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動画付きケータイ、最先端3次元技術のカーネル
ヒット技術を育てる女性たち
(取材・文/ 総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/兼岩直紀・新井啓太) 作成日:04.02.11
受け取る相手がいるから好きな技術に熱中できる
ヒット製品の立役者というべき女性を2人紹介する。ただし、「女性の感性が成功のヒミツ」など説明するつもりはない。それをいうなら、個人の感性と技術力が結実した結果。そして、彼女たちの共通点は、「人に喜ばれる技術」を大切にしている点だ。
世界初の動画付きケータイを生んだ動画圧縮技術の生みの親

株式会社オフィスノア
代表取締役社長
加治木紀子氏
1960年生まれ。大妻女子短期大学英文科卒業。85年にオフィスノアを設立し、93年からマルチメディアの要素技術に関するR&D事業部を設立。98年にPCベースでの動画圧縮技術「ナンシー」を開発、2000年に携帯電話用に改良。2002年にJ-Phone/Vodafoneの「ムービー写メール」の標準技術として採用された。  

加治木氏が育てる動画圧縮技術「ナンシー(Nancy)」
プログラムサイズ、使用メモリー量、消費電力で世界最小級のビデオ・コーデック。複雑な演算処理を用いないSMSPという独自のアルゴリズムにより、画像を多種の形状とサイズのブロックに分割・圧縮させる。これにより、従来の標準的な圧縮ソフトより軽量のデータ伝送ができ、通信容量の少ない2G、2.5G携帯電話での動画送受信が可能となった。

ナンシーを搭載した世界各国の携帯電話。
もちろんこれらはほんの一部。
ユーザーが納得しない技術はあり得ないと思う
「携帯電話の動画サービスは3Gから」の常識を覆したのが、2002年に発売された「ムービー写メール」。爆発的なヒットで、携帯電話での動画像録画・送受信を一気に普及させた。実現の最大の理由は、2Gの通信インフラでもスムースなデータ伝送ができる「世界一軽いビデオ・コーデック」の存在。それが、加治木社長の発案で開発された「ナンシー」だ。
 加治木氏が圧縮データの軽量化を思いついたのは約10年前。既に世界標準を視野に入れていたという。
「圧縮率を向上させれば、容量の少ない通信インフラでもデータを送受信できる。そう思って探したら、ないんです、そんな技術。また、日本の技術力は高いのに、なぜかソフトで世界標準が取れない。しかし、小型・軽量という分野では世界が一目置いている。それではうちで作ろうと事業部を立ち上げ、エンジニアを採用しました」
 エンジニアに頼んだのは1点だけ。「複雑で大量の演算を使わずに軽いデータにしてほしい」。しかし、皆の返答は決まって「既に圧縮符号化の標準があるのだから、それは不可能です」。加治木氏は先入観を捨ててほしいと説得し続けたが、結局、合計で275人のエンジニアが会社を去った。開発に取り組んだのはわずか3人で、彼らが3年をかけてナンシーを完成させたのである。
 加治木社長によるとナンシーは現在、20社以上の携帯電話事業者に採用され、約700万台の携帯端末に搭載されているという。業界のデファクトスタンダードである。
ユーザーが納得しない技術はあり得ないと思う
 当初はPCベースで開発されたナンシー。それを手に加治木氏はシリコンバレーに「道場破り」に出向く。ナンシーを見せると、だれもが目を丸くしたという。最終的に大手ソフトウェアベンダー3社から独占契約を申し込まれたが、加治木氏は断ってしまう。
「社員はあ然としていました。しかし、その企業だけに使われるのが嫌でした。多くのユーザーに喜んで使ってもらいたかった」
 2000年に携帯電話用に改良。翌年にシャープの「Zaurus」に搭載され、その翌年に「ムービー写メール」の標準技術となった。現在では中国、タイ、南米など各国の大手通信企業との技術提携が進行中。また、上位バージョンも開発中である。
 オフィスノアの技術開発の特徴は、開発期間の短さ。エンジニアのスキルを、どのようにして効果的に引き出しているのだろうか。
「遅くまで仕事してるでしょ。つき合うんです、隣に座って。すると『うざいなぁ』と思って、仕事が速く進むようです。それと、いい仕事をしたらベタベタに褒めます。本人はうれしいし、ほかのエンジニアはしっとするみたいですね。また、300人近いエンジニアが辞めたのは、多分、プライドが傷ついたからでしょう。しかし、『技術ありき』はなく『ユーザーありき』なんです。そうでなければ、世界標準なんて狙えません」
ボーイング社、F1ルノーが導入する3次元データ変換ソフトを創る3児の母
丸山氏が育てる3次元CADのデータ変換技術
3次元CAD間で直接データ変換を行う「ダイレクトトランスレータ」、3次元形状データの診断と修正、さらに加工も行う「CAD Doctor」、製造プロセス全体において3次元データのあらゆる運用が可能になる「ASFALIS」などが代表的な製品。3次元CADによる設計が一般化しつつある中、以前より課題となっていた異種CAD間のデータ交換を可能にした革新的ソフトウェアとして、世界的な評価を得ている。

丸山さんの技術が核となって製品化された
「ダイレクトトランスレータ」

株式会社エリジオン
トランスレータ事業部 第1グループ
丸山享子氏
1972年生まれ。東京大学工学部物理工学科卒業後、静岡大学大学院電子科学研究科修了。2001年にエリジオン入社。半年間の研修後、半年間の育児休暇を経て、2001年よりDEK(Data Exchange Kernel)チームに配属。以来、同社製品全般のコア技術であるカーネルの開発に携わる。  

カーネル開発には「パズルのひらめき」が必要
 3次元CADのデータ変換技術、3次元形状処理技術に特化した強みをもつエリジオン。同社の製品の技術力の高さは、主な導入先が日本の大手電機メーカーや大手完成車メーカーだけでなく、アメリカのボーイング社、フランスのルノーF1チームで全面的に導入されていることからもうかがえる。
 その同社で、全製品の中核技術であるカーネル開発を担うのが、「DEKチーム」の4人。その1人が丸山さんだ。主力ソフトである「ASFALIS」「ダイレクトトランスレータ」などの開発チームから要望を聞き、具体的な機能の開発を行う。
「地道な方法だけでは解決できないことが多いんです。パズルを解くのと一緒で、ある種のひらめきが必要。エリジオンには難しいパズルを見るとムラムラと闘志がわくような人がたくさんいます。特にDEKチームは技術に関して高いプライドを持っているので、難問になればなるほど闘志がみなぎります」
 現在の中心的な仕事は、昨年6月に出荷されたばかりの「ASFALIS」のバージョンアップ。出荷直後から全社的に取り組んでいるが、インタフェース部分と異なり、カーネル開発は一段階早い完了を要求される。精度を表す公差、記号、見栄え、色など、開発対象は多岐にわたり、個々の開発期間も最短で1週間、長期で3〜4カ月とさまざまだ。
エンジニアの醍醐味は周囲からの「ありがとう」
 実は丸山さん、子供のころの夢は「アインシュタインになること」だったと語る。そんな彼女がソフトウェア開発者となった事情が、ちょっと変わっている。
 大学で物理工学を専攻し、学生結婚をした丸山さんは、ご主人の就職に伴って静岡県に移住。大学院では医療工学を学んでいたが、卒業時期にご主人から「これ解ける?」とある問題を渡された。それがエリジオンのHPに載っていた、数学のクイズ。さっそく解いて、同社の会社説明会に行ったのが縁で、入社が決まったという。
 謙虚な丸山さんは「縁の下の力持ち」的に自分の仕事を説明するが、カーネル開発を行うDEKチームは同社エンジニアの憧れの的。あらゆる社員から「困ったらDEKに聞け」と頼られる存在だ。また、3児の母である丸山さんは、家庭と仕事をうまく両立するスーパーウーマンでもあり、女性からの信頼も厚い。
「責任重大ですが、自分が行ったカーネル開発で、データ変換が『うまくいった』と言われたときがいちばんうれしいですね」
 取材終了後、自分の席に戻りメールをチェックした彼女が、思わずガッツポーズを取った。「あっ、これです。『よいものをありがとう』って届いてました。やった!」
日本の技術職に女性が少ないのはもったいない
ほぼすべての職場で男性が7割以上を占める
図
 技術に携わる女性が少ないことは、はっきりいえば事実である。円グラフはTech総研の調査による『エンジニア白書』(2月25日刊行予定)のデータ。3117人のエンジニアに部署の男女比を尋ねたところ、実に94%の部署で「男性が7割以上」なのである。
 そして、この割合は職種により大きく異なった。「男性が9割以上」では、機械・メカトロニクス系が78%、電気・電子系が77%と高いのに比べて、ソフトウェア系が56%、ネットワーク系が54%と低め。女性にとっては、ハード系職種のほうが壁は厚そうだ。
女性の満足は男性の納得でもあるはず
 原因のひとつは日本の風土だろう。女性の労働力率を各国で比較すると、改めて日本の低さが見えてくる。特に30代で落ち込むM字カーブになるのは、出産と子育てに追われるためのようだ。しかし、イギリスやドイツでは同じM字カーブがここ10年ほどで消滅し、アメリカ、スウェーデン、フィリピンなどでは既に80年代からなかったという。
 企業の雇用形態にも要因がありそうで、「産休制度が有名無実化」や「申請できる雰囲気ではない」などはよく聞く話。また、内閣府の世論調査で「不当に差別されていると思う理由」を女性に尋ねたところ、1位の回答が「賃金に差別がある」だった。
 逆にいえば、女性が安心して働ける企業とは、男性にとってもフラットで風通しがよく、納得できる評価制度をもつ企業のはず。そんな視点から企業をチェックするのも、ひとつの方法かもしれない。

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