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卒業N年目の転職事情 九州工業大学'96年春卒・O氏(31歳)SEを目指して九工大に入学。2度の転職でさらなるスキルアップを図れた
幼いころからSEに憧れ、充実の設備を誇る九州工業大学に入学したOさん。しかしSEになってからの目標設定が自分にはないことに気づき、思い悩んだ……。その経験を生かし、働き始めてからは常にステップアップの意識をもち続けた。
(取材・文/綿谷禎子 総研スタッフ/山田せいめい)作成日04.07.07
写真提供:九州工業大学
PROFILE
クレジットシステム開発
プロジェクト内チームリーダー
Oさん(31歳)
佐賀県出身。SEという仕事に憧れを抱き、グローバル・エンジニアを養成する九州工業大学に入学。大学時代はのんびり構えすぎて就職活動に乗り遅れるものの、働き始めてからは転職するごとにステップアップ。
九州工業大学 情報工学部 '96年春卒業生の進路状況
図
依然として就職氷河期が続いていた'96年春卒業生の就職時期。九州工業大学の情報工学部では、42.0%の学生が進学し、就職先はサービス業(情報通信業含む)が24.0%、製造業が21.7%と、ほぼ二分していた。製造業の中では、電気機械器具が8.2%でトップ。次いで一般機械器具が3.0%、化学工業が2.3%と続いている。'02年度卒業生の進路状況と比較すると、製造業自体の落ち込みにより、製造業への就職は7.5%に下がっているが、情報通信業においては24.3%と活発。九州工業大学の情報工学部から、多数のエンジニアが情報産業に巣立っていることがわかる。
エンジニアの養成に定評がある九工大に入学し、憧れのSEに一歩近づく
  「中学のとき、図書館で読んだ本に、“将来的にSEが不足する”と書かれてあり、興味をもちました。私の実家は農家を営んでいたのですが、そのころから農業はやりたくないと思っていたので、SEってどんな仕事なんだろう?あれこれ想像するうちに、憧れがどんどん膨らんでいきましたね」

 そんな純粋な気持ちから、地元である九州の九工大(九州工業大学)に入学したOさん。グローバル・エンジニアの養成を基本的目標とする九工大では、国際共同研究事業にかかわり、当時から海外の研究者や留学生の受け入れを積極的に行っていた。

「国立大学で研究機関としての役割も担っていたので、とにかく設備は充実していましたね。UNIXのワークステーションが2人に1台という環境で、パソコンも何年かおきに最新のものに変わっていました。就職のときに、九工大出身ということで、いい評価をもらえた友達もいたようです」

 しかしOさんのキャンパスライフは、勉学よりもイベントサークルやアルバイトなどに力を入れる日々。就職に関してもマイペースで、学友たちよりもかなりのんびり構えていた……。

「私が奮起し始めたのは、3年次から4年次にかけて、みんなが内定をもらい始めたころ。システム会社に絞って4社くらいに応募し、なんとか東京のソフトハウスに就職が決まりました。情報工学部がある飯塚キャンパスの裏に松下の研究所があったので、システム会社に加えて、メーカー系も学生たちに人気がありましたね。院に進学する人も多かったのですが、6割くらいは就職し、東京に行く人も多かったですね」
就職したソフトハウスで、現実の厳しさに打ちのめされる
   中学のころから憧れていたSEになるべくソフトハウスに就職したOさんだが、現実はそれほど甘くはなく、待っていた業務はプログラマに限定されたものだった……。しかも最初のボーナスが2万円だったことで、やる気が途端になくなってしまう。

「メーカーに就職した友達は月給の70%くらいが相場で、システム会社の友達でも月給の半分はボーナスが出ていたんですよ。それなのに2万円って……。業務は派遣中心だったので、もともと会社への帰属意識がそれほどあったわけじゃなく、入社4〜5カ月目には、既に転職を決めていましたね。友達に会えばグチの言い合い。それも1年もすると、会うこと自体が少なくなってきて、そうこうするうちにひとり、またひとりと同期が辞めていきました。就職先には九工大生が3人いたのですが、みんな派遣先で仕事をしているので、めったに会うことはなかったですね」

 Oさんは目標を転職においてスキルアップに励み、入社2年目の4月には情報処理1種の資格に合格。2年間の経験を積んだ後、SEになるべくシステムインテグレーターに転職した。この会社ではSEとしてクレジットカード会社の初期予審のプログラム開発にかかわり、5年後に現在の職場に転職を果たすことになる。
転職をするごとにステップアップ。目標設定は常に忘れない
  「前職では2年ごとに給料が上がってはいたのですが、途中から残業代がカットされたのが不満でしたね。仕事は忙しくなる一方で、休日出勤もままならない状態。SEとしての経験をある程度積んだ5年後に、今度は開発の上流工程を目指すべく転職しました。実は今の職場に転職する前の2年間、うまく進行していないプロジェクトにかかわっていたのですが、そこでマネジメントの大切さに気づかされたんですよ。自分ならどうできただろう?と考えたとき、次はマネジメントを追究したいと思ったんです」

 転職先は以前と同じ分野のクレジットシステム開発で、プロジェクト内のチームリーダーになれるという好条件。しかも会社からは、活躍次第では入社1年後に主任というポストを与えるという約束ももらえた。

「学生のころ、SEを目指して九工大に入学しましたが、ソフトウェアの基礎的なことや数学的なところを勉強しながらも、SEになって自分は何をしたいのだろう?と悩んだ時期があったんですよ。そのときの私はとてもダラダラしていました……。目標を失ってしまうとまたあのころの自分に戻るんじゃないかという不安があって、働き始めてからは、常にステップアップの意識を忘れないようにしています。自分のポジションが変わると、求められるスキルも変わるじゃないですか。私の場合、やりたいと思ったSEやマネジメントのポジションにまず自分を置くことで、求められたスキルを徐々に身につけていった感じですね」
九州工業大学 情報工学部 ‘96年春卒 O氏の卒業後の転職事情
  卒業・就職時 転職時 転職後・現在
給与・待遇 月給約20万円
初ボーナス2万円
月給約23万円
ボーナス50万〜60万円
年収約680万円
(ボーナスは年間約120万円)
地位・役職 なし なし 主任
仕事内容 プログラマ SE プロジェクト内のチームリーダー
仕事環境 もっとSEらしい仕事をやりたかったのに、プログラマの仕事に限定されていた かかわっていたプロジェクトのマネジメントが悪く、やりたい仕事も見いだせなかった 3〜10人程度のチームリーダーになることができ、役職にも就くことができた
やりがい もっとSEらしいことをやりたいのに、その希望がかなわず不満がたまる SEの仕事に就くことはできたが、年を重ねるごとにもの足りなくなってくる よいレスポンスがあったときに満足感。さらなるスキルアップを目指す
私生活 大学の仲間に会うとグチの言い合い。それも入社1年を過ぎると、会うこと自体が少なくなってきた 転職直後は余裕があり、大学の仲間と久しぶりに集まったりもするが、次第に仕事が忙しくなり、疎遠になってしまう 前職のメンバーとは今でもよく集まり、近況を語り合っている。仕事に余裕ができ、野球やゴルフなど趣味が充実
将来展望 初ボーナスのあまりの低さに愕然。友達と比べても明らかに低いその価格にやる気がなくなり、転職を決意する うまく進行していないプロジェクトで上司のマネジメント力を客観的に見ながら、マネジメントできるポジションに興味を抱く 2回の転職を経験し、着実にステップアップ。主任にもなったので、マネジメント理論やCMMIを学びたいと思う
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山田せいめい(総研スタッフ)からのメッセージ
Oさんや九州工業大学の情報によると、卒業して就職する人の過半数が東京へ向かうそうです。大学自体には当時から最先端の設備環境が整っていたとのことです。そのおかげでOさんのように、現在の高度な情報社会を支える多くのエンジニアを輩出できたのだと思うと、やはり九工大は重要な存在だったのかと妙に納得してしまいました。

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