自動車のヘッドランプにはこれまでハロゲンランプが使われることが多かったが、近年は、安全性の面からより明るく見やすい光源としてHID(High Intensity Discharge)ランプが注目されている。ディスチャージランプ、高輝度放電ランプとも呼ばれるものだ。
ハロゲンランプに比べ、光量が2〜3倍と大きく、太陽光に近い白色光であるため視認性が向上する。またエネルギー効率に優れ、消費電力が少なく寿命も長い。夜間の安全走行に役立つランプとして、急速に需要が拡大し、現在は国内ではヘッドランプ用光源の3割のシェアを占めるまでになっている。
HIDランプでは、バルブを点灯させるために高電圧を発生させ、バルブを点灯しつづけるための電力制御を行う機構が不可欠だ。これがバラストと呼ばれるもの。バルブの放電制御、電力制御を統括する回路基板だ。ちなみに、バラストの語原は船舶のバランスを取るための重し“Ballast”に由来する。
デンソーのHIDランプ用バラストの開発は1990年前後に始まり、現在は第5世代が量産されている。
バラストに搭載される回路は、始動時に必要な高電圧を発生する始動回路、電流を交流矩形波に変換するフルブリッジ・インバータ、バッテリ電圧を昇圧するDC/DCコンバータ、さらに全体の制御を受け持つ電力制御やフェイルセーフ回路などからなる。
近年の技術革新の最大のポイントは、2004年にデンソーが世界で初めて開発に成功した、水銀フリーバブル対応のバラスト開発だ。これまでディスチャージバブルには微量の水銀が含まれていたが、環境面からその使用廃止が求められていた。ただ、水銀を除去するとそれまでのバラストでは発光が不可能になる。水銀入りのバルブは電圧の変化量が大きく、バラスト側でそれを検知することも容易だ。ところが水銀フリーだと変化量が小さいため、その微少な変化を捉えることが不可欠になる。
水銀フリーバルブ対応のバラストでは、小電圧を検知するようにセンサーの分解能を高める方向ではなく、微少な変化量を検知し、その変化量に対して投入電力の最適化・高精度化を図るという考え方を導入した。そのための制御ICをデンソーは新たに自社で開発した。制御ICにはアナログ回路が多用されており、社内におけるアナログ回路技術の蓄積が功を奏したといえる。
ヘッドランプは、バルブ、バルブを覆うシェード、さらにリフレクターやレンズからなり、これらを総称したハウジングを灯具と呼ぶ。初期のバラストは灯具の外に置かれていたが、そのため防水機能が必要だった。第3世代では灯具の中に収めることになった。これはバラスト自体の軽量化・小型化によって可能になったもので、さらに第4世代では第3世代から体積で50%の低減が図られている。
現在の第5世代では、バラストが灯具のバックカバーを兼用するハウジングを採り入れた。バラストのネジ止めが不要になるなど、組み立て工程が削減でき、ハーネスの削減にもつながっている。バラストの小型化のためには搭載回路の小型化が前提になるが、同時に回路の高効率化や発熱対策も不可欠。灯具メーカー、カーメーカーからの厳しい仕様要求に応える、バラストメーカーとしてのデンソーの技術力がここに生きている。