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アテネオリンピックを陰で支える日本の技術

8月13日から17日間にわたり開催されるアテネオリンピック。アスリートのベストパフォーマンスを演出するためさまざまな技術開発、研究が行われている。そんなオリンピックを支えるエンジニアの醍醐味はどこにあるのか、探っていこう。
(総研スタッフ/関洋子) 作成日:04.08.04
オリンピックにかかわる技術はこんなに幅広い

  2004年8月13日、いよいよアテネオリンピックが始まる。今回は108年ぶりに生まれ故郷にオリンピックが戻った、注目すべき大会である。

 現代のオリンピックは「ハイテクオリンピック」ともいわれているように、「テクノロジー」を抜きにしては語れない。下の図を見ればわかるとおり、アスリートの記録向上には、医学・科学的な手法を駆使したトレーニングは不可欠である。またアスリートが身につけるウェアやシューズ、用具などについても、彼らの動きを分析し、もっともパフォーマンスをあげられる素材や形状の開発が行われているのだ。


アスリートを支援する主な技術

スポーツイベントを支援する主な技術


伊坂忠夫氏
立命館大学
理工学部ロボティクス学科
教授
伊坂忠夫氏
オリンピックイベントを技術が支援

「競技場は記録が出やすいように『風』や『太陽光』の動きまで計算して設計されているんですよ」と語るのは、立命館大学理工学部ロボティクス学科の伊坂忠夫教授。伊坂教授は、日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)も務めている。オリンピックで世界新記録を期待する人々の熱い思いが、競技場の設計にも反映されているのだろう。

 そんなさまざまな技術が支えているオリンピック。今回は、ウェアやシューズ、用具というように記録向上を支援するような表の技術ではなく、オリンピックを安全かつ高い信頼性を保つため、陰から支援する2つの技術について紹介しよう。

アテネオリンピックの開催概要
古代オリンピア競技会開催の地古代オリンピア競技会開催の地でもあり、近代オリンピック生誕の地であるアテネ。今大会では28競技301種目を実施。開催期間は2004年8月13日〜29日(現地時間)の17日間。日本選手団の人数はアトランタオリンピックの499人を上回る予定。女子の選手数が初めて男子を上回る大会としても注目されている。柔道、陸上、水泳、サッカー(男女)、バレーボール、野球、レスリング、体操、卓球……など、注目競技が目白押し。アテネはギリシャ共和国の首都であり、古代ギリシャ時代から2500年続く歴史都市。アクロポリスの丘に立つパルテノン神殿は有名。
 
日本のこんな技術がオリンピックを支えている
   
  強固なセキュリティーで安全運営--オリンピック用資格認定証の開発 凸版印刷株式会社
 
 
金融・証券事業本部
開発本部
セキュアメディア開発室 主任
伊藤則之さん
群馬大学大学院修了後、凸版印刷入社。磁気記録材料の開発に携わる。1999年12月から3年間、Eビジネス開発部門で販売促進を担当。SCMシステムの開発などに携わる。2002年から現職。昨年6月、オリンピック開発プロジェクトが発足、材料開発チームのリーダーを務める。
 
ビザの役割も兼ねたADカードの開発

 アテネオリンピックの公式認定証(ADカード:アクレディテーションカード)の開発を担当した凸版印刷。発行部数は約10万枚。そのカードには最高水準のセキュリティー技術が盛り込まれている。

   「今回のオリンピックはギリシャで開催されます。ギリシャに入国するのに日本のようにビザの必要がない国もありますが、200カ国にも及ぶ国々の参加者は従来、パスポートとビザ、ADカードの3種類を携帯する必要がありました。その不便さを解消するため、アテネのADカードにはEUのビザ機能を盛り込むことにしたのです。つまり、ADカードにはパスポートと同レベルの高いセキュリティーが求められることになりました」

 と語るのは、ADカードの開発プロジェクトで材料チームのリーダーを務めた伊藤則之さん。なぜ、アテネのADカードを凸版印刷が開発することになったのか。その理由は同社が作っているアメリカのパスポートにある。5000万冊発行し、偽造はゼロ。その技術力が認められたのだ。

 アテネ用ADカードは厚さ1mmのプラスチック製。その表層から約10ミクロン(0.01mm)の中に、10種類にも及ぶセキュリティー技術(回折格子複数画像、3次元デジタル・ホログラムなど)が盛り込まれているのだ。それらを極薄フィルムに印刷し、接着剤でプラスチックに張り付けていく。1mmという厚みだが、実は多層構造になっているという。
 
 
アテネオリンピックのADカード
 
技術でオリンピックに参加した喜び

「材料開発で最も苦労した点は、接着剤開発でした。ADカードの発行はアテネで行う。接着剤を塗った板をアテネに送り、現地で印刷するのです。接着面に傷がつけば、使いものにならなくなる。つまり傷がつきにくい接着剤を開発することが大きな課題でしたね」

 プロジェクトはプリンター、ソフト、セキュリティー、材料という4つのチームで編成され、メンバーは15人。そのうち伊藤さんの材料開発チームは3〜4人。プロジェクトの締めを飾るプリンターチームは、5月末から1カ月半ほどアテネに出向き、ADカードの発行の支援を行った。

「私たちの開発したカードを、世界のトップ選手たちが身に着ける。技術という分野でオリンピックに参加できたことは一生の思い出。これからもさらに高品質のセキュリティー材料の開発を行っていきたいですね」

 
  アスリートの不正は許さない--ドーピング検査の研究 株式会社三菱化学ビーシーエル
 
 
佐藤充彦さん
ドーピング検査室
佐藤充彦さん
静岡県立大学食品栄養科学部卒業後、三菱化学ビーシーエルに入社。入社後3年間は、名古屋大学で研修生として、糖尿病の診断に有用な生体成分などの分析技術を研究。1998年の長野オリンピックでは現地でドーピング検査を担当。現在はアテネオリンピックに向け、新しい検査の開発を行っている。
 
判定が難しいホルモン系のドーピングが主流に

「ドーピングは年々、巧妙になってきているんですよ」  
  と語るのは、1985年、アジアで初めてIOC公認ドーピング検査機関となった三菱化学ビーシーエルでドーピング検査に関する研究開発に携わっている佐藤充彦さん。現在、ドーピング薬物は従来の合成薬物に比べ、より検出されにくいホルモン系統(成長ホルモンや増血ホルモン)が主流になってきているそうだ。

「ホルモンは体にあって当たり前のものです。しかしドーピング検査では、そんな当たり前のものが、外部から投与されたものか否かを判定することが求められるんです。そこが非常に難しいところです。しかも、オリンピックでは最高レベルの検査を提供しなければなりません。技術進化のスピードも非常に速い分野だけに、対応するためにも日ごろから情報収集は欠かせません」

 現在、IOC公認ドーピング検査機関は、世界中に31カ所。各検査機関とも連携し、研究結果を報告、レベルアップを図っている。その中でも同社は、成長ホルモンの分野に関しては、世界の最先端を走っているという。というのも、世界アンチドーピング機構が委託している4つのプロジェクトのうち、成長ホルモンに関する2つのプロジェクトは、同社とバルセロナ、同社とシドニーの共同で進められているからだ。もちろん、佐藤さんもそのプロジェクトメンバーの一員だ。
 
 
ドーピング検査の一工程
 
技術力の向上が、よりよい検査結果の報告につながる

「今、アテネは大変でしょうね。24時間体制で頑張っている姿が目に浮かびます」と佐藤さん。佐藤さん自身も98年に開催された長野オリンピックでは3カ月間、現地で検査に携わっていた。また昨年は1週間、インドに赴き現地で開催された第1回アジア・アフリカ大会のドーピング検査を支援。現地スタッフに技術指導を行ったという。そうした経験から、本番を前にした現地の大変さがわかるという。

「私たちは技術力を提供することで、スポーツ競技大会の成功を支えています。技術力を向上していけば、さらによりよい検査結果を提供できる。そのような国際的な貢献がやりがいであり、楽しいところです。この仕事を通して、民間外交ができたのではないかと思っています」

技術の発展がスポーツの発展を促す

さらなる記録向上を目指して技術開発は続く

 現在、日本においてもスポーツの発展を支援するため、国や大学などを中心に民間企業と協力して、科学的なトレーニング方法の開発が行われている。

「例えば、国立スポーツ科学センターには、酸素濃度や気圧を低下させるという、日本にいながら高地トレーニングが行えるシミュレーション設備など、最新鋭の機械が用意されているんです」と前出の伊坂教授は語る。

 また、ハイテク技術を駆使して選手の動作を科学的に分析し、その弱点を補うようなトレーニングを行う技術開発も行われている。もちろんこのようなトレーニングに関するもののほかにも、競技会当日に最高のパフォーマンスが発揮できるようなメディカル・体力チェックを支援する手法、またウェアやシューズ、用具もさらに記録が伸びるよう、素材開発が続けられていくだろう。まさに技術の発展がスポーツの発展を支えているといっても過言ではない。


人間はイメージで進化できる。それを支援する技術開発を

 しかし、どんなに技術を駆使したとしても、いつかは記録の向上に限界がくるのではという疑問が残る。

「人間のすごいところはイメージできれば進化できることです。だれかが限界の壁といわれていた記録を破ったり、新しい技を生み出したりすれば、次から次へと記録や技の更新が行われる。まだまだ限界は先にあるのではないでしょうか」と伊坂教授。

 ひと昔前、体操競技の新技術開発は、競技者に紙芝居を見せることでイメージを植え付け、成功に導いたという。つまりいかにイメージさせるかが、記録や技を向上させる重要なカギを握る。

「日本のヒューマノイド型ロボット技術は世界最先端を走っています。将来、その技術を応用して画期的な技、記録を出せるロボットを開発する。それを実際にアスリートに見せることでイメージを植え付け、技や記録の向上を狙う──。そんなことも可能になるかもしれませんね(笑)」(伊坂教授)

 スポーツを通して人間の進化の様が見られる最高の舞台、オリンピック。その感動はパフォーマンスを行うアスリートはもちろん、声援を送る観客、そしてそれらを支える人々がいて初めて成り立つことも忘れてはならない。その支える人々の中には、さまざまな業種・職種のエンジニアたちも含まれている。4年後、あなたの携わっている技術が北京オリンピックを支えている──。そんな可能性も秘めている。
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関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ
あと数日後にアテネオリンピックが開幕。どんな記録がでるのだろう、金メダルはいくつ取れるのかなど、今からワクワクモード。私の注目種目は、陸上、水泳、体操、シンクロ、柔道、サッカー……。見られるものなら全部見たい。みなさんの注目はどの種目ですか?

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