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子どもの頃から数字に強かった、ということがまず言えると思います。もっというと、その数字から何を読み取っていくかという、数字の分析に関心がありました。しかも、そうした数字からの分析に感受性というか、感覚的なものがあったと思っていたんですね。それで、理系の方向に進むのがいいのではないかと思うようになりました。私にとっては、とても自然な流れでの決定でしたね。 ただ、将来どうしようかということについては、理系に進んだ時点では明確には持っていませんでした。エンジニアリングにもサイエンスにも興味はありましたし。おぼろげに持っていたのは、いずれは企業の中で一定のポジションに付いて仕事をすることになるだろうということ。そのためには、理系に進んだといっても、いろいろなトライやチャレンジが必要になってくるだろう、と思っていました。 |
工業工学部を出ましたので、エンジニアの道に行くのが順当だったのかもしれません。しかし私は、他の人とは違うチャレンジをしてみたいと思ったんです。よりチャレンジングなことに興味があった。実はエンジニアであるかどうかに関係なく、当時はその航空会社に入ることはとても難しいと言われていました。だからこそとても興味を持ったんです。入社したら、きっといろいろな経験ができる。チャレンジングなことがたくさんある会社に違いない、と。
航空会社を退職することには、正直、不安もありました。楽しく仕事をしていたわけですし。残念ながら、キャリアの継続をあきらめざるを得なかった、という気持ちもありました。ただ、結果的には思い切って退職してカナダに渡ったのは、素晴らしい転機にできたと思っています。入社後は、エアライン・プラニング・オフィサーとして仕事をしました。大変興味深かったです。航空会社は高額で長期の固定的投資を行います。その投資で、どのくらいの輸送容量がまかなえるのか。マーケティング的な観点から見てキャパシティはどのくらいになるのか。そういう分析をしていく。私の担当は新規のサービス計画でした。 例えば、東京から香港のフライトについて、今後の動向を見越しながらサービス体制を考えていく。1日4便にするのか、5便にするのか。どんな種類のどんな大きさの飛行機を飛ばすのか。さまざまなシミュレーションを行って、サービス体制についての計画を導き出していく。面白かったし、分析的な訓練をするには、とても役に立ったキャリアでした。 まずは、オンタリオ州にあるヨーク大学のビジネススクールに入学しました。大学時代の専攻は、エンジニアリングやサイエンスだったわけですから、ビジネス領域に関わる分野ついて学びたかった。これは新鮮でしたね。マーケティングやファイナンス、組織行動学などを学ぶことができて、スキルは大きく広がりました。 当初はキャリアチェンジして転職することに不安でしたが、考えてみれば、マーケットの小さな香港ではチャンスは限られていました。より大きな市場を持つカナダでキャリアを再び始めたことは、とてもエキサイティングなチャレンジになったんです。 |
たまたま、というか、本当に幸運でした。キャンパスに募集広告が貼ってあったんです。しかも、通常は大学を卒業したり、MBAを修了したりした区切りのところで企業は人を採用するものですが、このときはこうした採用プロセスに縛られない募集だった。だから、ビジネススクールに通いながら、仕事にも就くことができたわけです。 仕事は、ファイナンス・アナリストでした。財務の経験はありませんでしたが、自分の分析力を生かす意味で、ここからスタートするのがいいのではないかと考えました。まったく新しい環境、まったく新しい文化のもとで仕事をすることになるわけですから、リスクを最小化するには、継続的に維持してきた自分の強みを生かすことが大切だと思いました。その意味で、数字の分析という強みがあったことは大きかったと思います。 とにかくまずはビジネスの領域に入って、そのスキルをしっかり伸ばすことを考えていました。しかも、航空会社から日用品メーカーへの異業種転職。以前とは違う会社環境で、学ぶことはたくさんありましたから。幸運だったのは、P&Gという会社が全世界に展開するグローバル企業であり、しかも充実した社員教育がある会社だったこと。実際、うまく運営されているな、と思うことが多々ありました。だからこそ思ったのは、自分自身でできるだけたくさんのことを経験しよう、ということ。できるだけ広い領域で仕事をしよう、自分のスキルもできるだけ幅を広くしよう。そういう思いが強かったですね。 そしてもうひとつ、どうすれば、自分の会社への貢献を最大化できるか、という思いを強く持っていました。会社に貢献するだけではなく、それを最大化していくということです。そのとき、私に浮かんだのは、自分のバックグラウンドでした。それは、香港生まれという私のルーツです。P&Gに貢献しようと考えるなら、アジアという領域内で貢献できる機会があれば、ベストではないかと。それで、そういう機会がないか、いつも見ていたんです。新しい機会はないか。自分の貢献を最大化できるものはないかと。結果的にこれが95年からの日本勤務、日本の洗剤部門のファイナンス・マネージャーというキャリアにつながるんです。 壁や挫折は、成長の過程だからこそするものです。自分に能力があるからこそ、仕事を任せてもらえるだけのスキルがあるからこそ、そういう思いを感じることになる。その意味では、同じような思いをする経験を、壁や挫折と考えることを私はしませんでした。あくまで成長の機会と考えるようにしていました。 |
もちろんポストを得ること、出世することには、私も大きな興味を持っていました。しかし、出世すれば、関わる人もそれだけ増えるし、責任の幅も広がる。仮に自分が求めたところで、それだけのスキルや能力を得ていなければ期待される役割は務まりません。実は出世というのは、結果に過ぎないんです。会社への貢献を最大化することを考えていれば、相手に奉仕する過程で、自分の能力をアップさせることになる。結果的に、より高い次元の仕事ができるようになる。ポストは求めるものではなく、生じるもの。だからこそ、どう会社への貢献を最大化するか、ということにこそ、こだわるべきだと思うんです。 日本に赴任して3年ほど経った頃から、私はインターネットに非常に強い興味を持つようになっていました。P&Gに勤務する一方で、インターネットに対する理解を深めようと自分なりに勉強していました。新進のベンチャー企業を始めとした企業が、インターネットをどう認識しているか。どう使おうとしているか。大きな組織であれば、どういう使い方がありうるか。きちんと理解をしたいと思っていました。 そんなとき、偶然にも、アマゾン ドット コムの日本進出に奔走する創業メンバーと知り合い、日本でのインターネットビジネスについて活発な議論を交わすようになったんです。そこから、必要な人材だと認識されるようになって、声をかけてもらったのが、きっかけでした。私としては、創業メンバーと話していて、アマゾンは非常に独自性のあるユニークな会社だと思いました。単にインターネット関連企業であるというだけでなく、社員に情熱がみなぎっていると感じたことが大きかったですね。 入社したときは、ファイナンス・ディレクターでした。4カ月後に社長になりましたが、入社時に約束されていたわけではありません。実際、とても幸運だったと思っています。 アマゾンで、私の強みとしていた分析力はとても重要なスキルでした。インターネットを利用した事業ですから、大量のデータを使います。そのデータの分析をもとにした判断や意思決定が重要になるのが、このビジネスなんです。偶然にも、自分の強みが最も生かせる世界に身を置いた、ということになるのかもしれません。そしてもうひとつ、当時は小さな会社だったから、ということはいえるでしょう。会社の規模が小さかったからこそ、一緒に学び、みんなで協力し、失敗しながら事業構築をしていくことができた。学びながら、私も含めてみんなで前に進んでいくことができたと思っています。 |
もちろん技術は大切ですが、技術力がある、技術を使いこなせること以上に重要なのは、「技術はお客さまのためにある」と捉えられるかどうかだと思っています。アマゾン ジャパンはお客さまに対して強いパッションを持っています。だからこそ、イノベーションをたくさん生み出すことができている。技術があるからイノベーションがあるのではない。お客さまのニーズがあるからこそ、お客さまに意識が向いているからこそ、イノベーションはあるんです。 お客さまのニーズに、高度な技術が応えられたとき、それがイノベーションになる。技術はお客さまのためにあるのだ、ということが認識できているかどうかで、エンジニアの仕事の結果は大きく変わっていくと思っています。 これはエンジニアに限らず、日本人の中には、本当に丁寧に仕事をする人が多いという印象を持っています。詳細まできちんと注意してじっくり取り組む。アマゾン ジャパンでも、みんながお客さまの利用シーンをしっかり考えながら仕事ができていると感じています。しかも、目標に向かって、継続的に高いモチベーションを保つことができる。これだけハイレベルに、品質にこだわって人々が仕事に取り組む国は、なかなかないと思います。素晴らしいと思いますね。 弱みというほどのものではなく、もっと強めたいところとして思っていることですが、もっと主張してほしいとは思っています。アマゾン ジャパンは、基本的にグローバルのアマゾン ドット コムのエンジニアリングリソースを活用していますが、リソースはさまざまなローカルニーズに基づいて優先度を立てて作られていくことになります。ところが時に、エリアによっては、リソースの不足が起こることがある。そうならないためにも、エリアはどんどん主張していかないといけない。アマゾン ジャパンは、日本のお客さまのカスタマーニーズを、どんどん声に出していくことが大切になるからです。 私たちが提供しようとしているのは、まったく新しい小売りです。インターネットを活用し、ロジスティックスやバイイングなどの仕組みに積極的に投資していくというアマゾンのビジネスモデルはとても頑強なものであり、今、私たちが取り組んでいるのは、例えば配送を早くすること、品揃えを充実させていくといった、この頑強なビジネスモデルのさらなる強化です。 そして、こうしたアマゾンの新しい施策を実現させるために、実は数多くの優秀なエンジニアが関わっています。ネット販売のフェイズ、バイヤーからの購入フェイズ、さらには受注から発送までのデータ管理……。これらはすべてが自製のアプリケーションです。買ってきたアプリケーションではありません。 アマゾンは、アマゾンという巨大な小売りITカンパニーをクライアントとした、最先端のeコマースのソフトウェアカンパニーでもあるんです。そしてアマゾンの斬新な施策には、高度なIT技術が必要になってきます。アマゾンの新しいビジネスを可能にする作り込みは、エンジニアによってなされているんです。最近、ご注目をいただいている“お急ぎ便”も、複雑で先進的な技術が活用されています。 |
ひとつは、どんなにいいマーケティングアイディアがあっても、テクノロジーがなければ実現できないことを、社員が共有していることでしょう。テクノロジーがあるからこそ、ビジネスが成長できていることをみんながわかっている。つまりそれだけ、ITエンジニアへの期待も大きいということ。これまでに勤務したどの会社よりもエンジニアが大事にされていると感じる、と語る社員もいます。 従ってITエンジニアは、技術の進歩に驚くほど敏感です。常にチャレンジしようと考えています。新しい技術は誰よりも早く活用してみようと考えます。それが何より、アマゾンの新しいサービスを生み、お客さまに喜んでいただくことにつながるからです。実際、何かのアクションはすぐにデータとなって表れてきます。自分の仕事がどのくらい世の中にインパクトを与えたかが、驚くほどすぐにわかります。 そして、アマゾンでは、エンジニアリングリソースをグローバルのスケールで共有します。全世界6500万人もの顧客に対するサービスにもつながっていく可能性があります。世界に技術を発信し、グローバルリーダーになるチャンスもあるということです。実際、本当に優秀なエンジニアが日本では活躍していますよ。 |
アマゾン ドット コム創業者のジェフ・ベゾスは、こう言っています。「何より大切なことは、パッション(情熱)を持ち続けることだ」と。私もまさにそう思っています。まず第一に必要なのは、パッションを持ち続けることです。興味を持ち、仕事に情熱を注ごうと考えること。それがいいキャリアを作ることにつながる。 そしてもうひとつ、ビジネスの要素が時代を超えて継続できるかどうかを左右するのは、周りの人たちにいかに喜んでもらえたか、に尽きるということです。どのくらい世の中に、あるいは周りの人たちに貢献できたか、ということ。お金持ちにもなりたいかもしれない。出世もしたいかもしれない。でも、それはあくまで結果に過ぎません。お客さまに、あるいは周りの方々、自分に手を差し伸べてくれる人たちに喜んでいただいた結果に過ぎない。人の役に立とう、もっといい仕事をしよう、もっと世の中に貢献しよう……。それを考え続けることです。 時には、なかなか結果が出ないかもしれない。思うような結果が得られないかもしれない。しかし、それでも、よりよい貢献はないか、と考える。そう考え続けることが、きっといいキャリアを作ってくれるのだと私は思っています。 |
1964年、香港生まれ。86年、香港大学工業工学部卒業後、キャセイ・パシフィック航空入社。87年、香港の中国返還に伴う政情不安からカナダに渡り、プロクター・アンドギャンブル・インク(P&G)入社。90年、ヨーク大学(カナダ)でMBA取得。95年、P&Gの北東アジア地域ヘルス・ビューティー・アンド・フード・アンド・ビバレッジ部門ファイナンス・マネージャーに就任。日本に赴任する。2000年12月、アマゾン ジャパンにファイナンス・ディレクターとして入社。01年4月、同社代表取締役社長に就任。趣味は映画鑑賞、読書、体を鍛えること。 |
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