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止まらない 技術者人性の法則 技術も技術者も『生きもの』である法則
現場のエンジニアは、技術が「生命(いのち)」を持っていることを知っている。技術が生命を吹き込まれ、動き出すのが見える。その声が聞こえる。技術は「生もの」ではなく「生きもの」なのだ。
(文/出川通 総研スタッフ/根村かやの) 作成日:03.09.17


(イラスト/工藤六助)
THANKS! 「技術は鮮度が勝負」とよくいいます。でも本当でしょうか? 技術者も「鮮度が勝負」なのでしょうか?
技術は「生もの」か?

 先日、ある評論家が講演会で「技術は『生(なま)もの』です」と言っているのを聞きました。ほっておくと腐ってしまう、賞味期限に注意が必要、という意味だそうです。この「技術=生もの説」は、一見、技術の本質をとらえているかのように思えるせいか、経営者や評論家の間でなかなか人気のようです。

 しかし、現場での私の実感としては、技術は「生もの」ではなくて「生(い)きもの」です。どうにも思うようにならなかったり、勝手に行動したり、「そっちへは行きたくないんだ」という声をあげたり。どんなに新鮮でも切り身になった「生もの」ではあり得ない、「生きもの」ならではの現象といえるでしょう。

 だから、技術を「生もの」扱いしても、うまくいかない。当然のことです。また、自分の仕事を「生きものを相手にしている」と自覚することで、エンジニア自身が、「生きている!」という実感が得られ、生き生きと楽しく仕事ができるものではないでしょうか。


冷蔵庫で保管できない「生きもの」

 もし技術を「生もの」と考えると、腐敗防止が主要なハンドリングとなります。冷蔵庫か冷凍庫に入れて、温度と棚の番号、賞味期限の日付管理をきちんとしておけば、料理(製品化)に使う材料の保管としては十分です。極端にいえば、いったん素材(技術)を仕入れれば、倉庫の物品管理ですんでしまいます。

 一方、「生きもの」の管理は、生ものほど簡単ではありません。切り刻んで小分けして箱に入れて積んでおくというわけにいかないし、そもそも冷蔵庫で保管できません。もし間違って冷蔵庫に入れれば、すぐに死んでしまいます。エサをいっぱい食べるし、出すものも出します。

 生きものである「技術」の扱いで重要なのは、「ちゃんと生きていること」です。つまり、「なんとか生きているが病気で死にかけている」のでは駄目で、「健康に、生き生きと」生きている状態を保ちたいのです。
「技術」と「生きもの」との間に、次のようなアナロジー(類推)が成り立つと思います。


(1) 技術:常に新規で正しい情報の入力がないと、いざというとき使えない。
  生きもの:毎日毎日のケア、食事の提供が必要。与える食事がまずいと栄養失調となる。
(2) 技術:きちんとした整理、メンテナンスが必要で、それがないとあやしい、不完全な技術となる。
  生きもの:毎日、新陳代謝の結果を清掃してやる必要があり、それを怠ると不潔になって、伝染病が発生する。
(3) 技術:最新情報ほど癖があり、また生々しい技術は泥臭い。
  生きもの:いやなにおいも、癖も含めて付き合わないと理解できない。また自己主張があり、それをうまく使うことが付き合ううえで大切。
(4) 技術:ドキュメントだけの技術移転は不可能に近い。言葉やマニュアルだけでは技術の本質は伝えられない。
  生きもの:移転、移送には細心の注意が必要。また、近縁の種でも性質が大きく違ったり、同じ種でも個体差があったりして、それぞれ育て方が違う。

 もし、技術が腐ってきたと感じられたら大変です。生ものは腐るものですが、生きものが腐り始めたら、既に生きていない可能性があります。
生もの技術と干物技術

 伝統的な古い会社や管理志向が強い会社では、「生もの」どころか、技術を「干物(ひもの)」扱いしているところもあるようです。
 確かに干物は長期的な保存、保管に便利で、保存食に適しています。しかしこれは、企業が生きながらえるための非常食と考えたほうがよいと思います。

 「干物」とは、具体的にいうと、旋盤や切削のような機械加工や、量産工場での組み立て・試験などの作業のことで、これらは、工場でのマニュアル化の進展により、だれでもできるものになりました。このような「技術」の利用は、まさに干物を水で戻して使うようなものです。
 同じ機械加工でも、コンピュータ装備のマシニングセンタを使う複雑なものになると、「生もの技術」かもしれません。腐らないように、常に新しいソフトウェアでメンテする必要があります。さらに、最新の制御ソフトを組み上げたり、複数のマシニングセンタをネットワークしたりとなると、技術者が「生きて」、「生きた」技術を使いこなしている世界が見えてきます。

 生もの技術や干物技術も、製造技術上、あるいはコストダウン上、非常に重要ですが、これだけでは大きな付加価値はつかない時代になってしまいました。
 新しい技術の維持や進化には、単なる「生もの」「干物」などの物品の管理を超えての、「生きもの」技術を念頭においた手間ひまが必要なのです。

 表1は、「生きもの」「生もの」、さらに「干物」を加えたこれらのアナロジーをまとめたものです。


表1. 「生きもの」「生もの」「干物」のアナロジー


生きものを料理に、技術を製品に結びつけるには

 生きものであれ生ものであれ、人間の役に立てるなら、食べられるように料理しなければなりません(ペットや観葉植物という役立て方もありますが、ここでは取り上げません)。
 生きものを料理する場合には、一度、「殺す」(動物の生きものの場合)、あるいは「刈り取る、枝からもぎ取る」(植物の生きものの場合)ことになります。技術も、製品化するためには、いったん文書化・図面化し、「成長を止める」必要があります。

 ただし、このプロセスがうまくいけば、技術を完全に殺すことなく、金の卵を産む鶏や、いくらでも実をつける果樹が得られることが想像できると思います(表1も参照)。「うまく成長を止める」のも、技術者の仕事の大切な一部です。おざなりな対応をしていると、生もの扱いする人たちに切り刻まれて、せっかくの技術が短命に終わってしまうかもしれません。


生きものだからこそ、技術は奥が深い

 日本の技術が未熟で、欧米から次々と技術を導入していたころ、それは水で戻せば使える「干物」に近いものだったと思います。だからこそ導入可能だったし、それでも当時はすごく大切な「技術」だった。しかしその扱いは、「右から左へ動かす」だけのものであり、技術者ではなく商人の仕事だったかもしれません。
 一方、当時の最新技術は、「生もの」だったと思います。冷蔵庫・冷凍庫の普及していない時代にこれを扱えたのは、まさに「技術者」であったことでしょう。

 その時代と現在とは、明らかに様変わりをしてしまいました。図1にこの「パラダイムシフト」のイメージを「技術と技能」という概念を用いながら示してみます。


図1. 技術のパラダイムシフトイメージ


 IT産業の興る前のハード系技術では、このイメージを顕著にとらえることができます。つまり、生ものを扱う=マニュアルを理解し図面を読むだけでは、「技術」「技術者」とはいえないことが、実感として既にはっきりしているのです。IT・ソフト系の技術でも、サイクルが短いだけで同じことがいえるのではないでしょうか。

 次に図2で、生きもののように動きが活発で複雑なほど、ハンドリングの難易度が高いことを示します。そしてこれは、技術者そのものの生き方にも適用できそうです。「生きもの」である度合いが大きくなるほど、扱いは難しくなりますが奥が深くなり、エンジニアの“価値”も高くなるのではないでしょうか。


図2. 技術の捉え方とハンドリング難易度イメージ

エンジニアは「生もの」じゃない!

 いうまでもなく、エンジニアは「生きもの」です。だからこそ、生きものである技術の発する「声」が聞こえるのです。
 しかし企業内では、油断すると技術職の「生もの化」「干物化」が起こります。技術の内容を深く考えなかったり、時代遅れのドキュメントを必要以上に重視したり。経験や既存技術という干物技術の世界に過度に入り込み、成功体験にこだわってしまうのです。
 なぜかといえば、そのほうが楽だからです。経営者や管理者は、技術とエンジニアを「生もの」扱いすればローリスク・ローコストで楽。また、エンジニア自身も「生きものと付き合う」より「生ものを扱う」ほうが楽といえば楽なので、つい自分も「生もの化」に安住してしまうわけです。

 エンジニアの人性は、技術を生きものとして扱い、技術がまさに生きていると実感できたときに、最も生き生きとするもの。そして、エンジニアが、技術のささやきや叫びに耳を傾け、聞き取った特質に合わせたハンドリングをすることで、その技術はさらに生き生きとした「生きもの」となると思います。
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根村かやの(総研スタッフ)からのお願い
 エンジニアなら、生もの・干物や冷凍食品を扱う商人より、生きものと付き合う稼業のほうを楽しいと思うものではないでしょうか。もしそれがつらいばかりだとしたら、「景気の低迷」や「競争の激化」にとらわれて、余裕をなくしているのかも。
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