出産後の復帰を２度目の転職で成功させたM.Aさん

生涯現役を望む女性エンジニアにとって、出産はキャリアプランを揺るがす一大事。近年は少子化対策もあり復職・育児支援制度などの広がりも見られるが、まだまだ万全とは言えない。M.Aさんは転職を重ねて満足のいく復帰を果たした。

（取材・文／中村伸生　総研スタッフ／山田モーキン）作成日07.07.13

女性エンジニアにとって、結婚や出産はキャリア形成を大きく左右する。特に出産の場合、その準備と育児の初期には開発業務やそのほかの専門業務を一時期離れなければならず、キャリアの空白期間が起きる。出産・育児を終えた社員の職場復帰を支援する制度が大手企業を中心に出現し始めたが、その運用は簡単ではないようだ。現にM.Aさんは中途半端な運用に不安を感じ、出産前に勤務していた大手SIには戻らなかった。少子化の折、いや、それでなくとも優秀な女性エンジニアが出産を機に引退を選択するのは惜しまれる。公募による2回の転職で、自身のキャリアの継続と子育てに支障のない勤務環境を引き寄せたM.Aさんのケースを、女性に限らず多くのエンジニアに見てもらいたい。

		大手SI直系企業　ソフトウェア品質検証リーダー　M.Aさん（31歳）

		大学卒業後、大手電機直系のSI企業に就職。結婚後、懐妊を機に退職。お子さんが保育園に入園できる状況になりエンジニア復帰を決意。転職サイトで応募したソフト開発会社を経て現職。

転職前
（ソフトウェア開発・30歳）

転職後
（ソフトウェア品質検証リーダー・31歳）

年収500万円（残業代込み）

給与

年収450万円

10時間～12時間
（開発状況による）

勤務時間

8時間～10時間
（週の半分は残業ができない）

典型的な客先開発。プロジェクトによって環境は千差万別。

職場環境

客先で検証作業をすることも多い。

プロジェクトによって千差万別。一人の開発エンジニアとして特別扱いはされない。

職場の
人間関係

大型プロジェクトに検証のスペシャリストとして参画するので、プロとしての扱いを受ける。

最初は希望の検証業務だったが、生産性の低い開発案件に頭数をそろえるためだけのような配属をされるようになった。

仕事の中身

ソフトウェアが当初設計どおりに開発されたかどうか、総合的なテスト（検証）を行うスペシャリスト。

開発メンバーの一員として、下流工程の一部を担う。仕様がFIXされておらず、線表どおり進んでいないので、仕事の段取りができない。

仕事の
進め方

担当プロジェクトのPMやPL、クライアントの担当者とコミュニケーションをもち、設計内容を把握。プログラム製造・単体テスト後に、構想どおりのシステムがミスなく完成したか、品質面を中心に総合テストを行う。

ソフトウェア開発プロジェクトでデバッグなど。

仕事の役割

検証フェーズの総責任者。開発システムの品質責任を背負う。

出産後、当初は新卒入社した大手SIに復職制度を利用して職場復帰する予定だった。何より信頼していた上司から「戻ってきてほしい」と言われていたし、ソフト開発エンジニアとしての仕事内容や職場環境にも満足していたからだ。それが暗転したのは、子供も歩き始め、復職予定の月が迫ってきたころだった。同僚からの、上司が異動して組織体制が大きく変わった、というメールが届いた。それだけならまだしも、新しい上司は他部署で部下とのトラブルが頻発し、何かと問題を起こすと聞く人物だったのだ。復帰先のチームは変えられない。さんざん悩んだ揚げ句、転職によって新しい会社で再スタートすることを選んだ。

転職サイトを使って応募活動を始めた。最初は、今から思えば少々わがままな条件を設定して応募したい企業を探した。実は夫の収入で家族は十分に暮らしていける。私が復帰を願ったのは、純粋にエンジニアとして手ごたえのある仕事を続けたかったからで、それゆえ、仕事のために育児に支障をきたすことがあってはならないと考えた。幼子を保育園に預け放しにもしたくない。
そう考えて、自宅の近隣で、勤務時間10時から16時半くらいまでの開発職を大手IT企業で……という条件を設定したのだが、そんな都合のいい企業・募集があるわけがなかった。自宅は郊外の住宅地なのだ。

そこで、妥協できる点は妥協し、譲れない点は譲らないで、条件の幅を広げてみた。それが、通勤時間1時間以内、勤務時間は9時から17時までで多少の残業ならOK、中堅規模以上のIT企業という設定である。

するといくつかの企業が転職サイト上で検索された。応募してみるとどの会社も意外とスムーズに面接が進む。コールセンターのオペレータやサポート職などの募集企業は「明日からでもぜひ来てほしい」という返事だったのだ。その中から、中堅ソフト開発企業A社を選社した。スケジュールが組みやすい検証チームのリーダー。客先まで40分。残業は多い月でも40時間。ここなら何とかやっていけそうだと思い、すぐに入社を決めた。そして、そこからしばらくは仕事と育児の両立が実現できた。

ところが、数カ月後に勤務環境が破綻した。プロジェクトが終了したのだが、次にアサインされたのは検証業務ではなくて、勤務が不規則な開発業務だったのだ。しかも生産性の低いプロジェクトで、スケジュールの進捗は滞っている。予想したとおり残業が急増した。必然的に夫の育児負担が重くなった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。会社に配置換えを掛け合ったが取り合ってくれない。もう一度、転職しなければならないと思うようになっていった。

もう、家庭を犠牲にはできない。会社選びに際して、まずは膨大な残業を押し付けられない会社かどうかの見極めを行った。残業があるかないかではなく、押し付けられるかどうか、である。これまでの経緯を通して学んだのは、残業が多いとか少ないとかの情報をうのみにしてはいけないということだった。IT業界では、開発案件や状況によってどうしても残業は発生する。だから、残業はない……なんて確約はできないはずだ。重要なのは、子育てをしていることに配慮してくれる風土かどうかである。会社選びも、結局は人と出会えるかどうかなのだろう。

もちろん、ワーキングマザーであることに甘えてばかりいるつもりはない。多少の残業は受け入れるし、十分な戦力として自分のパフォーマンスも保証する。育児に手のかかる期間を終えれば、配慮してもらった分以上のものをお返しできるように会社に貢献したいとも考えている。

もうひとつ、前職で得た貴重な知識があった。検証業務はやりがいがありながらも、時間拘束が予測しやすいものだということである。検証業務に就けるなら、育児との両立も難しくないだろう、そう考えたのだ。

以上、ワーキングマザーへの配慮と検証業務にこだわり、再び転職サイトにアクセスするようになった。

2度目の転職活動で首尾よく入社したのは、検証工程の専門サービスをもつ企業である。そこで検証業務のスペシャリストとして働くことになった。経験が生かせて、検証に関する技術が勉強できて、しかも自分のチームをもって検証フェーズに臨める。このうえない環境だ。

面接の際に、ワーキングマザーとしての勤務を応援してくれる社風であることも伝わってきた。その言葉どおり、週に2回は定時で帰られるように勤務を設定してくれたり、訪問がしやすい担当顧客にアサインしてくれたりするなど配慮も行き届いている。それだけのケアがある以上、エンジニアとして期待以上の成果を挙げなければならないと考えている。

・何より育児とキャリア継続の両立が図れた。
・自分の専門性を高められる企業と出合えた。
・自分のプロジェクトを最初からもたせてくれた。

・特になし

単に条件設定だけではなく、勤務イメージや採用企業の風土を考慮して柔軟に転職先を探すことで、子育てとキャリアアップの両立を図れる企業と出合えるのではないだろうか。そこには多少の妥協も必要だろうが、柔軟に考えた分だけきっと満足のいく結果が得られるはずだ。また、M.Aさんはワーキングマザーとして優遇されることばかりを要求したのではなく、彼女に仕事への真摯なスタンスや出産までに努力して十分な獲得スキルがあったことも見逃せない。だからこそ多くの企業が彼女に内定を出したのだろう。M.Aさんと同じようにワーキングマザーを志向する女性エンジニアの方々に、少しでも参考になれば幸いである。