• はてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
角アールの繋がり・ラインの幅etc. 松下電器のデジカメ開発から探る 0.1oの攻防に学べ! エンジニアのデザイン必要論
要求される能力が違うデザイナーとエンジニアは、仕事のうえで対立しがち。そうはいっても「モノづくり」を行う立場同士、協力しなければ仕事は進まない。そこで今回、松下電器のデジカメ開発を参考事例に、両者の最適な関係性について検証したい。
(取材・文/宮尾有希 総研スタッフ/山田モーキン)作成日:07.05.10
検証 松下電器産業(株) デジカメ開発におけるデザイナーとエンジニアの最適な関係を探る
 2006年3月に掲載した「そんなの作れるか!ゴリ押しデザイナーに負けない技術」では、使いやすさを無視する、設計の知識がない、ムチャを言ってくるデザイナーに悩まされるエンジニアの苦労が浮き彫りになった。より優れた外見を追求するデザイナーと、それを機能的に実現するエンジニア。目指す地点はどちらも「売れる、いい商品を作りたい」という一点のはずなのに、お互いのこだわりを理解できず、衝突は多くなりがちだ。そうは言っても、モノづくりをする立場同士、協力し合わなければ仕事は進まない。円滑な関係を築くためには、どうすればいいのだろうか?
  そこで今回、松下電器の新作デジタルスチルカメラ「LUMIX FX30」を開発したエンジニアとデザイナー双方に、相手に求めるものや、協力して仕事をしていくうえでの苦労について話を聞いてみた。
松下電器産業株式会社 パナソニックAVCネットワークス社
プラズマテレビをはじめ、液晶テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラ、デジタルビデオカメラなど、PanasonicブランドのデジタルAV機器の設計開発を手がけている松下電器産業の社内カンパニー。ネットワークテレビの開発など、ユビキタスネットワーク社会の実現に向けて先進的なデジタル技術開発を推し進めている。
松下電器産業株式会社 パナソニックAVCネットワークス社
デザイナー(左)中村誠氏 エンジニア(右)山下修司氏
デザイナー(左)
中村誠氏
パナソニックデザイン社
AVCNモバイルグループ
主幹意匠技師


1973年松下電器産業に入社。オーディオ、ビデオカメラなど多数のデザインを手がけた後、2001年からのDSC参入に向けて2000年よりDSC開発プロジェクトに参加し、LUMIX初号機から最新機まで、ほぼすべてのLUMIXのデザインを担当・統括している。
エンジニア(右)
山下修司氏
パナソニックAVCネットワークス社
DSCビジネスユニット
商品開発グループ 主任技師


1986年松下電器産業に入社、DSC(デジタルスチルカメラ)の外装設計を担当して5年目。デザイナーの求める外装を実現するため、回路設計部隊やレンズなどのメカニック部隊との調整役をこなしつつ、設計を行っている。
1.エンジニアとデザイナー 基本的な仕事の進め方について
デザイナー 中村氏
LUMIXを開発する基本的な仕事の進め方をお伺いしたいのですが。
 まず、企画部門が中心になって今回の商品コンセプトを決めます。それをベースにアイデアを出し、ラフスケッチを起こしていくのですが、担当は決めずに、5人いるLUMIXデザインチームの全員でアイデアを出し合います。出てきた案は何十枚もの原寸イラストに起こし、企画や設計と検討を繰り返しながら候補を3つくらいに絞り、モデルメーカーでコンセプトモデルを作成、製品イメージを具体化します。ここまでは主に企画とデザイナーの仕事ですね。
エンジニアがかかわってくるのは、その後ですね。
 そうです、デザインが決まったら、設計者に原寸デザイン画を渡します。当初、LUMIX担当デザイナーは私しかいなかったので、原寸デザイン画のデータを渡して、それを基に設計してもらう体制をつくりました。図面を引く時間と手間の節約になりますから。で、ここから、このサイズに機能がすべて入るのか、実現できるのかという、設計者との葛藤が始まるわけです(笑)。
エンジニア 山下氏
設計者は、デザイン画を渡されたら、最初にどこを見ますか?
 やはり、サイズです(笑)。プリント基板、レンズ、バッテリーなどの部品をどう配置したらこのサイズに収まるのかな、と。特に今回のように最初から「スリム化」がテーマの商品は、薄さが重要。現行の部品はどこまで使えるのか、配置はどうしたらいいのか、CADで設計を書きながら、中身のコーディネートをまずは考えていきます。
今までの部品では難しい部分もたくさん出てきますよね?
 もちろんです。だから外装設計は、品質やコストを意識しながら「回路はこのサイズ以下で頑張ってよ」「レンズはこのくらい薄くできない?」と、回路設計部隊やメカニック部隊の設計チームに提案するプロデューサーのような役目(実際は泥臭い調整役)もあるんです。デジカメはデザイン性を重視する商品なので、なるべくデザイナーの考えているとおりに商品化するのが外装設計者の役割。小ささだけではなく、エッジの微妙なカーブや素材感などを実現するため、さまざまな分野のエンジニアや部品メーカーと話し合いながら、できることとできないことを明確にしていきます。
2.エンジニアとデザイナー それぞれの仕事に対するこだわりのポイント
デザイナー 中村氏
新作「LUMIX FX30」をデザインするうえで、特に意識したポイントは?
 いかにコンパクトにスタイリッシュにするのかが最重要ポイントです。このFXシリーズはLUMIXブランドのイメージシンボルのような位置づけにあるので、新作を出すからには、薄さ、小ささ、デザイン性の高さ、すべてにおいて進化が期待され、求められます。「より小さく」「ハイスペックに」というデジカメ業界の流れの中で、競争力をもつためにも大切なことです。
特にこだわった部分は、やはり薄さですか?
 薄さですね。「もうちょっと頑張ってよ」と粘りました(笑)。さらに1o薄くする余裕がないのはわかっているので、0.1o単位で、少しでも薄く!と。あとは、角アールと別のアールとがなめらかにつながっていること、上と横をぐるりと走っているステンレスの帯の幅。端子の開口部がライン上にあるため、もう少しラインの幅を太くしてくれとうちの山下には言われたのですが、そこを0.1oでも譲るとバランスが台なしになるので妥協しませんでした。
エンジニア 山下氏
外装設計者として、譲れない部分はどこですか?
 絶対なのは、安全性、品質、量産性、コスト、開発期間です。とは言っても、設計者として安心な方向にばかりもっていくと、コストも不良品も少なく、だけどやぼったくてつまらない、売れないものになる。そんなものは商品として失敗です。設計者としても魅力的で売れる商品を作りたいので、譲れない条件の中でデザインの意見を最大限生かせる方向を探します。
すいぶん難しい判断もあると思われますが?
 いつも悩むところです。コスト、期間、デザイン性などを総合的に考えて、今ここでチャレンジすべきか否かという判断を毎日のように下していかなければいけないのが、外装設計でいちばん難しい、答えのない世界です。たまにはデザインさんに泣いてもらうことも、やはり出てきますね。
3.エンジニアとデザイナー  相手に対するそれぞれの思い
デザイナー 中村氏
エンジニアに求めることは、何かありますか?
 設計者には、ぜひともデザインを見る目を養ってほしい。センスがある人とない人では、設計の仕上がりが全然違います。カーブのラインのコンマ単位の重要性をわかってくれているとありがたいですね。「1oくらいラインの幅が太いからって、なにが違うの?」と設計者が思っていると、全体がどんどん崩れて、まったく魅力的なものに仕上がらない。もちろん、こちらもデザインがもつ意味をきっちり説明しなければいけません。
具体的な要望など、あれば。
 デザイナーだけがデザインするのではなく、設計者からも「新しい素材ができたから、こんな形も作れるよ」なんていう提案があるといいですね。それを受けてデザイナーがさらに上のレベルで仕事をしていけば、よりよい商品に反映されると思います。デザイン画だけじゃ商品にはなりません。最終的には量産できる良いものをエンジニアに実現してもらわないといけないですから、一心同体です。
エンジニア 山下氏
デザイナーと、どういった形で仕事をしていますか?
 しょっちゅう設計のフロアに来てもらって、一緒に端末でCADを見ながら、入り込んでやってもらっています。面の張り方、カーブのアールの取り方、ほとんどの形状をデザイナーと一緒に決めます。こちらだけで決めると違ったものができてしまいますから。開発期間はどんどん短くなっているので、部署の壁なんて言っていられません。
山下さんにとってデザイナーの存在とは?
 外装設計をやる以上、デザインは切っても切れない存在です。特にデジカメのようなポータブル商品はデザインありきだと思うので、どういう狙いでデザインされているのか、細かく聞いておきたいですね。それによって設計するときの考え方が変わってきますから。あと、デザイナーは感性の優れた人が多く、思いがけないアイデアが飛び出してきてビックリすることがあります。そこは楽しんで受け止めていきたいです(笑)。
4.エンジニアとデザイナー  それぞれがよりよい関係で仕事をするための今後の課題とは?
デザイナー 中村氏
よりよい関係のために、デザイナーが努力すべきこととは?
 エンジニアに、そのデザインを好きになってもらえるよう努力することが何よりも大切です。好きになれば、全員のモチベーションが違ってきます。条件が厳しくても「やれるところまで、精いっぱいやろう」と思ってもらえる。好きになったもののためなら、誰だって頑張れるんです。
  そのためには「こいつが出してくるデザインは売れるし、いいよね」という実績を、繰り返し、繰り返し、実現していくことです。それがデザイナーのいちばんの肝だと思います。実績を積むことで、言葉に説得力が備わり、発言力が出て、人が動いてくれるようになる。時間はかかりますが、それ以外に近道はありません。口でうまいことを言っても、人は動きませんからね。
エンジニア 山下氏
よりよい関係のために、エンジニアが努力すべきこととは?
 デザイナーの要求どおりにできないときには、なぜできないのかをキッチリ説明し、提案をすること。コスト的にできないのか、物理的になのか、できるけれど期間が厳しいのか。じゃあどうするのか、あきらめるのか、次の商品のときに実現するのか。説明して、納得してもらって、理解を共有することが大切だと思います。
  あとは、コンマ単位で全体の見え方がぜんぜん違ってきてしまう、というデザイナーの感性を信頼すること。どんな細部でもデザインにはすべて意味があり、それを守ることでトータルのバランスが保たれていることを理解しておけば、各パーツの担当者にも「このラインの幅を厳守するために、一緒に頑張ろう」と伝えられます。
まとめ 今回の事例から見えてきた、エンジニアとデザイナーの正しい関係・そしてエンジニアにとっての「デザインの必要性」とは?
「もっと先進的なデザインを」と考えるデザイナーと、「安定して量産できるものを」設計するエンジニア。違った使命をもつお二人の協力関係が、ときに衝突しながらも悪化していない理由は、安全性やコストなどの絶対的な条件を双方が了解していることと、「魅力的な、売れる商品を作るためにチャレンジしよう」という方向にブレがないことだ。
  いまや機能と同じくらい「デザイン」は顧客が商品を選ぶうえでの重要なファクターである。売れない商品を開発したいエンジニアなど存在しないのだから、開発を結果的に成功させるためには、エンジニアはデザイナーの言葉にもっと耳を傾け、“デザイン感度”を高めることが必要なのではないだろうか。エンジニアが高い感性でデザインを語れるようになれば、デザイナーがヘンテコなデザインを押しつけてくることも、逆に不可能になるのだから。
  • はてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録

このレポートに関連する企業情報です

各事業会社の事業成長の支援、グループ全体最適の視点からのダイナミックな成長を目指した中長期のビジョン策定、経営戦略の作成・推進続きを見る

あなたを求める企業がある!
まずはリクナビNEXTの「スカウト」でチャンスを掴もう!
スカウトに登録する
山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ 山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
今回の取材では終始、冗談を交えながらも和気あいあいとお答えいただいたお二人。しかしながら仕事に対するこだわりに関する質問に対し、真剣なまなざしで熱く持論を展開されるお二人のご様子を見てエンジニアとデザイナー、それぞれの「プロフェッショナル」としての誇りを間近で感じ取ることができました。

このレポートを読んだあなたにオススメします

寸法交差で意見が衝突、図面の不備に生産現場で尻拭い

譲れないモノづくり魂!設計★生産技術☆壮絶バトル

以前紹介した「営業」VS「エンジニア」の壮絶バトルシーン。しかし同じエンジニアの間でも、バトルシーンや逆に協力し合う感動エピソー…

譲れないモノづくり魂!設計★生産技術☆壮絶バトル

限られた条件の中で、どこまで顧客に向き合えるか?

ベテラン建築士が語る家づくりの“本質”

「人生で一番の買い物」と言われる戸建て住宅。その作り手である住宅メーカーには個社ならではの特徴があり、個人の設計事務所で腕を振る…

ベテラン建築士が語る家づくりの“本質”

発見!日本を刺激する成長業界

デジタルサイネージが作る広告業界の新潮流

発見!日本を刺激する成長業界街角でしばしば見かける電子広告に今、大変革が起きている。装置のある場所や時間に合わせて広告コンテンツをアクティブ制御する技術、映…

デジタルサイネージが作る広告業界の新潮流

究極の「集約と共有」で、TCOの大幅削減を実現する

パブリック&プライベートクラウド構築の最適解を探せ

ますます加速する企業のクラウド導入の動き。その中で今回注目したのは、「パブリッククラウド」と「プライベートクラウド」の使い分け。…

パブリック&プライベートクラウド構築の最適解を探せ

グーグルエンジニア4人が語る「世界を変える私のイノベーション」Vol.1

日本独自のGoogleロゴを描く川島優志のイノベーション

人気企業の採用実態Googleならではのイノベーションとは何か。4人のエンジニアやクリエイターが、主導したプロジェクトを題材に、それぞれの視点で語…

日本独自のGoogleロゴを描く川島優志のイノベーション

応募者は「イケた!」と思ったのに……なぜ不採用?

スキルが高い人材でも「NG」を出した人事の証言

求人の募集要項にあるスキルは満たしていたのに、なぜか結果は不採用。そんな経験をした人も多いのでは? では、採用に至らな…

スキルが高い人材でも「NG」を出した人事の証言

この記事どうだった?

あなたのメッセージがTech総研に載るかも

あなたの評価は?をクリック!(必須)

あなたのご意見お待ちしております

こちらもお答えください!(必須)

歳(半角数字)
(全角6文字まで)
  • RSS配信
  • twitter Tech総研公式アカウント
  • スカウト登録でオファーを待とう!
スマートグリッド、EV/HV、半導体、太陽電池、環境・エネルギー…電気・電子技術者向け特設サイト

PAGE TOP