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目指すは売れっ子フリーランスプログラマ!

ステータスや安定よりも理想の働き方を求めたN・Yさん

未経験でソフト開発企業に入社し、女性ながら2年後にコンサルタント業務を任されたN・Yさんは、その抜擢を“心外”と受けとめた。プログラマ→SE→PM・コンサルという上流工程にシフトする一般的なキャリアプランとは異なる、N・Yさんが目指していたものとは?
(取材・文/中村伸生 総研スタッフ/山田モーキン)作成日:05.06.22

キッカケ編
理想からどんどん離れていく現実

月80万円の収入に、フリーランスへの憧れ

 大学時代、アルバイト情報誌でプログラマという職種がよく目についた。時給がほかの職種から飛び抜けて高かったからだ。文系だったからそのアルバイトとは縁がなかったが、好待遇という印象はそのまま残っていた。就職活動の時期には、自然とソフトウェア開発の方面に志望が傾いた。新卒時はコンピュータ未経験でも採用される数少ないチャンスである。積極的に開発会社を訪問し、まったくITスキルがなかったにもかかわらず、首尾よく中堅SI企業A社に就職できた。

 もともと、“手に職” をつけたいという指向をもっていた。理想を言えばフリーランスの専門職である。女性だからこそなのかもしれない。その意味で、プログラマを目指したのは正解だったようだ。客先の開発現場に常駐するようになって、フリーランスとして活躍するプログラマと一緒に仕事をしたのである。彼はさすがにスキルが高く、プロジェクト内では一目置かれていた。驚いたのは、月に80万円もの収入を得ていたことだった。そんな上級プログラマとしての働き方を知り、大いに影響を受けた。「これだ!」。将来の目標がはっきりと見えてきた。
PROFILE
ソフトウェア開発企業
契約エンジニア
N・Yさん(27歳)

2000年に私立大文系学部を卒業。大学時代、アルバイト雑誌で時給が高いプログラマという職種に興味をもつ。そうした背景があり、コンピュータ未経験ながら就職活動でIT業界を志望し、中堅SI企業に入社。
N・Yさんの転職活動DATA
前勤務先 ソフト開発企業 SE
転職した時期 2004年 6月
活動期間
(決意〜内定)
約1カ月
転職理由 仕事内容、待遇、勤務時間
会社選びで優先したこと 仕事内容と働きやすさ
実際に応募した社数 7社
内定社数 2社
落ちた社数 0社
辞退した社数 5社

応募からの日数
C社:客先派遣型ソフト開発企業
D社:大手SI企業
C社
D社
書類選考オファーオファー
1次
面接
4日
3日
(内定辞退)
2次
面接
5日
(内定)



これでは開発の経験を積むことができない
 A社では当初VBでの開発やデータベースを学び、着実にプログラマとしてスキルアップしているのを実感していた。ところが2年ほど経験を積んだころ、上司から上流工程寄りの業務に就くことを申し渡された。聞けば、ほとんどサプライチェーンの導入コンサルタント業務である。一般的なソフトウェアエンジニアのキャリアからいえば大抜擢である。サラリーマンとしては昇進ともいえるだろう。でも、フリーランスのプログラマを目指していた私からすれば大迷惑だった。もっと開発スキルを高めなければならない。それには現場の開発経験が何より必要と感じていたのである。実際にその案件に移ってからは、顧客対応に追われる毎日だった。顧客の本社がある地方都市に毎週のように通い、疲労とストレスを抱えていた。軌道修正しなければならない。

 そんなある日、知人からオラクルのできる開発要員を探しているという話が舞い込んだ。「転職か……」、にわかに足元が軽くなったことに気がついた。

転職先でも不満爆発。ところが思いもよらぬ事態が……

 知人の紹介話に乗り、ソフトウェア開発会社B社に転職した。自社パッケージをもつ、純粋な開発企業である。存分に開発ができるという約束であり、これでフリーランスにまた一歩近づけると感じた。ところが、最初に任されたのはパッケージソフトの保守業務で、プログラミング作業がほとんどないものだった。それでもいつかは開発を任されるだろうと続けていたら、次はネットワークの導入工事をすることになった。床下でLANケーブルを切ったりするような仕事で、これはこれで面白かったのだが、フリーランスになるにはメリットが感じられない業務である。

 そのうち、周囲が不穏当になってきた。まずは残業代がつかなくなった。やがて一社員の目から見ても業績悪化が鮮明に……。そしてそのせいで社長とほかの管理職の間でのいさかいが続き、その影響で給料の遅配が発生した。ネットワークの知識が吸収でき、結婚相手も見つかったB社だったが、このまま在籍していても将来につながらないのは明白だった。もう一度転職しようかと思い始めたころ、今度は自分に思いもよらぬ事件が起こったのである。なんと、妊娠していたのである。
準備編
将来の展望を熟慮した企業選び

将来設計を考えた転職プラン

 おめでたいことだが予定外の妊娠により、転職を急ぐことになった。もちろん家庭に入ってしまうつもりは毛頭ない。逆にフリーランス的なポジションに巡り合えば、仕事と子育てを両立できるはずだと前向きに考えた。だからこそ、B社に在籍していたらエンジニア人生が終わってしまうという焦りが出てきたのである。有効な資格を一つももっていない私としては、何としてでも出産後に復帰できるよう、足がかりをつけておかなければならない。それにはやはりプログラマとして採用され、プログラマとして復帰できる会社への転職がベストに思われた。

スカウトサービスと直接応募を併用

 早急に転職活動を進めることになった。仕事に追われる毎日だったこともあり、転職サイトに登録してオファーを待った。一方で、気になる会社には直接応募を行った。外せない希望としては開発を本当に任せてくれる企業。そして将来のことを考えて、社員教育に積極的な企業である。求人サイト上の広告や情報も吟味し、合わせて7社に応募先を絞った。
活動編
究極の選択も将来を考えて選んだら吉だった

メールと会ってみるとでは大違い

 最初にオファーを送ってくれたのは、客先派遣の開発がメインの開発会社C社だった。最初だから丁寧にやりとりしようと思ったが、いつも何となくビジネスライクな文面が返ってきた。もとより企業人指向は薄い。プロジェクトごとにいろんな案件に携われる客先での開発スタイルに魅力を感じていたが、本体の対応がクールなのは気にかかる。採用が決まっても、半年後に出産休暇をもらわなければならないので、長い目で見て採用してくれることを期待していた。そのせいか、経営側の社員に対する接し方を無意識に探っていたのかもしれない。そして何度かメールを往復させて面接の日取りが決まり、懸念をもちながらとりあえず訪問することになった。

 実際にC社に足を運んでみると、予想に反してとてもフレンドリーな対応で驚いた。心配は杞憂だったようだ。対応してくれたのは副社長で、とてもイイ方に思えたし話も弾んだ。うまく開発エンジニアとして使ってくれそうな雰囲気が伝わってきた。しかも、融通の利きやすい契約社員としての採用も選択でき、実力が認められればフリーランス契約も可能だという。感触は良かった。手応えも感じた。内定が出たらここに決めてしまおう……そんな前向きな気持ちで家路についた。

大手企業のオファーに心が揺れる

 C社の2次面接の約束までの間に、大手SI企業D社からのオファーが届いた。あっさりとC社に決めてもよいのかという気持ちに加え、C社に落ちることも十分に考えられたため、すぐにアポイントを取った。

 D社は小規模なC社と異なり、業界でも名の通った準大手である。面接でも確かめたのだが、ここに入社した際の一番のメリットは、充実した教育研修制度があることだった。将来フリーランスとしてやっていくには、スキルは磨けるだけ磨いておきたかったのだ。それに大手ということで安心して働ける。B社の不安定さが身にしみていたのである。ここでも面接の感触は良かった。ほとんどC社に決めかかっていたのに心が揺れた。 帰宅後、ほかに応募していた5社に辞退メールを送信。C社とD社の どちらを選ぶか、じっくりと検討することにした。

初志貫徹で答えを出す

 迷いに迷っているうちにC社の2次面接の日がやってきた。今度は社長との面談だった。その際に受けた印象は初回のときと変わらなかった。これまでのエンジニアとしてのキャリアを高く評価してくれたのはうれしかった。そして、その場で内定をいただいた。
 さあ、選択の期限が迫っている。内定の出たC社に、時を置いて断るという不作法をしたくなかったし、さりとてD社に対する未練も残っている。D社に関しては内定が決まったわけではないが、採用される自信は小さくはなかったのだ。すぐに意志を固めねばならない。エンジニアとしてのやりがい、出産と子育て、フリーランスへの夢、スキルアップ、待遇、会社の信頼度、そして雰囲気……検討要素を並べて一つひとつ思いを巡らせた。

 その結果、選んだのはC社だった。フリーランスに向かって最短の道を歩めることが大きかった。フリーランスとして独立できれば、子育ても家事も仕事と両立できるはず。将来のことを考えたら、やはりC社だという結論である。また、企業人としてのふるまいが期待されるD社よりも、柔軟性のある働き方ができそうなC社のほうが、出産を控えた自分にとって入りやすかった。

転職活動考察
 実は夫もプログラマであり、今回の転職活動では大きな心の支えになった。基本は私の判断を尊重してくれたのだが、それでも相談できたことで不安がずいぶん解消されたのだ。
 入社後は、最初からバリバリ働いた。半年後には出産準備のために休暇をもらわなければならない。それまでにある程度は戦力として貢献しないと申し訳ないと感じたからだ。そして入社しばらくして経営陣に妊娠のことを伝えた。隠していたことに苦言を呈されるかもしれないと覚悟していたが、そんなことはまったくなく、「それはよかった。おめでとう」と、口々に祝福された。それどころか「子供が生まれてもフリーランス的な復帰しやすい環境を用意するから、落ち着いたら戻ってきてほしい」とまで言われた。その心遣いもうれしかったし、この会社を選んで本当によかったと感動した。

 友人たちの例を見れば、まだまだ女性のキャリア形成は男性に比べて難しい世の中のように思える。特に出産は開発現場を長期にわたって離脱しなければならないだけに、不利であることは明白だ。しかし、将来設計に応じたキャリアプランを描き、それを実現しようという強い意欲と努力を保ち続ければ、応援をしてくれる企業も少なくないようだ。少なくとも私のケースはそれを証明したのではないだろうか。

 転職7カ月半後、無事に女の子を出産した。
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