プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。 「好きなことで食べていきたいなら、自分を信じて、自分を疑うことです」宮川一朗太さん
(俳優)
みやかわ・いちろうた●1966年3月25日生まれ。 東京都出身。武蔵中学校・高等学校卒業。早稲田大学第一文学部中退。高校在学中に、東京芸術学院の第1期生に。1983年、森田芳光監督の映画『家族ゲーム』でデビュー、日本アカデミー賞優秀新人賞を受賞した。その後、ヒット作品に欠かせない名バイプレイヤーとしてのポジションを確立。1991年から2006年まで、競馬番組「ドリーム競馬」の総合キャスターを務めた。
2017年8月9日

俳優デビューは、映画「家族ゲーム」。
いきなり主役で、日本アカデミー賞新人賞を
受賞するという、
華々しいスタートだった。
俳優になろうと決めたのは、
武蔵中学、在学中のこと。
有名大学に数多く合格者を出す、
都内屈指の進学校だ。

俳優を目指すも、オーディション10連敗の日々

そう、わたし中学までは優秀だったんですよ(笑)。武蔵中学の同級生は、国会議員、官僚、医者、会計士、すごい連中ばっかりです。俳優になろうと思ったのは中2ぐらい。男子校でしたから「女の子がいないなあ」と思っていて。ちょうど流行りだしていた学園ものドラマをみると、かわいい女の子がたくさん出演していました。じゃあ役者になっちゃえばいいんだって。下心です、最初は。

高1のとき、東京芸術学院という劇団の一期生になりました。同じ一期生でも年齢はバラバラで、多分僕は一番若かった。見たことのない世界でした。稽古が終わってからみんなでご飯食べに行って、お酒を飲んでいるお兄さんやお姉さんの話に耳を傾ける。僕は未成年だからジュースですけど、一足先に社会に出た気がしました。でもオーディションは落ちまくったんです。軽く10連敗はしました。最終選考まで残ったこともあるんですが、僕ともう1人、というところまで候補が絞られてから落ちると、ガッカリするんですよね。「あいつには勝ったと思ったのに、自分の何が悪かったんだろう?」と。理由がわからないだけに、人生が終わった感じがして。

高2の夏には「いい加減、受験勉強しろ」と親にも言われました。でもなんだか得体のしれない自信があって、もう少しでなんとかなりそうな気がしたんです。「じゃあ、あとはお前がなんとかしろ」と親に言われて、それからは実家が経営している店の皿洗いをして、自分で劇団の月謝を払いました。

「家族ゲーム」のオーディションの話がきたのは、高2の10月です。そのころは森田芳光監督の名前も知らなかったし、「家族ゲーム」というタイトルもパッとしないなと思っていて、僕のなかでは全く期待してなかったんです。松田優作さん主演というのも、後になって聞いた話ですし。「どうでもいいや」と思って受けたのが、逆によかったのかもしれません。ほかのオーディション参加者がものすごい自己アピールをしている隣で、「ぼくは特技とか何にもないです」と投げやりに答えてた。そのやる気のない感じが役にぴったりで、森田監督の印象に残ったらしいんです。人生、何が幸いするか、わからないですね。

何度落ち込んでも、 自惚れるよりはマシ

最初の仕事が『家族ゲーム』だったことも幸運でした。松田優作さん、由紀さおりさん、伊丹十三さんと名優ぞろい。現場ではフィルムが回る音がしずかに響いていて、特に笑わせようというシーンもない。で、優作さんじゃないですか。下手すると殴られるという噂を聞いていたので(笑)、とにかく緊張感を持ってやることを学びました。最初から楽な現場に入ってたら、俳優という仕事を舐めていたかもしれないですね。

優作さんから教わった金言があります。当時の映画はフィルム撮影だったから、何日か分のフィルムをまとめてスタッフみんなで見る「ラッシュ」という作業をするんです。僕、自分のお芝居に愕然としちゃって。初めて観た自分のお芝居はものすごい下手くそで。ひどく落ち込んじゃったんです。それでドヨーンとしていたら優作さんが「お前、元気ねえじゃねえか」とやってきた。僕、正直に言ったんです。「自分が下手すぎて、落ち込んでいる」と。優作さんは「それでいいんだ」と言った。「天狗になるより、いいじゃないか」。優作さんがそう言うと格好いいでしょう。その言葉に救われました。

社会に出て、壁にぶち当たって、落ち込む。それは辛いことだけど、みんな同じなんですよね。優作さんがそう言ってくれたことは、今でも僕の支えになっています。「何度落ち込んでも、自惚れるよりマシ」。そう自分に言い聞かせると、「何が悪かったんだろう、今度はこうしてみよう、ああしてみよう」と、前向きな気持ちになれます。その言葉のおかげで、自分の芝居に満足しないでいられる、止まらないでいられるんです。


名バイプレイヤーとしての
地位を確立する一方、
競馬番組のキャスターを務めるなど、
仕事の幅を広げていった宮川氏。
順調そうに見える俳優人生だったが、
仕事が激減した時期もあったという

仕事を失って初めて、 自分に魅力がないと気がついた

91年から競馬番組のキャスターを務めるんですよ。関西で週1回の生放送。競馬が好きだったというのもあるんですけど、ちょうど結婚して2人の子どもができたので、「レギュラー番組がある」という安定をとっちゃったんです。それでも役者の仕事は一杯くるだろうという油断もあった。ところが、長くて5年ぐらいだと思っていた番組が15年続きましてね。その間、毎週末、京都か大阪に通っていると、ドラマのロケにはなかなか行けないんです。それが僕の“しくじり”です。星の数ほど仕事を断ることになってしまった。

実は『家族ゲーム』が終わった後、すぐにテレビドラマの仕事が次々入ったりして、順風満帆だったんですよ。それで「これはなんとかなる」と自惚れちゃったんですね。自惚れはいけないってあれほど自分に言っておきながら、です。ちょうど結婚したこともあって、人気がガクッと落ちましたし、そこに競馬のレギュラー番組が入って、役者の仕事がどんどん少なくなっていきました。

でもね、しばらくの間は事務所のせいにしちゃってたんですよ。自分には魅力があるのに、なんで売り込んでくれないんだろう、なんでもっといい仕事を取ってきてくれないんだろう、と。直接、事務所に言うことはなかったんですけど、30歳前後からずっと思っていました。

30代も後半になって、ほんとに仕事が入ってこなくなったどん底のとき、やっと気がついたんです。マネージャーも仕事をとるために一生懸命頑張ってくれてる。なのに、仕事がとれない。「そうか、俺に魅力がないからだ」って。そこからですよね。本気になれたのは。

例えば休みの日は、自分のためになることをしようと思いました。ジムで体を鍛えたり、映画やお芝居を時間がある限りたくさん観にいったりと、役者として成長するために時間を使う。スポーツ選手って、呼ばれたらすぐ行けるようにいつも鍛えていますよね。役者も、いつ声がかかってもいいように自分を高めておくべきなんです。仕事相手のことを調べるのも、魅力づくりのひとつですよ。いただいた台本に監督さんや役者さんの名前があったら、僕の名前と並べてネット検索するんです。そうすると現場でも、「お久しぶりです、あの番組以来ですね」とちゃんとあいさつできるじゃないですか。共演者の誕生日を調べることもあります。「もうすぐ誕生日ですね」なんて話しかけたりね。そうやって話のとっかかりを作るんです。どんな仕事も同じだと思うけど、コミュニケーションがとても大事。ギスギスした空気からは、いいものは生まれませんから。

どん底からの脱出は、 「身近な人に信頼してもらうこと」から

事務所の人たちには、「どんな仕事でも一生懸命やりますから、とって来てください」とお願いしていました。新人のような気持ちでありとあらゆる仕事に取り組みましたよ。一番身近にいる事務所の人たち、僕をサポートしてくれる人たちから信頼される人間になりたかった。事務所には、タレントを売り込んでくださる人がたくさんいます。でも彼らが売り込みにいくとき、「宮川に任せれば、ある程度いい仕事になるぞ」と僕の名前を思い浮かべてもらわないといけない。だから、どんな仕事でもやりました。

そうやって、少しずつ仕事が増えていったときにきたのが、テレビドラマ『半沢直樹』の江島副支店長の役。最後のチャンスかもしれないと思って、全身全霊でやりました。半沢役の堺雅人さんをイジメる役でしたから、役作りのために、楽屋でも堺さんには話しかけませんでした。堺さんがあいさつをしてくれても、黙っていて。そのことを打ち上げで謝ったら、あの笑顔で「いいです、いいです」と言ってくれましたけど。

実はこの前身は『JIN-仁』というドラマにあったんです。ドラマの中で、内野聖陽さんが坂本龍馬役で、僕は同じ土佐藩だけど龍馬と対立していた後藤象二郎の役。内野さん、僕と楽屋で口を聞かなかったんです。僕があいさつしてもそっけない。あんまりしゃべらない人なのかな?と思っていたら、ドラマが終わったあとに彼は謝ってきました。「なあなあの空気を作りたくなかったんです。でも先輩に対して失礼なことをして、申し訳ありませんでした」と。

『半沢直樹』で僕がしたことは、このときの内野さんの真似なんですよ。僕はそれまで、撮影は撮影できちんと取り組むけど、チームワークも大切にするのが当たり前だと思ってた。でも内野さんは現場から離れても演技をしていた。ガーンときましたね。そこまで突き詰めるのが本当の役者かもしれない。僕はそれを『半沢直樹』に活かしたんです。収録が終わって、改めて思いましたよ。年下だろうが後輩だろうが教わることはいっぱいある。いいと思ったことはガンガン取り入れなきゃ、学ばなきゃって。今は、子役からでも学びますよ(笑)。

自分を信じるけど、自分を過信しない。 両軸を持つことが大事

ダメな時期がずっと続いていたとき、「でも、必ず、もう一度自分の時代がくる」って、自分に言い聞かせてたんですよ。オーディションに落ち続けていたときも、役者の仕事をなくしてしまったときも、「大丈夫だ、大丈夫だ」ってね。好きなことをお金にしたいと思っても、なかなかうまくはいきません。何回も挫折すると思います。でも、そこで自分を信じて、自分を励ましてやるんです。そうすれば、何度落ちても大丈夫(笑)。

同時に「自分は足りないんだ」と知ることも大切だと思います。僕は茶道をやっていて、「知足(ちそく)」という禅語を教わりました。足るを知る、今が十分幸せなんだ、という教えです。でも僕の場合は「知“不”足(ちふそく)」、自分の魅力は足りてないんだ、ということを知るところから始まりました。好きなことでやっていきたいと思っている人は、自分の力を過信するきらいがあります。もし壁にぶつかったら、「自分には足りないところがあるのかもしれない」と疑ってみたほうがいい。そしたら、もっと勉強しなくちゃと素直に思えるじゃないですか。自分を信じて頑張るのは車でいう後輪、これは人生の原動力みたいなもの。知不足は前輪、人生をコントロールするもの。この2つが揃ってこそ、うまく行き始める。僕はそう思います。

EDIT
牛島モカ
WRITING
東雄介
PHOTO
星野泰孝
DESIGN
マグスター

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