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懐かしの“アレ”がエンジニアの原点だ! Vol.4 これぞカスタマイズの原点!“NEC-PC”の魅力とは?(後編)
80年代の「マイコン」ブームで、その中心的な存在を担った「NEC PC」とエンジニアの関係について、当時のエピソードとともに振り返った前回。今回はいよいよ、NEC PCでの経験が現在のエンジニアとしての仕事に与えた影響について迫ってみた。
(取材・文/大類隆司 総研スタッフ/山田モーキン) 作成日:05.09.07
前編の要約
中・高校生のころにNEC PCを購入し、その魅力にはまって熱中した経験のあるエンジニア3人を招いて座談会を開催。購入当時のエピソードやユニークな使い方など、冒頭からかなり“濃い”ネタが乱発しヒートアップ。その後、「エンジニアの原点」としてのNEC PCの存在について話が進み……。 前編はこちら。
*注釈:本文中に登場するマシンやPC用語については注釈をつけているので、そちらを参照していただきたい。
NEC PCに熱い情熱をもつエンジニアたち
「完全手作りの水冷式にカスタマイズ!」山川さん(仮名/機械設計・32歳)
「アルバイトでもオールBASIC言語プログラムを製作」栗田さん(仮名/Webアプリ開発・30歳)
「当時希少な存在のPC-8001を手にした」高橋さん(仮名/システム開発エンジニア・40歳)
NEC PCを使用していた当時の、苦労話などをお聞かせください。
山川: 
PC-9801には大体フロッピーディスクドライブが標準で付いてくるのですが、フロッピーメディアがとにかく高かったですね。あまりに高くて買えなかったため、余っている8インチフロッピーディスク(※14)磁性体(※15)をPC-9801に入る3.5インチ(※16)のサイズに切り取って、流用しながら使っていました。
栗田:
フロッピーに関しては、あまり苦労しませんでしたね。近くの大学でフロッピーディスクがどんどん捨てられていたので、それを拾ってきて、フォーマットして使っていました。よくよく考えてみれば、データ保護の概念が希薄な当時、フロッピーなんてフォーマットして捨てるわけはないので、もしかしたら結構貴重な情報が入っていたかもしれないんですけどね。今思うともったいないことをしたとも思いますよ(笑)。
高橋:
PC-8001にはフロッピーメディアを読める機械がなく、代わりにデータ記録用の専用テープデッキ(※17)があったのですが、テープメディアの弱さには泣かされましたね。テープが伸びて読めなくなったり、デッキに絡んで切れてしまうと、今まで苦労して打ち込んできたプログラムが一瞬にして消えてしまう。データロストを防ぐためには、ダビングするなりの自衛手段が必要でした。初めてフロッピーを見たときは「何でこのぺらぺらの中にデータが」と驚いた記憶がありますね。テープのように巻き戻ししないですむメディアの登場は、革新的でした。
栗田:
私が新しい記憶装置で驚いたのはハードディスクでしたね。ハードディスクが標準で搭載されているコンピュータ(※18)が出たときには感動しました。
山川:
でも、ハードディスクも当時は高かったんですよね。そして、高いくせに容量は少なかった。容量が20MBとか40MBですよ。今は200GBとかが普通なのに。容量40MBのハードディスクなんて、20MBずつパーテーションを切って使っていましたよ。今では考えられない使い方ですが、昔は20MBもあれば大体のアプリケーションやソフトウェアはインストールできたので、これで問題なかったんですよね(笑)。
そうした数々の問題を乗り切るために、ほかにはどんなことをしていましたか?
栗田:
とにかく、ハードウェアだけでなくツールも高かったんですよね。ゲームプログラム用のマップエディタ(※19)は『Z'sSTAFF(※20)』などの市販ツールもあったのですが、高くて買えなかったため自作していました。スキャナなども、ハードウェアは買いましたが読み込むためのソフトウェアは付属しておらず、市販ソフトはやっぱり高いので、読み取りプログラムを自作しました。
高橋:
市販のソフトウェア自体が市場に流通していませんでしたね、PC-8001のころは。パソコンのハードは売っていましたが、ソフトウェアも扱っているパソコンショップという場所はない時代でした。
山川:
たとえソフトウェアがあっても、そのソフトを動かすのに四苦八苦するケースもありました。メモリもディスクスペースも今のように潤沢ではありませんでしたから。特にディスクからMS-DOS(※21)を呼び出すようになってからは、OSや環境を構築するためのデバイスドライバが貴重なメモリを占有するようになり、ソフトウェアが動くメモリ量が確保できないこともよくあったんですよ。そこで、Config.sysとAutoexec.bat(※22)を書き換えて、余計なデバイスをカットしたり、OSの本体を拡張メモリに移動させたりして、メモリを必死に確保するわけです。環境を改良し続けて、ようやく目的のソフトウェアが動いたときは、うれしかったですね。
NEC PCが、今の仕事に与えている影響についてお聞かせください。
山川:
PC-9801を触ることで手に入れた知識は、入社直後役に立ちましたね。256MBのRAMボードを会社のパソコンにたたき込み、仮想ディスクドライブ(※23)として動作させて職場のパソコン環境を最適化しました。会社ではCADソフト(※24)を使っているのですが、仮想ディスクドライブにCADのデータを書き出せば、フロッピーに書き出すよりはるかに早くデータ書き出しが終了するんですよ。何せ書き出しているのは物理的な磁気メディアではなくRAM内の仮想ディスクですから、円盤とヘッドを動かす時間がないわけで。でも、この仮想ディスクには欠点がありまして、停電になると仮想ディスク内のデータがすべて消えてしまうんですよ。バックアップも全部RAM内の仮想ディスクに保存していたから、停電時のデータリカバリーには苦心させられました。
栗田:
パソコンの性能が足りず、限界までパソコンを使わなければならない時代にいろいろ試行錯誤してきた経験は、大きな自信となっているはずですよ。私も、PC-9801でやっていたことは、すべてが今につながっていると思っています。当時にしては優れていましたが、それでもまだまだ制約が多く自由度の少ない中で、ゲームやツールなどを試行錯誤しながらプログラミングする。そうすることで、自分に生きた知識を手に入れることができた気がします。
高橋:
自分の前の世代は、パソコンの重要性を理解できなかった世代でしたし、同世代でもパソコンの重要性を理解している人間は少なかったんですよ。SEですら文系が半分、しかもパソコンを触った経験のない人ばかりが集まっていた時代ですから。そんな状況だったので、企業としても、SEの知識は入社してから覚えさせればいいや、的な考え方が一般的でした。なので、コンピュータのトレーニングは社員教育として行われたのですが、私はあらかじめコンピュータを触ったことがある人間だったので、全く問題なく理解できましたね。
山川:
あと、PC-9801の改造を手がけたことも、機械設計を行ううえで大きく役立っています。なにせ、普通高校に通いながら、PC-9801というハードウェアに触ることで、工業高校並みの知識を仕入れることができたのですから。これは入社後の仕事に大きくつながる資産になっていますね。
高橋:
それにパソコンに余計な幻想をもたないですんだのは、高校生のころにパソコンを触っていたからでしょうね。パソコンも「しょせんは機械」ということに、気づくことができたのは大きいです。少し上の世代、パソコンがなかった世代の人たちの中には、パソコンが万能であると信じている人も多いですから。PC-8001を触ったからこそ、パソコンの限界を知ることができたといってもいいでしょうね。SEに必要な論理的思想ができ上がったのは働き始めた後でしたが、PC-8001で得た経験は、パソコンの作業領域と人の作業領域のすみ分けなどを理解するための助けになっているはずです。
あなたにとって「NEC PC」とはどんな存在ですか。
山川:
MSXに続いて、パソコンの何たるかを知るきっかけとなった機種でしたね。作り手と使い手の距離もまだまだ近く、作り手側のこだわりが技術という形で感じ取れました。身近にあった家電などとは異なる異質な存在ではあったのですが、専門的、職人的なことを自由に行うことのできる存在でもありました。そういう存在が身近にあったからこそ、いろいろな知識や経験を身につけることができたのでしょうね。
栗田:
PC-9801があったからこそ、本格的なプログラムができるようになったと胸を張って言えます。発想力や応用力など、自分で身につけるしかない重要な事柄も、多く身につけることができました。こうした発想力や応用力こそ、新しい技術者にいちばん教えなければならない部分だと思うのですが、今入ってくる技術者の多くは、こうした大切なことをどこからも教えられていない気もします。
高橋:
PC-8001を買ったときは、買った自分自身も含めて先駆け的な存在でした。後からさまざまなものがついてきたため、先頭を走っていた自分は訳がわからないまま走るしかなかったわけですが、先頭を走っていたという優越感はありましたね。何せ、パソコンが家にあることがステータスになった時代です。家に帰ってテレビゲームができる、これだけで優越感を感じられましたからね。テレビゲームもパソコンも今は当たり前の道具ですが、当時としては、流行の最先端をいっていたことを肌で実感させてくれた存在ですね。
8インチフロッピーディスク(※14)
磁気ディスクの直径が8インチ(20cm)もある、5.25インチや3.5インチのフロッピーディスクからは想像もできない巨大なディスク。1972年にIBM社が容量270KBの製品を発売、1977年には640KBまで容量を拡大したものの、フロッピーディスク小型化の波にのまれて徐々に消えていった。

磁性体(※15)
磁気を帯びることのできる物質。酸化鉄、酸化クロム、コバルト、フェライトなどの磁性体素材を粉にしてテープに塗布したものが、カセットテープやビデオテープのテープ部分。フィルムなどに塗布したものが、3.5インチフロッピーのシャッターを開けたときに見える濃茶色の円盤である。どちらも専用の機械により磁気を帯びさせることで、データや映像、音声などを記録するメディアとして機能する。
3.5インチ(※16)
現在主流となっているフロッピーディスクメディアのサイズは3.5インチとなっている。直径約8.5cmの円盤状の磁性体が、強固なプラスチックジャケットに格納されているため、プラスチックジャケットだが薄い5インチディスク、ジャケットが紙である8インチディスクなどに比べると扱いが容易。

データ記録用の専用テープデッキ(※17)
MSXなどでは高級機のオプションとなっていたが、PC-8001では専用のデータ記録用テープデッキ、すなわちデータレコーダーが用意されていた。ラジカセをつないでデータレコーダーの代替品とするより確実なデータの保存・再生が可能であった。

ハードディスクが標準で搭載されているコンピュータ(※18)
今では非常に安価となったハードディスクだが、1980年代において、ハードディスクは非常に高級な機材だった。そんなハードディスクを標準で搭載しているようなパソコンは当時としては非常に珍しく、PC-9801の初期モデルにおいては販売価格が80万円を超える「PC-9801M3」くらいしかなかった。
マップエディタ(※19)
ゲーム背景の元となる「マップチップ」を製作するためのツール。2Dゲームのマップは、マップチップと呼ばれる、決められた大きさ(16ドット×16ドットなど)の小さな絵を組み合わせることで作成していく方法が一般的であった。

Z'sSTAFF(※20)
ツァイト社が開発した高性能グラフィックツールで、X1、X68000、FM-TOWNSなどさまざまな機種で発売されていた。PC-9801シリーズ用の正式名称は「Z'sSTAFF KID98」。基本的に絵を描くツールなのだが、非常に高性能かつ使い勝手がよいため、へたな専用マップツールより使いやすいと評判だった。

MS-DOS(※21)
マイクロソフト社が開発したオペレーティングシステム(略してOS。基本ソフトウェアとも言う)である。コンピュータシステムの管理やアプリケーションの動作を司る機能は、現在広く使われているOS「Windows」と変わらないが、Windowsがマウス中心で直感的に操作できる「グラフィカルユーザーインターフェイス(GUI)」方式であるのに対し、MS-DOSはすべての操作をキーボードからのコマンド入力で行う「キャラクタユーザーインターフェイス(CUI)」方式であった。
Config.sysとAutoexec.bat(※22)
DOS(ディスクオペレーションシステム)がシステムを起動する際、同時に設定する「決まり事」を書き込んだテキストファイル。この2つのファイルはルートディレクトリに設置することで起動時に自動で読み込まれ、起動時の初期設定を自動でこなしてくれる。 Config.sysは主にシステムがアクセスできるファイル数や使用するバッファの設定、および起動時に読み込むデバイスドライバの設定を行う。一方Autoexec.batは、パスを通すディレクトリ指定などの環境設定と、自動的に立ち上げたい常駐プログラムなどの実行が主な役割となる。

仮想ディスクドライブ(※23)
増設したRAMメモリ領域を、DOS上であたかもディスクドライブのように扱う技術。PC-9801で仮想ディスクドライブを扱うには、DOSに付属、もしくは増設RAMを購入したときに大体付属している仮想ディスク用のデバイスドライバをConfig.sysに組み込む必要がある。基本的に物理メディアに書き込まないので、仮想ディスクへのアクセスは一瞬であり、非常に快適である。

CADソフト(※24)
コンピュータを使って設計業務を行うための、設計用ソフトのこと。さまざまな設計業務に対応した汎用タイプのほかに、建築、機械、電子回路など、専門分野の設計に特化したタイプのCADソフトも存在する。ちなみにCADとは「Computer Aided(もしくはAssisted) Design」の略で、意味は「コンピュータ支援設計」となる。
白熱!NEC PC座談会を終えて
NEC PCは、日本のPC黎明期から主役の座に君臨し、その存在が現在活躍する多くのエンジニアを育て、現在のIT技術を確立させた功労者といっても過言ではない。NEC PCという“広大な”フィールドで、あらゆる可能性にチャレンジし続けたエンジニアたちにとって、その存在は正しく「エンジニアの原点」と呼ぶにふさわしい。
コラム PC-8001開発者が語る NEC PC誕生の舞台裏
国産パソコンの先駆けとして、1979年に発売されたPC-8001。当時としては高いスペックをもち、パソコンブームの黎明期を支えた機種であるが、パソコンのない時代にパソコンを作るということは、果たしてどのような苦労があったのだろうか? 今回は、当時PC-8001の開発に携わり、その後もPC-8801やPC-9801の開発も手がけた、日本電気株式会社モバイルターミナル事業部の加藤明さんにお話を伺った。
 パソコンの前身として誕生した技術者向けのマイコンキット「TK-80」は、技術者の需要だけではなく、一般ユーザーの需要もあり、日本のマイコンブームに火をつけた存在となった。しかし、元が技術者向けのTK-80は、素人が組み立てることは難しく、TK-80のユーザーサポートのため開設されたBIT-INNには組み立てに失敗したホビーユーザーが多く訪れた。また、ユーザーの中には、マイコンをビジネスに使いたがる人もいたという。そこで、マイコンが一般にも求められていることを肌で感じ取った加藤さんをはじめとするNECの技術者は、アメリカでは既に登場している完成品のマイコンが日本でも必要になると読んだのだった。
 ユーザーの潜在的な需要を感じ、キットではない完成品のマイコン「PC-8001」の開発が始まったが、開発は苦労の連続だった。ディスプレイ出力では、表示文字数を増やすと同時に表示のカラー化にも挑んだが、ディスプレイの表示信号タイミングの決め方などで暗中模索の開発が続いた。専用ディスプレイはNECの家庭用TV部門と組んで安価に抑えた。テープメディアに変わり5インチフロッピーディスクを採用するため、メディアメーカーと組んでメディアの劣化やエラーを極力抑える研究を続けた。そして、搭載するロムBASICは社内での開発も進めていたものの、今後業界水準となるものを採用すべきとの判断から、米マイクロソフト社と共同開発することとし、BASIC担当者はアメリカへ渡った。そしてハード担当の加藤さんも、試作したブレッドボードなどの開発環境の立ち上げや、故障対応のために、アメリカへ渡ることとなった。
 さまざまな工夫と苦労を重ね開発されたPC-8001は、1979年5月に発表され、カラーCRTのインパクトと16万8000円(本体)の値段設定で多くの反響を呼んだ。そして、同年9月に発売されると、しばらくは生産が追いつかないほど売れたのだった。

 その後もPC-8801、PC-9801と、20年近くもNEC製パソコンの開発に携わった加藤さんは、パソコン開発から離れた今でも、新しいことをやり続けるチャレンジャー精神をもち続けたいと語る。そして、最後に「今のシステムはすべてを自分の力で開発することはできないが、与えられた、限られた範疇で開発を続けても答えは出ない。外側からの新しい情報やアイデアなどの要素を取り入れ、それをヒントにすればいい。そのとき、外部から情報をもらう為には、自分からも何かを提供して、そのディスカッションを通して新たなアイデアを発掘すればいいのではないか」との言をいただいた。実際、BIT-INNでのユーザーサポートなどで上記の言を実行してきた加藤さんのひと言だけに、言葉の重みを感じずにはいられない。
加藤明氏
日本電気株式会社
モバイルターミナル事業部
加藤明氏

1975年入社後、TK-80の開発、商品化などを通じて、マイクロコンピュータの普及促進活動に従事。その後、日本初のパーソナルコンピュータとなったPC-8001をはじめ、PC-8801やPC-9821シリーズなどのNEC PCの開発に従事。
PC-8001本体
▲PC-8001本体
内部パーツ
▲内部パーツ
次回予告(9/21)
鉄道編がスタート!「国鉄車両」とエンジニアの関係に迫る!!
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ  
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前回のテーマであったMSXでも感じたことなのですが、PCという存在がエンジニアに与えた影響が計り知れないほど大きいものなんだと、今回の企画を通して再認識しました。ほかにも「こんなPCをテーマにしてほしい」といったご要望がありましたら、どしどしお寄せください。

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