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卒業N年目の転職事情 東京理科大学理学部'96年春卒・N氏(31歳) 教員系に強い母校で学者の夢に終止符 そしてSEの道を選択
ひと口に転職といっても、その意味は人によってさまざま。キャリアアップして大きく羽ばたくために転職する人もいれば、今までの自分をリセットし、新たにやり直すために転職を決める人もいる。後者を選んだNさんの転職までの過程は…
(取材・文/綿谷禎子 総研スタッフ/山田せいめい)作成日04.04.07
写真提供:東京理科大学
PROFILE
ソフトウェア開発会社
システムエンジニア
Nさん(31歳)
自動車メーカーの販売店系列にシステムエンジニアとして就職するが、約1年半後に名古屋の会社に派遣。その後グループ会社を転々とした後、転職。現在はソフトウェア開発会社で、印刷機器の開発に携わる。
東京理科大学理学部 '96年春 卒業生の進路状況
図
大卒男子に対する求人倍率が5年連続で低下し、就職難がますます激化していた96年春卒業生の就職時期。そんな状況ではあったものの、東京理科大では製造業に17.4%が就職。なかでも研究・開発職は人気があり難関なので、現在では院卒でなければ就職は厳しいが、当時は学部卒でも就職できた時期だった。次いで就職者が多いのは、インターネットが普及し始めた当時だけに、勢いが増していた情報産業。時代がハードからソフトへと移行していたこともあり、Nさんが卒業した応用数学科からSE職に進む学生は、当時から各業種とも多かった。その中から、Nさんはサービス業を選択した。
Q システム会社に就職された理由は? A 大学OBから説明を受けたネットの新規事業
   応用数学科を卒業したので、数学の教育分野かシステム分野に進みたいと思ったんですね。周囲は教員を狙う人が多かったのですが、応用数学科からは教員の採用枠があまりなく、仕方なく銀行系を回っていた人もいましたね。どうしても教員になりたい人は、正社員ではなく講師で経験を積むという形態になっていました。私は教員よりもシステムのほうに興味があったので、数学のソフトを開発する会社と自動車メーカーの2社の面接を受け、両方とも内定をもらいました。入社したメーカー販売店系列の会社説明会に行った時、対応してくれたのが、偶然にも理科大OBだったんですよね。この会社に決めた理由は、インターネットの新規事業にかかわれることと、車が安くなるかも(笑)と思ったからです。
Q 実際に働き始めていかがでしたか? A 就職後すぐに決裁権が与えられ、充実した日々
   私がかかわった新規事業は、車の在庫をインターネットで検索できるシステム開発でした。当時はまだインターネットが普及していなくて、立ち上げメンバーだけがメールアドレスをもらえたんですよ。最先端の仕事にかかわっているということで、とてもやりがいがありましたね。それにメンバーは私を含めて新人3人と、入社3年目の人の計4人。その上はもう部長クラスだったことと、私がデータベースの部分を握っていたことで、決裁権も与えてもらえたんですね。とても自由に仕事ができて、やりがいもあったので、給料はいらないとまで思えたほどです。
Q 派遣された名古屋ではどんなお仕事を? A 部品の発注システムの構築、しかし……
   新規事業の開発を終え、運用に携わっていたころ、名古屋の会社で部品の発注システムを作りたいので、人材が欲しいという要請がきたんですよ。その3つの条件のうち、2つを満たしていたのは私だけだったので、必然的に私が名古屋に派遣されることになりました。でもその条件の1つである、VBが使えなかったので、慣れるまではかなりつらい思いをしましたね。大学の仲間とも離れてしまい、交流が年に1度くらいに減ってしまったので、グチさえもなかなか言えない……。ですがVBを使えるようになって、顧客に親身になって対応していると、仕事環境が一変してきたんです。
Q 子会社の周囲の人たちとはなじめましたか? A 居心地は悪くない、でも上司のひと言に?
   やはり本社からの派遣ということもあって、子会社の人からは敬遠されがちでしたね。でも私がいた部署は本社やグループ会社からの寄せ集めだったので、さほど居心地は悪くなかったです。そんなふうにのんきに構えていたせいか、同じ派遣の上司から「お前は派遣の意味がわかってない。お前には派遣は合わない」と言われたことがあったんです。でもその当時はその言葉の意味が理解できなかったんですよ。
Q その後、いくつかの子会社を転々とされましたね A リーダー的存在になって行き場がなくなり……
   やがて大きなプロジェクトが発生して、上司がそちらに回ったので、私が担当していたシステムのリーダーを務めることになったんですよ。実務は新人がやることになりました。ですがリーダー的存在になってしまったことで、ある意味、行き場がなくなってしまったんですよ。いまさら、プログラマには戻せないし、かといって派遣なので、役職につけるわけにはいかない。宙ぶらりんな状態になって、子会社の人も私の扱いに困ってしまったようです。関連会社のネットワーク会社に出向になりましたが、そこでも私は中途半端な位置づけでした。
Q 転職を決心された原因は何ですか? A 派遣のデメリットを痛感!大学時代の友人に相談
   やがて本社に戻れたのですが、本社でも私を持て余してしまったんでしょうね。長らくトラブっているプロジェクトに回されました。さほど重要な役割でもなく、残業も少ないので、給料は名古屋の会社に派遣されたときから下がる一方。このままでは窓際になってしまうと思ったとき、転職を決意しました。このとき、ようやく「お前は派遣の意味がわかってない」と言われた意味がわかったんですよ。一度、会社から出てしまったら、派遣先では中途半端な存在だし、戻る場所がなくなる可能性もある。そんな危機感が私にはまったくなかったですから……。大学の友達の中で一番仲が良かった人にも相談して、転職するなら今年の収入が出ていない今しかないと、人材バンクに登録して次々と面接を受けました。
Q 転職でどんなことを学びましたか? A 仕事に対する責任の重み
   今の会社は拠点が1つしかないので、会社自体がつぶれない限りは、同じ会社で着実にキャリアアップできます。今まで意識していなかったことですが、出向や派遣先ではいずれ本社に帰るという気持ちがあったのか、自分に逃げ道を作っていたんですね。でもプロパーだと後々まで自分に責任がかかってくるので、ちゃんと仕事に挑みます。今までちゃんとやっているつもりでも、どこか甘えていた自分に気づきましたね。
Q 学生時代を振り返ってみていかがですか? A 教員系に強い理科大で、学者の夢に終止符……
   理科大は教員系に強いので、教員に関して、いろいろな情報が入手できましたね。ある意味そのことで、学者になりたいという夢に、終止符が打てたように思います。私はなかなか思い切りがつかなかったこともあり、転職するまでに時間がかかりましたが、後輩たちにはもっと就職や転職に積極的になって欲しいですね。就職したい会社の情報は多方面から入手したほうがいいし、面接も場数を経験すれば、初対面の人に会った時などの対応経験にもなります。転職は、その時に募集している会社からしか選べないので、活動期間を長くすれば、いい出会いがあるかもしれませんよ。
東京理科大学理学部 '96年春卒 N氏の卒業後の転職事情
  卒業・就職時 転職時(卒業8年目) 転職後・現在
給与・待遇 残業代が10時間までしかつけられなかったので、給与は月15万円程度と年収的には低めだった 名古屋に派遣時は遠隔地手当がつき、残業代もフルでつけられたので収入が一気にアップ しかし出向を重ねるうちに徐々に減収 一番、収入が多かったときに比べれば少なくなったが、安定した収入を得られていることに満足
地位・役職 役職ではなかったものの、重要なポストにつき、決裁権を与えられていた 重要な役割というわけでもなく、このまま仕事を続ければ窓際になりそうなあいまいな位置づけ 現在は技術員だが、自分の努力次第でポストが上げられる環境にいる
仕事内容 販売店のネットワークシステム構築の立ち上げメンバーとなり、データベースを担当 役所のシステム開発プロジェクトにかかわり、ネットワークを担当 ソフトウェア開発会社で、印刷機器の開発に携わる
仕事環境 新人3人と入社3年目の人の計4人のプロジェクトで、上からの締め付けもなく、快適だった 周囲はプロ意識の強い人ばかり しかしやりがいの感じられない業務だったため、浮いた存在に 拠点は1つしかないので、派遣の不安もなく、自分のキャリアアップのみを考えられる
やりがい 時代の最先端の仕事に携わることができ、自分に決裁権があることにも満足感が得られた 上司は要領が悪く、トラブル続きでなかなか進行しない業務にうんざり 印刷関係という新しい分野で覚えることは多分にあるが、まかされる仕事も多く、やりがいがある
私生活 長男ということもあり、地元で就職したいという希望があった。それがかない、プライベートは充実していた 地元を離れて名古屋でひとり暮らし 友達とは年に1度くらいしか会えなくなってしまったが、住み心地的には悪くなかった 拠点が1つなので出向や転勤もなく、ずっと地元で仕事ができることに満足
将来展望 システムを開発するだけではなく、企画するところから仕事をやりたい 就職時と変わらず 就職時と変わらず
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山田せいめい(総研スタッフ)からのメッセージ
今回から新たに「卒業後の転職事情」を大きく7項目に分類して表にまとめてみました。 実はこの表や本文では紹介しきれないほどNさんの転職事情は複雑で、かなりの紆余曲折を経て現在の職場に“たどり着いて”います。また東京理科大理学部の現在の就職状況は、Nさんの96年当時に比べ、大学院等に進学する割合が大幅に増えているそうです。今回のケースに対する率直なご意見をお待ちしています。

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