プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。 あきらめなければ、絶対にうまくいく。失敗は、次の成功につながる種だから 徳岡邦夫さん(京都吉兆 代表取締役社長)
とくおか・くにお●1960年生まれ。日本料理の神様と言われた湯木貞一が創業した料亭「吉兆」。その創業者・湯木貞一の孫にあたる。20歳から本格的な修業を始め、35歳の1995年から京都・嵐山本店の総料理長として現場を指揮。現在は、嵐山本店のほかにも京都吉兆グループ5店舗を経営する。2007年、洞爺湖サミットで日本料理を担当したほか、国際的な料理サミットなどでも日本代表を務める。2010年には、シンガポールに徳岡氏個人がプロデュースする「kunio tokuoka」を開店。
2010年12月15日

料亭「吉兆」は、子どもたちにのれん分けをする形で分社化。そのひとつ「京都吉兆・嵐山本店」は、バブル崩壊後、苦境に陥るも、『ミシュランガイド京都・大阪』で三つ星を獲得するほどの一流料亭として蘇った。
それを担ったのが、3代目・総料理長の徳岡氏である。

甘えが残っていた20代が、バブル崩壊で暗転

子どものころは自宅と店が同じ敷地でしたから、厨房に出入りしたり、祖父(創業者の湯木貞一氏)のお客様にごあいさつしたり、時には子どもながら余興で鮨を握らせてもらうなど、料理の世界はすぐ身近にありました。

ただ、両親や祖父から「お前が店の後を継ぐんだ」と言われたことはありませんでした。だから、幼稚園のころから、船頭さんになりたい、プロ野球選手になりたい、サッカー選手になりたいなど、いろんな夢を見ていましたね。

多感でしたから、横道にそれた時期もあります。派手なケンカに巻き込まれたりもしました。中学から、高校にかけての時期です。高校には2回行っています。一度、中退して、再び別の高校に入って。卒業したときは、20歳になっていました。そしてこのとき夢見ていたのが、ミュージシャン。音楽は高校で始めたのですが、プロから誘われたこともあり、本気で音楽で食べていこうと考えていました。ところが、家族全員が猛反対したんです。

お互い感情的になっていますから、なかなか結論が出ない。そこで、第三者に間に入ってもらうことになりました。それが子どものころからよく面倒を見てくれていた盛永宗興老師でした。老師なら、フェアな目で見てくれる。私の夢を理解してくれる。そう思っていたんです。老師は私の話をひととおり聞くと、しばらく寺にいなさい、と言われました。

とはいえ何もしないわけにはいかない。いきなり剃髪されて小坊主になり、風呂当番を割り当てられました。薪を集めて割り、風呂を沸かす。大変な毎日を過ごしているうちに、冷静に自分自身を見つめ直すようになって、あることに気づきました。私が夢を追いかけると、家族のみんなが不幸になるわけです。そして結果的に自分も不幸になっている。要はみんなが苦しんでいる。誰も得をしていないんです。

もし自分がミュージシャンになる夢をあきらめれば、みんなが幸せになれる。では私は夢をあきらめて損をするばかりなのか。違います。そうならない方法もあるはずです。考えた末、「世界に通用する料理人になればいい」と。その夢なら、自分も納得できるし、みんなも幸せになる。どうせならそういう夢を持とうと思ったんです。

しかし、吉兆に入ってみると、イメージとはまるで違う日々でした。毎日、雑用ばかり。3代目という周りからの目は、プレッシャーである一方で、甘えを生み出すものでもありました。世界に通用する料理人になるという志はズルズルと後退していきます。いつしか、夜の街で遊びほうけるようになりました。ついには吉兆をやめて独立するようなことまで考え始めてしまった。これにはまた家族が猛反対。私に課せられたのは、関西を離れ、東京に出て祖父のそばで仕事をすることでした。

祖父の圧倒的な存在感を知ったのが、このときです。総理大臣から、大蔵事務次官から、大企業の社長から、次々に声がかけられる。一緒にいる私にも声がかかるようになりました。20歳そこそこで、日本の政財界のトップの世界を垣間見ることになったんです。時はバブル絶頂期。私は、祖父と吉兆の七光りの中で過ごしていました。ところが、それは長くは続きませんでした。

バブルが崩壊し、料亭という料亭が不況の荒波に揉まれ始めました。吉兆も例外ではありませんでした。しかし、経営陣は、おいしいものさえ作っていたら、また繁盛する、と考えていた。でも、違ったんです。世の中の価値観が変わりつつありました。吉兆も、あっという間に債務超過に陥り、つぶれかかるところまでいくんです。


苦境に陥った京都吉兆で、
徳岡氏は現場を指揮し始める。
このままでは閉店に追い込まれる、と
必死の取り組みをさまざまに続けるものの、
どの施策も全くうまくいかなかったという。

退路を完全に断たれたからこそ出てくる力がある

東京で祖父の料理に対する情熱を見ていましたから、その灯を消してはいけない、という思いを強く持っていました。私は血を引いた3代目。自分がやらないと誰がやるんだ、と。ここでとうとう、私は崖っぷちまで自分を追い詰めるんですね。

それまでは、どうすれば効率よく祖父のようになれるのか。そればかり考えていました。その方法が見つからないからいけないんだ、と自分に言い訳をしていた。

でも、やろうとした取り組みは次々に失敗していきます。思い切って営業してみたらどうか、ツアー商品を作ったらどうか、銀行と提携してみたらどうか…。全部、うまくいきませんでした。自分の能力のなさを思い切り見せつけられた。

自分には何にもないとわかったとき、効率よく上達する方法などもともとないことに気づきました。真正面から立ち向かうしかない、ということがしだいにわかっていったんです。

ここまで来ると、ようやく本気の力が出てくるんです。退路を完全に断たれたからこそ、出てくる力というものがあったんですね。

周りの料亭が次々につぶれていく中で、どうしたら皆さんが料亭にきてくれるのか、真剣に考えました。そして私はあることに気づきました。実は世の中の人は料亭の存在をよく知らないのではないか、ということです。偉い人が集まってこそこそと何かしている。そんな印象を持たれているのではないか。そうではないんです。料亭というのは、日本文化の集積地なんです。料理はもちろん、華道、香道、造園、建築…。こうした文化を求めて人が集い、交わるところなんです。それをわかってもらおう、と思いました。ホームページを始めたのは、そのためです。京都吉兆は何をしているのか、と同業者からは笑われました。しかし、時間はかかりましたが、料亭の本当の姿をわかってもらいたい、という取り組みはじわじわと花開いていくことになるんです。

そして、吉兆の改革に大きな意味を持ったのが、人材採用でした。若い人を採用していく。自分に能力がないとわかれば、能力がある人に加わってもらえばいい、と考えました。ところが、当初は採用予算がほとんどなかった。でも、私はあきらめませんでした。求人広告を出稿する会社の営業担当者に、思いを熱く語りました。すると、思いは通じていくんですね。さまざまな協力をいただくことができ、無事にいい人材を採用することができました。

若い人の採用は、店内の雰囲気を大きく変えることになりました。そして現場を経験して、たくさんの人が育ってくれたんです。

ここに来るまでに15年もの歳月が必要でした。でも、あきらめなければ、絶対にうまくいくんです。失敗は、次の成功につながる種になる。それがわかった15年間でした。

いつだったか、「プロフェッショナルとは?」とテレビの取材で聞かれて、「結果を出せる人」だと私は言いました。でも、結果を出すことは簡単ではない。だから言葉を換えれば、「結果が出るまであきらめない人」といったほうがいいかもしれません。成功するまでやり続けられる人こそが、プロフェッショナルだと私は思うんです。

information
『京都吉兆 しごとの作法 感動を超えた「感涙」のサービスへ』
徳岡邦夫著

「京都吉兆」を任された2代目・徳岡孝二氏から、日本料理の技法や知恵を引き継いだ3代目の徳岡氏。しかし、そのタイミングはバブル崩壊の不況で危機に瀕する中だった。ここから、ミシュランの三つ星を獲得、世界に知られるまでになるまでの15年間に、徳岡氏は何を行ってきたのか。それが綴られたのが本書。仕事の原点を知ることができる一冊。
PHP研究所刊

EDIT
高嶋ちほ子
WRITING
上阪徹
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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