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平林純@hirax.net発!エンジニアのための経済学最適インストール  File.4 そもそも経済学の「目的」って何なんですか?
「数学の素養は、経済学理解に必須」といわれている(らしい)。なのに、数学得意のエンジニアにとって、経済学はなんだかわかりづらい。それは経済学の「目的」がつかめていないからかも。そう思った今回、初心に帰って「経済学が目指しているもの」を勉強してみた。
(文/平林純 総研スタッフ/根村かやの)作成日:06.10.11
 今回は、『分数ができない大学生』などの著書を持ち、元日本経済学会会長でもある西村和雄京都大学経済研究所教授に「経済学の目的」「みんなの意見」「ソフトウェアの値段」ということについて聞いてみました。
西村和雄
西村和雄
京都大学経済研究所教授。元日本経済学会会長。『ミクロ経済学』『満員御礼!経済学なんでもお悩み相談所』などの経済書のほか『分数ができない大学生』(共著)など、教育関係の著書も多数。
 
平林純
平林純
人気サイト「hirax.net」を運営し、同サイト内でエンジニア的課外活動を精力的に展開している。Tech総研ブログ上でも「平林純@『hirax.net』の科学と技術と男と女」を掲載中のモノづくり系エンジニア。
Part1 経済学の「目的」って何だろう?
 これまで経済学の話を聞くとき、「経済学は、工学などと同じく数学という道具を使ってはいるけれど、どうも今ひとつ目的がわかりづらい……」と感じていました。そこで、単刀直入に聞いてみたのです。
Q.「経済学の目的は何でしょうか?」(平林) 「みんなが“幸せになる”“満足する”ような効率的な配分の実現の研究、です」(西村)
“だいたい”みんなが満足すればいい
 
西村:
経済学の目的を大きく言えば、国民の幸せを最大にすること、ですね。
 
平林:
“幸せの量が最大”というのは、どういう状態のことなんでしょうか? つまり、幸せの量が最大の“うまくいってる”“正しい”状態というのはどういうものなのでしょうか?
 
西村:
“うまくいっている”状態というのは、“だいたいみんなが満足している状態”だと思います。
 
平林:
その“みんな”とは、どういう人たちなのでしょうか……?
 
西村:
消費者や企業や国ですね。企業は技術を一定として利益を最大化したい、消費者は所得を一定として満足を最大化したい、国は国の資源や労働を所与として国民の満足を最大化したい……という具合に、それぞれ異なる「最大化したい目的」があるわけです。そういう状況下で、いかに効率的な配分を実現して、みんなが“満足”できるかを考えるのが経済学の目的ですね。
 
平林:
ノートPC設計で例えれば、性能や発熱量や筐体サイズといった、相反する項目を調整しつつ、多くの人が満足するような製品を作る……という感じの“最大化問題”なんですね(図1)。
 
図1
ノートPCを例に挙げると、「性能」や「重量」でユーザの満足は決まる。しかし、同じ量だけ「満足」できるような「性能」と「重量」の組み合わせはたくさんある(宴会時の「生ビールの本数」と「おつまみの数」と「満足」なんていう例でもわかりやすいかもしれない)。
「みんなの意見」って本当に「案外正しい」の?
 
平林:
モノの価格は“市場”を通じて決まるわけですよね。つまり、市場という“みんな”が価格を決めていくわけですが、“みんなの意見”は、本当に正しく“みんなの満足”を最大化できるものなのでしょうか?
 
西村:
情報が適正に与えられていれば、みんなの意見、つまり多数の平均的な意見というのはだいたい正しいと思いますよ。逆に言えば、独占や制度上の理由で市場がうまく働いていないときや、多数の意見じゃなくて一部の声の大きな人の意見で決まっている場合、つまりは、みんなの意見が採用されていないケースはうまくいかないと思いますね。
 
平林:
“市場=みんな”だから、みんなっていう個人たちがルールを守りつつ自分の好きな選択をしていけば、平均的には“みんなの満足”が満たされることが多い、という感じなんでしょうか?
 
西村:
市場に任せれば、需要と供給が一致して妥当な価格に落ち着いているってことなんですよね。つまり、みんなが売りたい価格で売れて、買いたい価格で買えている状態なんですね。
まとめ エンジニアの「設計」という行動も「経済活動」かも?
「エンジニアが“製品のスペックの最大化”をバランスを考慮しながら行っているように、国全体の満足で最大化問題を解こうとしているのが経済学です」という説明に、なるほど!と思いました。そして、それと同時に「現世にあることのすべては経済活動なのかも」と思ったのです。
Part2 投資先最優良物件は「勉強」!?
 西村教授らが書いた『分数ができない大学生』がベストセラーになったことは記憶に新しいと思います。その中では、少数科目入試によって大学生の学力低下が起きていて、日本の将来も危ない……と書かれていました。
Q.「分数ができない大学生でも“みんな”の意見は正しいんでしょうか?」(平林) A.「日常では正しいかもしれません。けれど、数値的な判断はダメでしょうね」(西村)
どんな「みんな」でも、その意見は本当に「案外正しい」の?
 
平林:
意地が悪い質問かもしれないですが、情報が適正に与えられていれば、“分数ができない大学生”が集まった“みんな”でも正しい判断ができるものなのでしょうか?
 
西村:
そういう人たちであっても、日常のことを判断する限りにおいては間違いはないと思います。けれど、その人たちが数理的なことで判断を下すと間違えますよね。
 
平林:
毎日の生活の中で、財布を持って買い物に行く場合とか、ケーキを分ける場合とか、分数くらいは使う状況がありそうですしね(笑)。
 
西村:
入学試験科目を減らしたり、学校の定員を増やして競争を減らしたりした結果、受験生が勉強しなくなってしまったんですよね。国による投資の中で、人間への投資、つまり教育がいちばん経済の生産性を上げるという研究結果もあります。それなのに、能力の低い大学生を大量生産したというのは、教育費を“非常に無駄な投資”にしてしまったということですね。
 
「競争」は「適材適所の実現」のためにも必要だ
 
西村:
勉強しておいたほうが、将来になってからの選択肢が増えますよね。自分の満足を最大化するための選択肢が増えるわけです。少ない選択肢しかなかったら、それだけ自分自身の幸せ感が少なくなってしまいます。だから、勉強はちゃんとして、常に選択肢を増やしておくべきだと思います(図2)。
 
図2
勉強すると、「将来の選択肢」が増える。例えば、数学を勉強しておけば、経済学者になることもできれば、エンジニアになることもできる。逆に言えば、数学を勉強しておかなければ、どちらにもなれない!?
平林:
とはいえ、学生が試験科目の少ない学校を選んだり、あるいは、受験戦争みたいな競争から逃げたりしたくなる気持ちはよくわかりますよね。
 
西村:
逃げ道のないところで戦わされたら嫌でしょうね。けれど、たくさんのいろんなことをやらされて、つまり、選択肢がたくさんあるところで競争して、自分が自分に合ったところを見つけられるような競争だったらいいのではないでしょうか。
 
平林:
……なるほど、価値観をひとつしか知らないと、その価値観から“落ちこぼれた”ときにツラそうですが、多様な価値観を知っていれば、不安にならずにすむかもしれないですしね。
 
西村:
競争が必要な理由は、まずは“勉強させる”ための動機付けです。けれど、それだけじゃなくて、十分に努力し適性を見つけて、適材適所を可能にするためにも、“競争”は大切なんです。
 すべてについて優秀な人がいたとしても、その人のやれる仕事はひとつだけです。一番目の人ができないことを二番目の人が……と巡っていけば、一番“できない”人だってやることがあるわけです。広く勉強をしていればね。
 
「(16歳のころ)知っておきたかったこと」と『素直な戦士たち』
「勉強すれば、将来の選択肢が増えて幸せになれる」という話を聞いた瞬間、私と編集者は前回の「選択肢が多すぎるということは、決して人間を幸せにはしないのでないか」という友野先生の言葉を思い出したのです。私はさらにポール・グレアムが「知っておきたかったこと」で書いた「今ある選択肢を見て、良さそうな選択肢がより増えるものを選べ」という言葉を連想し納得し、一方編集者は、城山三郎が『素直な戦士たち』で描いた、「東大に行けばあらゆる選択肢を手に入れることができる。子どもにとって最善の利益だ」という価値観を連想したりしました。
「ひとつ」を選ぶことが選択というものであるなら、選択肢が増えるということは、「選べない選択肢」が増えていくということでもあるんだな、とふと感じました。
まとめ 「なぜ勉強しなきゃいけないの?」への経済学からの回答
 日常生活に限れば、「分数ができない大学生」でも「みんなの判断」は案外「正しい」ようです。けれど、「国際的な枠組みの中ではダメかもしれません。そういう大学生が増え、技術者や労働者の質が低下していく日本の将来は、難しいことになると思います」という言葉を、勉強をしなかった人間の一人として、とても耳に痛く感じたのです。
Part3 「市場競争」と「技術進歩」の、気になる関係
 科学技術用などの非常に高価なソフトもある一方、高機能かつ無料のソフトウェアも数多くあります。また、かつては高価だった商用ソフトウェアが無料配布されることだってあります。
Q. 「ソフトウェアの値段はどのように決まるんですか?」(平林) A. 「需要曲線と供給曲線が交わる“需要量と供給量が均衡する価格”に落ち着きます」(西村)
「ソフトウェアの価格」が決まる仕組み
 
西村:
例えば、今の瞬間の需要曲線と供給曲線があれば、その2曲線の交点が、みんなが売りたい価格で売れて、買いたい価格で買えている状態、ですね。だから、ソフトウェアの価格もそのようにして決まるはずです。
 
平林:
その状態が“みんなが満足している”状態、ということになるんですね。
 あれ? “今の瞬間の供給曲線”……ということは、時間がたつとその曲線が変化していくものなのでしょうか?
 
西村:
常に技術進歩がありますから、供給曲線自体がシフトして、もっと安い価格で供給できるようになってきますよね?
 
平林:
あぁ!なるほど。確かにそうですね(図3)。
 
図3
価格と需要量の関係が需要曲線で、価格と供給量の関係は供給曲線で表される。もしも、(A)供給量が需要量を下回っていれば価格と供給量が上昇し、均衡点で落ち着く。逆に、(B)供給量が需要量に対し過剰であれば、価格と供給量が低下し、やはり、均衡点に落ち着く。さらに、(C)供給曲線は、時を経て変化することもある。
「デファクトスタンダード」は「イノベーション」を妨げない
 
平林:
ワープロソフトのようなものを考えたとき、ある製品が広まって事実上の“標準”となったとしますよね。そのとき、対抗・競合ソフトはそのソフトによって“標準”となったフォーマットにも対応しなければならないうえ、大量に売れ低価格も実現しやすい“先行標準ソフト”と価格競争もしなければならないわけですよね。そうすると、“先行標準ソフト”の独占が続いて、悪い状態になったりしないものでしょうか?
 
西村:
新規参入を無理やりさせても、使い方が異なるものが増えてしまったりして、使い勝手が悪くなるでしょう。経済学用語では「マーケット外部性」というのですが、同じものを使う人が多いほど、利便性が高まることがあるわけです。例えば、みんながWindowsを使うようになってくると、Macintoshを使っている人がいたりすると周りがものすごい不便ですよね(笑)。
 
平林:
なるほど、みんなが使っていると一種の公共フォーマットになって、とても便利ですからね。
 けれど、そういった事実上“標準ソフト”として広まってしまうと、ほかの製品や新たな技術革新が生まれづらいという弊害が生じるようにも思うのですが?
 
西村:
小さな技術進歩は妨げられるかもしれないですが、大きな革命的な技術進歩を不可能にするわけじゃないですよね。
 
平林:
事実上の標準になったものって、大きな技術革新が生じるまでは、その天下が続くものなのかもしれませんね。
まとめ 消費者にもメリットのある「独占」もある
 Windows、そして、(記事には掲載されていませんが)クレジットカードの例を出して、「同じものを使う人が多いほど、利便性が高まる」という「マーケット外部性」を西村先生は説明してくれました。経済学の授業の中で、Windowsが出てきたことにビックリすると同時に納得もしたのです。Windowsって一種の社会の公共財産かも……。
File.4で学んだこと(平林純)
エンジニアと経済学者は「最大化問題」でつながっている
「経済学」の目的は、「みんなが幸せになること」という単純明快なことで、その目的を実現するために「多くのエンジニアが日々格闘しているような最大化問題」を解こうとしている、ということがわかりました。そして、幸福になるためには、勉強をしなければいけない、ということも。……うぅ。
次回予告 File.5の掲載は11月8日、講師は玄田有史・東京大学社会科学研究所助教授です。
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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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「どんなにいい状態でも不平を言う人はいるんですよ。そういうのは『わがまま』っていうんですけれどね」と西村教授。それを聞いて、「“完璧に”みんなが満足」は不可能かもしれない、けれども「“だいたい”満足」なら達成できそう、とも思いました。ただ“だいたい”とか“ほどほど”とかって、意外と難しいですよね。
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