複合技術による製品の多様化が進む中、業界・自社内にない専門技術を求める傾向が強まっている。これに伴い増えているのが異業種転職の求人だ。しかし、勝手の違う業界への転職を不安に思うエンジニアも少なくない。実践者にその胸の内を聞いてみた。

（取材・文／伊藤憲二　総研スタッフ／高橋マサシ　イラスト／関根廣子）　作成日:05.10.19

　数ある産業の中でも、とりわけ技術開発熱が高まっているのが自動車業界だ。自動車は車両本体の機械設計のみならず、材料、電気、通信、ソフトウェアなど、幅広い技術の集合体であるだけに、多くのエンジニアにとって転職のチャンスがある。

　世界的な開発競争が繰り広げられている自動車業界。ハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池車など、電気エネルギー技術がクローズアップされているが、そのほかにも軽量化のための材料・構造研究、運転自動化のためのロボット技術、ITSに対応するための情報通信など、技術のすそ野の広さは他に類を見ない。本丸である自動車の商品開発への注力ぶりは言わずもがなだ。
　自動車業界の特徴は、これら幅広い技術開発、商品開発を、可能な限り自社で行おうとする機運があること。完成車メーカーや大手部品サプライヤーは大規模な研究開発部門をもち、対応分野のエンジニアを集めてR＆Dを進めている。
　同時に、刻一刻と変化する技術トレンドに対応するため、異業種からのエンジニア採用も積極的に行っている。スキルアップを目指すエンジニアにとって、自動車は絶対に見逃すことのできないジャンルのひとつだ。

　完成車メーカーに転職した機械設計エンジニアを紹介する。前職が大手重工業メーカーとあってかなり戸惑いを感じたようだが、今は「テレビでクルマのCMが流れるとうれしい」とブレーキ開発の喜びを語る。

　四輪車・二輪車メーカーのスズキ株式会社で、ブレーキ装置の開発を行う高橋真一さん。SUVのリーディング・トレーリング型ブレーキの設計が担当だ。2004年9月に転職し、3カ月後には早くもブレーキ設計を任された。
　しかし、前職は大手重工業メーカーで、クレーンや輸送用機器など重機の開発。機械設計のエキスパートには違いないが、その対象は随分と異なる。
「重機の設計で得た知識は、自動車開発にはほとんど役に立ちませんでした。機械設計という切り分けだと似ているように見えますが、要素技術は全く違う。辛うじて似ているといえるのは、設計のプロセスや仕事の進め方くらいでした」

　このような事情から、入社後は自動車工学についての勉強の毎日だったという。
「中途採用者は当然、即戦力として期待されている部分があります。異業種転職組はその点では苦労も多いでしょう。ですが、機械は機械ですし、新しいことを覚えていくのが面白いんです。自動車業界のコスト意識も新鮮でした。私はラリーが好きで、それもあってスズキを選んだのですが、テストコースでブレーキテストもします。機能を肌で感じながらモノをつくり上げる『手作り感』が最高ですね。とにかく今はブレーキを究めたいと思っています」

　応用技術の幅が広く、さまざまな分野のエンジニアに門戸が開かれている自動車業界だが、単に技術的な知識をもっているだけでは高い評価が得られない。自分のスキルをクルマにどう生かせるかという創造力、提案力が評価のカギになっている。