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平林純@hirax.net発!エンジニアのための経済学最適インストール  File.3 お金をたくさん持っている人が幸せですか?
経済学は、お金のことを扱う学問であると同時に、そのお金を使う「人」のことを扱う学問でもあるらしい。「お金って何なんでしたっけ?」から連載を開始した「エンジニアに最適化した経済学」、今回は「私たち人間って、経済学的にはどんなものなんですか?」をインストール。
(文/平林純 総研スタッフ/根村かやの)作成日:06.09.13
 今回は、『行動経済学 経済は「感情」で動いている』の著者であり、行動経済学を研究されている明治大学情報コミュニケーション学部の友野典男教授に「経済学で“人”はどのように取り扱われているか」ということについて聞いてみました。
友野典男
友野典男
明治大学情報コミュニケーション学部教授。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。「経済行動に及ぼす心理的・社会的・生物的要因の理論的・実証的研究」を近年のテーマとしている。
 
平林純
平林純
人気サイト「hirax.net」を運営し、同サイト内でエンジニア的課外活動を精力的に展開している。Tech総研ブログ上でも「平林純@『hirax.net』の科学と技術と男と女」を掲載中のモノづくり系エンジニア。
Part1 経済学の中の「人」ってどんな人?
 これまで松原隆一郎先生小島寛之先生に経済学を教えていただいた中で、繰り返し「合理的に考えるのが経済学の中の人間だ」と言われたのです。その言葉を聞くたび、経済学の中の人間ってなんだろう?と不思議に思っていました。
Q.「いわゆる“経済学”に登場してくる“人”ってどんな人なんでしょうか?」(平林) 「完璧に論理的に物事を考えて、自分の私利・満足を追求する人です。現実の人とは全然違いますね」(友野)
人は「絶対間違えず私欲追求をする」……わけがない
 
友野:
標準的経済学では、人は“合理的、かつ、私益追求”という存在です。論理も間違えないし、もちろん、計算間違いもしない。“自分の満足を最大にする選択肢を何の間違いもせずに選ぶことができる人”です。
 
平林:
地球上にいる人は全員頭がよくて、テストがあれば全員が100点満点ということでしょうか?(図1)
 
図1
標準的な経済学の世界では、地球上にいる人はすべて「論理的にも計算間違いもせずに、自分の利益追求ができる人」ばかり。テストで百点満点をとれないような人は、地球上にはいない!?
友野:
非常に単純に言えばそうですね。“論理も確率計算も絶対間違えない人”ですから。
 
平林:
テストの成績からみればもちろんのこと(笑)……毎日の行動からみても、自分とはほど遠い感じですね。
 
友野:
ええ、例えばBSE(牛海綿状脳症)の問題を考えてみれば、超合理的な人ならみんな平気で焼き肉やステーキを食べてると思うんですよね。だって、ビーフステーキ食ってBSEで死ぬ確率って、交通事故で100回死ぬぐらいの、ほとんど無視できる確率ですから。
 
人は、少ない経験で全体を判断してしまいがち
 
平林:
確率の何が難しいって、やはり感覚と違うところですよね。
 
友野:
人の感覚の特徴に“少数のデータで全体を判断してしまう”というものがあります。“少数の法則”というのですが、“ほんのいくつか試みただけで、すぐ一般的傾向を引き出してしまう”癖・バイアスです。
 
平林:
自分の少ない、あるいは、持ち合わせていない“経験”で、全体を判断してしまうわけですか……。うーん、非常にありがちですねぇ。
 
友野:
確率の問題でいう“理論的確率”って、論理的には無限回の試行を繰り返したときの発生率で、それを“大数の法則”というんですね。けれど、普通はそんな“大数の法則”が働くほど多くのサンプル・経験を人は持ち合わせていないわけです。だから、合理的な“確率”って、やはり人間の自然な発想からは非常に遠いんじゃないか、と思いますね。
 
平林:
なるほど……。“少数の経験”に基づく経験則で私たちは動きがち、というわけでしょうか?
 
友野:
そうですね。そんな経験則や、あるいは目安といったものを、人はあらゆる判断の場面で使ってるんじゃないかと思います。実際問題、“ありとあらゆる選択肢を考えたうえで、その中から最適なものを選び出す”なんて不可能ですからね。
 
平林:
“少数の経験”に基づく経験則でも、限られた情報・時間の中で、素早く判断するには、結構役に立つ、というわけですか。
 
まとめ 経済学が想定する「人」は、フィクションである
「経済学に登場する人」は、論理も計算も間違えずに自分の満足を最大化する人、ということでした。逆に言えば、現実の人は“合理的”でなく、「自分の少ない経験で全体を判断してしまう傾向をもつ」ような人です。現実の人がもつそんな癖は、素早く物事を選択するために不可欠なのかもしれません。
Part2 「選択肢」が多いと「悩み」も多い
「ありとあらゆる選択肢を考慮したうえで、その中から最適なものを選び出すなんて不可能だ」という言葉を聞きながら、ふとこんな疑問が浮かんだのです。
Q.「選択肢が多い状態というのは、将来・未来を自由に幅広く選べる“良い状態”に思えるのですが、必ずしもそうではないのでしょうか?」(平林) A.「選択肢が多すぎるということは、決して人間を幸せにしないんじゃないか、と私は思います」(友野)
選択肢が多いと晩婚化が進む!?
 
友野:
例えば、晩婚化なんか、その“選択肢が多すぎる”問題の一例のような気がするんですよ。交際相手がどんどん広がって、配偶者に対する選択肢がものすごく多くなっている中で、将来の不確実なことも考慮して結婚生活がもたらすメリットとデメリットを全部計算して選ぶ……なんて、難しいですよね。それで決められなくて、結婚に踏み切れないでいるのが、晩婚化の原因のひとつじゃないかと思ってます。
 
平林:
なんか女性は相手のメリット・デメリットを瞬時に計算していそうな気が……。
 
根村:
それ、すごく少ないサンプル数の女性から判断してません?
 
友野:
そうそう、“女性というものは〜”って言っておきながら、実は自分の嫁さんの話だけだったりする人がよくいるんです。まさに“少数の法則”ですね(笑)。
 
平林:
……うーん、これが“少数の法則”だったんですね。
 
「少ない選択肢から自分で選ぶ」のが満足感が高い
 
平林:
就職なんかでも“入れる会社の選択肢”が多いと、逆になかなか選べなかったりしそうですね。
 
友野:
なかなか選べないし、十分に納得して選ぶことができるわけじゃないから、不満が残るんですよね。ほかにもっといい選択があったんじゃないかって(図2)。
 
図2
選択肢があまりに多いと、どれを選べばいいのかわからなくなってしまう。あまりに多く枝分かれしている道のようなもの。一体、どっちに行ったらいいのだろう……?
平林:
会社に入っても、ほかのほうがよかったんじゃないかと考えて、すぐ辞めちゃいそうですね。
 
根村:
かといって、就職したら最後、転職という選択肢はなくて、年功賃金なので就職したとたん定年までの所得が計算できちゃう、というのも今ひとつなんですよね、きっと。
 
友野:
そう、選択肢が多くても困るけど、選択肢がまったくないのもよろしくない。選択肢があんまり少ないと、選ばされてるって感じになるし、選択肢があんまり多すぎると、全部見ないで選んで、ほかにもっといい選択があるんじゃないかっていう後悔が残っちゃう。適度な少数の選択肢から自分で選べるというのが、満足感が大きいんじゃないかと思います。
 
「愛情」は「結論を出すための目安」?
友野:
結婚相手としての対象が多すぎて、将来に関する不確実性が大きすぎると、結婚する・しないを計算できないわけですよね。じゃあ、どうやって結論を出すかっていうと、これがとても簡単なんですけれど、愛情を感じた相手と結婚するわけです。つまり、“愛情”というのは、結婚相手を決める手っ取り早い直感なんですよ。
 
平林:
ということは、明らかにメリットやデメリットが計算できるような合理人だったら、愛情の出番はないのかもしれないんでしょうか?
 
友野:
そう。ないかもしれない。
まとめ 選択肢が増えても、幸せが増えるとは限らない
 選択肢が多いと「どう選んだらよいか悩んでしまって」必ずしも幸せじゃない、ということは、意外でもありますがとても納得のいく話です。
 ところで、「交際相手がどんどん広がって、配偶者に対する選択肢がものすごく多くなっている」という話は、エンジニアには当てはまるんでしょうか? 身の回りに女性が“少数”しかいなかったりして……。
Part3 「絆」や「信頼」が、幸せを生み、得もする!?
“合理的、かつ、私益追求”ができる存在、“自分の満足を最大にする選択肢を何の間違いもせずに選ぶことができる人”が経済学の中の「人」であるなら、そもそも私たちの「満足」ってどういうものなんだろう?ということを知りたくなったのです。
Q. 「幸せや満足って何なのでしょう? そして、どうしたら幸せや満足が手に入るんでしょう?」(平林) A. 「少なくとも、単純に所得が高ければ幸福度が高いわけではなく、家庭や友人といった社会的な絆や、仕事のやりがいなどに恵まれていたほうが幸せだというデータが出ています」(友野)
「幸せ」な人ってどんな人なんだろう?
 
友野:
経済学のそもそもの目的は、満足や幸せについて追究することだったと思うんです。それが、いつの間にか、所得が多いほうが満足度が高い、つまり、お金持ちのほうが満足が大きいし、満足が大きければ幸せだろう、となってしまったわけです。
 
平林:
幸せ=お金・所得、となってしまったんですね。
 
友野:
私が研究している行動経済学では、幸せというものに影響がありそうなもの、例えば、所得だけじゃなくて、人の性格とか年齢・既婚未婚・子どもの有無や仕事といった社会的環境と“幸福感”の関係の調査などをしています。その結果、単純に所得が高ければ幸福度が高いというわけでもないということが、わかってます。
 
平林:
なるほど。幸せ=お金、ではないんですね。
 
友野:
結婚して家庭があったほうが幸福度が高かったり、友人とか同僚とか趣味の仲間といった社会的な絆や、仕事のやりがい・面白さなども“幸福”と相関がありますね。
 
平林:
社会的な絆や仕事の面白さに恵まれていると幸せだというのは納得できます。ただ、それを一体どうしたら手に入れられるんだろう、って思うと考え込んじゃいますね……。
 
「信頼・協力」があると「もっと得」ができる
 
友野:
普通の経済学での“人”は“合理的、かつ、私益追求をする”という存在です。“私益追求”ということは、他人の利益は気にしない、つまり、他人に配慮したり協力したりなんかしないという存在であるわけです。でも、モノの取引・売り買いとか、会社で働くとかいうことは、信頼とか協力がないとほとんど成り立たないですよね。
 
平林:
確かにそうですね。
 
友野:
つまり、経済学の中の“人”ばかりでは経済社会は成り立たない、という、ちょっと不思議なことになっている。
 学生を対象にして人間の信頼関係の実験をしてみると、完全に私益追求型の利己的な行動をする人って、少ないんですよね。ただ全員が協力的というわけでもなくて、必ず利己的な人はいる。ちょっと利己的な人が協力的な人と組み合わさると、得するんですよ(図3)。
 
平林:
利己的な人同士だと得にならない。なるほど、コバンザメだけじゃ生きていけないわけですね。
 
友野:
そう、サメが必要なんです。
 
図3
利己的な人同士よりも、「少し利己的な人と協力的な人」が組んだほうがトクをする。「実験の結果」でなく現実の社会では、どういう結果が出るのだろうか? そしてまた、「協力的な人同士」だとどうなるのだろう?
まとめ 「仕事」「家族」が幸せに影響すると、行動経済学は示している
 家族や友人など「社会的な絆」が多い人は幸せなことが多い……というと、それを手に入れようとするなら実は結構シビアにも聞こえます。あるいは、「仕事のやりがい」を追求するのが幸せへの近道のひとつなのかもしれません……。
File.3で学んだこと(平林純)
「自分たちはどんな人か」を知って「どう行動すればいいか」を考える
 経済学で扱われる「人」について話を聞いた結果、現実の「人」がわかった気がします。選択肢が多いと優柔不断に悩んで選ぶことができなかったり、後で悔やんでみたり、ほかの人とのつながりや仕事のやりがいに幸福を感じてみたり、自分のことを考えるだけでなく他人にも(少し)配慮してみたり……という、「現実の自分たち自身」への理解が少し深まりました。自分や他人の考え方・行動パターンを知れば、これからは少し違う考え方や行動をするのかもしれないな、と感じました。
次回予告 File.4の掲載は9月13日、講師は西村和雄・京都大学経済研究所教授です。
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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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「エンジニアの身の回りに女性が“少数”しかいない」ことを平林さんは懸念していますが、今回は「少ない選択肢から自分で選ぶと満足感が高い」こともわかったのでした。つまり、エンジニアは案外幸せをつかみやすいのかも。経済学って役に立ちますね!
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