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我ら“クレイジー☆エンジニア”主義! vol.4 ケータイ動画変換で世界を制した
富田拓朗が挑む情報伝達テクノロジー
常識破り、型破りの発想で未来技術を切り拓くのは、クレイジーエンジニア。今回は、業界シェアトップを占める携帯電話用の動画変換サーバを世界に送り出す富田拓朗氏を紹介する。カリスマプログラマとして、CGアーティストとして世界的な評価を受ける最先端ネットワーク・テクノロジーの発想は、いかにして生まれたのか。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己) 作成日:05.11.09
クレイジー☆エンジニア
セーバーホールディングス(株)
代表取締役チーフ・アーキテクト
  富田拓朗氏
 10年以上前に、既にWebシステムを請け負う会社を仲間と設立、インターネットシーンの最前線を走っていた。機械語を含む10以上のプログラミング言語を自在に操るプログラマ、ITコンサルタントとして活躍してきた。そんな富田氏のもうひとつの顔が、CGアーティストだ。手がけた作品はニューヨーク3Dアワードや日本賞外務大臣賞など多数の受賞歴を誇る。リクルート発行『TECH B-ing』で、1998年10月号から2003年3月号まで、表紙のCGを作成していたのが、実は富田氏だった。
小学1年でNEC TK80と出会い、小4のときにはNEC8001を使いこなしていた。中学の頃には、ビジネスソフトのコーディングやプロテクトを研究。ネットワークにも目覚め、C、UNIXからアセンブラまで精通、プログラマのアルバイトでかなりの収入を得ていたという。
CG制作のためにスパコンを使用。電気代が月に100万円!
 CGは、レンダリングのアプリケーションの演算ロジックをプログラムしていて、その延長上で絵になったんです。だから、いわゆる普通のCGアーティストの人たちとは描き方がまったく違います。骨から作って、肉付けをしていきますし、デッサンも描かずに、いきなり描き始める。複雑ならせんの形状など、数値を打ち込んで演算させて表現していくものもあります。目でやるとブレるような分割も、演算させると完璧なフォルムが生まれるんです。

 もともと絵は好きでしたから、CGも趣味みたいなものでした。描きたいものが、どんどん浮かんでくる。描くときは、モニターの前に座って、どう進めるか、しばらく考え込みます。プログラミングや設計のときも同じですが、こうやって考えているときは、誰も話しかけられない空気らしいです(笑)。それで決まったら、一気に描き始める。没頭していると1秒でも惜しくて、徹夜もしょっちゅうでした。食事の時間も惜しいのでウィダーインゼリーは必須(笑)。

『TECH B-ing』のときは、3台のコンピュータを同時に使って描いていました。モデリングでまるまる3日。レンダリングは別のスーパーコンピュータです。スポンサーの支援があったので。でも、演算量はとんでもないですからね。電気代が月になんと100万円を超えたこともある。今だから明かしますが、儲けどころではない(苦笑)。でも、仕事と思ってませんでしたから。
学校にほとんど行かなかったから、時間がたっぷりあった。
 子どもの頃から、ちょっと変わった子どもでした。とにかく「なぜ?」「どうして?」と人に聞きまくる。人が生きるって何? どうして生きないといけないの? なぜ何かが好きになるの? ってな具合です。親も大変だったと思います(笑)。でも、学校でも同じでしたから、学校の先生も大変。ただ、人格的に問題あり、なんて言われたこともあって、だんだん世の中に冷めていきまして。大人をまったくリスペクトしなくなった。今から考えると、どうしようもない子どもでしたね(笑)。

 それで、ほとんど学校に行かなくなったんです。中学もほとんど行っていないし、高校もほとんど行っていない。行っても授業には出ない。試験はちゃんと受けてましたけど。あの年代って、学校に行かないと時間があり余るんですよ。そのたっぷりある時間でコンピュータと向き合うようになった。それだけじゃなくてスポーツもやりました。ロードバイク、空手、ボクシング、古武道、クラシックバレー……。絵もそうですね。大きな声では言えませんが、学校という呪縛から解き放たれると、いろんな能力が芽生えるチャンスがあるんですよ(笑)。
年収が2500万円あった会社を、5年ほどであっさり売却。
 コンピュータは大好きでしたから、毎日のように電気街に入り浸っていました。最初に自分の技術力を知ったのは、この頃。ショップに出入りしているソフトメーカーの人と話をすると技術に驚かれたりして。それでプログラマのアルバイトを始めるんです。高校時代には、毎月のアルバイトが約100万円にもなっていました。でもまたすぐ、何か違うことがやりたくなってしまって、高校を卒業すると写真家を目指すんです。プロの先生に弟子入りして。ところが厳しい先生で、連日の深夜帰り。しかも手取りは10万円ちょっと。とうとう世の中の厳しさを知りまして(笑)。でも、貯めていたバイト代で買った機材は先生よりもいいモノ(笑)。1年も経つと自分もプロ宣言して仕事を始めました。ただ、商業写真家には意外に表現の自由がない。それに気づいて、やっぱりコンピュータに戻ることにしたんです。

 94年、友人4人でWebシステムの構築を手がける会社を設立しました。ライバルが少なかったから儲かりましたね。20歳そこそこで2500万円の年収があった。でも、冷静でした。仕事が流れる社会構造から見ると、自分たちは最下層じゃないかと。このままじゃ、自分のステージは上がらない。だから5年ほどで、あっさり売却しました。その後は、外資系企業に入社するんですが、もっと堅い仕事をしてみたいとメガバンクのシステム開発を手がける会社にも入った。ここで、企業社会の仕組みについて、たっぷり勉強させてもらうことができた。さらに、今の会社のパートナーとも出会えたんです。
 
CGCG
 
『TECH B-ing』の表紙を飾ったCG。子どもの頃から「本物の絵」を間近にして育ったことは、絵的センスに大きく影響していると語る。「パリッシュの原画を眺めながらお茶の間でお茶漬けを食べたこともあります(笑)」。最近、1枚のCG作品を、特殊な印刷機器、そしてインクが最もなじみやすいこだわりの紙によって畳約一畳分のサイズにプリントした。職人技と最新技術によって生まれた「本物の絵」の迫力に自身で驚いたという。
マシン
 
富田氏の歴代の使用マシンが、今もオフィスに飾られている。「マシンには若い頃から徹底的に投資しましたね。中でもMacとSUNが多い。マシンにかけたお金は1億円を優に超えていると思います」
 現在の会社では、新しい時代の情報伝達のメソッドとノウハウを模索している。たとえば既に世に送り込んだのは、業界シェアナンバーワンとなっている携帯電話用の動画変換サーバ。映像データがあれば、フォーマットの違う各キャリアでもアジャストメントを自動的に行ってくれるという優れモノだ。しかも新製品では送れるのは短時間の広告などの映像ばかりでなく、2、3時間の映画も可能。つまり、携帯電話でビデオオンデマンドができてしまうというのだ。
世界初のワンストップ映像配信サーバーとしての製品化であり、もちろん海外市場も視野に入れている。ただ、これは目指す方向のひとつの結果にすぎないと富田氏。彼が考えているのは、絵→文字→印刷→デジタル化技術→ネットワーク技術という情報伝達の歴史に、新しいページを加えることなのだ。
言葉がなくても伝わる。そんな「感じる」技術を作れないか。
 ときどき自分でも頭がおかしいんじゃないかと思うことがあるんですが、あるとき、話をするのがおっくうになった時期があったんですよ(笑)。話すって、情報の伝達手段としてはすごくプリミティブな手段ですよね。声は届く範囲が限られるし、プロトコルとしても遅い。情報密度は濃いし、パワーのある手段ではありますが、受け手はアクティブな動作を受け取って初めて成立するのが会話なわけです。

 ところが、日本でも世界でも会話をするのに言葉を必要としないタイプの人たちがいる。ネイティブアメリカンにもいますし、沖縄のユタもそうですし、私の学んでいる古武道の師範もそう。あるいはホンモノのプロと呼ばれるビジネスパーソンなどもそうかもしれません。何かというと、「感じる」んです。彼らは決して先入観で「考え」ずに事象を敏感に受け入れることができる受動的な観察力を、普段から完璧に機能させている。僕が目指しているのは、こういう「感じる」感覚を、テクノロジーによって普通の人々にも提供できないか、というものなんです。

 デジタル技術やネットワーク技術によって、情報伝達のスピードや質は高まりました。でも、受け手はそれだけの「感じる」力を発揮できているかどうか。たとえば、1枚の写真に鳥肌を立てたり、1行の文章に涙したり。情報の持つ本当の力に触れられているかどうか。実は、多くの人は何らかの理由で、自分で感情を虚勢してしまっているんです。だから「感じる」力が解き放たれていない。実際には、そのことに気づいてすらいない人がほとんどだと思います。

 しかし、これでは人間は本当の能力を極限まで使い切れないわけです。「感じる」ことで、大きな可能性を開ける人が大勢いると思う。この「感じる」というプロトコルを正しく新しいロジックとして日常の上に実装できたときこそ、人類が本当の意味で「進化」できたときだと僕は思っています。
意識を変えると、世の中すべてがエンジニアリングのヒントになる。
 世の中がつまらない、という人がいます。とんでもない話です。ちょっとだけでもいい、「感じる」ことを心掛けてみてください。今この瞬間を思い切り注意深く観察し、心を鋭敏にしてみる。息をするのに何ccの酸素を取り入れたのか。心臓の鼓動はどのくらいのタイミングで打っているか。手に持ったコップは何℃で何gなのか、なぜ今、自分はパソコンの前にいるのか。何のために自分は仕事をしているのか……。こういう瞬間瞬間のすべてを問い続ける感覚を持ちながら日々生活すると、実は自分がいかに何も考えずに生きていたかがわかります。そして意識を鋭敏に変えるだけで、結果の熟成度が変わるんです。自分の身の回りにあるすべてのモノ、自分が触れるすべてのモノには、自分と、自分の仕事との関係性があるとわかってくる。

 僕は極力それを「感じ」られるように心がけています。それがわかると、自分の身の回り、自分の触れるものすべてがエンジニアリングのヒントになるんです。人間の動作をはじめとする洗練された動きは常に自然です。コーディングもエンジニアリングも同じ。僕たちが生きている“日常=自然”の中にもヒントは山のようにあるわけです。ちょっと心を鋭敏にしてみるだけで、実は世の中はエンジニアにとっては刺激だらけなんですよ。常にパッシブな感性を磨くことで、モノや情報の解像度は飛躍的に向上するんです。

 例えば情報の質や密度が高まると、今まで普通にあたりまえだったことが全然あたりまえじゃなく思えてくる。駅で切符を買っても、次世代に繋がるようなものすごいテクノロジーを感じるし、飛行機に乗ろうもんなら流体力学から通信技術、ジェットエンジンの構造、塗料、素材、空調、設計、果ては機内食にも科学を感じたり。目を向ければ世の中楽しいことだらけすぎて、至る所でリバースエンジニアリングには事欠かないはずです。
日本には新しい時代の伝達手段が発達するポテンシャルがある。

 エンジニアがまずなすべきは、自分の力を正確に把握すること。そして自分が正しく思い描いたこと以外はやらない決意をもつことです。これだと思ったことしかやらない。とりあえず何かやってみる、あるいは上から言われたからやってみる、というエンジニアが日本には多すぎます。エンジニアというのはビジネス社会の中で数少ない、思慮深くなれる人種です。エンジニアの世界に試行錯誤はあっても「とりあえず」とか「なんとなく」なんて、本来はないはずなんですよ。たくさんのコードを書き連ねるよりも、くだらないコードを書かないことのほうがよっぽど重要なんです。その意味を本当に理解して、自分が何をすべきかをもっと考えることが大切だと思う。この1行のコードって本当に書く意味があるのか、今、自分がやっていることが製品やサービスを通してどう世の中につながるか。

 現代社会ではエンジニアというのは、非常に重要な存在なんですよ。だって、プログラムのバグひとつで死人だって出る可能性があるんですから。自分のひとつのコードや設計が、世の中をいい方向に変えることもあれば、ひどい方向に変えることもありうる。エンジニアは、そういう認識を持たないといけない。

 言葉を超えたコミュニケーションの世界は、実は日本には大きなポテンシャルがあると僕は思っています。日本には、推し量ることや奥ゆかしさを尊重する文化があった。相手の都合を考えて、考えながら行動しようという規範があった。しかも、日本はいろんな意味で世界の先端を走っている国です。何でもあって、何でも買えて、極まってしまっている部分がある。歴史的に見ても、熟成の文化が日本の文化です。

 だから、日常のストレス、閉塞感やフラストレーションすらも相当に熟成されている。そうなると、悪いほうに熟成されたものが、いつかは何らかの方法で正しくバランスして浄化されることになる。人間には自然治癒力というか「なおそう」っていう本能的な力があるから。そうした社会構造における治癒的プロセスをメソッドとして確立できたとしたらどうなるか。これは日本人にしかできない面白いメソッドになると思う。これこそ、もしかすると、もういろんな意味で極まっちゃってる日本人の存在意義だとも僕は思っているんです。
自転車
 
ロードバイク、トライアスロン、ロッククライミング、フットサルなど、今もスポーツは大好き。「脳の働きをソフトウェアとすれば、肉体はハードウェアです。いい仕事をするためには、肉体をしっかりメンテナンスしておかないとダメ。長時間の労働に耐えなければいけないときもあるわけですし。ディスクのフラグメンテーションを解消するのと同じことです」
図書館風の会社
 
1999年に設立したセーバーで、多くの若手のITエンジニアを率いてきた。現在、富田氏は、セーバーを傘下に持つホールディングカンパニーの代表を務めている。会社のエントランスから、写真にある図書館風の仕事場まで、富田氏のデザインアイデアが生かされている。ちなみに、セーバーの社員にはやはりスポーツ好きが多い。「夏場は真っ黒な社員もたくさんいましたね」
profile
富田拓朗(とみた・たくろう)
セーバーホールディングス(株)
代表取締役チーフ・アーキテクト
プログラマ、ITコンサルタント、CGアーティスト

1971年、大阪府生まれ。父はアートディレクター、母はファブリックアーティストという家庭でアートに囲まれて幼少時を過ごした。6歳でTK80BSを組み立てる。アセンブラの世界にのめり込み、中学時代から80系アセンブラ、C、CP/Mなどを使いこなす。21歳で起業。外資系企業、金融システムを手がけるシステム企業取締役を経て、セーバー設立。自らコンピュータに関連したソサエティを主催していたこともあり、人脈は世界中のアーティスト、エンジニア、ネイティブアメリカンや歴史研究家、数学者、科学者にも及ぶ。現在、手がけるプロジェクトにおけるタフ・ネゴシエーションでも、そうした人脈は大いに生きているという。
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 宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ 
宮みゆき(総研スタッフ)からのメッセージ
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『TECH B-ing』の表紙CGを描いていただいていたときから、不思議なカリスマ性を感じさせる方。1年ぶりにお会いした富田さんは、その独特の物理的で哲学的な語り口はそのままに、以前とはまた違う雰囲気を漂わせていました。同じことをやり続けるのではなく、常に新しいことに好奇心をもちチャレンジし続ける彼にこれからも刺激をもらいたいと思っています。さあ、次は何を世に生み出すのでしょうか?楽しみで仕方ありません。
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