リクナビNEXTジャーナル

キャリア・ビジネスの情報満載【リクナビNEXTジャーナル】

明治大学を変えた「型破りなリーダー」は“能の研究者”――高校生が志願したい大学“8年連続1位”を実現した戦略

今の10代から20代前半の世代と、30代以降の世代とで、これほど情報ギャップのあるケースも珍しいかもしれない。創立100年を超える歴史を持つ日本を代表する大学、明治大学をめぐって、だ。

東京6大学の一角を占める人気大学だが、この10年ほどで大きな異変が起きている。ブランドイメージが一変してしまっているのだ。ひと昔前の男臭い大学のイメージはそこにはまったくない。今や女子高生からの人気で1、2を争う大学になっているのである。

明治大学にいったい何が起きたのか。明治大学は何をしたのか。関係者への取材でそれを明らかにしたのが、上阪徹氏の著書『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか? 奇跡を起こすブランドポジションのつくり方』(東洋経済新報社)。今回は、明治大学の変貌ぶりと、それを実現させた秘密の戦略に全4回で迫る。

第3回となる今回は「変革に挑むリーダー」について紹介する。(第1回記事はこちら、第2回記事はこちら

f:id:k_kushida:20180206114355j:plain

ブックライター 上阪徹さん

1966年生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリー。これまでの取材人数は3000人超。著書に『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか?』『社長の「まわり」の仕事術』『10倍速く書ける 超スピード文章術』『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか』『成功者3000人の言葉』『リブセンス』『職業、ブックライター。』など。

能の研究者、プロデューサーでもある明治大学学長

 大きくブランドイメージを変えた明治大学。100年を超える歴史を持つ伝統的な組織で、ここまで一気に変革できた成功例は、過去に例がないのではないか、とすら思える。その背景にはいろいろな要因があったわけだが、言うまでもなくキーマンはリーダーである。大学でいえば、そのトップ、学長だ。

 拙著『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか? 奇跡を起こすブランドポジションのつくり方』(渡洋経済新報社)では、長時間にわたり、明治大学の土屋恵一郎学長にインタビューすることができた。

 大学の学長といえば、社会的なステータスとしては最高峰に位置する。しかも、日本を代表する大学の一つ。伝統的な組織のトップなのだ。それだけに、もしや官僚的な雰囲気の人ではあるまいか、などという予想もなかったわけではないが、その予想はあっという間に崩れ去ることになった。

 学長室でにこやかに迎えてくれたスーツ姿の小柄な紳士は、法学部の教授、学部長もつとめていた人物だが、実は能の研究者、プロデューサーでも知られる異色の大学人だったのだ。この経歴の段階ですでに型破りな印象を受けるわけだが、インタビューではその大胆不敵ぶりが垣間見える、たくさんのエピソードをもらった。

 土屋学長も極めて型破りだが、こういう人をトップに据えてしまう明治大学も、改めて型破りだと感じた。

 

自らがここが私のプライドだ、と言えるような大学にしたかった

 1回目の取材でリバティタワー建設をめぐる話を聞いていたとき、こんな発言が飛び出したのが、とても印象に残っている。

「率直に申し上げれば、大学の建物としては、品のない建物ですよ。こんなでっかいタワーを大学が建ててしまった。前を通る中高年女性には、『山の上のホテルもこんなに立派になって』と語っていた人もいました(笑)。ホテルだと思われていたんです」

 しかし、この品のなさこそが、パワーになったと土屋学長は語る。

「僕が思っていたのは、なんといっても学生にプライドを持ってほしかったということです。自分が卒業したとき、明治OB・OGだと言えるプライドを持てるようにしたかった。昔は、明治出身だ、と言わないOB・OGもいた。いまはみんな言いますね。受験者が増えるとか増えないとかではなく、学生が最大の受益者でないといけない。学生のためでないといけないんです。学生が最大の利益を受け、自らがここが私のプライドだ、と言えるような大学にしたかった」

「学生にとってのプライドの場所をつくろうと、みんな頑張ったんです」

 前回ご紹介した、新しい取り組みで世の中を驚かせ、大学の広報の世界にインパクトをもたらした2010年の『MEIJI UNIVERSITY by AERA』。大ヒットしたこのムックを企画したのが当時、教務理事をしていた土屋学長だった。大学広報を変えないといけない、と強く感じていた。

「それは強く意識しましたね。だから、広報には過剰に介入しました。介入し過ぎたかもしれないほど、介入した。全然、物足りなかったから」

 背景にあるのは、能のプロデューサー経験だ。どうやって人を集めるか。六本木のレストランで能をやると、大きな話題になった。美術館と能を組み合わせたりもした。

問題はどうパッケージするか、ということなんです。異質なものとパッケージする。能なんて説明はいらないんですよ。これ、大学も同じです。明治大学は説明いらないんです。必要なのは、新しいパッケージだったんです」

 

「若いヤツのほうがよっぽど保守的な場合もある」

 そんなとき、AERAの編集者を紹介された。何かやりましょう、という話になった。

「編集者は、AERAで特集記事でもやりませんか、というつもりだったんだと思います。でも、それは僕は嫌だった。だって、何の新しさもない」

 ちょうどその頃、AERAがラグジュアリーブランドのグッチやルイヴィトンをムックに仕立てあげていた。

「これだ、と思ったわけですよ。これで明治大学をやるならやろう、と。相当に僕が口出しすることになるんだけど(笑)」

 高級な仕様。ログマークが浮き出た表紙。豪勢なつくりは、世の中を驚かせた。後にシリーズ化されていくこの企画が画期的だったのは、そのカッコ良さにあった。いわゆる大学広報っぽくないのだ。

「だって、僕らは例えばパルコの宣伝とかの時代を経験しているわけですよ。そこから行くと、大学広報って、戦前の企業広告みたいだった。だから、パルコ以後の商業広告と同じレベルまで大学広報を持っていこうとしたわけです。そうでないと、大学はいつまでたっても古いだけの存在になってしまう、と。パッケージが変わっていなかったんですよ」

 後にそのために広報の組織を変えることにもなる。

「言っておきますけど、若い人間が手がけたわけじゃないんですよ。若いヤツに期待したんじゃない。若さが偉いかのような風潮があるけど、とんでもない。若いヤツのほうがよっぽど保守的な場合もある。若いからといって、斬新なアイディアを持っているわけでもない。ある場合は、ジジイのほうが持っている(笑)」

 このムックでとりわけ印象的なのは、巻頭に始まる写真だ。説明的な写真ではない。夜の校舎、ボロボロのスポーツシューズ、天井など、極めて前衛的なイメージ写真なのだ。

「アートディレクターに提案をもらったんだけど、最初はこういう写真はOKしないと思っていたらしい。でも、むしろこのほうがいいと思った。大学のイメージを、もっと違うものに切り替えないといけない。普通の大学ガイドみたいな写真はやめてくれ、と」

 表紙には、明治カラーの紺地の上にキャッチコピーが大きく書かれている。このコピーもまた、土屋学長がつくったという。

「明治大学、わたしのプライド。」

 ムックは異例の大ヒットになった。学生も、OB・OGの心もまた、強く捉えたのだ。

 

日本の大学の女子教育のフロンティアは明治だった

f:id:k_kushida:20180206113638j:plain

 これだけの伝統校となると、やはり明治大学出身の教員ばかりなのかと思いきや、まったく違っていた。7割は他大学出身だ。多様性が対応力を生んできた。

「明治というのは伝統校でもあるけれど、同時に常に新しいことを追求してきた大学でもあるんです」

 実は日本の大学の女子教育のフロンティアも明治なのだ。明治が女子部をつくったのは、昭和3年。法学部に女子を受け入れた最初の大学になった。女性に法律教育を、社会的なキャリアを解放したのは明治だったのだ。

 実は日本で最初の女性弁護士は、明治大学の卒業生だ。1938年、当時の司法試験に合格した女性3名は、いずれも明治出身だった。最初の女性裁判官も明治大学出身だ。

「明治という大学は、何をやらないといけないのか、ということに関する対応力が強いんです。変えることに対する恐れがない。それは、大学が偉そうにしていないからでしょうね。偉そうにしていたら、なかなかできないんです」

 ここまでの人気になっても、誰も取材しても明治大学には偉ぶったところがなかった。

「アジアの中で考え、世界で考えているからですよ。そうすると、一流ではないことに気づけるんです。早稲田や慶應だって、世界から見れば一流とは言えないかもしれない。それが現実だということを認識しないといけない。まだまだ上を見なきゃならない。そういう意識を、みんな持っていると思います」

 もちろん簡単なことではない。

「大変なことだけれど、少なくともバリアを乗り越えてどう向こう側へ行けるのか、新しい領域を切り拓いていけるのか、ということを考えていくのは面白いですよ。反対している人を説得して、なんとか明治大学をさらに新しい姿へ変貌させていくということには、大きな醍醐味があると思います」

 この十数年の歴代学長たちも、同じように考えてきたのだ。だから、新学部をはじめ、新しい取り組みが実現した。

「これは、学長がリーダーシップを取れなかったら、絶対にできなかったと思います」

 大事なことは、オープンなマインドだ、と土屋学長。

「学長の気質も大きいと思います。やっぱり、オープンマインドは大事。僕なんかはオープンマインド過ぎちゃうところもありますけどね(笑)」

 ちなみに学長は、約900人の全教員が集まる連合教授会で、直接選挙で選ばれる。こういう人物を、明治大学は選んだのである。

 次回、最終回は明治大学の新しいブランディングづくりの一翼を担った広報戦略についてお伝えする。

【参考図書】

『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか? 奇跡を起こすブランドポジションのつくり方』

f:id:k_kushida:20180116190009j:plain

著者:上阪徹

出版社:東洋経済新報社