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17歳で世界見聞、爆薬製造や企業経営を学び30歳で起爆装置開発 自分と比較! もしノーベルが31歳でレジュメを書いたら
キャリアアップを実現するひとつの方法が、転職である。その際、まだ出合ったことのない企業との新たなつながりをつくり出してくれるのが「レジュメ」だ。自分をアピールできる「レジュメ」づくりのポイントを、歴史的人物で試してみよう。
(取材・文/中村光宏 総研スタッフ/山田モーキン)作成日:06.05.31
【はじめに】もしアルフレッド・ノーベルが転職するとしたら……歴史をひもとき、レジュメを代筆
 登録しておけば市場価値を相対的に把握できたり、登録者のレジュメを熟読した企業から、スペックや志向にふさわしいメッセージが届く、エンジニアのキャリア形成に役立つリクナビNEXTスカウト。ところが、いざ登録するためにレジュメを作り始めてみると、自分のことをうまくアピールできずに苦労するエンジニアは多い。そこで、Tech編集部はだれもが知っている超有名エンジニアのレジュメを作成してみることで、何かしらのヒントが得られるのでは?と考えた。
 今回取り上げたのは、「アルフレッド・バールンハルド・ノーベル」。ダイナマイトの発明者にして、「ノーベル賞」の創始者である。彼の遺言によってその死後、彼の残した資産を基に「ノーベル賞」が設立されたことは、皆さんもご存じだろう。
 ノーベル賞といえば毎年の受賞者が大きな話題になる。日本でも2002年、一般の会社員だった田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞。授賞式やパーティーの模様がニュースで流れたことを記憶されている方も多いだろう。しかし、賞の創始者であるノーベルの経歴については、その賞ほどには広く知れ渡ってはいないようだ。

 アルフレッド・ノーベルの父、イマニュエルは、建築家・発明家にして実業家だった。この父の事業の盛衰から、一家は、極貧生活と大富豪の暮らしを繰り返し味わうことになる。実はアルフレッドの最終学歴は、小学校2年中退である。しかし、彼は、父を超えるすぐれた科学者・発明家に成長し、同時に、実業家・経営者としての手腕もずば抜けていたようだ。

 アルフレッド・ノーベルの成功は、30歳のときにニトログリセリンの起爆方法を発明し、その特許を取得したことに端を発する。雷管を使ったその方法は、現在でもほとんどの爆薬の起爆方法として用いられている。しかしその一方、「大量殺人兵器」として戦争被害を著しく増幅させてしまい、誤った方向に利用されてしまったのも紛れのない事実であった。
だがノーベルは生涯、自分の発明した爆薬が戦争に使われることを回避したがっていたのも、また事実である。そのノーベルが「もしも31歳で転職するとしたら……」と仮定して、Tech総研編集部でレジュメを作ってみた。当然、彼は特許取得をアピールするだろうし、その事業化によって「戦争被害の拡大」ではなく、「豊かな社会基盤」をつくり出すことをキャリアプランに盛り込むことだろう。また、発明を生み出した経験と知識もアピールするに違いない。
 転機を感じている方は、ぜひ自分のエンジニアキャリアと比べてみてほしい。また、リクナビNEXTスカウトに登録している方は、書き方の参考に。

 それでは早速、アルフレッド・ノーベル31歳の「職務経歴」「自己PR」「キャリアプラン」をご覧いただきたい。
profile
1833年、スウェーデンの首都ストックホルムに生まれる。1842年、父の事業が軌道に乗ったことで、一家はペテルブルグに転居。アルフレッドは小学2年の中途で以後、学校には通っていないが、何不自由ない裕福な暮らしの中で、家庭教師から語学、歴史、数学、化学を学ぶ。また、父の工場に出入りして機械装置や発明に興味をもつとともに、地雷の爆破実験を見学して、爆薬の威力を初めて目の当たりにする。
【職務経歴編】Tech総研編集部の仮説 世界各地を訪問して見聞を深め、父の工場で研究開発と実業を学び、特許取得に至った経歴をアピール
1850年(17歳) 見聞を広めるため、ヨーロッパ、アメリカを遊学……(ポイント1)
最新の科学技術に実地に触れるため、単独でヨーロッパ、アメリカを研修旅行。約2年間におよぶ歴訪先は、スウェーデン・デンマーク・ドイツ・イタリア・フランス・イギリス・アメリカの7カ国。
なお、語学については、ロシア語、英語、フランス語、ドイツ語の読み書きと日常会話をネイティブレベルで習得。
・ドイツ……初めて汽車を見学。蒸気機関の詳しいスケッチを記録
・フランス……パリ大学付属実験学校で、テオフィル・J・ペルーズ教授の化学実験の講座を聴講。綿火薬の製法や爆発特性などを習得
・イギリス……世界初の万国博覧会を見学
・アメリカ……ニューヨークで、スウェーデン人科学者ジョン・エリクソンに師事し、蒸気機関や汽船の設計を習得。アメリカ西部では鉄道延伸や鉱山採掘などで大量に爆薬が利用されていることを知り、爆薬産業の発展を確信。また、全米一の黒色火薬製造会社であるデュポン社を視察。技術面だけでなく、販売店の系列化などその経営手法を学ぶ。
1852年(19歳) 父の工場で助手として勤務
父の経営する「ノーベル父子鉄鋼・機械製作会社」に就職。研究スタッフの一員として、地雷・機雷の開発、機械装置の改良、爆薬の実験指揮を担当。
1853年(20歳) 独力で蒸気船開発に着手……(ポイント2)
クリミア戦争勃発により、ロシア軍からの注文が殺到。会社としてはまったく未経験であった軍艦用蒸気機関と推進装置の製造を受注し、その開発・製造を任されて、海外研修での知識をもとに独力で取り組む。最終的に、計10台の蒸気機関を製造し、ロシア政府に納品。
また、このころ初めて「ニトログリセリン」を入手し、その製造や起爆方法の研究開始。
1857年(24歳) 最初の特許を取得
ガスが吸収する水やアルコールの量に基づいて、ガスの消費量を決めるガスメーターを発明。その特許を取得。
1858年(25歳) 銀行との融資交渉に臨む……(ポイント3)
クリミア戦争終結で、ロシア政府が一方的に契約を破棄。悪化した会社の資金繰りを立て直すため、ロンドンとパリに赴き、大手銀行への融資交渉を担当。この融資交渉を通じて、経営資本や事業ビジョンのあり方について知識を深める。
1861年(28歳) 銀行からの融資取り付けに成功
パリの動産銀行から10万フランの借り出しに成功。この資金をもとに、ニトログリセリン開発に着手。
1863年(30歳) ノーベル式油状爆薬の特許を取得……(ポイント4)
ニトログリセリンの起爆方法として、雷酸水銀の雷管を使って黒色火薬を爆発させ、その爆発でニトログリセリンを爆発させる方法を発明。
この雷管をセットしたニトログリセリン爆薬を「ノーベル式油状爆薬」と名付け、その製法について特許を取得。
【職務経歴】 Dr.スカウトの分析「企業はこう見る!」
 ノーベルの学歴は小学2年中退だが、それをハンデと感じさせない勤勉さと優秀さをうかがわせる。まず、17歳という若さでいち早く世界に飛び出し、ひとりでヨーロッパとアメリカへの研修旅行に赴いた行動力は注目に値する(ポイント1)。しかも、若さにまかせた物見遊山的な旅行に終わることなく、各国で最先端の科学技術をしっかりと学んでいる点はおおいに評価したい。また、この時点で既に4カ国語をマスターしているところは、将来、世界を舞台に活躍できるコスモポリタンとしても期待できるものである。

 17歳から2年間の世界研修旅行が決して無駄ではなかったことが、蒸気機関の開発によって証明されている(ポイント2)。「ノーベル父子鉄鋼・機械製作会社」にはそれまで、蒸気機関の製造実績はまったくなかったにもかかわらず、軍艦用の蒸気機関と推進装置の製造を実現させたのは、ノーベルの海外経験が十分に生かされた結果である。ここにも、ものごとに真摯に取り組む彼の勤勉さと優秀さ、そして事業多角化を実現させた高い経営センスを見て取ることができる。また、未経験の製造部門を軌道に乗せることのできるリーダー的資質もうかがわせる。

 ノーベルが単なる発明家・研究者ではなかったという事実は、経営者としての資質が求められる融資交渉をまかされた点にも表れている(ポイント3)。銀行との交渉では、現在の経営実態や将来の事業ビジョン、経営計画、損益分岐などをしっかりと提示できるだけの能力が必要とされる。実は、このときの融資交渉はうまくいかず、父親の会社は倒産しているのだが、その3年後には融資を受けることに成功していることは、彼の起業家・経営者としての能力に期待を抱かせるものである。
 また、起爆装置としての雷管の発明は、その後の世界における、産業を発展させるさまざまな可能性を開くものとして、大きな事業収益が期待できる(ポイント4)。
職務経歴作成の詳細に関しては、こちらをチェック!
企業にスカウトされるレジュメ作成術 職務経歴編
【自己PR編】Tech総研編集部の仮説 実用的な知識と経験をアピールし、豊かな社会作りを通じて大きな利益を生む可能性を秘めた特許取得の事実を訴えるはず
自己PR 「先端科学、とりわけ化学分野については深い知識を有しています。鉄鋼・機械・爆薬製造にも精通しています。また、マネジメントや企業経営のノウハウについても経験してきました。語学にも自信があり、ヨーロッパ各国やアメリカでの勤務であってもまったく支障はありません。さらに私は、高性能な爆薬のための安全で確実な起爆装置を開発し、その製造特許を取得しています。この特許を利用して、爆薬の製造・販売に取り組むことで、これからの社会基盤の整備におおいに寄与していきたいと考えています。鉄道や道路の建設には爆破作業が伴いますし、工業化のために必要な金属鉱の採掘にも爆破作業が必要です。こうした分野で、爆薬の需要はそうした産業においてますます高まっていくものと思われ、そうした社会の発展にこそ、自分の持てる技術を役立てていきたいと考えています」
自己PR Dr.スカウトの分析「企業はこう見る!」
 まず、豊富な知識、経験を有していることが端的に述べられていて、的確に伝わってくる。企業が、事業の世界展開を考えるうえでは、広範な語学力を備えていることもおおいにアピールポイントとなるだろう。さらに、起爆装置の特許を取得している点は、事業戦略を推し進める際に極めて有用だ。交通網の整備や工業化社会の実現のためには、少なからず爆破作業が伴う。そのための爆薬開発・製造がひとつの産業として大きな利益をもたらす可能性を秘めていることは想像に難くない。ノーベルの自己PRは、新たな事業展開の芽を感じさせるものであり、同時に、社会の発展に尽力したいという彼の熱意が伝わってくる内容といえる。
自己PR作成の詳細に関しては、こちらをチェック!
企業にスカウトされるレジュメ作成術 自己PR編
【キャリアプラン編】Tech総研編集部の仮説 特許を持つ起爆装置の改良はもちろん、爆薬そのものの改良による事業の可能性を示唆するはず
次のキャリアで
実現したいこと
「油状のニトログリセリンを爆発させるための起爆装置として、雷管の開発には成功しました。今後は、この雷管をさらに改良して、起爆のコントロールをより確実で容易なものにしていきたいと考えています。また、油状のニトログリセリンは極めて慎重な取り扱いが必要で、扱いを誤ると重大な事故を引き起こします。そこで、衝撃や熱で簡単に爆発することのない固形または粒状形にニトログリセリンを加工する技術開発にも取り組みたいと考えています。それが実現できれば、爆発事故によって犠牲者を出すこともなくなり、爆薬をより安全に扱えるようになるはずです。また、爆薬そのものの形態を用途に合わせて加工することができれば、土木建築分野・鉱工業分野における爆薬の使い勝手がさらに向上することになります。そうなれば、爆薬の需要はさらに高まるものと期待しています」
キャリアプラン Dr.スカウトの分析「企業はこう見る!」
 特許取得に慢心することなく、自らが開発した技術にさらなる改良を加えようと取り組む姿勢は、有能な技術者として期待できる。その一方で、爆薬本体である油状ニトログリセリンが抱える欠点を既に見抜いている点は、非常に興味深い。アルフレッド・ノーベルがここで指摘するように、ニトログリセリンの固形化・粒状化が実現すれば、多くの爆薬使用現場で、紀元前から使われてきた黒色火薬に取って代わることになるだろう。それは、大きな事業収益をもたらすだけでなく、土木建築・鉱工業分野における爆破作業の安全性を飛躍的に向上させる画期的な技術開発となるに違いない。平和な社会の実現に貢献したいというノーベルの願望をうかがわせるキャリアプランといえる。
キャリアプラン作成の詳細に関しては、こちらをチェック!
企業にスカウトされるレジュメ作成術 キャリア編
レジュメのポイント 今の社会を的確に読み解き、未来へのビジョンを示唆できるエンジニアは、企業にとっても魅力的に映る
 今回は、アルフレッド・ノーベルが17歳でヨーロッパ、アメリカへの研修旅行に出発したところから、30歳でニトログリセリンの起爆装置を発明し、「ノーベル式油状爆薬」の製造特許を取得、31歳で転職を希望するとしたら、という前提で「レジュメ」を作成してみた。
 一般には発明家として知られるノーベルだが、その経歴からは、技術者、研究者、経営者としての側面も見えてくる。実際は戦禍の拡大につながったとはいえ、産業革命後の急速な進歩を続ける科学技術と、工業化が進む社会の動きを、彼はしっかりと把握していたようだ。でなければ、爆薬産業が大きな利益をもたらすかもしれないとは予見できなかっただろう。

「レジュメ」作成にあたっては、過去の経歴や実績をしっかりとアピールすることが重要だが、その経歴や実績が今後の事業展開や将来の世界にどう寄与するのか、その可能性を示唆することも重要だろう。もちろん、何が成功の鍵となるのかを確信するのは難しい。しかし、ビジョンのないまま経歴や実績をただ列挙したのでは、企業の採用担当者には魅力に乏しい「レジュメ」になってしまいかねない。未来を見る目をもつエンジニアには、やる気や意欲が感じられるものである。現在の社会情勢を的確に読み取ることが、未来を開くことにもつながるに違いない。アルフレッド・ノーベルの「レジュメ」からは、そんなことも見えてくる。

 皆さんも、未知なる可能性にかけて、ご自身のレジュメを作ってみてはいかがだろうか? そこにはきっと、自分自身が今まで気づかなかった新たな発見があるはず。

コラム アルフレッド・ノーベル、31歳からの“ホントの人生”は……
 ノーベルは、父がスウェーデンに設立した工場で「ノーベル式油状爆薬」の量産を始める。工場の爆発事故で末弟のエミールを失うが、それでもくじけることなく、今度は自ら工場を新設して爆薬製造を続け、順調に業績を伸ばしていく。
 その後、ドイツ・ハンブルクに進出するが、そこでもまた爆発事故が発生したことで、油状爆薬の改良に専念することになる。そして、34歳のときに「ダイナマイト」を発明。この発明によって、彼は最終的に、世界20カ国以上に90を超える工場をもつ巨大コンツェルンのオーナー、大富豪となっていくのである。また、爆薬だけでなく、人工絹糸や人工宝石、合成ゴム、気球からの航空写真など、生涯で300を超える特許も取得している。
 巨万の富を得ながらも、生涯独身で、だれにも看取られることなく世を去ったノーベル。彼は、ほとんど全財産を投じて「ノーベル賞」を設立するよう遺言状に記すが、親族の訴訟などもあり、遺言が履行されて第1回授賞式が実現したのは、彼の死から5年後のことだった。

1864年(31歳)
父親がスウェーデンのヘレネボルイに設立した工場で、「ノーベル式油状爆薬」の量産を始める。爆発事故が発生し、末弟エミールを含む5人の死者を出す。
1865年(32歳)
実業家J・W・シュミットの資金援助を受け、ビンテルビケンに爆薬製造工場を新設する。さらに、ドイツ・ハンブルクに進出。「アルフレッド・ノーベル会社」を設立して、クリュンメルにも工場を建設する。
1866年(33歳)
特許権問題の解決と「ノーベル式油状爆薬」の普及のため、アメリカに滞在。帰国間際に、クリュンメル工場が爆発事故を起こす。
1867年(34歳)
ダイナマイトを発明。
1870年(37歳)
普仏戦争が勃発。プロシア軍がダイナマイトを軍事用に使用したことから、対抗するフランス軍もダイナマイト製造を許可したため、フランス人実業家ポール・バルブと組んで南フランスに工場を設立。
1871年(38歳)
イギリスに「ブリティッシュ・ダイナマイト会社」を設立。スコットランドのアーディアに工場を建設する。
1873年(40歳)
パリ市内マラコフ通りに屋敷を買って移り住む。長兄ロベルトがロシアのバクーで油田採掘権を取得。
1875年(42歳)
ゼラチン爆薬の開発に成功。
1883年(50歳)
兄弟3人が協力して、ロシアに「ノーベル兄弟ナフサ会社」を設立。
1886年(53歳)
イギリス+ドイツ系と、ラテン諸国系の2系統に会社経営を統合し、「ノーベル・ダイナマイト・トラスト」を設立。ロンドンとパリにそれぞれの本部を置く。
1887年(54歳)
無煙火薬「バリスタイト」を発明。銃砲の使い方や戦術に大きな転換をもたらす。
1890年(57歳)
フランス政府が「バリスタイト」製造を禁止。20年来の経営協力者バルブが死去するが、その汚職事件が発覚し、窮地に追い込まれる。
1894年(61歳)
スウェーデンのブーフォルスに工場を、ビエルクボルンに邸宅を建設。
1895年(62歳)
パリで遺言状を作成。財産の大部分を投じて、物理学賞、化学賞、生理・医学賞、文学賞、平和賞の5つの賞を創設することを記す。
1896年(63歳)
12月10日、サン・レモで脳出血のため死去。
1900年
ノーベル財団設立。
1901年
12月10日に第1回ノーベル賞の授賞式が開催される。
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
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小学生のころの卒業文集によく、「将来の夢は画期的な発明をしてノーベル賞を取ること」なんて言葉を見かけましたが、皆さんにはそんな記憶、ありますか? ただ、今もノーベル賞の受賞理由がニュースで流れても、私にはいまいち理解できないのですが……。
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