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我ら“クレイジーエンジニア”主義 vol.25 後ろから来るバイクを身体が自動回避。パラサイトヒューマン研究の前田太郎
ロボットと人間の感覚運動に関わるマンマシンインタフェースとしてのウエアラブルロボット「パラサイトヒューマン」。これを研究テーマに掲げ、錯覚を利用するなど、独自のアイデアからインタフェースを研究。内外から注目を浴びている前田太郎氏を紹介しよう。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:07.08.08
クレイジー☆エンジニア
大阪大学教授
前田太郎氏
取材に訪れたテレビの女性キャスターの反応に、取材スタッフは驚いたのだという。「そんなに反応するのはおかしい」「ヤラセのように見えてしまう」……。キャスターが身につけたのは、両耳の後ろに弱い電流を流す装置。そして電流が流れると、キャスターの身体は、大きく右に倒れるほど傾いたのだという。せっかくの機会、実体験させてもらうことにした。ヘッドフォンのような装置を耳に付け、スイッチが入る。すると驚くべきことに、何もしていないのに、身体が大きく傾いてしまったのだ。これこそ、前田氏の研究成果のひとつ、平衡感覚への錯覚の実現である。挑んでいるのは、錯覚を用いることによる、感覚情報をそのまま伝えるインタフェースの開発。その発展形としてのコンセプト「パラサイトヒューマン」は、その独自性から話題となった。東大でニューラル・ネットワークの研究に従事し、旧通産省工業技術院機械技術研究所で経験を積んだ。
世の中は情報であふれているわけではない
 人間の平衡感覚は、内耳の上半分の三半規管などがあるところで作っているんですね。そこに電気刺激を与えたから、錯覚が起きた。もともと人間は重力方向に対して、まっすぐに姿勢を保とうとします。それに弱い電流を使って傾いたという錯覚を与える。だから、揺らぐわけです。つまり、電流の流し方で人間は揺らせるということ。

 人間に情報が入る手段は、感覚と呼ばれるプロセスがすべてです。同時に、人間の出力は運動しかない。言葉を発するという出力も、舌や呼吸器、のどの運動です。人間は、感覚で取り込んで、運動で出すしかない生き物なんです。逆に言えば、この点だけ押さえると、人間を情報的なブラックボックスとして定義できることになる。定量的な存在としてとらえられる。その情報を扱えれば、人間の研究ができるということ。そのために、人間に装着するタイプのインタフェースを開発しているのが、私の研究です。

 よく、世界には情報があふれかえっているという言い方をされます。しかし、これは違います。世界は現象であふれかえっているのであって、情報であふれかえっているわけではないんです。そして情報は、現象を測ってはじめて情報になります。その計測をしているのが、感覚です。いわば、計測のモノサシです。目であり、鼻であり、手触りもそう。身体というモノサシで測っている。もっといえば、人の身体の特性がモノサシを表している。つまり、身体の形が違えば、同じ現象を見ても、違う情報として獲得してしまうことになるわけです。同じ人間でも、寸法が違うと受け止め方が変わるのはそのため。生物全体で見れば、形が違うと、同じ現象でも受け止め方が変わります。要するに、人の形、「型」というのは、特性としてものすごく重要なものである、ということになるわけです。

 そして錯覚というのは、感覚異常や幻覚のことではありません。むしろ正常な感覚の一種で、ただ通常とは異なった現象を等価に感じること。錯覚の作り方と感覚の作り方はほとんどイコールなんです。だから、工学的に感覚を創り出すことには意味がある。さまざまな基礎的な研究をし、そのモデルを数理的に立てて、錯覚の設計に用いることができる。ある感覚を生み出す物理現象そのものではないけれど、同じ感覚を生み出す、扱いやすい物理現象を扱うのが、この研究の狙いです。その総体がパラサイトヒューマンであり、獲得した情報は人間に返す。人間の行動の「型」を得ることで、人間の行動のサポートができるんです。平衡感覚なら、例えば、後ろから来るバイクをセンサを使って検出し、自動的に身体をよけさせる、なんてことができる。家庭用のゲームをしながら、まるでレジャーランドの揺れる乗り物に乗っているかのような感覚を得られたりする。ほかにも、触覚や力覚など、さまざまな要素技術の研究を進めています。
人間とロボットの差はコミュニケーションが図れるか
 もともとメカ好きで、ずっと工作少年でした。小学校2年生のとき、ロボットを作る学者さんになるんだと言ったことを覚えています。中学の3年間は夏休みの理科の課題はすべて工作で、3年連続で賞ももらいました。同時にSF少年で、科学雑誌も好きで。漫画も当時から読みふけって、今はとんでもない量の蔵書になっています。ちなみに、この連載で登場された電気通信大学の稲見先生に『攻殻機動隊』を薦めたのは、実は私です(笑)。

 大学受験のときには、既に自分の進路をかなり定めていました。「やみくもにロボットを作ってもダメだ。必要なのはインタフェースと人工知能だ」。高校時代から、もうそんなふうに思っていて。周りの友人からは、わけがわからないと言われていましたが(笑)。でも、人間みたいなロボットがあるとすれば、人間についてわかっていなければ作れないわけです。そのときに感じたのは、人間とロボットとの差は、コミュニケーションができるかどうか。それこそが本質だと。受験のときには、どの大学に何の研究室があるのかを調べました。すると、東大の計数工学科に、ニューラル・ネットワークと人工知能の先生がいると知って、ここに行くと決めたんです。入学後、そんなふうに大学を選ぶヤツは珍しいと驚かれましたが。

 もっとも、期待が大きかった分、入って2年間の教養課程はショックでした(笑)。受験勉強がようやく終わって、やりたい勉強ができると思ったのに。ところが面白いサークルに出合えましてね。その名も、人工知能研究会。入学する前の年に先輩が作って、まだ3人しかいないサークルでした。それこそテニスや合コンなんてありえない。朝から晩まで人工知能について語らう(笑)。洋書を持ち寄って読み合わせしたり、プログラム書いたり。

 当時はまだ液晶テレビが出始めのころだったんですが、サークルで製作に挑んだのが、ヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)。工作少年だった私はハード担当。当時は学生の生活費の3カ月分はしたパソコンを小遣いをはたききって買って、みんなで持ち寄って。実際、ソフトも入れて作り上げたんです。そして翌年には、完成したHMDを応用して、ラジコン戦車にカメラを載せ、モーターで二軸に振る機能を付け、HMDの動きに合わせてカメラも動くようにして、学園祭に展示したんです。すると、何やらやたらと写真を撮っている男性がいる。「面白いことをやっているね」と。この人が、旧通産省工業技術院機械技術研究所の人でした。実は筑波で、同じ研究をやっている。よかったら、見学においで、と。興味津々です。自腹を切って筑波まで行って、しばらくお手伝いもさせてもらって。このときの思い切った行動が、後につながることになったんです。
人がやらないことが武器になると知った
 大学を卒業したら、大学院に進むつもりでした。ところが、試験日に体調を崩してしまって。でも、偶然というのは面白いもので、たまたま行く気もないのに、友人に連れられて受けた公務員試験が好成績だったことがわかって。それで、機械技術研究所の人に聞いてみたんです。もしかして採用試験はないですか、と。実際には研究所は院卒しか採りません。ところが、見学に行ったときのことを覚えてくださった方がいて、こいつは使えそうだ、と思ってもらったようで。当時、HMDなんて製品としてはほとんどなかった時代。学生が一から設計する、しかも人間の身体に合うものを作るなんてことは珍しかったはず。それでも、異例の学部卒採用。工作少年の作ったHMDが、自らの身を助けることになったわけですね。

 そして就職してからも、工作ノウハウは大いに生きることになりました。研究所で基礎を学び、これが作るノウハウと合致し、思った以上のものが作れる自分がいることに気づいた。ロボットの研究室に入りましたが、いろいろなものを次から次に作ることができた。入って最初に任された大仕事は、HMDの第二世代を作ることだったんですが、今も覚えているのは、この装置を載せる大きなリンク機構作りを任されたこと。その基本設計をほとんど行ったんです。言ってみれば、工作少年がいきなりロボットの世界に入って、第一線の仕事を任されたわけで、これはうれしかった。

 そしてこのとき、意外なものが役に立つことにも気がつきました。大学時代、図書館の隅っこでホコリをかぶっていた機構学の本を読みあさっていたんです。当時はメカトロの登場で、リンクやカムなんてはやらなくなっていました。半分ロストテクノロジーだった。ところが実際には、コンピュータに任せるよりも、リンクやカムで作ったほうが効率がいいものもあって。古いメカの知識を理解していたことが、装置設計にものすごく役に立った。人がやらないことが武器になると知った、ひとつの経験でした。
 
 
感覚を得ることは、行動を得ることと同じ。そして、獲得した情報は人間に返す。要素技術としてわかりやすいのが、平衡感覚の錯覚の応用だ。バイク検出用センサを取り付けておくと、バイクが後ろから近づいたことにセンサが反応、電流を流す装置で内耳の三半規管にある平衡感覚を司る器官を刺激し、電流を流すことで人間を揺らし、バイクをよけさせることができる。驚くべきは、当人がよけたことに後から気付くということ。センサと錯覚を組み合わせることによって、自動回避して、人間の安全をサポートすることになるわけだ。「平衡感覚の錯覚の装置は、女性のほうが反応がいい。お肌の手入れがいいから、水分量がちょうどよくて電流がよく流れるんです。逆に年配の男性は、皮膚の水分量が下がっていて、反応が鈍かったりします(笑)」
GPSのデモビデオ
 
 
歩行制御のもう少し進んだ使い方は、GPSと組み合わせた、ウォーキングナビゲーション。GPSケータイなどで、小さなマップを見ながら目的地まで行けるサービスがあるが、画面も小さく実際には四苦八苦しながら、というケースが多い。平衡感覚の錯覚とGPSを組み合わせることで、自動的に歩行を制御する。まっすぐ歩いているつもりでも、GPSの指示で自然に曲がったり。もちろん目をつむっていても進める。歩いているうちに、目的地に着けるわけだ。数pという誤差は難しいが、1mくらいなら範囲は守れるという。実験は、かつて在籍したNTTのロゴマークで。目をつむっても、愛社精神にあふれている、とプレゼンテーションで使ったとか。
 
 
スマートフィンガーという実験では、ないはずのない凸凹に指先が“触れられる”ことがわかった。爪の色でどれくらいの向きと圧力でものに触れているかを測り、爪の上に同じ方向に圧力を出せる振動モーターを取り付けた。面白いのは、空中でモーターが動いているときには、指先は何も感じず、モーターが震える振動を感じるだけ。ところが、指で机などをなぞると、机の上には凸凹はないのに、モーターの振動によって凸凹を感じとってしまう。デモ画面上では印刷された明暗にあわせてモーターが振動している。触覚の錯覚利用ともいうべき実験。これは、うまく使えば、視覚障害者向けの情報伝達に応用できるのではないかと考えている。
機械技術研究所では、遠隔地にいるロボットを操作する技術「テレイグジスタンス」の研究を行っていたが、やがてインタフェースの研究にのめり込むことになる。そしてインタフェース研究を進めるうち、かつての思いが確信に変わっていった。人間の特性を知らなければ、優れたインタフェースは作れない、と。以来、独学で心理物理など、人間の感覚と行動を研究するサイエンスの分野にも取り組む。やがてそれは、設計という得意分野を持ち、同時に人間についても理解しているインタフェース研究者という、独自のアドバンテージを築くことにつながった。5年半の研究所勤務の後、東大先端科学技術研究センターへ。博士論文を提出して博士号を取得。10年間の東大での生活を経て、NTTのコミュニケーション科学基礎研究所へ。民間企業での4年間の研究後、現在に至るという、研究者としてはかなりアグレッシブなキャリアを積んでいる。
 
やりたいことができないのなら、野垂れ死ぬだけだ
 もともと学部時代もニューラル・ネットワークを専攻しましたが、心理学に踏み込んで勉強して人間のモデルを立てたら、従来説明できなかったことが、説明できるようになっていたんです。面白いと思いました。そこで人間を学び、その特性を説明する研究を本格的に始めました。でも、機械技術研究所はモノを作る部隊ですから当然、「何やってんだ?」ということになる。でも、「ちょっと待ってください。必ず成果は出しますから」と、研究を続けさせてもらって。もともと設計は人より早くやれる自信がありました。人間を学んでアイデアが出れば、それをすぐに設計してモノづくりに落とせる。これは効率がいいと、すぐにわかりました。そして、装置を作り、人間を測り、特性を調べて、これを使って設計して、という流れを作ることができた。どちらか片方だけがあっても、できない流れです。結果として、次々に新しいインタフェースを生み出せた。

 実は研究の過程で、心理学をはじめとしたサイエンスに完全に心が向きかけた時期がありました。そのくらい、人間の研究というのは面白いんですね。でも、その道に進むまでには至らなかった。なぜなら、モノを作って、確認できないと納得できないから(笑)。サイエンティストたちは、そこまではやりません。モノは作らずに、もっと深掘りする。私に言わせれば、そこまでわかっているなら、モノづくりをしてほしいんですが、それは彼らの論理ではない。逆に私のほうはといえば、モノが作れないとつまらないんです。やっぱりエンジニアなんですね。結果として、その両方を押さえる「学際」領域に足を踏み入れてしまった。やりたいことをやろうとしたら、こうなってしまったということで。それぞれの分野からは、私はいつでも外様です(笑)。でも、それでいいんです。

 そもそも、やりたいことがやりたかったから、研究者になったんです。この点に迷ったことは一度もない。逆に、やりたいことができないのなら、野垂れ死んでもいいと覚悟しています。大学入試のころから、本当にそう思っていましたし、そう言っていました。研究者になるということは、自分のやりたいことをやって、それで行き詰まったら、やっぱり野垂れ死んでも仕方がないということ。好きなことをやるというのは、そういうことですから。
研究意義について、自己証明をしないといけない
 仕事キャリアも、どうすればやりたい研究ができるか、というこだわりの結果、ついてきたもの、といえると思います。ただ、漠然とできそうだ、というだけではなくて、戦略的な意味合いもありました。通産省の研究所を辞めて、東大の研究室に行くときには、博士課程を取ることや、自分の強みに磨きをかける目的もありました。人間情報工学、心理物理計測、生体情報計測といったものを、改めて深めておきたいとも思いました。実際、博士論文は人間の特性のモデルで取っています。工学部としては、珍しい論文でした。

 そして在職中に、「パラサイトヒューマン」に予算をいただくことができたんです。もともとのアイデアは、人工知能やインタフェースが、自分が生まれたときからずっと同じ体験をしてきた存在だったとしたら、どんな他人よりもわかり合えるのではないか、という思いでした。インタフェースと人工知能とロボット、そのすべてを組み入れた究極の存在が作れるのではないか、と。そのためには、人間が体験してきた情報を押さえる必要がある。同じ体験を共有するから、わかりあえるわけです。年取った夫婦があうんの呼吸でいられるのは、同じ体験を共有しているから。であれば、同じ体験を繰り返してきているインタフェースだけが、究極たりえるのではないか、と。まずは一緒に暮らす必要があります。一心同体でいるには、身につけてもらわないといけない。一緒に活動しないといけない。だからウエアラブルです。予算をいただけたおかげで、その全体像に挑めた。ただ、短期間でできるものではない。以来、要素技術の研究を進めながらの、僕のライフワークになっています。

 格好だけ作っていたら、まわりからは笑われておしまいだったかもしれないですね。でも、私の場合は、同時に必ず実験を行う。説明もする。奇妙キテレツなものを作る時点で、周りの反応は覚悟しないといけません。これは実際にやり始めて思ったことですが、従来の研究の流れに沿っていない時点で、その研究意義について、自己証明をしないといけないんです。そうしなければ、誰も見向きはしてくれない。それが現実です。
アイデアが次々と浮かんでくる記憶の仕方
 大学では設計面でも、いろんなアイデアを出しました。そもそも誰も作ったことのないものを作る、何もないところから思いつくのは、昔から得意でした。どうしてそんなふうになったのかというと、もともと記憶モノが苦手だった、ということがあります。だから、覚える方法を考えたんです。例えば、僕はコインセレクター式の小銭入れを持っています。100円と50円と10円が別々のセレクターに入る仕組みです。これは出すときにラクチンで早いです。でも、小銭を入れるときには面倒です。これが僕のアウトプットとインプットなんです。そして何か思いつくときというのは、パタパタといろいろな組み合わせで出てくるんですね。そのときに、セレクター式だからうまく引き出せる。僕は徹頭徹尾、何でもこれでやっているんです。覚えるのに時間がかかるのは、頭の中のどのセレクターに入れるべきかを考えているから。でも、出すのは得意です。思いつきやひらめきを鍛えたいなら、この方法はオススメですね。

 あとは、「もう一個だけ」という発想です。以前、中・高生向けに勉強の話をしたことがありました。何かをするとき、「ここまででいいや」「これで普通だろう」「こんなもんだ」という思いが出てきたとき、頑張ってもう一個だけ余計に考えてください、と。この、もう一個が積み重なると、実はものすごく大きな差になるんです。そして研究者になるには、この積み重ねをコインセレクターにしていけばいい、と。ただ、研究者というのは、仕事ではないんですよね。人種なんです(笑)。一度こうなると、何でも言われるたびに、「うーん」と考えて込んで記憶してしまう。大変ですよ、と(笑)。
 逆にいえば、そのしまい込み過程が面白さでもあるといえます。どのセレクターに入れるのかを探すのを楽しんでしまう。学校でも、質問をしてくる学生というのは、どのセレクターに入れるべきかを聞きたくて質問するんです。逆に質問してこない人は、ガマ口財布にドサッと情報を入れている可能性が高い。これはよくない。

 僕の座右の銘はシンプルです。「時間がもったいない」なんです。なぜ自分は好きな仕事にこだわっているか。仕事というのは、最も時間を食うからです。自分の好きなこと以外のことをやっていたら、人生はあまりにもったいない。多少お金を稼いだところで、楽しくなければ人生に意味などあるのか。だから、好きなことを仕事にする。やりたい仕事がいい仕事になるように持っていく。仕事だから嫌なことでも、好きなことは遊びで、という考えもあるかもしれない。でも、僕はそれでは人生の半分を捨てることだと思っています。時間というのは、すべての人に平等です。そしてボトルネックです。まずは時間から発想すべき。僕はそう思っているんです。
 
「NTTには、もっと長くいるつもりでした。自分としてもいたかった。とても居心地が良かったからです」。しかし、実は研究者としての時間が、あまりないことに気がついたのだという。「まず、私のような「学際」分野は、研究所にいても人材が来てくれません。となると、自分で育てないと手駒は増やせない。そして手駒を増やせないと、研究も行き詰まる可能性がある。自分の考え方を教えられる場は、大学しかないわけですから」。年数を換算して、育てるのに5年かかるなら、成果が出るのはもっと先ということになる。「もうひとつは、大学に何年いられるか、ということです。10年で成果は出せるのか。15年は必要ではないか。冷静にそう考え、ちょっと早いが出なければなるまい、と」。

 
対象物をなぞることで人間は対象物の長さなどを認識してきた。しかし、それは対象物が止まっているのが前提。動き始めると、実は認識できなくなる。極めて独特な「学際」分野だ。「よく研究の軸がブレませんね、と聞かれることがあります。でも、多くの人の軸がブレるのは、実は不安になるから」。研究の過程でこんなことがあるのかな、と思うと、ついつい過去の似たようなものをさかのぼってしまいがちなのだという。「それに影響されて軸がブレるんです。自信を持つには、「どうして」という理由を最後まで言えるようにすること。どうしてこの研究なのか、軸を突っ張り切るには、理屈が必要なんです」。前田氏は、すべての質問に最後まで答えきれるという。それが自信につながっている、と。逆にいえば、研究者はこれができていないといけないということだ。

 
携帯電話が自分を牽引してくれる。そんなバーチャル力覚の研究も進める。物理的には不可能なこんなことも、感覚上は可能。加速度に偏りを持たせて錯覚させるのだ。「これで人間のことがわかるのか。常に自分で問うてきたからこそ、人の問いにも答えられた。正直なところ、僕が生きているうちに、人工知能と呼べるロボットができて『やぁ』と言ってくれることはないでしょう。でも、少なくとも僕は、こういう青写真があり、あとは細部を詰めればできる、というところまで青写真を見極めて死にたいんです。そのために研究しているといっていい。研究はすべてがうまくいくわけではありません。後戻りするか、突き進むか、そして青写真につながるかどうかが判断基準なんです」
profile
前田太郎
大阪大学 大学院 教授
情報科学研究科 バイオ情報工学専攻 人間情報工学講座

1965年、兵庫県生まれ。87年、東京大学工学部計数工学科卒。通産省工業技術院機械技術研究所に入所。同研究所、ロボット工学部バイオロボティクス課研究員を経て、93年に東京大学先端科学技術センター助手、95年同大学院工学系研究科助手、98年同大学院工学系研究科講師、2001年同大学院情報学環講師。その後、日本電信電話株式会社入社。NTTコミュニケーション科学基礎研究所主幹研究員を経て、2006年より現職。人間の空間知覚特性とモデル化、マンマシンインタフェース、テレイグジスタンス、バーチャルリアリティ、錯覚利用インタフェース、ウエアラブルロボット・パラサイトヒューマンの研究などを行っている。
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