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高校中退21歳で自転車業、航空理論を独習し、32歳で世界初の動力飛行に成功…… 自分と比較! もしオーヴィル・ライトが33歳でレジュメを書いたら
転職によるキャリア形成を望むエンジニアにとって「レジュメ」は、自分自身の可能性を開くための重要な鍵である。その鍵の使い方ひとつで、開く扉も変わってくる。歴史的人物の仮想「レジュメ」を通して、そのポイントを探ってみよう。
(取材・文/中村光宏 総研スタッフ/山田モーキン)作成日:06.05.03
【はじめに】もしもオーヴィル・ライトが転職するとしたら……歴史をひもとき、レジュメを代筆
 登録しておけば市場価値を相対的に把握できたり、登録者のレジュメを熟読した企業から、スペックや志向にふさわしいメッセージが届く、エンジニアのキャリア形成に役立つリクナビNEXTスカウト。ところが、いざ登録するためにレジュメを作り始めてみると、自分のことをうまくアピールできずに苦労するエンジニアは多い。そこで、Tech編集部はだれもが知っている超有名エンジニアのレジュメを作成してみることで、何かしらのヒントが得られるのでは?と考えた。
 今回取り上げたのは、「オーヴィル・ライト」。と聞いても、ピンとこない方もいるかもしれない。世界で初めて、エンジンの力でプロペラを回し、自力で飛行する飛行機を完成させた、あのライト兄弟の弟君といえば、おわかりだろうか。
 ライト兄弟の偉業は、世界初の飛行を成功させたことよりも、その実現のために、飛行中の飛行機の姿勢を安定させ、意のままに操るための機体構造を、さまざまな検証・洞察・実験によって導き出したところにある。彼らが発見した主翼や垂直尾翼の構造は、現在のジャンボジェット機にもそのまま受け継がれているのである。
 兄弟とも、高等教育は受けていないが、独学で航空力学を学び、自転車店を営む傍ら、得意の工作技術を駆使して、グライダーや飛行機を自作していった。成功してのちも名声に溺れることなく、生涯、一途にエンジニアであり続けたライト兄弟。その真摯な姿勢は、エンジニアのかがみと呼んでも差し支えないだろう。

 思索家で学究肌の兄ウィルバーに比べ、行動的で機械いじりが好きで、アイデアマンだった弟のオーヴィル。そこで、「もしもオーヴィル・ライトが、実用可能な飛行機を完成させた33歳のときに、その機体製造と操縦技術のノウハウをもって、転職活動を行うとしたら……」と仮定して、Tech総研編集部でレジュメを作ってみた。
 転機を感じている方は、ぜひ自分のエンジニアキャリアと比べてみてほしい。また、リクナビNEXTスカウトに登録している方は、書き方の参考に。

 それでは早速、オーヴィル・ライト33歳の「職務経歴」「自己PR」「キャリアプラン」をご覧いただきたい。
profile
1871年、アメリカ・オハイオ州デイトンで生まれる。7歳のとき、父からおもちゃのヘリコプターをもらい、兄ウィルバーとともに空を飛ぶことに興味を抱く。1887年、兄弟で、印刷機や足踏み式自動紙折りたたみ機を自作する。1889年、17歳でさらに大きな印刷機を自作し、デイトンで週刊新聞『ウエストサイドニュース』を創刊。母の死をきっかけに高校を中退。1890年、19歳のときに新聞を日刊化して『イブニング・アイテム』と名前を改めるが、3カ月で廃刊。印刷業に専念すべく、兄とともに「ライト&ライト印刷所」を創業する。
【職務経歴編】Tech総研編集部の仮説 研究開発と実証試験を真摯に積み上げ、世界初の動力飛行を成功させた経歴をアピールするはず
1892年(21歳) 「ライト自転車商会」を設立……(ポイント1)
印刷業を続けながら、デイトンの中心部に自転車の販売・貸出・修理を手がける店を兄とともに開業。店内で工作機械を動かすための単気筒の内燃機関を自作。
オリジナル自転車「ヴァン・クリーヴ号」「セントクレア号」を製作・発売。
オリジナル自転車の性能をPRするため、アマチュア自転車レースにたびたび参加、多くのレースで優勝。
店舗を4店舗に拡大。経営全般で兄を補佐しつつ、販売と製品開発の中心的役割を担う。
1899年(28歳) 飛行の安定と操縦にかかわる翼の動きを発見
飛行に必要な翼・動力・操縦の3要素のうち、最も研究の遅れていた操縦に着目。
自転車業で得た経験、鳥の飛翔観察、凧による実験などを通じて、飛行機の翼を左右逆にねじることで飛行時の機体の安定が保たれ、スムースな旋回が可能になることを発見。
1900年(29歳) グライダーの有人飛行に成功
ノースカロライナ州キティホークで、自作グライダー(1号機)による有人飛行に成功。
上下に2枚の翼をもつ複葉機で、操縦者が飛行中に、主翼の翼端を左右逆にひねる操作を行える機体を世界で初めて考案。安定した飛行を可能にした。
兄ウィルバーの操縦で、最長滞空時間20秒、最長飛行距離120mを達成。
1901年(30歳) 風洞実験装置を開発……(ポイント2)
2号機を製作し、キティホークで試験飛行を実施。この試験飛行によって、翼の形状に再考察が必要との見解に達し、そのための実験装置を開発。
実験装置は全長約2.45m、常に一定の風量を人工的に発生可能。風洞部は高さ・幅とも約40cmで、その中に実験対象(断面の異なる主翼のミニチュア)を固定し、流動する空気の中でどう反応するかを実験できるように設計。
その結果、翼の形状に関する航空力学の新たな計算式を導き出すことに成功。
1902年(31歳) 垂直尾翼を方向舵とすることを考案
前年の計算結果をもとに、グライダー3号機を製作。キティホークで試験飛行を実施。
空中での旋回時の安定性を向上し、スムースでコンパクトな旋回を実現するためには、主翼の動きとともに、垂直尾翼の果たす役割が大きいことを発見。それまで2枚だった垂直尾翼を1枚に変更、さらに、方向舵を取り付けることで、飛行時の機体の完全なコントロールに成功。
1903年(32歳) 世界で初めての動力飛行に成功……(ポイント3)
機体・エンジン・プロペラをすべて自作した動力飛行機「ライト・フライヤー1号機」を製作。キティホークのキルデビル・ヒルズで、自力で飛ぶ動力飛行機による世界初の飛行に成功。
最初の飛行は12月14日、滞空時間約3.5秒。
公認された世界初の飛行記録は12月17日の飛行で、滞空時間約12秒、飛行距離約36m。
同日、滞空時間約59秒、飛行距離約255.6mの最長飛行を達成。
1904年(33歳) 旋回飛行に成功……(ポイント4)
「ライト・フライヤー2号機」を製作。デイトン近郊のハフマン牧場で試験飛行。
以下の飛行記録を樹立。
 ・滞空時間約39秒、飛行距離約400mの直線飛行
 ・滞空時間約59秒、飛行距離約680mで、空中で完全な円を描く旋回飛行
 ・滞空時間約2分15秒、飛行距離約1000mの完全な周回飛行
 ・滞空時間5分4秒で、牧場上空を5分かけて4周する周回飛行
【職務経歴】 Dr.スカウトの分析「企業はこう見る!」
 オーヴィルも、兄のウィルバーも、学歴は高校中退であり、最初に兄弟で始めた仕事は印刷業だったが、職務経歴では、より成功を収めた自転車業から書き起こしている。そして、若くして内燃機関を自作するほど機械工作にたけていたことをアピールし、のちの飛行機製造を実現する技術力につなげている(ポイント1)。自転車レース優勝は、自社製品の性能の高さを訴えるとともに、オーヴィル自身の体力、負けん気の強さをうかがわせるエピソードにもなっている。

 主翼の操作に関する重要な発見、すべて自作したグライダーの飛行成功など、注目すべきポイントはいくつもあるが、ここでは、世界初の風洞実験装置の開発に注目したい(ポイント2)。実験対象(のミニチュア)を固定し、そこに人工的に一定の空気の流れを送り込むことで、対象物の空力特性を検証する風洞実験装置は、航空機のみならず、車や電車、橋梁、高層建築物など、空気抵抗を受けるあらゆる構造物の検証に利用できる画期的なものである。自分の経歴の中に、「転職先でも革新的な技術開発を可能にし、その技術を実用化する仕組みを構築できる」など、将来への可能性を秘めた実績があるときは、その点も忘れずにアピールしておきたい。

 きちんと評価を受けた実績(オーヴィルの場合は世界初飛行)がある場合は、そのことをおくせずにしっかりと主張しておこう(ポイント3)
 また、公表可能な実績がある場合は、できるだけ具体的な数値を挙げて、その実績をアピールしておくのも有効だ(ポイント4)。そうすることによって、それまでに携わってきた案件の社会的重要性(あるいは市場価値)、その案件における自身の成果、その成果を達成できるだけの高い能力を有していることを印象づけることができる。
職務経歴作成の詳細に関しては、こちらをチェック!
企業にスカウトされるレジュメ作成術 職務経歴編
【自己PR編】Tech総研編集部の仮説 機械工作の力量をまずアピール。瞬間的成功よりも、今後の産業全体の発展に寄与する能力があることを訴えるはず
自己PR 「子どものころから機械工作が得意で、印刷機や内燃機関などを独力でつくり上げてきました。また、航空力学も独力で習得し、その知識に基づいて自作したグライダーでの飛行にも成功しています。自ら進んで学び、考察を重ね、創造して検証する。そして、だれもが使えるようにつくり変えていく。その技能では誰にも負けないと自負しています。動力飛行機による自力飛行に世界で初めて成功しましたが、それで満足するのではなく、飛行機を実用化するために必要となる性能と安全性の向上、背景となる理論や数値的裏付けをより確かなものにし、同時に、操縦技術の向上と普及にも努めることで、これからの航空産業の発展に寄与したいと考えています」
自己PR Dr.スカウトの分析「企業はこう見る!」
 まず、エンジニアとしての志をもっていることがしっかりと伝わってくる。当時としてはまだ珍しい機械を、大資本や研究教育機関の手を一切借りることなく、自力で開発している点は多いに評価したい。また、成功によってもたらされる富や名声に安住することなく、実用化のためにはデータや実証が重要であることをいち早く理解し、自らの技術を産業全体のために生かしていきたいとする姿勢は評価に値する。
自己PR作成の詳細に関しては、こちらをチェック!
企業にスカウトされるレジュメ作成術 自己PR編
【キャリアプラン編】Tech総研編集部の仮説 飛行機の実用化を進めて航空産業の発展を図り、その中で利益を上げる道を目指すはず
次のキャリアで
実現したいこと
「旋回飛行や周回飛行を成功させたことで、飛行機の実用化に必要な最低限の要件を達成できたと考えています。今後は、機体構造や操縦技術をさらに改善・改良して、輸送手段としてのいっそうの性能向上、とりわけ、都市や大陸間の旅客輸送を可能にするような、搭乗者の人数増とより安全性の高い飛行機の量産化に力を尽くしたいと考えています。また、飛行時の姿勢安定や旋回性能を高める機体設計において重要な特許を取得しており、この特許技術を応用して、新たな特許取得にも取り組んでいきたいと考えています。大きな産業に発展するであろうと期待される航空分野で、多くの特許権を有することは、確かな利益を得ることにもつながると見ています」
キャリアプラン Dr.スカウトの分析「企業はこう見る!」
 誕生したばかりの飛行機をとりまく事業が、物流や人々の交通手段としての新たな役割を担って、大きな産業に発展していく可能性を秘めていることを示唆している。そして、その中でオーヴィル・ライトのもつ知識や経験を存分に生かすことができれば、その企業は間違いなく「勝ち組」になれると期待させるキャリアプランである。成長産業において利益を上げ続けるためには、特許権の取得がいかに重要であるかを見抜いている点も興味深い。
キャリアプラン作成の詳細に関しては、こちらをチェック!
企業にスカウトされるレジュメ作成術 キャリア編
レジュメのポイント 実用化のための技術向上に取り組み続ける努力こそが、エンジニアの価値となる
 今回のオーヴィル・ライトの「レジュメ」では、彼の21歳から33歳までを職務経歴とした。兄ウィルバーとともに自転車店を興したオーヴィルは、そこで得た利益を元手に、独力で飛行機製造に取り組んでいく。考察と実証試験を繰り返して、ストイックなまでに技術を極めようとするその姿勢は、まさにエンジニアの真髄に迫るものだ。
 世界初飛行の偉業を成し遂げても、それに安住することなく、オーヴィル・ライトは兄とともに、さらなる技術の向上に不休で取り組み続ける。単に「飛行機が飛んだ」ことで満足するのではなく、その飛行機を「実用化できる製品」として改善を加え続けていくあたりは、彼が発明家ではなく、真のエンジニアであったことをうかがわせる。

 どんな発明・発見も、それが実用化されなければ人々の暮らしの役には立たないし、利益を生み出すことにもつながらない。先端科学と日常生活の橋渡しをするのがエンジニアの役割、ともいえるだろう。
 学歴や大資本の後ろ盾がなくても、できる限り情報を集めて学習・分析し、そこに新しいアイデアを加えて、真摯に技術の向上を追求し続ける態度。それこそが、エンジニアのキャリアアップにつながる重要な素養なのだと、オーヴィル・ライトの「レジュメ」は教えてくれているようである。

 皆さんも、未知なる可能性にかけて、ご自身のレジュメを作ってみてはいかがだろうか? そこにはきっと、自分自身が今まで気づかなかった新たな発見があるはず。

コラム ウィルバーとオーヴィル、ライト兄弟の“ホントの人生”は……
 動力飛行機による世界初の有人飛行に成功したライト兄弟。しかし、考案した機体の秘密を盗用されることを恐れ、公開飛行をとりやめたために、飛行機製造の契約を受注するまでに時間を費やす。その間に、ライバルたちの飛行機も急速に進歩。兄弟が飛行機製造会社を設立してからは、特許侵害の訴訟に明け暮れることになる。その心労もあってか、兄ウィルバーは45歳で死去。兄の死で一切の情熱を失ったように、オーヴィルも飛行機製造からは身を引くことになる。兄弟とも生涯独身で、酒・タバコ・ギャンブル、成功者につきものの派手な社交とはまったく無縁の生活だった。ライト兄弟のその後の人生を簡単に紹介しておこう。

1905年(34歳)
「ライト・フライヤー3号機」を製作、ハフマン牧場で試験飛行。
最長滞空時間約39分、飛行距離約40kmを達成。燃料がなくなるまで安全に飛べることを証明し、以後、飛行機製造の契約を締結するまで、機体の機密保持のため公開飛行を中止する。
1907年(36歳)
アメリカ陸軍通信兵団が飛行機製造の注文条件を提示。
1908年(37歳)
キティホークで世界初の2人乗り飛行に成功。
フランスの会社から飛行機製造の注文を受ける。
その後、兄ウィルバーは、フランスのル・マンで100回以上の公開飛行を行う。
オーヴィルは、アメリカ陸軍の求めに応じ、バージニア州フォートマイヤーで試験飛行を行うが、9月17日、飛行機が墜落。同乗していたセルフリッジ中尉は死亡。自身も重症を負う。
1909年(38歳)
オーヴィルの操縦で、アメリカ陸軍の性能確認飛行に合格。正式に陸軍による飛行機の買い上げが決定する。
フランスのランスで、国際飛行大会に参加。その後、ウィルバーはニューヨークで、オーヴィルはドイツで公開飛行を行う。
兄弟で、「デイトン・ライト飛行機会社」を設立。「ライト・フライヤー号」の生産を開始する。日常的な会社の運営はオーヴィルが取り仕切り、兄のウィルバーは特許侵害の訴訟に忙殺される日々を送る。
1910年(39歳)
オーヴィル操縦の「ベビー・グランドレーサー号」が、ニューヨークのベルモントパーク飛行大会で、時速129kmの飛行速度記録を樹立。
1911年(40歳)
新しいグライダーを製作。オーヴィルの操縦で、滞空時間9分45秒の世界記録を達成。この記録はその後10年間破られることはなかった。
1912年(41歳)
兄ウィルバーが、腸チフスのために45歳で死去。
1915年(44歳)
特許訴訟のほとんどが解決したことを機に、オーヴィルは、会社の権利をすべて売却。飛行機事業から撤退する。
1918年(47歳)
この年を最後に、オーヴィルは、飛行機の操縦もやめる。
ただし、飛行の研究だけは続け、自動操縦装置の開発や、フラップ(低速時に揚力を増大するために主翼の後方下側に取り付ける装置)を発明。
1948年(76歳)
デイトンの自宅で、心臓発作で死去。
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
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ライト兄弟が世界初の動力飛行に成功してから、1世紀の時の流れを経ていますが、そのころに確立された航空力学が今でも動力飛行の基本になっていることを考えると、彼らの偉大さを改めて実感しました。しかしその原点はやはり、「モノづくり」に対する情熱。エンジニアの皆さんも、その情熱に共感できる部分も多いのではないでしょうか。その情熱をレジュメでうまくPRできれば、転職の可能性も広がると、今回のレジュメで確信しました。
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