プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。

人が働くのは、自分を磨くためなんです

佐々木常夫さん(東レ経営研究所 特別顧問)
ささき・つねお●1944年、秋田県生まれ。東京大学経済学部卒業後、69年に東レ入社。自閉症の長男に続き、次男、長女が誕生。初めて課長に就任したとき、妻が肝臓病に罹患。うつ病も併発し、入退院を繰り返す(現在は完治)。すべての育児、家事、看病をこなすため、毎日6時に退社する必要にせまられる。そこで独自のマネジメントを編み出し、数々の大事業を成功に導く。2003年より現職。著書に『ビッグツリー』『部下を定時に帰す仕事術』。
2010年9月15日

自閉症の長男。そして入院を繰り返し、
うつ病を発症、幾度も自殺未遂を図った妻。
そんな家庭を守りながら、同期トップで
大企業の取締役になった人物がいる。
それが、東レ経営研究所の佐々木氏だ。

人間というのは、極めて弱いが、極めて強い

乗り越えられない苦難なんて、実はないんですよ。死ぬほどのことはほとんどない、ということです。実際、私のような境遇でも乗り越えられたわけですから。

そもそも人間の不幸は体重計や血圧計で測れるようなものではないと私は思っています。例えば、不登校の子どもを持つ母親の不幸と、私の不幸。どっちが重いのかなんて言えない。世界中の不幸が自分にきたと思っている人もいます。あなたの悩みなんて、この人の悩みに比べたら大したことない、なんてことは軽々しく言えないんです。

振り返ってみれば、家内が病気で一番大変な時期、私の幸せというのは、「何もないとき」でした。何もないときに、私は幸せを感じていたんです。しかし、家内に何かが起こればすぐにその時間は終わる。「自分には佐々木さんのような真似はできない」と言われることもありますが、誰だって私の立場になったら、私と同じようにしたと思います。自分にはできないという人は、頭で考えているからそう思うんですよ。そこに自分の生活があると思ったら、やりますよ。

人間というのは、極めて弱いけど、極めて強いんです。しかも、理解してくれる人がまわりにいて、話を聞いてもらえるだけでも嬉しいものなんです。私の場合、それが職場だった。今は職場でプライベートの事を話さない風潮にあるようですが、私は部下を家族だと思っていましたから、いろんなことをお互いに話していたんです。

ただ、課長時代というのは、妻と子どもの面倒を見なければなりませんでしたから、物理的に早く帰らなければなりませんでした。だからこそ、仕事の効率化をどんどん追求していったんです。それが後に、「部下を定時に帰す仕事術」として本になりました。

プライベートの話をして、信頼を築いていった

仕事の効率化に必要な両輪は、コミュニケーションと信頼関係なんです。仕事が発生したとき、どんな仕事で、どれくらいの期日が必要か、部下とコミュニケーションを取ってしっかり指示する。終わる前には中間地点でチェックする。終わったときには、でき具合がどうだったか評価して、こういうところはもっとこうしていれば、とアドバイスする。全部、コミュニケーションなんです。

私は春と秋に一人2時間の面接を行っていました。最初の1時間はプライベートの話を聞く。お父さん、お母さんはどうしているか。妻や子どもはどうか。彼氏彼女はどうなのか。部下を自分の家族のように思っていましたから、部下のために何かをしてあげたいと常に思っていたんです。

彼らの話を私がどこにも漏らさないという信頼関係があれば、いくらでも話してくれます。部下のことは、実の両親よりも私のほうがよく知っていたと思います。

その後、1時間、今度は仕事の話をする。50歳を過ぎて昔の部下から年賀状をもらったとき、こう書かれていました。あのとき、佐々木課長の面談が待ち遠しくて楽しくて仕方がなかった、と。

こういうコミュニケーションと信頼関係があれば、忙しいときに怒鳴ったってなんてことはないんです。信頼関係があれば、間違った判断や、間違った情報も部下が必ず指摘してくれる。また、悪い情報もすぐに報告してくれる。こういうことを、上司はやるべきなんです。


こうした自らの経験を若い読者に向けて書いた
著書『そうか、君は課長になったのか』は、
若い世代に支持され、ベストセラーとなった。
そもそも、佐々木氏の仕事観の
原点となったものとは何だったのか。

出会いという運命を自分で引き受ける

就職活動では、銀行が先に決まっていたんです。ただ、先輩に会っただけで簡単に決まったので、こんなのでいいのか、と引っかかっていたんですね。それで今から試験を受けられるところはどこかないか、と探したら3社あって、そのひとつが東レでした。「カンパニーカラー」って、会社に行くとわかるでしょう。この会社なら自由にやれそうだな、と思ったんです。しかも、たまたまなんですが人事の担当がサークルの先輩だった。そんな縁もあって入社を決めました。

会社を決めたのは、ただ、それだけのことなんです。私の人生観には「運命を引き受ける」というものがあります。運命というのは出会いです。就職も出会いなんです。実際のところ、私は会社なんてどこに行っても似たようなものだと思っています。営業かスタッフか、職種というのも大した変わりはない。

特に若いころは、この仕事でなければならない、なんて決められるほど知識も経験もないわけでしょう。どんな仕事に就いたっていい。任された仕事の中から自分で学び取っていくものなんです。特に20代は、ごたごた考えずに、黙って働いてみるといい。そうすると、見えてくるものがきっとあるはずです。

何より大切なのは、社員を幸せにすること

私のサラリーマン人生の転機となったのは、入社9年目のときに大手取引先に出向いて再建に携わったことです。もしその会社がつぶれたら、東レは数百億円の損失を被る。そこで会社から取引先に精鋭が送り込まれたんです。

最初に14人。私は最年少でした。ところが仕事は半端ではなかった。平日は毎晩0時まで仕事、土日も仕事。残業は200時間を超えました。何しろ予算制度も管理制度もない。システム化もできていない。再建計画も作らないといけない。1人で3役、4役を求められる。

東レで一番仕事ができる人たちが送り込まれていたんですが、それでも半分の人たちはうまく仕事を回すことができなかった。やがて理由がわかりました。ポイントは、「どこを向いて仕事をしているか」なんです。「いずれ東レに戻るからここで功を上げよう」というスタンスの人と、「つぶれかかったこの会社をよくするためには、社員をどう導いていったらいいか」を第一に考えている人。うまくいったのは後者の人でした。

このことがあって、会社をよくすることはもちろん大事ですが、何より大事なのは、社員が幸せになることなんだと改めて気づいたんです。

一番忙しい部署の社員を3分の1にして黒字化

そんな修羅場から東レに戻ったら、なんとも生ぬるいな、と感じてしまって。会社がつぶれるかどうか、というギリギリのせめぎ合いの中で、仕事をしていましたから。戻って緊張感のなさに拍子抜けしてしまったんです。このときに考え始めたのが、もっと要領よく、最短コースで仕事をするにはどうすればいいのか、でした。

ちょうど、私が東レに戻って3年して課長になったとき、繊維事業が赤字になりましてね。再建する必要が出てきたんです。私はその事務局を任されました。赤字を黒字にするなんて簡単なんですよ。設備を集約して、人を減らせばいい。大きな会社ですから赤字事業部から他部門に異動してもらえばいいわけです。

私は、会社で一番忙しい部署だといわれていた課の社員を3分の1にしました。これには営業も生産も驚きましてね。でも、少人数でも効率化すれば事業は回るんですよ。実際、あっという間に黒字になりました。

一般社員のときは、自分が課長になったら、どんな課長になるべきか、をずっと考えていました。部下の都合を全く考えてくれない課長のもとで働いていたときもありましたが、そのときは「絶対にこんな課長にはならないぞ」と思っていましたね。

一方で、どんな嫌な上司ともいい人間関係を作る努力もしていました。嫌なヤツだな、と思っても、愛してみるんです。いいところを見つけて人前で褒める。上司がいないときに別の課に行って褒める。そうすれば当然、「かわいいヤツだ」ということになる。結果、私の言うことを聞いてくれるようになる。私の評価を上げてくれる。いいことづくめなんです。

嫌なヤツだと嫌っていたところで、何もいいことはありません。人を愛して損をすることはないんです。自分を愛する人間は、人を愛するんです。自分を愛する人というのは、人の気持ちがわかる人なんです。そうでなければ、人の上になど立てないんです。

若いうちに、挫折やドロドロをたくさん味わっておくこと

私は母から、世のため人のために働きなさい、と教えられました。最初は何を言っているんだろうと思っていたんです。ところが、あるときからだんだんわかっていったんですね。世のため、人のために働こうとすると、めぐりめぐって自分のためになる、ということです。自分に返ってくるんです。

仕事は自己実現の場だとよく言われます。これは、マズローの欲求5段階説の一番上にあるわけですが、私はもうひとつ上があると思っています。それが、自己超越です。人は自分を磨くために働くんです。成長するために働くんです。磨いて成長してどうするのかといえば、もっと高いところに行くんです。

例えば、マザーテレサのような聖人君子になる。万人を愛すという、究極の幸せを手に入れる人になる。簡単にはなれません。でも、なれないけど、近づこうとすることはできる。仕事をすることで、それが可能になると思うんです。

ただし、一生磨き続けなければいけません。20代じゃあ、まだまだ目標ははるか先です。聖人君子になんか、到底なれっこない。

だからこそ若いころに意識してほしいのは、挫折やドロドロを味わっておくことです。そういうものを乗り越えていないと、山に登ったときにいい見晴らしのところには出られないんですよ。逆に、たくさん味わっておくと、登ったときの景色は、ものすごく晴れやかなものになるんです。本当ですよ。

information
『そうか、君は課長になったのか』
佐々木常夫 著

「部下を動かすのはスキルではない。部下の心を動かす、君の高い『志』だ」。そんなメッセージを核に、「課長になったら何をすべきなのか」という心構えを、課長になったばかりの部下を想定し、37通の手紙で語りかける形でつづられている。すでにリーダーになっている人、これからリーダーを目指す人にとって、マネジメントのヒントとなるだけでなく、よりよい生き方とは何かを考えさせてくれる一冊だ。
WAVE出版刊。

EDIT
高嶋ちほ子
WRITING
上阪徹
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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