低価格・高機能を売りに
急成長を遂げたメガネブランド「JINS」。
その創業者が田中仁氏だ。
不況もなんのその、
順風満帆にここまできたように思えるが、
実は2つの大きな転機があったという。
ここで埋もれたくない、という気持ちが起業させた
最初の転機は、私が会社を退職して商売を始めたときですね。もともと自分は大した学歴もないし、出世はムリだろうと思って起業を考えていたんです。でも周りはみんな反対するんですよね。まず、高校卒業後に入った信用金庫を辞めるとき。人気の金融機関に入ったのになぜ辞めるんだ、お給料は毎年あがっていくし安定した職業じゃないか、というわけです。それに当時、今から20年前は転職する人自体が少なかった。あんまりいいイメージを持つ人がいなかったんです。実際、「何か悪いことでもしたの?」って聞かれたこともありますよ(笑)。
次の会社に移っても、そこから1年で起業したじゃないですか。そのときには結婚していましたし、やはり周りから反対されました。大丈夫か、無理しないほうがいいんじゃないかって。でも結局は、その反対を押し切って、大したお金もないのに一歩を踏み出しました。あのときに躊躇していたら、多分今の自分はなかったと思います。
そこまで反対されても一歩踏み出せたのは、どうしてだろう? それは理屈じゃないんです。こっちのほうが、本気になれる気がしたというか。あのころの事業内容は雑貨の製造卸で、女性向けのポーチやエプロンを扱っていました。まだメガネという商材にも出会っていない。でも、ものすごく熱いものが身体の中にわき出していたんですよね。そこはすごくプリミティブ。このままではいられない、オレはここで埋もれたくない、と。もっと言うと、いい暮らしがしたい、人の上に立ちたいといった、ハングリー精神だったのかもしれません。
こういうガツガツした気持ちは、今どき流行らないかもしれません。特に若い男性は昔ほどハングリーではないと私は思います。その一方で女性が男性以上に元気になっているような気がします(笑)。うちの職場でも、元気な女性がたくさんいますよ。どんどん仕事を見つけてアグレッシブに動いている。そんな風に前だけを見てピンとくるものにアタックしていけばいいんじゃないかと思うんです。向いている仕事を探している若い人が多いと聞くけれど、私だって、天職みたいなものを探していたわけじゃないんです。どこかに自分にぴったりの仕事がある、なんて考えたこともない。私は、目の前にあることに本気になっているだけ。メガネだって、起業するまでは特に思い入れがあったわけではないんです。いや、全く興味なかったですよ(笑)。
生き残るためには、変わり続けなくてはならない
2000年に韓国でおしゃれで安価なメガネを見つけ、これをヒントに「JINS」を立ち上げると、会社は順調に成長していきました。ところが2006年に上場した後、最終赤字を2期連続で出してしまいます。これが2つめの転機になりました。というのも、私の原動力だったハングリー精神は、上場によってひとまず満たされてしまった。そこに慢心が生まれたんです。赤字の理由は細かく挙げればいろいろありますが、その大元にあるのは、社長である私の慢心のせいで、市場の変化に立ち後れてしまったことなんです。
そんなときにお会いしたのが、ファーストリテイリングの柳井正氏でした。柳井氏は「ビジネスにはビジョンが大切だ」とおっしゃった。そのとき、私は自分に足りないものに気づかされたんです。ここでいうビジョンというのは、会社の存在意義、というふうにも言い換えられます。会社が世の中にどんなふうに役に立っていくのか、ということです。これは私が、単に小商いをしている人間から、継続的・永続的な成功を求める事業家に変わった分岐点だと思いますね。事業をしっかり運営していく上での根っこが定まったというべきでしょうか。
その根っこというのは、「自分たちは新しい当たり前を創造し続ける」ということです。それ以前にも「メガネをファッションにする」というビジョンはありました。ただこれは、メガネをファッション的なものにして競合のメガネ屋さんに勝てればいいというだけ。ビジョンというよりも、戦略。この世の中における、自分たちの存在意義や役割みたいなものまで考えが及んでいなかったんです。これではビジョンとは言えない。だから経営が揺らいだんです。
そのときに掲げた「自分たちは新しい当たり前を創造し続ける」という言葉は、今もわれわれのビジョンになっています。メガネはフランシスコ・ザビエルが1543年に鉄砲とともに日本に伝えたと言われていますが、それから470年が経っているのに、大きなイノベーションが起こっていません。だったら、JINSがメガネの歴史を変えてみたい。すでにアイディアはいろいろありますが、秘密です(笑)。でも、このビジョンがなかったら、今ご好評いただいている超軽量メガネ「Air frame」や、パソコン用メガネ「JINS PC」などが生まれなかったのは間違いないです。
会社のビジョンを変えるというのは、見方をかえれば、それまでの会社の成功モデルを捨てることでもあります。幸い、私はそういうことに抵抗がない。そもそもメガネの事業を始める前は、雑貨の小物からエプロン、ポーチ、バッグといろいろ扱っては捨ててきましたからね。変わらないと生き残れないなら、変わる。こういうことができるのは、私が悪ガキで、子どものころから否定され続けてきたからかも。自分の意見を取り下げるのに躊躇がない。第三者の意見も聞く方です。これって実は重要なんですよ。
「日々の積み重ねで、自分のキャパシティは
必ず拡がっていく」という田中氏。
そのための働き方とは。
こうなりたいと願ったからこそ、こうなれた
毎日が充実したものになるかどうかは、自分自身の心のありよう次第ではないでしょうか。去年の今日より今年の今日の自分のほうが、確実に成長している、物の見方、考え方が深くなっている。そういうことを望むなら、どんなことにも感謝する気持ちが必要だと思うんです。だって、身の回りで何かトラブルが起きたとき、それを全部「イヤなこと」だと捉えたら、これほど辛い人生はない。でも、それを全部「自分に与えられた試練だ」というふうに前向きに捉えることができたら、ずいぶん気持ちが楽になる。そういう意味での心のありようです。
自分を振り返ってみても、何かトラブルが起きて、嫌だ嫌だとそこから逃げようとしても、たいてい逃げられないんですよね。逃げるだけでは、トラブルの原因を解決できませんから、当たり前なんです。でも嫌なことを、自分に与えられた試練だと思って正面切って取り組むと、トラブルは解決できる。つまり嫌なことが逃げていくんです。そういうことを繰り返すうちに、人はきっと成長していきます。
かくいう私も、毎日逃げたいことばかりですよ(笑)。でも逃げない。むしろ、嫌なことがあると、よっしゃ、と気合いをいれてぶつかっていくんです。経営者でなくとも同じです。例えば嫌な上司、嫌な仕事に対して、それをどういうふうに片づけていくか、ここに人が成長するチャンスが潜んでいるんじゃないかと思います。
今、すごい活躍をしている人は、過去にそういう小さなことを積み重ねてきている人です。誰もが最初からすごいわけではない。私ですら、日々の積み重ねで、少しずつキャパシティが拡がっていっている気がします。苦労している瞬間は気づかないけど(笑)。でも、今と同じ苦労が昔の私を襲っていたら、間違いなくパンクしていたと思いますよ。
そもそも、こんなふうに会社が成長するなんて、昔の私には全く思い描くことができませんでした。でも、苦労を重ねるたびに、だんだん思い描けるもの自体が大きくなっていきました。そして不思議なことに、思い描けたものは、たいてい実現している…。昔の私が、今のJINSの姿を思い描くことができなかったのは、きっとそれを実現する力がなかったからなんでしょう。極論すると、人は思い描いた通りの人生を歩む。だから、思い描けた夢は、どんなに大きくても実現すると信じて突き進むといいと思いますよ。
- WRITING
- 東雄介
- EDIT
- 高嶋ちほ子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 刑部友康
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