やってられるか！わが社ご自慢のエンジニア育成法

多くの企業には社員教育のための独特の慣習や研修があるものだが、「これで本当に人が育つの？」「ちょっと無理があるんじゃない？」といった育成法も、実は少なくない。しかし、300人のアンケート調査から浮かび上がったのは、編集部の予想をはるかに超える内容のものばかりだった……。

（取材・文／総研スタッフ　高橋マサシ＋タニー只野　イラスト／つぼいひろき）作成日:06.05.03

　エンジニア300人に、「あなたの会社のびっくり人材育成法」を質問した。そうしたらもう、出るわ出るわ……。とりあえず読んでください。本人の苦労を示す「大変だった度」と、総合的な評価として「お役立ち度」も聞いたので、自分の実感と比べてみてほしい。

毎月末に「月報」と称した作文を全社員が書かされる。業務報告ではなく、自分の壮大な目標、日々の努力、至らない点などをA4用紙2枚にみっちりと。上司や社長が気に入らないとチェックが入り、気に障る内容だと給与の査定に響く。作文を書くのに数時間はかかるが、「自己のため」という理由で業務時間外となる。また、頻繁に啓発教育セミナーが開催されている。

以前に会社が傾きかけたとき、社長が自己啓発セミナーで洗脳された。以後、セミナーの先生のご指導を全員が黙々と受けている。ITバブルの勢いなのに、一部上場したのも啓発教育のおかげだと社長は信じており、徹底さと頻繁さが増した。部下がさぼると上司の評価が下がるので、どんなに業務が忙しくても、お客さまそっちのけで全員が啓発教育に集中している。

参加はもとより定時退社も絶対に認められず、どうでもよい残業を強制的にさせられる。本人の結婚式であっても不可。甘い人間を育成しないという、全く理解できない会社の教育方針。役員を除く全社員が対象。

社長が10代のころに一度だけそんな目に遭わされたのを、いまだに根にもっている。役員は午前中退社、午後出勤、勤務時間内ゴルフなど何でもOK。もちろん同族企業です。

1年後、3年後、10年後、それ以降の目標とすべきことを、生活、家族、職場など10項目にわたって表にまとめる。全社員が年に1回書かされ、毎週月曜日の朝に黙読させられる。

全部で120項目の目標を書くんですよ、そんなの無理です。これは罰ゲームです。

失敗を犯した部下を7階の食堂に呼び出し、上司が2～3時間の説教をする。説教を通してコミュニケーションを充実させ、人間関係を深めるのが目的らしい。

はんだごての研修。新入社員教育でソフト職もハード職も受ける。隔週で半年間、午後はずっとはんだごてを握る。

新卒入社直後からの、1年間の派遣研修。計測機器メーカーで、所長に組織的な開発手法をたたき込んでもらった。納期と絶対の信頼性を守ることが最優先され、コストを削ってほかの部分にしわ寄せがくることを、完全に拒否していた。

これがプロかと心酔した。学生時代は、開発はオタクの延長だとぼんやり思っていたが、職人気質の所長に会って完全に意識が変わった。自分の人生でいちばん大切な師だと思っている。

未修得のプログラム言語で、既に稼働している社内用ソフトを、同じ仕様で拡張していく。要所要所で添削や指導をしてもらえるが、基本的には1カ月の新人研修期間内の空き時間に、ひたすら独学でつくる。本当に数年利用される場合もあり、つくりが悪ければ何年間も文句を言われ続ける。ただ、先輩社員の採点は厳しく、合格点をもらえる人間は半数にも満たない。

気楽にやり始めたものの、退社した先輩社員が10年前につくったプログラムが稼働しているのを見て、気合が入った。利用する人間の顔を思い浮かべながらの緊張感あるプログラミングは勉強になった。

入社3年目の情報システム関係者に向けたネットワーク講習会。いつもは外注先の会社に依頼しているルーターやブレードサーバーなどに実際に触れて、機器のメカニズムの複雑さを体験する。

1週間程度だったが、初めて実物の機器に触れて感動した。「企画書を書くだけでは本当のITエンジニアとは言えない」という会社の方針は正しいと思う。それからは、外注さんに無理な依頼をしないよう心がけています。

入社直後から1年間、客先へ毎日通わされ、客先SEのサポート（雑用）を行う。

SEは常時仕事に没頭しているので、技術的な指導はない。「おはようございます」と「お先に失礼します」しか会話がない日々が延々と続き、仕方がないのでその部屋にあったマニュアルを黙々と筆写していた。まるで精神修業の場だった。

教育や指導なしでいきなり先輩に同行し、新入社員なのに「入社5年目のSEです」とお客に紹介される。そして、3カ月～1年にわたってシステムをつくらされる。

残った人もいるが、ドロップアウトしていく人が多い。入社2年目と中途入社のソフト開発者が対象で、投入されたプロジェクトが終了するまで続く。

下についた社員が1カ月もしないうちにいなくなる、連絡も取れなくなるという現象が半年で4回もあった。私は給料がいいので覚悟して転職しており、思っていたよりもきつくなかった。

先輩の「見とけよ」のひと言で始まり、その後ろからひたすらコマンドや技法を覚える。二度目はなく、随時行われている。

新入社員研修で、雪山に2週間こもっての登山やロッククライミング。登山では雪上にテントを張って一泊する。

数人のメンバーがいたが、暗闇で寝る恐怖心は耐え難いものだった。当時は何のための研修だと思ったが、今では非常によい経験をしたと感謝している。

自衛隊に3日間の体験入隊をさせられた。入社10年前後の高卒技術系社員が対象。後輩を指導するための監督力と集団行動を学ぶためらしい。

無人島での新入社員研修。1泊2日。特定のグループで生活して、団体生活と組織の重要性を覚え込む。

入社直後の新卒社員が、中学生くらいの子供のいる奥さまにいろいろと教わる。入社1カ月後から2週間、平日の10：00～15：00。先輩社員の手が回らないので、退職して自宅で内職している元社員を活用している。

あまり大きな声では言えないが、誘われるままに、悪い意味でよい関係になってしまった。今もその人は新入社員を指導しているが、怖くて後輩に実態を聞けない。

社内外で有名なスパルタ教育の先輩が、自分だけを半年間指導。自主的に問題を解決させるため、トラブルで本当に困っても答えは絶対に教えてくれない。どなられて自分の至らなさを説教される。ただ、本に付箋を張ってくれるなど、答えを導くためには手を貸してくれる。

最初は理不尽に感じたが、成果を上げたときは評価してくれたし、先輩なりの愛情を感じられたので、必死でついていった。あの人に出会えたから今の自分があると思う。

6カ月間の英文レター（メール）教育。希望者のみ毎月1回の終日講義。外国人の講師に朝から晩まで質問されまくりで、まったく何を言っているかわからず胃が痛い思いをした。

外資系企業との共同開発が円滑に進むようになった。また、英文以外にヒアリング力が身につき、違った意味でもスキルアップした。

入社数カ月後の新入社員が1カ月、機械の操作法を学ぶ。20年以上たっている古い機械で、説明書などもちろんなく、わからないことはそのたびに上司に聞きに行く。ただ、あまり教えてはくれない。

最初は機械を壊すかこちらがケガするかと、ビクビクしながら触っていて、質問を頻繁にしていた。だんだん聞きづらくなってきて、もう機械を壊すなら壊してしまえと半分やけで動かしたら、非常によく理解できるようになった。古い機械はとっつきにくいが、慣れれば基本的に動いてしかも壊れにくく、初心者に教えるにはぴったりだと知った。

　アンケートで採点してもらった「大変だった度」と「お役立ち度」から、マトリクスを出した。5段階評価なのでクロスした0×0のグループを除いて計219人。4つのグループからは独特の傾向が見えてくる。

大変×役立つ
もっとも人数が多かったグループ。企業規模での特徴はないが、業種は製造業が多い。特に自動車、精密機器、医療機器、半導体などで、主に一から現場の技術をたたき込む教育法だ。「最初は戸惑っていたが、後になって役に立った」というコメントが多い。
ラク×役立つ
100～1000人未満の中規模企業が多く、業種では製造業全般にわたる。「楽しみながら技術・業務が身についた」という趣旨のコメントが多く、モノづくりの実感値をもたせながら少人数を指導している様子がうかがえる。いちばんの成功例と言えそうだ。
ラク×無駄
もっとも少ない回答数。大企業に多く、「現実の業務とはかけ離れた内容だった」というコメントが多く見られた。スキルの異なる多くの社員を一括指導する必要性からか、パッケージ研修のような内容が多く、回答者からは不満の声が目立った。
大変×無駄
社員数10～99人のソフトハウスに多い。2番目に多いグループで、社長のワンマン経営や指導員の人手不足が「労多くして役立たず」の原因のようだ。また、大企業の製造業も比較的多く見られた。組織が大きいためか、育成側と現場との意識の差が感じられた。

　このように意外と納得できる結果が出たが、だからと言って、「やってられるか！」人材育成法がなくなるわけではない。エンジニアの苦労といら立ちは、今後も続いていくのだ……。

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タニー只野(総研スタッフ)からのメッセージ

今回は先輩編集者と合同でレポートを作成しましたが、非常に有意義なことをたくさん教えていただきました。編集部では「マイウェイ」で通っている先輩ですが、意外と後輩には優しいところもあるようです。これもひとつの「人材育成法」だと思いますが、皆さんの場合はどうですか？　こんどは「やってられる」バージョンを特集したいと思います。