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平林純@hirax.net発!エンジニアのための経済学最適インストール  File.2-2 エンジニアという職業選択は合理的ですか?
もっと稼げる仕事があるとわかっていても、やっぱりエンジニアでありたい。これって経済学的にはおかしなこと? 今回の「エンジニアに最適化した経済学」は、平林純@hirax.netのそんな素朴な疑問からインストール開始。
(文/平林純 総研スタッフ/根村かやの)作成日:06.08.09
 前回に続き、小島寛之・帝京大学経済学部助教授に、「経済学の視点から見た、理系エンジニアを職業として選ぶ理由」「“不況”や“失業者”を巡る二大経済学派の対立」「“理系の”小島助教授が経済学にハマった理由」といったことを聞いてみました。
小島寛之
小島寛之
帝京大学経済学部助教授。著書には『エコロジストのための経済学』『サイバー経済学』などの経済書のほか『使える!確率的思考』など数学エッセイストとしての著作も。
 
平林純
平林純
人気サイト「hirax.net」を運営し、同サイト内でエンジニア的課外活動を精力的に展開している。Tech総研ブログ上でも「平林純@『hirax.net』の科学と技術と男と女」を掲載中のモノづくり系エンジニア。
Part1 エンジニアという職業選択は経済学では「あり得ない」?
 理系を選ぶか文系を選ぶかで、生涯年収が5200万円も違ってしまう、という調査結果があります(*)。けれど、File1の松原隆一郎先生も、小島先生も、「合理的に行動するのが経済学の世界の中の人ですから」と言っていたわけです。
Q.「経済学の視点から見ると、理系を選び“低年収のエンジニア職に就く”なんて、“非合理的で、あり得ない”んでしょうか?」(平林) A.「職業選択を考えるときには、“安定性”とか“働きがい”も重要ですよね?」(小島)
*松繁寿和・大阪大学大学院助教授の調査による。
職業選択で重要なのは、所得平均額だけじゃない
 
小島:
いわゆるスタンダードな経済学では、自分の死ぬまでの年収の合計を、利子率で割り引いて現在の価値に直し、それが一番大きい職業を選ぶと考えるんですね。けれど、単に「その職業に就いている人たちの所得の平均値」だけではなくて、「所得の散らばり具合」も大事ですよね? つまり、一種の安定性・安心感も気になるということです。エンジニアを選ぶとき、手堅い職業だと感じている部分があったりしませんか?(図1)
 
平林:
あぁ、そう言われてみれば、確かに「手に職をつける」という感覚のような、安定志向な部分はあるかもしれませんね。
 
図1
例えば、プロスポーツ選手と会社員の生涯賃金を比べてみた。もしも、「平均」生涯賃金が同じだったとしても、散らばり方が大きいと安心できない……かもしれない。仮に平均生涯賃金が低くても、散らばり方が小さいほうが安心できるということもあるだろう。
“働きがい”は働いてみないとわからない…!?
 
小島:
あと、ソースティン・ヴェブレンというアメリカの経済学者が、人が職業を選ぶときに重要なのは、所得の高低ではなくて、その職業に就いてるときの充実感や職業に対する誇りという“workmanship(ワークマンシップ)”だ、という主張をしたんですね。“働きがいのある仕事”って、“給料の高い仕事”に勝る魅力をもっていることがあるじゃないですか。
 
平林:
……けれど、その職業に自分が“働きがい”を感じられるかどうかは、実際にやってみなければわからないものでは?
 
小島:
そうなんですよ。だから、“workmanship”“働きがい”は親から子に伝えられることが多いんです。
 
経済学者になって行動パターンが変わりましたか?
小島:
例えば、遅刻してきた学生に「プリントをください」とか言われても、「あげません」って言っちゃうんですよ。「なんでですか?」と聞かれたら、つい「もう30分眠る利益を享受する代わりに、遅刻してプリント1枚を犠牲にしてもいい、と君自身が合理的に判断したんだろう?」みたいな説教をしちゃうんですよ。前は「ばかやろう、何で遅れてきたんだ!」みたいに単純に怒ってたのに。
 
平林:
経済学者は理屈っぽいイヤなヤツなんでしょうか……?
まとめ 「働きがい」が大きくプラスなら、低収入でも「経済合理的」だ
 エンジニアの魅力は、「働きがい」と「安定性」だったのかも、と今さらながら思い起こしました。
 ところで、小島先生の「“働きがい”は親から子に伝えられることが多い」という言葉に、私と編集者は思わず黙り込んでしまったのです。なぜなら、技術者になることを選んだ私の親は天文学者という「科学技術者」でしたし、編集Nの両親もやはりまた編集者だったからです。
Part2 現在の政策対立の背景には、「2つの経済学の対立」がある!
File1の松原先生に「○×について経済学から見ると」と質問すると、「経済学もいろいろあるからね……。どの経済学の話?」と言われたのです。
Q.「経済学っていろいろあるみたいなんですが……」(平林) A.「10人の経済学者がいれば11の経済学があるといわれてるぐらいです」(小島)
 
平林:
「……(絶句)……計算が合いません」
 
 いい機会なので、「経済学の世界地図」を描いてもらいつつ、「経済学の歴史」の講義をしていただきました(図2)。
 
図2
小島:経済学の地図を描くと、一番歴史が古くて伝統がある「新古典派経済学」という巨大な大陸があります。アダム・スミスなどの「古典派」に数学を導入したものです。「ミクロ経済学」ともいいますね。そして、その対抗勢力として、海を隔てて「マクロ経済学」とも呼ばれる「ケインズ経済学」っていうのがあるわけです。あと、「ファイナンス」っていう新興勢力がまったく海を隔ててあります。さらには、「ゲーム理論」がラピュタ島みたいに大陸間をまたいで飛びまわってるっていうイメージです
利己的に自分の利益を追求しても、みんな幸せになる「新古典派(ミクロ)経済学」の世界!?
 
小島:
他人に良いことをすれば良い社会ができる、というキリスト教の倫理観がまだ強かったころに、みんなが利己的に行動しても、人間はすごく合理的なんだから、合理性のなかでうまくやれば「みんなが幸せな世界」ができるはずだとアダム・スミスが言って、それをレオン・ワルラスという人が数学的に証明したんですね。
 
平林:
証明というのは、どのようにして行われたんでしょうか?
 
小島:
箱庭的な世界を仮定し、「市場」というクッションを使って暴力が働かないようにする限りにおいて、人が利己的に動けば、自分だけでなくすべての人の利益が最適化されて「豊かな社会になる」と数学的に証明した、要するにシミュレートしたというわけです。これが、新古典派経済学と呼ばれる経済学です。
 
平林:
なんだか直感的には、今の社会の実情とかけ離れているように見える「合理的世界」の仮定なんですねぇ……。
「不況や失業者」を巡るケインズ経済学と新古典派経済学の対立
 
小島:
そんな新古典派の結論に対し、「現実には、所得格差はあるし、不況で望まない失業をする人たちも多いし、好き勝手してればうまくいくわけじゃない」ということをデータから検証し、そのデータの解釈から新しい経済学を構築したのがジョン・メイナード・ケインズという人です。
「人々が合理的な行動をする」という前提条件を取り去って、人々が何を思って行動してるかなんてことは全く描写せず、「経済に関する観測データを要にして分析しよう」と考えたのがケインズ経済学です。現代では、新古典派経済学と海を隔てた「巨大大陸」になっています。
 
平林:
でも、新古典派経済学とケインズ経済学は、どちらも正統派経済学ではあるわけで、特に相反するような「敵対する学問」というわけでもない?
 
小島:
いや、地図でいうなら、陸続きではなく海を隔てているんですね。全く反対の結論が出ることが多いので、かなりの部分で対立しています。
 例えば、新古典派経済学は、「不景気になっても、放っておけば資本主義の自律的な機能で元にちゃんと戻るはず」「失業者は単に自分の選択で働いてないだけなんだ」というように考えるわけです。
 
平林:
けれど、ケインズ経済学からは、現実には不況が起こって落ち度のない不運な人たちが失業しているし、そのせいで社会も不安定になっているじゃないか、なんとかしなくちゃ、というように見えるわけですね?
 
小島:
そういうことです。確かに、世界観がものすごく食い違っているんです(図3)。
 
図3
小島:ケインズ経済学では「働きたくても働けない人」の存在が想定されているわけですが、新古典派経済学の見方では、「働いていない人」は単に「自ら働かないことを選んでいる人」です。つまり、「働く苦痛と時給を見比べて、家で寝てたほうがいいや……と考えている人」だ、と考えるわけですね
小島:
ちなみに、例えば小泉政策、レーガノミクス、サッチャリズムなどは新古典派系ですし、一方で「不景気だったら公共事業をやる」といった政策などはケインズ経済学派ですよね。
 
平林:
なんだか現在の政策対立の背景が、ようやく納得できたような気になってきました。海を隔てて、二大勢力がにらみ合っている感じなんですね……。
 
まとめ 同じ現実でも、どちらの“大陸”から見るかでまったく別物に見える
 経済学について説明する中で、「その時代の“世の中の常識”に対し、“そうともいえないでしょ?”と論証してみせることは、経済学の仕事のひとつだと思う」と小島助教授が語っていたのが印象的でした。
 それにしても、「人々は合理的で、不況もなく失業者もいない世界」って、ホント……なんでしょうか。
Part3 「社会を良くできる論理」の魅力と危険性
数学を専攻していたけれど、社会人になってからマクロ(ケインズ)経済学の魅力に惹かれ、経済学の世界へ飛び込んだ小島助教授。けれど、今は、マクロ経済学でなく(現代の経済学の主流である)新古典派(ミクロ)経済学の立場に立っている……。
Q.「マクロ経済学にどんな魅力を感じ、そして、どんなふうに失望したのでしょうか?」(平林) A.「UFOの話を聞いたときワクワクするのに似たような魅力を感じ、けれど、オウム真理教のような危険性を感じたのです」(小島)
実装できない仕様書!? マクロ経済学を数学の目で見ると
 
小島:
僕がマクロ経済学に飛びついたとき、現実の世界は不況で不安定になっていたわけです。そんなとき、「公共事業をやったり、お札をいっぱい印刷したりすれば安定な世界に戻るんだ」というケインズ理論はとても魅力的で、僕の「こうあってほしい世界観」に近くて、憧れとか高揚感に近い楽しさを感じたんですね。
 
平林:
確かに、「不幸が生じている現実を直す手段が提供されている世界」って、私も何だか魅力的に思えます。
 
小島:
ところが、その魅力的な世界を、経済学の技量をもったあとで再度よく考え直してみると、論理を装っているけれど、「先に結論を仮定した、飛躍の多いストーリー」に見えてきたわけです。
 
平林:
例えば、プログラミングしようとすると、「あれ? 論理の飛躍があって、こんなことできないぞ!」と気づく仕様書みたいな感じなんでしょうか?
 
小島:
僕の実感はそうです。クリックするとその数字がポンと出てくるというような、いんちきな構造にする以外には、全くプログラミングしようがないものだと思います。データをぶち込んでつないでいるだけですから。
 
平林:
そういう実感をもつのは、数学っていう論理に基づくものを好きだったということも、理由のひとつなんですかね。
 
小島:
たぶん、それはそうでしょうね。結局、常に数学を使ってチェックしてしまうっていう性癖はあるので。
 
「自分に都合のいい論理・結論」は「検証しないとダメ」だよね
 
小島:
「安易に結論を引き出せるけれど、論理に飛躍があるもの」は、一笑に付すというか、ほっておけばいいと思っていた部分もあるのですが、そういうものに批判的になったり、異様に警戒心をもってしまうようになったのは、たぶんオウム事件以降ですね。
 イデオロギーでなければいいと思うんですよ。ただの他愛ない占いみたいなものとか。でもオウムはイデオロギーだったし、ケインズも明らかにイデオロギーだから、検証なしにうのみにしてしまうのはやはり非常に危険だ、という強い警戒感が働くんですね。
 
平林:
オウム事件を眺めた結果、「うのみ」にすることの危険性を強く感じた、ということなんでしょうか?
 
小島:
オウムにはまった人たちって理系が多かったじゃないですか。あぐらのまま飛び上がれるとか、水の中で何十分暮らせるとか、「眉唾」だったり、「それがどうした的なこと」だったりするものを、理系の教育を受けた人たちが安易に信じたり尊敬したりしてしまったのはどうしてなんだろう、と考えたわけです。
 そこで思ったのは、自分が欲しがっている「あまりに魅力的な結論」を与えてくれる適度な理屈・ロジックに飛びついちゃったんじゃないか。胃の痛くなるような検証をするとか、自分に最も不都合なケースを想定するとか、科学的検証の基本中の基本を、無意識に避ける性癖が、あの人たちの中にあったんじゃないかな、って思ったのです。そして、それは僕の中にもあるかもしれない、という恐怖感が起きました。
 
平林:
とても、耳に痛い言葉ですねぇ……。
 
まとめ 魅力的な結論にこそ、慎重な検証が必要だ
 ネット技術が進化しつつある、けれど、一方でなぜか閉塞感もある社会情勢を意識したとき、「自分が欲しがっている魅力的な結論を与える適度な理屈に対する“検証”を無意識に避けたり、怠ったりしていないか?」という言葉は、とても重く響きました。
File.2-2で学んだこと(平林純)
経済学は、常に「現実」をタネに新しい理論を構築しようとしている
 山あり谷ありの未来を堅実に見据えながら、理系エンジニアたちは意外に合理的に“人生設計”をして、そして“働きがい”を日々感じているのかもしれない、と思ったのです。
 そして、新聞・テレビで見かける政策論争についても、その経済学的な背景を少しだけ理解できたような気がします。「不況」「ニート」なんていう言葉を、もう一度眺め考え直してみたい、と思いました。
次回予告 File.3の掲載は9月13日、講師は友野典男・明治大学情報コミュニケーション学部教授です。
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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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「経済学の世界地図」にある「大陸」の内部は、さらに小さな「地域」に分かれていて、同じ大陸でも「A地域」と「B地域」とではかなり気候風土が違うかもしれません。が、経済学の専門家でない私たちには、この程度のおおまかな地図で十分。「この話をしている/書いている人は、三大陸のどこに住んでいるのか? あるいは孤立した『島』の住人なのか?」と考えてみるだけで、経済の話はずいぶんわかりやすくなってくると思いました。
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