッピーになれる。そういうものを作っていきたい」(保科氏)

車は好きなほうがいいけれど、自動車に関する知識は特に必要ない、と保科氏。
「私自身もそうでしたが、トヨタ自動車というだけで、あれこれ勝手に想像してしまって(笑)。エンジンをはじめ、自動車の技術については入社後に学べますし、気にする必要はありません。むしろ、ソフトウェアという得意分野を大事にしてほしいと思います。その上で、自動車の知識をプラスしていけばいい。あと、ちょっと意外だったことといえば、残業が少なかったことかもしれないですね(笑)。効率的に仕事をして、早く帰ろうという空気は文化になっている。もうひとつは、大胆な予算配分です。もちろん余計なことにはお金は使わない。でも、これだと決まったら、予算の心配はいらないくらい。私自身、これまで不満を感じたことはありません」


トヨタ「OS」が世界のデファクトスタンダードに

 経営戦略が決まれば、上から下まで一丸となって突き進んでいくトヨタの開発風土は入社当初、大いに新鮮だったという。今、ソフトウェア開発はまさにその対象。ソフト開発への社内の注目度はますます高まっている。IT化が進む中で、ソフトの位置付けが大きく変わってきているのだ。多くの部署からの協力も、驚くほど積極的だという。それが、未来の優れた車づくりにつながることを、誰もが理解しているからだ。

「エンジニアとしていいなと思ったのは、まずはやはり品質へのこだわりです。そして、その品質を実現するための仕組みがある。例えば作り込みには、しっかりとした計画が立てられます。そして作り込みそのものだけでなく、要件レベルの全体設計と、最終段階での品質チェックが徹底される。我々はV字プロセスと呼んでいますが、高度なモノづくりのノウハウは、ソフトウェアにも生かされているんです。そしてもうひとつ、すべてをブラックボックス化しないことです。「見える」化は、ソフトウェア開発でも同じ。既存のソフトやアプリケーションを使うにしても、中身をしっかり理解しておくことがエンジニアには求められます。すべての中身を理解しておかなければいけませんから厳しい。でも、それだけ力は付きます。間違いなく、スキルは高まっていくと思います」

 今後は100人規模、200人規模のプロジェクトが次々と立ち上がっていくと予想されている。プロジェクトマネジメントから開発プロセス管理、環境整備から品質管理、ソフト監査など、たくさんのフィールドで人材が必要になるという。

 既に900万台もの年間新車販売台数を誇るトヨタ。「OS」完成時は、おそらくそれ以上の規模で「OS」が搭載された車が世界を走ることになるだろう。もし、デファクトスタンダードになれば、その規模はさらにとんでもない規模になる。こうなると、このソフト開発は単なる自動車の「OS」のスケールとは思えないのだ。しかも、10年間はこの「OS」が使われ、さまざまなアプリケーションを実現するサービスがその上を走っていくことになるという。通信技術やインターネット関連技術はさらに進展していることだろう。新しいサービスを実現させるアプリケーションも数多く開発されているだろう。

 さて、そのときの“車”とは、どんなものなのだろうか。なんともワクワクしてくる話なのだ。
「新しいプラットフォームができることで、どんな新しいサービスが出てくるかは予測もできません。もしかすると、ナビが人工知能化され、“眠くない?”なんてドライバーと会話しているような時代が来ているかもしれない。少なくともいえることは、自動車はますます楽しいものになっていくのだということです。そしてそのベースとなるソフトウェアはこれから作られるということ。車独自の位置付けの“OS”は世の中にないんです。誰もなしえなかったことを、我々はこれからやろうとしているんです」
自動車メーカーによるITエンジニア採用。トヨタ発“OS”は、本当にエンジニアのキャリアマップを塗り変えてしまうかもしれない。
たくさんの優秀なエンジニアと仕事ができるのが刺激
井上貴司氏
トヨタ自動車(株)
トヨタ東京開発センター
BR制御ソフトウェア開発室
主任 2003年入社
 入社してすぐに車載器マルチメディアのプラットフォーム開発に加わって、プラットフォームからミドルウェア、ハード部分にまで関わり、現在は標準ソフトウェア・プラットフォームの開発に携わっています。もともと自動車の知能化に興味があり、情報処理を高速化すれば、自動走行をはじめいろんなことができると思っていました。どうしてすぐに高速化ができないのかと思っていたんですね。ところが入社後に知ったのが、複雑なECUが想像以上にたくさん車には搭載されていたこと。自動車の情報処理の高速化は、それほど簡単ではないことを知りました。しかも、単に走行できればいい、機能が果たせればいい、ではない。商品化へのハードルは非常に高いんです。

 でも、だからこそ面白いともいえる。複雑で難しいから、優秀なエンジニアがたくさん関わって自動車を作っていきます。ECUも、それぞれの技術、戦略があって作られている。そうした思いをふまえながら、自分たちで主導して理想のものへと落とし込んでいくことができる。とても醍醐味ある仕事をさせてもらっていると感じています。ただし、待ちの姿勢では仕事は前に進んでいきません。自分はこうしたいんだ、という思いが大切になります。逆にそういう思いがきちんとあれば、きっと面白い仕事が待ちかまえています。どんどん新しいことをやらせてもらえる環境がありますから。
9400億円の研究開発費、新しい技術開発には積極的に投資
 2008年3月度の研究開発費(連結)は約9400億円と1兆円近い規模であり、攻めの仕事を評価する風土があります。また、一度意思決定したらあとは早い、人を育てる空気がある、研修などが充実しているので、キャリア入社者からは、「新しいアイデアなどを受け入れる風土があり、エンジニアはやりたいことがやれる」という満足度の高い声をたくさんもらっています。

 実は、この「標準ソフトウェア・プラットフォーム」を独自開発するという新聞報道をきっかけに、応募された方もいらっしゃいますし、既に入社されて活躍中の方もいらっしゃいます。ソフトウェア関連職種は、社内でも即戦力となるキャリア入社者のニーズが大変高まっている採用強化職種です。当社の技術系キャリア採用は、既に10年以上になり、社内では1000人以上のキャリア入社者が活躍しています。2006年には技術系全体で174人の方をお迎えし、2007年も同程度の規模の採用を予定しています。

 採用にあたっては当社で活躍いただけるポテンシャル、専門性をお持ちかどうかが重要になりますが、それ以外に2つ、重視させていただいていることがあります。それは、常に困難で高い目標を掲げてチャレンジできる方かどうかという点。また自動車産業はすそ野の広い産業ですから、たくさんの方々と協力して仕事を完成させていくことが大切です。従って、他の価値観を尊重し、チームワークを大切にしながら成果を追求していただきたいと考えています。
小島敬士氏
トヨタ自動車(株)
人材開発部 採用・計画室 採用グループ 主幹
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宮みゆき(総研スタッフ)からメッセージ 宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
いよいよ自動車業界でIT技術者が主役として活躍できるチャンスがやってきました。車が好きだけど、畑違いだと思っている方も自分の技術スキルが意外な形で求められているかもしれません。自動車の歴史を変える開発に携われるかもしれないこのチャンス!世界のトヨタでぜひ試してみてはいかがですか?

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