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裁量労働制を広げる日本HP、様々な働き方を尊重する日本ユニシス  大手ITベンダー“在宅勤務”一斉導入の真意
2006年8月、大手ITベンダーによる在宅勤務に関するニュースが各紙面で躍った。育児や介護中の人だけではなく、全従業員を対象とするケースも多い。近々、エンジニアの働き方に大きな変化がありそうだ。では、企業が在宅勤務制度を導入する真意は何か、検証する。
(総研スタッフ/関洋子 イラスト/takashi kuwahara)作成日:06.11.29
IT業界で広がる在宅勤務
大手ITベンダーが続々導入を発表
 2006年8月、日本ヒューレット・パッカード(HP)、日本ユニシス、日本電気、NTTデータの大手ITベンダー4社が、システム部門全体や全社員を対象に在宅勤務制度を導入すると発表した。
 日本アイ・ビー・エムなどの先進的な企業ではいち早く在宅勤務制度を導入していたが、これまで日本の大手企業では、在宅勤務を育児中の女性などに限定した導入がほとんどだった。しかしなぜ、このタイミングで限定を解除し、全社員を対象に導入する動きが顕著になってきたのだろうか。
 その背景として一般的に語られている理由の第一が、ブロードバンドや情報技術の発展により、場所を問わず仕事ができる環境が整ってきたことである。ある調査によると、いまや家庭のブロードバンド率は7割を超えているという。もちろんインターネットが普及しただけではない。ハイスペックPCの価格が下落していることに加え、インターネットVPNなどセキュリティ技術も向上しているからだ。
 第二にエンジニアの側にも、場所や時間にとらわれた働き方をしたくないという傾向があること。特に若手になるほど、自分の価値観やライフスタイルを重視し、仕事だけではなくプライベートの時間も充実させたいと考える人が増えているからだ。その背景にあるのが、欧米系をはじめとする外資系ベンチャー企業が多数、進出してきたことだ。欧米系の企業は、日本企業よりもプライベートを重視する傾向が強い。例えば米クアルコム社では、午前中はサーフィンをし、午後から出社というエンジニアもいるという。成果が出るのであれば、働き方は特に問わないということだろう。日本のベンチャー企業もそれらに倣い、各エンジニアのライフスタイルに合わせた働き方ができるような仕組みを整えつつある。もちろん、優秀な人材を囲い込みたい大手ITベンダーも手をこまねいているわけにはいかない。ワークライフ・バランス(仕事と生活の調和)を重視する施策のひとつとして、在宅勤務制度を用意したのだろう。
政府も在宅勤務を後押し
 さらにもうひとつ、在宅勤務制度が続々と導入される背景にあるのが、政府の後押しだ。その一例が2004年に厚生労働省が発表した「情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」である。企業が適切に在宅勤務を導入、実施するための労務管理のあり方や労働基準関係法令の適用とその注意点、在宅勤務を適切に導入、実施するための注意点などが明らかにされているからだ。
 では今このタイミングで、ITベンダーが在宅勤務制度を導入する真意とは何か。また全社員が本当に対象となるのか。セキュリティの確保や評価に関して、本当に問題はないのか。取材を元に各企業が導入する在宅勤務制度の実際の姿を明らかにしていこう。
導入企業の真意
Case1 在宅勤務の導入は、裁量労働制拡大の一環──日本ヒューレット・パッカード
裁量労働制が認められることは誇り
「在宅勤務の導入は、裁量労働制の拡大とワークライフ・バランス実現の一環なんです」と語るのは、人事企画部部長の錦戸太郎氏。ちなみに裁量労働制とは、労働時間ではなく成果に応じて報酬が決定する働き方のことである。「当社は裁量労働制をコスト削減のためではなく、各自の主体性に任せて仕事に取り組んでもらいたいという思いから、導入しています」と錦戸氏は語る。

 ただ日本HPでは全社員に裁量労働制が適用されているわけではない。「現在、裁量労働制で働いている社員は800人程度です」(錦戸氏)というように、一部の社員にのみ適用されている。それをもう少し、適用範囲を拡大しようというのだ。というのも、現在の業務は知的生産性が高く、時間で評価するのは妥当とはいえないからだ。
 また裁量労働制を適用されている社員からは、「適用されることに誇りを感じるし、働きやすい」という声が多かった。そこでこのタイミングで裁量労働制を拡大しようということになったのだ。その動きの一環に、在宅勤務の導入があった。
錦戸太郎氏
人事統括本部
人事企画・コミュニケーション本部
人事企画部 部長

錦戸太郎氏
分散オフィス、グローバル化により在宅勤務導入の障壁が下がる
 在宅勤務導入を決定した理由の第一が、同社のオフィスが分散していること。「自宅を分散オフィスのひとつと考えてもいいのではないかと考えたのです」と錦戸氏。
 第二に、エンジニアも顧客先で仕事をするケースが増えていること。実際、エンジニアの部署においても、各人の個席は用意されておらず、2人に1席の割合になっているという。つまりオフィス以外の場所で仕事をすることは、もはや一般的なことともいえるからだ。
 第三に組織がグローバルであること。「例えば、自分の上司が日本でなく海外にいる社員もいます。グローバル企業では、上司が常に身近にいるとは限りません。つまり在宅勤務を導入しやすい素地が整っていたのです」(錦戸氏)。

 家庭での通信インフラも整備され、セキュリティ上の問題もクリアできるようになった今、在宅勤務制度の導入を全社員を対象に検討することになった。
来年中盤以降には正式導入を予定
「現在、数部署でトライアル中です」(錦戸氏)という。その結果をみて、来年の中盤以降に在宅勤務を正式に導入する予定だ。まずは裁量労働制の対象者を拡大し、その人たちを対象に導入していく。

 とはいえ、在宅の結果、労働時間が長くなることにつながらないか、社内外のコミュニケーションが円滑にできるかなどよく検討すべき点は多い。「特に残業過多にならないように注意する必要があります」と錦戸氏。日本HPでは昨年度から、残業削減に取り組んでいる。今後、開発や保守などのエンジニアにも在宅勤務のトライアルを導入していきたいと考えている。
 在宅勤務のスタイルは、仕事のタイプやスケジュールにより一日でも半日でもかまわない。「実際に導入しても、一日中家で仕事ができる日はあまりないかもしれません。ただ導入することによって、オフィスに行かなくても、なにかのときどこででも仕事ができるという心理的な余裕も得られる。それはワークライフ・バランス実現のうえで大きなメリットだと思うんですよ」(錦戸氏)。
Case2 在宅勤務は、働き方の選択肢のひとつ──日本ユニシス
育児関係制度の大幅改定の一環
 日本ユニシスが在宅勤務制度を導入した背景にあるのが、「仕事への意欲のある人たちが、育児や介護などの諸事情で仕事を辞めていくのをなんとかサポートして、仕事ができる環境を提供したい」という思いである。それがこの8月に発表した育児関係制度の大幅改定である。人事室のグループマネージャーの石塚隆記氏はこう語る。
「例えば1日2時間まで勤務時間を短縮できる短時間勤務制度は、高校卒業時まで対応可能にするなど、思い切った制度も新設しました。それらの一環に、在宅勤務制度の導入もあります。当社の従業員全員に、仕事とプライベート双方の充実を図ってほしいと思っているのです」

 ワークライフ・バランスという観点から在宅勤務制度を導入するため、対象は育児や介護をしている人だけではない。
「自律的に仕事ができ、かつ業務上に支障がなければ、誰でも活用できる制度なんです。『在宅勤務=楽になる』というわけではありません。通勤時間を有効活用し、スキルアップや趣味の時間に充てるなど、日々の生活を充実させてほしいのです。心のゆとりにしてもらえたらいいですね」(石塚氏)という。

 今年の12月までは施行期間として、技術系、スタッフ系の複数の希望者を対象に在宅勤務を導入中。実運用者にメリットやデメリット、課題点などをヒアリングしたうえで、来年早々から正式導入を予定している。
石塚隆記氏
日本ユニシス
人事部
人事室
グループマネージャー

石塚隆記氏
1週間に一度の出社で、職場仲間との疎遠感を解消
「在宅勤務は自宅がたまたまオフィスであるというだけ」と石塚氏が語るように、在宅勤務を活用する際の決め事がある。そのひとつが就業時間と終了時間を、必ず上司に連絡すること。「在宅勤務であっても、フレックスタイムの適用は可能です。だから今日は何時に仕事を開始し、何時までで終了したという報告はしてほしいのです」(石塚氏)。
 第二に、週に一度、出社することだ。「1週間の成果を上司に報告するためだけではありません。これは職場仲間との距離を感じさせないための方策なんです。日ごろ顔を合わせない分、通常勤務以上のメンタル面のケアは必須だと思うのです」と石塚氏は語る。
 また「仕事場所の簡単な見取り図なども提出してもらう」と石塚氏。仕事場所の把握は、労災などの観点からも不可欠だからである。
就業環境の整備をトップダウンで推進
 先述したとおり、日本ユニシスでは毎月1回、在宅勤務の従業員にアンケートを実施している。そこではSIerならではの課題も見えてきた。例えば、顧客の環境を再現するため、特定のソフトウェアを自分のパソコンにインストールすることもあるだろう。日本ユニシスの在宅勤務者は、オフィスと自宅双方にPCを設置する。その場合の自宅PCは、ハードディスクやUSBポートをもたないセキュリティPCとなる。しかしそれでは自宅で顧客の環境が再現できないため、私用PCに特定のソフトウェアをインストールすることもあるかもしれない。それは可能なのか、またその際のライセンス料はどうなるのかなど、「検討していかなければならない課題はある」と石塚氏。
 もちろんこれらの課題の解決をするのも大切だが、もっと重要なこともある、と石塚氏。「在宅勤務が本当に定着するためには、管理者の意識の変革も必要です。そこで当社ではトップダウンにより、在宅勤務制度を進めています」(石塚氏)

 日本ユニシスでは在宅勤務のほか、今後はSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)の導入も検討しているという。「働きたい人が、生き生きと働ける制度をどんどん導入していきたいですね」と石塚氏。制度化された後は、マネジメント研修も行い、制度を浸透させていく予定だ。
在宅勤務導入の課題と今後の展望
在宅勤務は仕事を効率的にするための制度
 在宅勤務制度の導入は始まったばかり。しかし今後IT業界においては、在宅勤務制度など、働き方の選択肢が増える傾向にあるのは間違いない。

 だが、注意しなければならないこともある。在宅勤務はあくまでも「職場がたまたま自宅」であるという点だ。例えば「介護や育児をしながら、仕事ができる」わけではない。オフィスで働くのと同様、勤務時間内は仕事だけに集中することが求められる。従って、介護や育児があるから、という理由だけでは、在宅勤務ができるものではない。ましてや、「通勤時間がかかるから」という理由だけで、在宅勤務が適用できるわけもない。在宅勤務が適用される条件は、「自律的に仕事を行える」ことなのだ。

 また、IT業界の誰もが在宅勤務ができるとは限らないだろう。日本HPと日本ユニシスの例を見ればわかるが、全従業員を対象といってはいるものの、「自律的に仕事を行うことができる」との上司の判断、許可が必要なのはもちろんだが、日本HPでは職種や職位、日本ユニシスでは業務によって適用そのものが難しいケースもある。
「自分流の働き方」にこだわるなら、選択肢は広がっている
 日本HPの錦戸氏が語るように、在宅勤務制度を導入しても、実際に在宅で働く時間はそれほど多くはないかもしれない。しかし重要なのは、在宅勤務が導入されていることによって、働き方の選択肢が増えることだ。働く場所や時間が限定されないことは、エンジニアにとって、心のゆとりにつながる。そうすることで、新しいアイデアや考えが浮かぶこともあるだろう。それは知的生産性の向上へとつながるかもしれない。
 自身のワークライフ・バランスを充実させる在宅勤務。「仕事もプライベートも充実させたい」と考えているエンジニアは、同制度が導入されているかどうかを、転職時の一つの視点としてチェックしてみるのもよいのではないか。
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  関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ  
関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ
今回は在宅勤務制度にフォーカスを当てました。この取材を通して、在宅勤務以外にも業務に専念できる環境を整備していくことで、差別化を図り、優秀な人材を確保したいという企業の姿が見えたような気がします。働き方の選択肢を整備している企業は、やはり働きやすい企業なのでしょうね。これらの新しい制度が本当に普及し、エンジニアにとって幸せをもたらすのか、これからも継続してウオッチしていきたいと思っています。

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