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基礎医学、統計学、通信技術、暗号etc.  来年は2300億円に!? 生体認証市場が求める意外な技術
「なりすまし」による被害が激増しているなか、いよいよ注目されているのが、個人の生体的特徴によって認証を行う、生体認証(バイオメトリクス)技術。米Frost & Sullivan社の調査(2002年発表)では、世界の生体認証市場は2006年には約2300億円にも達するという。その技術の現在と、そこで必要とされる技術者像を取材した。
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの) 作成日:05.08.24
Part1 生体認証市場が急成長する背景
高まる個人認証の重要性
中嶋 晴久氏
  社団法人日本自動認識システム協会
 研究開発センター 主任研究員
バイオメトリクス セキュリティコンソーシアム
事務局長
中嶋 晴久氏
コンソーシアムでは、日本国内の生体認証市場は2010年には400億円以上に成長すると
予測している。
 金融機関の端末や、ネット上での決済など、個人の特定が必要な場面は増える一方。また、個人情報保護法の施行や、知的財産保護のため、企業の情報管理も、より厳しく問われるようになってきている。

「社会の仕組み自体、ネットワークの発達で昔よりも“非対面”のケースが増えているうえ、コミュニティがワールドワイドになり、極端に言えば『100人の中から1人を見つける』のではなく、『1億人の中から1人を見つける』必要性が出てきています。そのぶん、他人がなりすましを行うことのできるすき間も増えているのです」(バイオメトリクスセキュリティコンソーシアム事務局長 中嶋晴久氏)

 パスワードは昔からごく一般的な認証手段だが、今やごく普通に生活するだけでも、1人が持つパスワードの数は覚えきれないほど。かといって、どれも同じパスワードではセキュリティ上問題があるし、一度漏れてしまえばだれでも「なりすまし」が可能だという危険性もある。
 できるだけ確実な認証を、紛失や盗難の恐れがない、本人だけがもつ特徴から行えること――生体認証がますます注目を集めている理由はそこにある。
 
2006年には20.5億ドル規模に成長?
 生体認証の方式のうち、もっとも普及しているのは指紋だが、それ以外にも、顔(顔貌)、虹彩をはじめ、声紋、指や手のひらの静脈、掌形(手のひらの形)、さらにはDNAまで、さまざまな身体的特徴が用いられている。
 その代表的なものについて、特徴や主な用途などを表にまとめてみた。
 
主な生体認証の特徴比較
認証方式データとして扱う部分 精度 メリット デメリット 主な用途
指紋
センサー部分が小さく、システムを小型化できる。
古くから使われていて普及しているため、システムが安価で実績データも豊富。
高齢者や手荒れの激しい人、指を酷使する職業の人などは、正確に登録しづらい。
犯罪捜査に使われてきたため、登録に抵抗感を覚える場合も。
入退室管理
オンラインサービスやパソコンの利用者の限定 など
虹彩
非接触(普通、認証時はカメラの前に立つだけ)。
指紋同様、年齢による変化が少ない。
偽造が困難。
日本人に多い目の細い人や、眼鏡をかけている人の場合、読み取りしづらい。
読み取り装置自体が大きい。
システムが比較的高価。
病歴がわかるとうい説も出てきており、その場合はプライバシー保護の問題も出てくる。
入退室管理
特に高いセキュリティを要求されるオンラインサービス、パソコンの利用者限定
医療サービスなどでの本人確認 など
静脈
指紋に比べセキュリティレベルが高い(生体内部のパターンを使うため)。
手のひらや指を当てる/かざすだけなので心理的抵抗が少ない。
実績データが少ない。
指紋に比べてセンサー部が複雑で、装置がやや大型になる。
入退室管理
銀行ATM、電子商取引や店舗取引における本人確認 など
顔
非接触。
カメラの前に立つだけで心理的抵抗が少ない。
虹彩や指紋などに比べ精度は落ちるが簡便。
カメラで顔を写されることに抵抗を覚える人も。
双子や、「他人のそら似」で間違う可能性も。
サングラスや髪で顔が隠れていたり、光量が足りないと、識別に十分な読み取りが行えないこともある。
入退室管理
出入国管理 など
声
非接触。
虹彩や指紋などに比べ精度は落ちるが簡便。
声を出す「手間」が必要
周囲のノイズや、体調による声の変化で読み取りエラーの可能性も。
経年変化耐性も弱い。
録音による「なりすまし」の可能性もある。
電話を使った取引
入退室管理
パソコンの利用者限定など
 生体的特徴をそのまま認証情報として利用するだけに、パスワードやカードに比べて格段に「なりすまし」を防ぎやすい一方で、
「認証といえば『本人であるか/ないか』の白か黒かの世界と思われがちですが、生体認証の場合は、『特徴がどれだけ一致しているか』なので、グレーゾーンがあり、また、方式ごとにメリット/デメリットもあります」(中嶋氏)
 そのため、求めるセキュリティの程度に従って、パスワードやカード、あるいは異なる方式の生体認証を組み合わせることも行われている。

 いずれにせよ、情報保護の必要性の高まりとともに、生体認証の市場も急成長が予想されている。米Frost & Sullivan社が2002年9月に発表した調査結果では、世界の生体認証市場は、2001年の9340万ドル(約105億円)から、2006年には約20億5300万ドル(約2300億円)に達する見込みという。

Part2 技術的課題と開発の方向性
[虹彩]  いっそうの普及には、高精度に加えて周辺技術の充実が必要 ◎沖電気工業株式会社
羽鹿 健氏
  沖電気工業株式会社
システム機器カンパニー
システム機器開発本部
バイオメトリクスシステム部 部長

羽鹿 健氏
  「アイリスパス」
  沖電気工業株式会社の虹彩認証システム「アイリスパス」。主に入退室管理に利用されている。
 われわれの部門では、主に虹彩(アイリス)を使った生体認証のシステム開発を行っています。社内では顔貌認証のシステム開発を行っている部門もあり、また、最近では認証技術の複合化もニーズが高いので、顧客から要望があれば、そのほか指紋・静脈など、他社のシステムと組み合わせることもあります。

 当社の生体認証システムは、出入国管理のセキュリティを強化するとともに、それを簡易に行うSPT(Simplified Passenger Travel)と呼ばれる取り組みの中で使われています。
 そのほか、紙やデジタルデータで保存している場合の個人情報へのアクセス管理、資料室への入退室管理、データサーバへのアクセス管理などの用途も伸びています。特に今年に入って、個人情報保護法への対応から企業全般でこのようなニーズが高くなってきたからです。

 虹彩認証の特徴としては、非接触であることに加えて、やはりその精度の高さと認証の速さが挙げられるでしょう。これは虹彩というものが、もともと指紋や静脈に比べて模様が複雑で、情報量が多いためです。また、データ処理のアルゴリズムも高速性の理由です。当社のシステムの場合、「他人受入率」と「本人拒否率」を同じにした場合のエラー率(等誤り率)は120万分の1で、しかも20万人(のデータベース)から1人を認証するのに1秒かかりません。虹彩以外の方式では、ここまで精度を上げることは、コストやスピードを度外視すればできるかもしれませんが、実用レベルでは難しいのではないかと思います。

 虹彩認証はほかの方式に比べてコストが高いといわれていますが、それはまだスケールメリットが出ていないから。今後需要が広がる中で、よりコストは下がっていくでしょうし、当社でも近く、ぐっとコストダウンした製品を出す予定でいます。

 技術的課題としては、眼鏡の人、目の細い人など、認証しにくい条件の人の本人拒否率を改善すること。これには入力部分、システム側、両方の技術開発が必要です。また、これは虹彩での認証に限りませんが、照合に必要なデータそのもののセキュリティも、より厳しく考えていかねばなりません。特にこれから生体認証が広く普及していくに従い、その情報を通信でやりとりする機会も増えていくはずですから、なおさらです。
 
 
[指紋]  「表皮を読まない」新方式で読み取り精度を向上 ◎三菱電機株式会社
松岡正人氏
  三菱電機株式会社
ビル事業部
ビルマネジメントシステム部 次長

松岡正人氏
 三菱電機は1985年から生体認証技術の開発に携わり、なかでも指紋による照合を中心に製品を送り出してきました。現在、それらの製品は入退室管理や、端末の利用者を限定する情報セキュリティの分野を中心に、広く利用されています。

 指紋照合は、生体認証の中でも最も広く使われている手法。そのメリットとして挙げられるのは、技術としてこなれ、実績も多く、市場の認知度も高いこと、付随して価格も低く抑えられることでしょう。
 半面、例えばお年寄りの方のように指先が硬く乾いていたり、指紋が摩耗していたりすると認証しにくいケースがあるというデメリットもありました。この課題に対して当社では、世界に先駆けて、「指内部特性検出型」光学指紋センサーを開発、発表しました。
 指紋といえば指の表面の凹凸形状ですが、実は表皮の内側、真皮(しんぴ)の部分にも、この凹凸に対応した、光の透過率変化があるのです。当社の新しいセンサーは、指の爪側から光を照射、指内部を透過した光のパターンを指紋側に置いたカメラで読み取ります。
三菱電機株式会社が開発した「指内部特性検出型」光学指紋センサーの概念図。
 これによって、従来は難しかった「乾燥した指」「ぬれた指」などでの指紋の読み取り精度が向上しただけでなく、従来のように指置き面に指を押しつけなくても、非接触でも指紋画像を検出できるようになったのです。また、指内部の情報を読み取るため、偽造などによる「なりすまし」がはるかに困難になりました。

「非接触」が可能になったことで、指紋認証に新たな用途、ニーズも掘り起こせるものと、われわれは考えています。「なるべく触らないで認証を行いたい」という、食品産業や医療分野での利用にもいっそうの可能性を開いたほか、公共・金融系など、万人が使ううえに精度と使い勝手が要求されるところでの使用にも適していると思います。
 
Part3 これからの生体認証技術者に求められるスキル
解析技術に加えて、「生体への理解」が必要に
 今後さらに利用が広がっていくと考えられる生体認証だが、では、そこで求められる技術者像とはどんなものなのか。

 生体認証全般に共通して、統計学、情報処理全般、基本的な解析手法、画像処理などの知識・スキル・経験が挙げられる。加えて今後は、どんな生体的特徴をどう読むかの研究のため、そして偽造対策として「対象が生きている」ことを確実に判別するために、「より深い医学的知識も求められるようになるのではないか」(沖電気工業/羽鹿氏)という。
「生体認証のデータを通信でやりとりする機会も増えるでしょうから、暗号技術など一般的セキュリティ、公開鍵インフラの技術をもつ人は必要になるはず」(羽鹿氏)
 また、Part1と付表でも触れたように、生体認証の方式には、さまざまなものがある。そのうちのひとつが「決定打」というわけではなく、それぞれの方式にそれぞれの特徴があり、ニーズに従って方式を選択したり、組み合わせたりといった使われ方をしていくことになる。
「どんな認証方式にも、それが使えない人はいますから、今後はますます複数の方式の組み合わせが増えていくと思います。ですから、ひとつの方式での技術経験が、ほかの方式での開発に役立つことは大いにあるでしょう。開発者レベルでは、ほかの技術を意外と知らない人が多いのですが、例えば『指紋ではこうやっている』という方法論が虹彩に持ち込まれることで、技術が進歩する可能性も十分にあるからです」(羽鹿氏)

 
利用シーンの想像力、ユーザー側に立つ柔軟性がカギ

 三菱電機の松岡氏は「例えば今、指紋認証のシステムを手掛けているからといって、何が何でも指紋ということではない。こんな場合には指紋じゃないほうがいいかな、というくらいの柔軟さが必要です」と言う。
「認証とは、非常にわれわれの生活に『身近な技術』だと思うんです。
 どんな生体的特徴をどう読み込むか、そのセンサーやアルゴリズムは……といった先端の技術の一方で、例えば『濡れた手で使うとどうなる?』『西日が当たる場所に置いてあったらどうなる?』など、日常のいろいろなシーンで使われるときの使い勝手を追求しないといけない。家電製品の開発で必要な発想も望まれます」(松岡氏)

 普通、先端技術といえばひとつの分野を深く掘り下げるイメージがあるが、生体認証技術の場合、もっと幅広い見方が必要。特に今後さらに利用分野が広がるにつれて、それが使われるシーンも頭に描いて技術を考えられる人が望ましいといえるだろう。

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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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取材の中で、「『人間は人をどうやって認識しているか』ということは実はまだあまりよくわかっていない」という話が印象に残りました。人間が、「横切ったのをちらっと見ただけ」「足音だけ」といったわずかな生体情報からAさんを「Aさんだ!」と“認証”している仕組みの解明が進めば、生体認証技術に思ってもみない新たな展開があるかもしれない、ということです。この技術の奥深さを垣間見る思いでした。
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