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エンジニアの価値を高める「知財」活用術
エンジニアにとっては主に特許が対象となる知的財産(知財)。使用技術を巡る企業間の特許紛争や、技術者が企業を訴える特許裁判が頻発している現在、この知的財産権が注目を集めている。エンジニアと特許の関係を、最新動向と併せてレポートする。
(取材・文/総研スタッフ/高橋マサシ) 作成日:04.12.22
Part1 企業の特許戦略で重視されるエンジニアの「和」
開発職のエンジニアから多く聞こえる声がある。「特許書類の作成は面倒くさい」「ノルマの本数が多くてきつい」「特許を書く時間があるなら本来の仕事がしたい」などだ。そこで、「なぜ企業は特許を書かせるのか」から、特許の意味について、エンジニア出身の鮫島弁理士にお聞きした。
エンジニアが特許を出す本質的な理由
特許とは「エンジニアの知」を資産にする手段
 出願した特許が認められて特許権が設定されれば、特許権者はその技術や発明を独占できる。これは多くの人が知ることだが、鮫島弁理士は企業と特許(知的財産)の関係は、そんな単純なものではないという。

「特許とは『エンジニアが生み出した知の資産』です。企業が開発や実験の設備をつくり、さまざまな材料を用意し、テーマ選定のために市場調査を行うのは、その知がほしいからです。しかし、エンジニアがいなくなった瞬間に知を失っては、投下資本が効果を上げません。ですから、エンジニアの知を客観化するために特許権を取得して、法的な権利として企業資産にします。そのためにまず、大切な知を書類の形にしてもらうのです」
 ただし、知的財産に対する企業意識が劇的に変化したのはここ数年のことだと、鮫島氏は語る。それを証明するのが、近年顕著な国際企業間での特許訴訟である。
鮫島正洋氏
弁護士・弁理士
鮫島正洋氏
東京工業大学工学部金属工学科卒。藤倉電線(現フジクラ)、日本アイ・ビー・エムなどを経て松尾綜合法律事務所に勤務。今年7月より内田・鮫島法律事務所を開設。
特許権で法的な参入障壁をつくるビジネスモデル
「90年代前半までの日本は量産モデル経済でした。よい製品を安くつくり、市場価格が落ちればコスト削減で対応していた。しかし、韓国、中国、台湾などの追い上げでコスト競争では勝てなくなりました。そこで考えたのが、技術特許で参入障壁をつくり、マーケットを法的に確保するという新しい経営手法です。競合他社がその技術を使えば訴えて、過当競争を防止すれば、価格はさほど下がらずに利幅を確保できます。ですが、韓国企業もこのモデルに気が付きました」

 こうして始まったのが技術特許を巡る企業の提訴と逆提訴だと、鮫島氏は考えている。現在では韓国企業との訴訟合戦が目立つが、次は台湾、いずれは中国もこの土俵に上がってくるというのだ。
「もうひとつの問題は技術流出です。書類や装置などは押さえることができても、人を介した流出の抑制には限界があります。他社に取られた自社技術を防衛する手段も、また特許なのです」
 屈指の技術力を誇る日本企業は、世界的にも特許の出願件数が多い。しかし、それを本格的な企業戦略に用い始めたのはつい最近のこと。中核となるエンジニアの価値は高まるばかりなのだ。

知的財産を武器にするエンジニアの新キャリア

 昨年3月から「知的財産検定」がスタートした。特許を主とした日本初の検定試験に、技術職の受験者が予想以上に多いという。この背景には知的財産部の人手不足に悩む企業と、将来への不安感を強めるエンジニアの姿があった。
企業の知的財産部を目指すエンジニアが急増している
 多くの企業では現在、知的財産を企業戦略の要と位置付けています。大手電機メーカーの知的財産(知財)部には数百人規模の従業員がいますが、人手不足が続いていて、中途採用者が急増しています。そこで求められるのがエンジニアです。そもそも、知財部員の9割近くは理系学部出身者だと思います。
 一方で、技術職から知財部への転属希望者が後を絶ちません。生涯、第一線のエンジニアでいることは難しいですが、知財部員なら寿命が長いし、常に先端技術に触れられます。リストラが恒常化したこともあり、技術以外のスキルとして、知財が有力な候補となっているようです。

 このような企業とエンジニア双方のニーズから、知的財産検定は生まれました。なぜなら、知的財産の人事考課を測る客観的な基準は、これまでなかったのです。唯一は弁理士資格ですが、かなりハードルが高く、必ずしも実務能力は測れません。

エンジニアの受験者も多い知的財産検定
・検定には1級と2級があり、第3回目(11月14日)から1級検定がスタートした
・実務内容が選択形式で出題され、試験時間は1級で3時間、2級で1時間半
・1、2回目の合格率は約40%で、合格者の約60%が知財部員、約30%が技術職
・受験者数は1回目:約1200人、2回目:約1400人、3回目:約3000人と上昇中


杉光一成氏
知的財産教育協会 事務局長
杉光一成氏
弁理士。東芝の知的財産部、特許事務所を経て、経済産業省「産業競争力と知的財産を考える研究会」委員を歴任。金沢工業大学大学院の教授・知的財産科学研究所所長。
エンジニアだけが技術の中身を知っている
 知財はエンジニアや研究者が生み出しています。しかし、ノルマで書類を書いてもいい特許は取れません。特許出願の元となるエンジニアの書類がいい加減なら、本来100%生かせる技術の20%しか権利が取得できないこともあります。ある大手メーカーの知財部長は「知財部員の知財教育よりエンジニアへの知財教育のほうがはるかに大切だ」と語っています。

 エンジニアの多くは、知的財産=法律と思っているようですが、実際は違います。知財部で法律の知識が問われることは少なく、技術知識が中心。法律の条文ではなく現場の判断が求められるのです。そのため、知財検定では「実務能力」をポイントに置き、大手電機メーカーなどの知財部での過去の事例をベースにして、問題を作成しています。
 われわれは、エンジニアの知財スキルと知財への積極性が高まるような検定を目指しています。この検定の主対象はエンジニアなのです。
Part2 特許を脅かす技術発表時期と来年改正の特許法35条
ここでは、エンジニアの書く論文とその学会発表、それと特許についての関係を、Part1と同じ鮫島氏に語ってもらった。また来年4月に施行予定の改正特許法35条と、エンジニアへの影響についてもお聞きした。
「公知」となる論文発表の前に特許出願を済ませよ
 開発エンジニアの中には、書きためた技術内容を論文にして、それを学会で発表する人も少なくない。しかし、それは「公知」なのだ。公知は特許にならない。
「公知の法律上の定義とは、(1)守秘義務のないものが、(2)その発明の技術内容を知得することです。社内発表の段階では(2)は当てはまりますが、社員に守秘義務があるので公知ではない。次の試作外注・共同開発の段階では、関係他社に守秘義務を設定すればよい。新聞発表では、もちろん読者に守秘義務はないものの、発表するのは主に製品の機能なのでこれも違う。しかし、ある程度の詳細を載せる自社サイトではグレーゾーンとなり、試作品納入となると既に公知。学会発表でも当然同じです。望ましいのは新聞発表前の特許出願でしょう。」

 つまり、論文の発表どころか、出願まで公式発表を控えるくらいでないと、特許にできる技術を無駄にする可能性がある。ただ、エンジニアの中には「私は世の中のために技術の仕事をしている」という人もいる。
「大きな勘違いです。その技術で他社が特許を取得したら、発明した本人も自分の技術が使えなくなります。世のためというなら、特許権を得てからオープンに使ってもらえばよいこと。論文よりまず特許書類なのです」
特許出願における「公知」の段階
特許法35条改正でさらに高まるエンジニアの価値

 来年の大きな話題は、4月に施行される改正特許法35条。特許取得の場合のインセンティブなどについて、企業と従業員であらかじめ契約を交わしておくという趣旨だ。鮫島氏はこれを機に、エンジニアと企業の新しい関係が始まるのではないかと語る。
「今までの日本企業は一律評価で、ひとりの突出社員より10人の一般社員が動けばよかった。しかし今後は、利益を生む抜きん出たエンジニアが必要。彼が辞めると企業の競争力が落ちるので、特別な個人契約を結ぶようになるでしょう」

 中村裁判に見られるように、最近の裁判所の判断はエンジニアや研究者に好意的。つまり、後で訴えられて負けるような個人契約を企業は結ばないし、特許の報奨金を引き上げる企業が続出しているのは周知の事実だ。
 特許を中心とする知的財産は、エンジニアの新しい武器。技術者としてのスキルを伸ばすもよし、知識と経験を生かして知財部を目指すキャリアチェンジも可能だ。まずは、知財の基本的な知識から接してみてはどうだろうか。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
知財検定の問題を解いてみました。4問中の4問正解! 選択問題だからでしょうが、パズルのようで面白かったですよ。考えてみれば、技術も法律も論理的思考力を使う点では同じもの。皆さんも毛嫌いせずに知財に興味をもってみては?

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