『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』
『パレード』など、ヒット映画を
次々と生み出してきた。
気鋭の映画監督はこれまでどのように
仕事と向き合ってきたのだろうか。
評価されるのは、他人から与えられた仕事
仕事には2種類あると思います。他人から与えられるものと、自分で私財を投げ打ってでもどうしてもやりたいもの。
評価されるのは前者ですね。後者は自分の精神性を高めるために必要なものではあるのだけど、他人から大きな評価を得ることはほとんどありません。
僕の場合だってそうですよ。『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』『北の零年』『春の雪』…どの映画もヒットしましたが、撮るきっかけを与えてくれたのは、どれも他者です。なかには「行定さん、これきっとできますよ」って、自分では絶対考えないようなものを持ってくる人もいましたよ。ぎょっとしつつも「でもまあ、何事も経験かな」と思って、引き受ける。そういう作品が意外と当たったりするんです。
それだけ、自分自身で「できる」とか「向いている」と考えていることって狭いんです。自分ではない他者が「行定と合わせたら面白いんじゃないか」と思うものは、無限ですからね。それこそいろんな可能性を秘めているわけです。
僕はいまだかつて、「自分がやりたい映画」は1本も撮ってないんです。完成披露の会見やインタビューではよく「これがやりたかった!」って言ってますけど(笑)、それは結果として「やりたいことにつながった」わけで、最初からやりたいことだったわけじゃない。要は、「やりたいことに自分の力でしている」だけ。別の言い方をすると、「他人から勧められたものの中で"自分"を成り立たせてきた」わけです。
冒険をしていないわけではありません。普通だったら、ちょっとやらないだろうなあという難しい題材にも、果敢に挑戦してきましたから。
『北の零年』なんかそうですよ。明治初期の北海道開拓民の話ですからね。みんなから「何であんなのやるの?」って、さんざん言われました。断るのは簡単です。でも、それでは何も残らない。一見面白みに欠ける題材も工夫すれば、なんとか面白くなるかもしれない。それは自分を試す行為でもあるんです。
キャスティングも同じ。僕は、映画のヒットは70%キャスティングの力だと思っています。僕たちは残りの30%でやらせてもらっているだけ。それなのに「僕 、自分の好きなキャスティングじゃないとやらないよ」なんて言っていたら、いつまでたっても何もできないでしょう?だったら、どんなキャスティングでもやるしかない。その中で自分を出していくしかないんです。
初めから完成が見えているものを苦労しないでつくって、「はいどうぞ」と言って出す、それで予想できるくらいの評価で満足しているのって、僕はどうかと思うんですよ。「自分のやりたいことができたから、評価はついてこなくてもいい」っていうのも、僕は違うと思います。
かっこいいことばかりではないですよ。むしろ、作っていく過程で、自分を曲げることもあります。プロとしてね。でも、それでも、評価される方を取るのがプロなんです。
2013年には『テイキングサイド』
という演劇で、3度目の舞台演出に挑戦。
2007年から手掛けるようになった舞台演出は、
映画にいい影響を与えているという。
厳しい環境でこそ、自分の力を超えるものが生まれる
先ほど、仕事には2種類あるって言いましたが、演劇に関していうと、後者に近いんですよ。僕は昔から芝居を見るのが好きで、映画を見るより芝居を見る回数の方が多いくらいです。だからいつかは芝居の演出をやりたいなあと、ずっと発信していた。芝居の演出は、その結果やらせてもらったものです。映画でなんとなく結果を出すことができた自分が、演劇でまたスタートラインに立って、いろんな経験を積ませてもらっているんです。
最初に芝居の演出をはじめたのは2007年。最初は僕のデビュー作『ひまわり』を舞台化しないかと、演劇のプロデューサーから話が来たんです。でも自分の作品を演劇にするのだと自己模倣になってしまう気がして。それで、3年くらい題材を探し続けていたんです。
そしたらアメリカの戯曲家サム・シェパードの書いた『フールフォアラブ』という作品ではどうかという話になった。サム・シェパードは演劇の世界ではもちろんのこと、映画でも結果を残している偉大な戯曲家ですからね。その作品に触れることは非常にいい経験になるだろうなと思ったんです。
芝居の演出をするってことは、その脚本家の人生を追体験することと似ているんです。彼らがたどった道を僕が同じようにたどってみることは、すごい糧になるんじゃないかと。そう思ってやってみた仕事です。
実際に得たことは大きかったですね。映画は場面ですよね。場面の積み重ねをいかにうまくやっていくか、です。いわば編集がものをいうわけです。でも、演劇は違う。演劇はセリフを理解していないと、人を感動させることはできない。登場人物への理解度が図られる、非常に奥が深い世界なんです。
映画業界にいると、演劇より映画の方が上だって考える人が多いのだけど、僕は全然そんなことはないと思う。むしろ逆。演劇をやっている人の方が「生」だし、深くいろんなことを洞察しています。演劇出身で映画を撮る人ですごくいい作品を撮る人がいるんですが、それも自分でやってみて理由がよくわかりました。厳しいからなんですよ。
表現上の難しさもあります。演劇は使えるものが限られているから、非常に厳しい世界です。だからこそ、一生懸命考える。その結果、今までの自分を超えるようなものを出すことができるんです。そう考えるとね、厳しい状態にいることっていうのは、決して悪いことじゃない。とても素晴らしいことなんですよ。
嫌悪感を感じるものは避ける努力をする
こういう風に2つの業界で活動をしていると、映画業界からも演劇業界からもいろいろ言われます。そういう人には「映画監督出身者で面白い演劇を作った人、いないじゃん」と言ってやりたい。やったことないことに挑戦するっていうのは、それだけで貴重なことだと思うんですよ。つまんないことを言う人とは徹底して関わらないようにしています。それが、面白いものを作るコツかな。
僕がいちばん大切にしてきたことは、「嫌悪感を感じるものは避ける」ってことなんです。「なんでこんな空気になっちゃうの」とか「こういう風になりたくないな」と感じるものって、結構あるんですよ。僕の場合で言うと、日本映画界の悪しき空気とか、演劇の批評性とかね。それは避けるんですよ。そうすると、そういうものを大切にしている人から阻害されます。でも、いいんですよ。自分が嫌悪感を感じる人から、阻害されてるわけですから、それは成功なんです。
孤独ですけどね。でも、それは独自性を得るために大切なことなんです。人間そんな強くないから迎合したくもなるんだけど、我慢して門を叩かない。それを繰り返すと、「個性」というものができてきます。僕もそうやってきたからこそ、今までにない立ち位置の映画監督になることができた。
これは会社員の人でも同じだと思いますよ。嫌悪感を抱くものに関しては、空気に染まらない努力をすることってすごく大事。抜け出す勇気を持つことです。一人になると寂しいですけどね(笑)。でもそうやって、個性っていうのは作られていくし、それが次のステップにつながっていくんです。
もうひとつアドバイスすると、僕は、嫌悪感を感じたり困ったことがあると、「岐路」を作ります。映画の企画はよくさまざまな理由で暗礁に乗り上げることがある。そういう時には、無理やりでも「別の道」をつくります。つまり自分で解決策を考えて、それを実践するということです。僕はそうしていろんなことを乗り越えてきました。大事なのは、自分で道を作ること、そしてその道を自分で選択することなんです。
2013年の2月にやる舞台の名前が『テイキングサイド』(どっちを取るのか)なんですけどね。主人公の世界的指揮者は、ナチの統治下において芸術と政治の間で選択を迫られます。歴史を客観的にみると、「岐路」で選択を間違えている人がたまにいますが、この指揮者もまさにそんな感じです。「ああ、あそこで間違えたな」と。それがこの作品の面白さなんですが、僕の場合は、ベストの選択じゃなかったことが一度もない。選んだ道を必死でベストの道にするからです。ベストの道になるまで辞めない。そういうことをすると、敵もいっぱい作るんですけどね(笑)。でも、そしたらまた岐路をつくればいいんですよ。
1940年代、ヒットラーの政権下、世界的指揮者フルトヴェンゲラーはヒットラーから寵愛を受け、ナチに政治利用される。そして戦後、戦犯の疑いを受け裁判にかけられることになり…。激しく糾弾される中で、自分の真実まで見失っていく偉大な芸術家。政治の翻弄された人気のマエストロの悲運を描いた傑作戯曲が、行定勲監督によりどう演出されるのだろうか、演劇界ならずとも注目の作品だ。
台本を読んですぐにやりたいと思ったと言う行定監督。フルトヴェンゲラーが抱える芸術家の苦悩に深く共感するのだとか。筧利夫と平幹二朗という全く違う個性を持った2人のぶつかり合いも見どころのひとつだ。
日時:2013年2月1日(金)〜2月11日(月・祝)天王洲 銀河劇場 2月16日(土)名古屋 名鉄ホール 2月19日(火)浜松市教育文化会館 2月23日(土)・24日(日)大阪 梅田芸術劇場 シアタードラマシティ 2月26日(火)広島アステールプラザ
演出:行定勲 ロナルド・ハーウッド作
出演:筧利夫、平幹二朗、福田沙紀、小島聖、小林隆、鈴木亮平 全席指定9000円(税込)、問い合わせ 銀河劇場 チケットセンター 電話03−5769−0011
- WRITING / EDIT
- 高嶋ちほ子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己