プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。 「自分は天才ではない。そう自覚することから、始めました」三上延氏
(作家、『ビブリア古書堂の事件手帖』著者)
みかみ・えん●1971年、神奈川県生まれ。 武蔵大学人文学部社会学科卒業。中古レコード店、古書店勤務を経て、『ダーク・バイオレッツ』で第8回電撃小説大賞3次選考を通過し、2002年に同作でデビュー。2011年に上梓したミステリー『ビブリア古書堂の事件手帖』がベストセラーになる。同作は、2012年、本屋大賞にノミネートされており、文庫本としては史上初となった。
2017年3月15日

古書店を舞台にした
大ヒットミステリー
『ビブリア古書堂の事件手帖』。
その作者の三上延氏が
デビューしたのは、30歳のとき。
何度もあきらめてつかんだ
作家への道だった

在学中に書いた小説は、1次審査にも通らなかった

僕は就職をしていないんです。むちゃくちゃですよね(笑)。一応、就職活動はしたんですが、やっている途中で「自分には無理だ」とあきらめてしまって。それで、どうせなら好きなことをして生きていこうと考えたんです。それが作家でした。

作家になろうと思い始めたのは、高校生くらいからです。子どものころからずっと本が好きで、高校の時は文芸部に入っていました。そのころから、少しずつ書いた小説を人に見せるようになって。周りの人よりは書ける気がしたので、このまま書き続けたら作家になれるんじゃないかと。自信満々でしたね(笑)。今考えたら、ずいぶん思い上がった話ですが、まあ、仕事がどういうものなのか、想像できなかったころの話ですから。

大学でも文芸部に入って、小説を書き続けていました。純文学よりの短編小説です。新人賞に応募したこともありますよ。1次審査にも通りませんでしたが。箸にも棒にもかからない感じでしたね。

それで大学4年生になって就職活動を始めたものの、自分には無理だとあきらめて作家になろうと考えたわけです。一応、親にも報告しなくてはなりませんから、地元の小料理屋に父を誘って話したんです。「就職せずに作家になろうと思う」って。父は困惑していました。怒りとあきらめと困惑が入り混じったような顔で、「28歳までなら、好きなことをしていい」と。28歳に特別な意味はなかったと思います。「どこかで区切りをつけるべきだ」と言っていましたから、まだつぶしが効く年齢ということで28歳だったんじゃないでしょうか。本当によく許してくれたなと思います。今振り返ると、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

社員登用の道を捨て、1年間だけ本気で小説をやってみよう

大学を卒業してからは、中古レコード店でアルバイトをしながら小説を書いていました。中古レコード店を選んだのは、たまたまです。音楽も好きだったし、近所の店だったので。そこで2年くらいお世話になっていたら、「社員にならないか」と言ってくれて。でも、小説を書きたかったので、「すみません…」と断ったんです。それでアルバイトを辞めて、しばらく家にこもって小説を書いてみたものの、うまくいかない。そのうちに「小説なんか無理に決まってる」というあきらめの気持ちになってきて。年齢もリミットの28歳になっていたので、そろそろ働こうと本格的に仕事を探し始めたんです。

ちょうどそんなとき、古書店員のアルバイト募集の張り紙が目に留まりまして。そこには「社員登用も可」と書いてあった。もともと本が好きでしたし、中古レコード店で培ったスキルも活かせるかもしれないと、古書店で働くことにしたんです。

今度はプロの古書店員を目指して、至極まじめに働きました。その甲斐あってか、1年くらいで簡単な買い取りも任せてもらえるようになった。上の人からは「もうすぐ社員になれそうだよ」なんてことも言ってもらえて。そしたら、また迷いが生じたんです。

実は、古書店員の仕事はかなり多忙なんです。本の入れ替えや仕入れなど肉体労働もあります。このまま社員になったらますます忙しくなって、たぶん小説は書けなくなる。そう考えたら、どうしてもあきらめきれなくて、「もう一回、小説をやってみようか」と。このときすでに30歳ちょっと手前。気持ちの上でもギリギリの選択でした。

このころ印象に残っているのが、父のひと言です。実は父に「古書店で社員になれそうだ」と報告したんです。喜んでくれるかと思ったら、父がぼそっと、こう言ったんです。「小説はどうしたんだ」と。それまで自分に対して何も言わなかった父からのひと言にハッとさせられました。

そんなこともあって、もう1回だけ小説をやってみようと。ただ、期限は決めていました。1年間本気で頑張ってみて、ダメだったら今度こそスッパリあきらめよう。小説は趣味で書くくらいで、書店員として生きていこう。そう思って小説に取り組みました。

まず、自分を見つめ直すことから始めた

これがラストチャンスですから、まず、自分を見つめ直すことから始めました。「自分は天才ではない」というところからスタートしたんです。それまでは「自分には才能がある」から抜け切れなかったのですが、そうではなく、「自分には、足りないところがある」ということを自覚しました。そして一方で「自分に持っているものは、何なのか」を考えました。本をたくさん読んでいるし、音楽も映画も好き…。今までの作品は、こういう自分の良さを活かしていなかったんです。ただ自分の内面を深く掘れば形になると思っていた。もちろん、それで形になる人もいると思います。でも、自分は違っていたんです。その事実を自覚して、新しいことに挑戦してみよう。いろいろ考えた結果、自分の得意分野を活かして、エンターテインメント小説を書くことにしたんです。

書店ではちょうど電撃文庫が売れていました。改めてライトノベルを読んでみると、すごく面白かったし、自分にも書けそうな気がしました。そこでそのジャンルに絞っていろいろ調べてみると、学校を舞台にしたホラー小説を書いている人が少なかった。僕は昔からアメリカのモダンホラーが好きだったので、ホラーならいけるんじゃないかと。

試しにホラーの短編を書いて、ウェブの小説大賞に応募したところ、10万円の賞金をもらうことができました。これに手ごたえを感じて、電撃小説大賞に応募し、初めて3次選考まで残ることができました。大賞はとれなかったのですが、その作品でデビューすることができたんです。


その後、ファンタジー、バトルものなど、
ジャンルを広げていった三上氏。
そして、40歳のときに書いたミステリー
『ビブリア古書堂の事件手帖』で
一躍ベストセラー作家になった。

ミステリーは手薄なジャンル。でも、読んでもらえそうだったから

デビュー後は、ホラーを中心にバトルもの、ファンタジーもの、なんでも書いていました。『ビブリア古書堂の事件手帖』を書くようになったきっかけは、編集者の人と打ち上げをしていて、たまたま昔のアルバイトの話になったんです。「古本店員をしていたとき、こんな面白いお客さんが来ていましたよ」とか「こんな珍しい本が売りに出されて」とか、そんな話をしていたら妙に盛り上がったんです。それでその編集者の人が古書店を舞台に何か書きませんかと言われて。でも電撃文庫では難しいような気がしてそのままにしていたんです。しばらくすると、もう少し上の年齢層をターゲットにした文庫が出るから、そこで書いてみないかと言われて挑戦してみたんです。ミステリーの形式にしたのは、それが一番読んでもらえそうだったから。古書店の話をどうやったら読んでもらえるか、いろいろ考えた結果、ミステリーなら面白く読んでもらえるかと。ミステリーは書いたことがなかったんですけどね。しかもそんなに読んでもいなかった。一番手薄なジャンルだったかもしれません(笑)。でも、どうにかこうにか手探りで書いていきました。

太宰も乱歩も、置かれた状況で悩みながら作家を続けていた

『ビブリア』は、今年2月に上梓した新刊で7冊目になります。今回、ストーリーが完結するのですが、一冊目からここまで6年かかっています。作家について調べたり、全集を読んだり、下調べが大変といえばその通りですが、何年も書き続けられたのはやはり楽しかったからなんですよ。『ビブリア』に登場する本もすべて愛着があるものばかりでしたから、やりがいも大きかったんです。そういう意味では、「好きなこと」というのはものすごい力を得られるのだなと思います。

ただ、「好きなこと」って、実際にそれで食べ始めるとイメージが変わるんです。職業として好きなことをやっていくと、前と同じように思えなくなってしまう。仕事にしなかったら、単に「楽しい」だけだったのに、純粋にそうは思えなくなる。それは寂しいことでもあります。でも、そこからが本番というか、その苦しみの中で自分はこういうものを書いていきたいとか、やりがいや目標を見つけていくことが大事なのかなと思います。

プロの書き手になった今とアマチュアだった自分とは、ゴールが違う気がします。昔は、自分が楽しんで面白がって書いていた。でも今は、誰かが面白いと言ってくれて、お金を払ってくれて、それで仕事が成り立っているわけです。その責任感を捨ててはだめだと思います。

『ビブリア』に登場する太宰治も江戸川乱歩も、置かれた状況でうまくいかなくて悩んで苦しみながら作家を続けていた。どんなに優れた人でも、すべてが自分のやりたいようにできるわけではないと思う。もちろん、それで作家を辞めてしまう選択肢もあります。でも、そんな苦しい状況であっても続けるのは、仕事として書くことにそれだけの価値があるからだと思うんです。

僕自身、純粋に読書を楽しむことはできなくなったけど、その代わり、自分が書いたものを誰かが面白いと言ってくれる喜びがあります。それはものすごく充実したことだし、何物にも代えがたいものだと思いますよ。

information
『ビブリア古書堂の事件手帖7』三上延著

累計640万部を超える大ベストセラー『ビブリア古書堂の事件手帖』。鎌倉の古書店を舞台にしたライトミステリー小説で、今年2月に刊行された第7巻でついに完結を迎える。本に造詣が深い古書店の美人店主・栞子(しおりこ)と、そこで働く五浦大輔が本にまつわる様々な怪事件を解決していく。1巻に3話ほど入った短編ミステリーなので、ミステリー初心者でも非常に読みやすい。また、太宰治の『晩年』、アントニイ・バージェスの『時計じかけのオレンジ』など、有名作品の知られざる制作秘話が盛り込まれており、読んでいて発見が多い。何より、なかなか表に出ることのない古書店業界の内情が詳細に書かれていて非常に興味深く、勉強になる。本好き、ミステリー好きはもとより、しばらく小説から遠ざかっている人にもお勧め。ぜひご一読を。メディアワークス文庫(KADOKAWA刊)。

EDIT/WRITING
高嶋ちほ子
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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