プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。 期待にかじりつくように、生きていく。それでも、続けていれば、なんとか形になるんです 阿川佐和子さん(作家、タレント)
あがわ・さわこ●1953年生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒。1981年に「朝のホットライン」のリポーター、83年から「情報デスクToday」のアシスタント、89年から「筑紫哲也NEWS23」のキャスターに。98年から「ビートたけしのTVタックル」にレギュラー出演。作家としては、99年に檀ふみ氏との往復エッセイ『ああ言えばこう食う』(集英社)により第15回講談社エッセイ大賞を受賞。父親は作家の阿川弘之氏。
2012年2月15日

作家として、タレントとして、
さまざまな場で活躍する阿川佐和子さん。
父親は作家・阿川弘之氏。そのキャリアは
「親の七光」と自覚しながらのスタートだった。

仕事に生きる女になるつもりなんてなかった

いわゆる就職をしなかったのは、父が作家で、家に会社員がいなかったせいです。会社員になって私に何ができるのか全然わからなかった。それに、簿記ができるとか語学が堪能だとか、たとえ技能があったとしても、女性が重要なポストに就くなんてことはめったになかった時代です。同級生を見ても、就職したら3〜4年で寿退社するつもりの人がほとんどでした。

だから私は2つのレールでいこうと思ったんです。1つはお見合い。結婚して亭主というスポンサーがついたら、ほどほどにお尽くし申し上げ、もう1つの道として、織物をする。内職程度でいいから好きな織物の仕事ができたら、それで人生幸せだろう、そう思って修行していました。ですから「仕事に生きていく女」になるなんてつもりは、私の中にはこれっぽっちもなかったんですね。

初めてテレビに出たのは28歳のときです。フランスの田舎を見て回り、朝の生番組のワンコーナーでレポートする仕事です。素人の私が抜擢されたのは、親の七光ですよ。父と私がそろって雑誌に載っているのを番組プロデューサーが見て、こいつ誰だ、小説家の娘らしいけれども、と声をかけてくださった。それまでテレビの仕事に興味があったわけではありません。けれどもタダでフランスにいけるし、父も「おい、今ごろは生牡蠣がうまいぞ」とか言うものですから。

「今日、私がご紹介するVTRの前に地図をご覧ください」とフリップをさす指が震えていたのを覚えています。顔は割とずうずうしく見えたらしいですけれど。でも、その仕事は2週間でおしまい。その後、テレビの仕事がくるとも思っていなかったし、実際、こなかった。それに、朝の番組に新人が出ると視聴者から必ず「嫁になってくれ」とハガキがくると聞いていたのですが…、なぜか一通もなかったの(笑)。

ダメな自分に期待してくれる人のために仕事をする

30歳になる1カ月前に、TBS深夜の報道番組「情報デスクtoday」に声をかけてもらって、アシスタントをすることになり、6年続きました。でも、ちっともうまくならない。ニュースを読むのもインタビューをするのも下手。怒られてばかりで、いつもびいびい泣いていました。だから私、やっぱりテレビの仕事は自分に向いていないと思っていたんです。

でも、そのころには織物もやめていたし、嫁にいくあてもない。テレビはなんとなく続けていただけでした。書く仕事も始めていましたけど、作家になりたいだなんて思ってもみなかった。つまりアガワという人間は、自分はこれがやりたい、自信がある、向いているなんてことは、何もなかったということです。実は今でもそうなんですけどね。

少し変化したのは、1991年にテレビの仕事を一回離れたことがきっかけです。それまで筑紫哲也さんの「NEWS23」でキャスターを務めていたのですが、報道の現場に全然ついていけなかった。「まずは気になるアゼルバイジャンの情報です」と読み上げておきながら、アゼルバイジャンがどこにあるのかもよくわかっていないんです。そのころ、安藤優子さんや櫻井よしこさんといったそうそうたる女性キャスターが活躍していました。彼女たちと私が同じ肩書き。これじゃ詐欺だと思って、辞めたんです。

テレビ局の方にはこう言われましたよ。「きみは親の七光でテレビの仕事を、そして書く仕事を始めた。だけど、どれも中途半端だ。いま看板番組を辞めたら、仕事がなくなるぞ」。全くその通りなんです。でも、私はこうも思った。テレビの仕事を辞めて、それでも「これやってみないか」と言ってもらえるものが一つでもあったら、きっとそれが私の取り柄なんだと。

幸いにも、そう言ってくださる人が現れたのは、本当にありがたいことです。相変わらず自分には何ができるかわからないし、自信もない。でも、そんなしょうもない自分を買ってくれる人がいるのなら、必死に頑張ろうと思いました。週刊文春の連載『阿川佐和子のこの人に会いたい』も、そのころいただいた仕事なんです。

急に話が飛ぶようですけど、で、そのまま今に至ります(笑)。テレビもラジオも、こんな私に期待してくださる人がいたから始めて、続けていることです。

文章の仕事もそう。もともと文章を書くのは苦手です。でも、面白いと言われたら嬉しくなる。もっと褒められたくて必死で書く。おだてられると木に登るで、編集者に「お父さんの悪口、面白いじゃないですか。またお願いします」なんて頼まれると、「まだまだありますよ」といって書いてしまう。「次は、こんなテーマで書いてみたら?」と提案されたら、「できないよお」と言いながら、いつの間にか引き受けている。

そうやって、人の期待にかじりつくように生きていっても、続けていたら、誰だって少しずつうまくなる。そうでしょう?


著名人との対談連載である
「阿川佐和子のこの人に会いたい」は
900回を突破し、ライフワークに。
そこで得られた人の「心を開く技術」が、
著書『聞く力』にまとめられている。

不純な動機でもいい。自分で選んだ道なら、それが自分の道になる

何しろずっと「インタビューが下手だね」と言われ続けていましたから、ドキドキビクビクで始めた対談連載です。当時の編集長は、アガワなら年配のゲストに嫌われないだろうと踏んだのかもしれません。けれど、何で声をかけられたのか、確かなことはわかりません。

今でもやっぱりインタビューは苦手だと思っています。それでも続けていくうちに、できるだけ誠意を尽くして話を聞いていけば、その気持ちが相手に伝わるということはあるんだと思います。

この連載から学んだことは数えきれません。私は、ちょっと失敗すると不安になったり、やっぱり自分はダメなんだと思ったりするタイプ。でも、そんな時に魅力的なゲストとの出会いがある。ゲストの言葉に励まされて、生きる指針をいただける。辛いことがあって泣いても、ゲストにお会いすると元気になって、また一週間生きていけると思う。その繰り返しでいつの間にか19年、連載900回を越えてしまいました。

なかには人生観を変えてくれる出会いもありました。中国の映画監督、チャン・イーモウさんが、仕事選びについてこんなことをおっしゃいました。映画監督になりたいなんて、思ったこともない。文化大革命のさなかに育って、将来のことなんて考える余裕もなかった。家族も友達も、なんでお前が映画監督に?とクビをかしげていると。

でもイーモウ監督は、人生なんてそんなものじゃないか、というんです。目の前の二股の道を、一生懸命選んで前に進む。人に勧められたとか、こっちのほうが美味しいものにありつけそうだとか、不純な動機でもいい。どんなに小さな選択でも、それは自分が選んだこと。その先にどんな結果が待っていようと、それが自分の道なんだと。

それを聞いて私、ボロボロ泣いてしまった。私はずっと夢や目標がないままに仕事をしてきました。ジャーナリスト?とんでもない。テレビ?いいえ下手なばっかりで。小説?まさか。今でも「何になりたい?」と聞かれたらうまく答えられない。お嫁さんになる、というのもいよいよ恥ずかしい歳になりました(笑)。でも、私はこれでいいんだ。目の前の道をしっかり歩いていればいいんだ。そう思えるようになったのは、イーモウ監督のおかげです。

「この人はこうだ」と侮ってしまったら発見はない

私は、組織に仕事を保障されているわけではありません。テレビ、ラジオ、文章というふうに、仕事も付き合う人たちもバラバラです。いつ仕事を失うかわからないともいえますが、仕事を充実させるという意味では、恵まれた環境だと思っています。

というのも、1つの人間関係に縛られ、息が詰まるようなことがないんです。会社にいると、せまい人間関係で悩むことも多いのではないでしょうか。仕事が楽しくなるかどうかは、人間関係の悩みをどう乗り越えるかにかかっているとも言えると思います。

私が思うに、3つの解決策があるのではと。1つは、職場に限らず、違う人間のグループをいくつか持つことです。例えば、趣味のサークルや昔の同級生、家族など。そこにいると楽しい、やりがいがある、達成感を味わえる。そういう場所が複数あると、仕事で落ち込んでも気分を切り替えることができるはずです。

2つめ。職場に嫌いな人がいる場合は、自分と同じ人を嫌っている人を見つけることです。あなたもそうなの?ちょっとお茶飲みにいかない?なんてね。「あの人が嫌い」この1点だけで、無二の親友のようになれる。いずれ、人の悪口を言うのは案外つまらないことだなと気がつきますが、そのころにはだいぶ気が楽になっていますよ。

3つめ。嫌いな人を観察することです。誰かに話してやろう、文章に書いてやろうと思いながら観察してみる。そのうちに、なんだか面白くなってくるのではないでしょうか。私がインタビューするときもよくあるんです。この人苦手だなと思いつつ、いざ会ってみると面白い!と思う確率が実は高い。

インタビュー中に一番やってはいけないことは、この人はこんな感じだろうと侮ることです。それでは発見がなくなってしまう。例えば、官僚や政治家を批判するのは簡単です。でも、いざ会ってみるとみんなすごい。世論にコテンパンにされているあの人やあの人にも、人を惚れさせるオーラがある。このオーラはどこから来るんだろうと、興味がわいてくるんです。

まして、私は物書きの仕事をしていますからね。彼らをネタと使わずになんとする、です。嫌な人でも少し引いて見ると、いろんな発見があって面白い。そうやって違う景色に目を向けるクセをつけておくと、案外楽しいですよ。

information
『聞く力 心をひらく35のヒント』
阿川佐和子著

週刊文春で連載中の対談企画「阿川佐和子のこの人に会いたい」が900回を超えた阿川佐和子氏。経営者、女優、アイドル、スポーツ選手、芸術家と、あらゆる著名人の本音を引き出すことができるのはなぜなのか。「段取りを完全に決めない」「なぐさめの言葉は二秒後に」「安易に『わかります』といわない」「フックになる言葉を探す」「質問の柱は三本」など、あらゆるコミュニケーションに通じるインタビューの極意を公開する。
文藝春秋刊

EDIT
高嶋ちほ子
WRITING
東雄介
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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