作家デビューしたのは、
大学院在学中の25歳のとき。
論文作成のためにワープロを
練習したことがきっかけだった。
作家になるなんて、夢にも思っていませんでした。小さいころは外でサッカーばかりしていたし、将来は、父の仕事に憧れて警察官、もしくは安定志向で銀行員か公務員になろうかと思っていたくらいで。
その後、高校生になって、中学校の社会科の先生になろうと考えました。歴史が好きだったということもあるんですが、学校に行くこと自体、嫌いじゃなかったんですね。だったら学校の先生がいいのではないかと。それで山形大学教育学部に進学しました。
でも、実際に教育実習に行ったら、勝手が違っていた。2回行ったのですが、どちらも担当の先生に呼び出され注意を受けてしまって。何が悪かったのかはわからないのですが、向いてないことだけはわかって、中学校教諭になる夢は断念しました。
就職活動をしようかとも思ったのですが、当時はバブル。みんな20個くらい内定をもらっていた。それを見ていたら、急いで仕事をする必要はないんじゃないかと思って、大学院に進むことにしたんです。専攻は西洋史。そのまま大学に残り、研究者になれたらいいな、だめだったら就職すればいいんだしと、そのくらいの気持ちでした。
ワープロを練習していたら、小説を書いてしまった
修士課程2年の春休みでした。修士論文を書くためにワープロの練習をしていたんです。最初はまじめに練習していたのですが、そのうち飽きてしまった。そこで当時、研究していた百年戦争に出てくる歴史上の人物にセリフを言わせていたら面白くなってしまって。気づいたら、300枚の小説ができていました。せっかくなのでどこかに応募してみようと、たまたま募集していた「小説すばる新人賞」に小説を送ったんです。まあ、宝くじを買うような心境でしょうか(笑)。
そしたらしばらくして、最終選考まで残ったという電話がきて。そのときは結局、賞はとれなかったのですが、編集者の方から、来年も応募してみたらとアドバイスを受けました。それで、次の年にも応募して新人賞をいただき、作家デビューすることになったというわけです。
実はその後、小説家になるか、研究者になるかで、ずいぶん悩みましてね。デビューしたときには、すでに博士課程に進学していましたから。
歴史小説と歴史の論文って、全く違うものなんです。史実をベースに創造していくのが、歴史小説。事実を検証するのが、論文。両方同時にやっていると、「論文みたいな小説」か「小説みたいな論文」しか書けなくなってしまうんです。
悩んだ末に、歴史とは関係のない小説を書いてみたこともありました。でも、それはそれで面白くない。歴史というベースがあって、自分の本領が発揮できるんですね。そんな試行錯誤が2、3年続いて。今思い返しても、この時期は苦しかった。
そうしたなか、なんとか2冊目の小説を書き上げました。手ごたえを感じる一方で、ますます論文に集中できなくなり、担当教授から怒られることも増えていった。もう、小説に絞るしかなかったんですね。決断した、というよりは自然の流れで小説家になったという感じでしょうか。
直木賞を取る前年まで大学に籍を置いていた
小説に絞ったとはいえ、すぐに大学を辞めたわけではないんです。学校には行っていなかったのですが、籍を置かねばならない事情があって。それは、多額の奨学金。修士、博士と進学するために奨学金を借りていたんですが、学校を辞めたら返済義務が生じるでしょう。それでなかなか辞められなかったんです。
30歳になって、やっと小説で生活していけるというめどが立って、大学を辞めることができた。直木賞を受賞したのは、その翌年です。そんな状況でしたから、世間から認められたことはわかっていても、なかなか素直には喜べませんでしたね。自分に対する否定的なイメージと、賞をもらったという現実のギャップをなかなか埋めることができなくて。直木賞を意識し過ぎて、どうしたらいいのかわからなかったのでしょう。一番自信がなかった時期かもしれません。それから10年。今はもう、直木賞を意識することはありませんが(笑)。
40歳という節目の年に、
大作『小説 フランス革命』を上梓した。
なぜ今、フランス革命だったのか。
市民でも革命を起こすことはできる
大学で専攻していたのがフランスの歴史でしたから、自分の本領はやはりフランスにあると思っているんですね。その中でもフランス革命は特別なものです。作家としてデビューしたときから、いつか書きたいと思っていたテーマでした。
30代は実験の10年だったんです。あえて日本の歴史ものを書いたり、違う時代のものに挑戦したり。40代はそれで培った技術をもとに、大きな仕事をしたいと思った。それで、フランス革命を数年かけて書いてみようと。
フランス革命を取り上げた作品はたくさんありますが、革命の全貌を描いた作品は意外とないんです。フランス革命は、王族や貴族側から取り上げられることが多いでしょう。でも、フランス革命は民衆が起こした革命なんです。一市民でもやればできる。そのことを日本の人たちにも知ってほしかったんですね。
何事もやってみなくちゃ始まらない
日本は10年以上、「変わらなきゃ」と言われていますよね。でも、変われないでいる。それはなぜか。日本には、フランス革命のように劇的に変化した歴史がないからだと思うんです。
日本史の中では、幕末から明治維新が歴史的な転換期だと言われています。でも、それは下級武士が中心となった運動なんです。政治の中心にいなかったとはいえ、社会全体からすると上の身分の人たちです。対してフランス革命は、無名の市民が中心となって革命を起こした。
フランスでは今でもデモが多いでしょう。市民が声を上げて歴史を変えたという体験があるからなんです。日本人はそれをみて、「どうせ変わらないのに、やっても無駄だ」と思ってしまう。
日本人は英雄がやってきて変えてくれるのを待っているだけ。でも、そうやって10年経って、どうだったか。結局、何も変わっていないわけです。
ダメでもともと。何事も動かなくちゃ始まらない。若い人たちは、結論を先に考え過ぎだと思います。将来が約束されないなら、やらない、とかね。そんな考え方だとチャンスなんていつまでも巡ってきませんよ。
誰だって、負けるのは嫌いです。でも、負けがないってことは、勝ちもないってことです。負けも勝ちもない人生を歩んでいても、誰も評価はしてくれません。
100回負けてもいいんですよ。1回でも勝ったら取り戻せますから。僕だって、負け通しでしたよ。教員になろうと思っていたのになれなかったし、研究者になろうと思ってもやっぱりなれなかった。
でも、その負けていた時期が、今、肥やしになっているんです。そう考えると、負けって、悪いものではないんですよ。
『小説 フランス革命2 バスティーユの陥落』
知っているようで、実は一部分しか知られていないフランス革命の全貌を、民衆の側から描いた超大作。現在刊行されているのは2巻まで、5年かけて全10巻を刊行していく。第1巻『革命のライオン』では、破産にひんした国王ルイ16世が全国三部会を開催。第三身分のなかには後に革命の立役者となるロペス・ピエールもいた。彼らは貴族への擁護のために進展しない議会にいらだち、自らを国民議会と宣言。対して、国王は平民大臣ネッケルを罷免。国民の怒りは爆発し、さまざまな場所で暴動が勃発する。集英社刊。
- EDIT/WRITING
- 高嶋千帆子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己
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