ニュースの「なぜ」を徹底解説!「待機児童問題」――“待機児童問題”はなぜなくならないのか?

ビジネスパーソンとして知っておきたい、ニュースの「なぜ」について詳しく解説するこのコーナー。通信社記者などを経て、現在はライターとして子ども向けの新聞などで、ニュースをわかりやすく説明している大井明子さんに、解説してもらいます。

第3回は「待機児童問題」について。なぜ待機児童は減らないのか?少子化の中で、なぜ保育園は不足したままなのでしょうか?今回も徹底解説します!

大井明子(おおい・あきこ)

ワシントン大学卒業後、時事通信社に入社し、記者として警察、経済などを担当。再びの留学を決意し、米国コロンビア大学国際公共政策大学院を卒業。大手家電メーカーなどを経てライターとして独立。

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「タイキジドウ」問題。知っている人はとてもよく知っている、でも縁のない人にはあまりピンとこない話題だと思います。随分前から社会問題になっている上、そもそも日本は少子化で子どもが減っているというのに、なぜ何十年も解決しないままなのでしょうか? そもそも、「タイキジドウ」とは何なのでしょうか?

まずは「幼稚園」と「保育園」の違いから

「待機児童」は、保育園に行きたいのに、空きがなくて入れない子ども、「保育園に入れるのを待っている子ども」を指します。

その前に、幼稚園、保育園は、どう違うのでしょうか。

幼稚園とは、小学校や中学校のような、学校の一種です。一方の保育園は、学校のように、何かを教えるための場所ではなく、「家庭で保育できない赤ちゃんや幼児を保育するところ」とされています。保護者が働いていて家にいないために、子どもの面倒を見ることができない場合などです。このため、専業主婦の家庭の子どもは幼稚園に行くことが多く、両親が共働きであったり、働くシングルファザー/シングルマザーの子どもの多くは、保育園に行きます。後で詳しく述べますが、専業主婦の家庭は減っているので、幼稚園で「待機児童」が問題になることはほとんどありません。一方、共働き世帯は増加しているために、保育園の「待機児童」が問題になっているのです。

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1990年代に生まれた「待機児童問題」

このコーナーの第1回「人口減少はなぜ『マズい』のか」でも書きましたが、日本はすごい勢いで少子高齢化が進んでいます。子どもが減っているのに保育園が足りないのは、なんだか矛盾しているように思えます。

待機児童問題が表面化し始めたのは、1990年代ごろです。

1980年代ごろまでは、父が働き、母が家事と子育てを担う、専業主婦の家庭が一般的でした。子どもの多くは保育園ではなく、幼稚園に通っていました。1985年に男女雇用機会均等法が施行された頃から、働く女性が増加。共働き家庭が増えて、保育園を利用する家庭が増えました。

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資料:厚生労働省「厚生労働白書」、内閣府「男女共同参画白書」(いずれも平成26年版)、総務省「労働力調査特別調査(2001年以前)及び総務省「労働力調査(詳細集計)」(2002年以降)

バブル経済が崩壊した1990年代の初めには、さらに共働き家庭が増え、専業主婦の世帯数を追い抜きます。保育園の数が足りず、待機児童が「問題」になるのがこの頃です。以降も、不況が長引いたことに加え、パートやアルバイト、派遣などの非正規労働が増え、共働きでないと家計が支えられない世帯が増えたことで、さらに共働き世帯が増えます。1995年には国が初めて、待機児童の数を28,481人と発表しました。(この時の「待機児童」の数え方は、現在と異なっています。)

幼稚園に通う子どもの数は、1978年の約250万人をピークに減っていて、2015年は約140万人でした。一方、保育園に通う子どもは、1990年代半ばから徐々に増えていて、2015年は約231万人でした。

今から16年も前、2001年には、当時の小泉純一郎首相が「待機児童ゼロ作戦」を打ち出し、2002年から2004年の3年間に、毎年5万人ずつ保育園の定員を増やすという目標を掲げました。確かに、保育園の定員はこの頃から増えていますが、待機児童の数は減っていません。

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※2001年に、待機児童の定義が変更されました。この年から、自治体が認可している保育園に入れないため、認可外の保育園などに入った子どもの数を、待機児童から外すようになりました。

資料

1995年~2000年、厚生労働省「保育サービス需給・待機の状況(平成12年4月1日)」
1999年、厚生労働省「保育所の入所待機児童数(11年4月)等について」
2001年~2009年、厚生労働省「保育所の状況(各年4月1日)等について」
2010年~2016年は、厚生労働省「保育所関連状況取りまとめ(各年4月1日)」

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いまだ、実態はつかめていない

2016年4月時点の待機児童は、2万3,553人。しかし、自治体によって待機児童の定義は異なっているので、実態をつかめているとは言えません。

例えば、本当は働きたいのに、保育園に入れなかったため仕方なく育児休業を延長し、子どもと家にいるというケースを、待機児童に含めない自治体もあります。預け先が見つからなかったために会社を辞めた場合も、自治体によって待機児童に含めるところとそうでないところがあります。

元経済産業省官僚で、民間のシンクタンク、NPO法人社会保障経済研究所代表の石川和男さんの試算によると、自治体や国の数字に表れない、潜在的な待機児童を合わせると、合計171~326万人にのぼるとみられます。

保育園を増やしても、待機児童が減らないように見えるのは、こうした潜在的な待機児童がたくさんいることの表れでもあります。

都市部、低年齢に集中

2009年から2016年の、定員数と利用児童数の推移を見てみると、ずっと定員の方が利用数を上回っています。なのになぜ待機児童が生まれるのか。それは待機児童が、地域や子どもの年齢で、大きく偏って生まれているからです。

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※2015年と2016年の保育園利用児童数/定員数は、幼保連携型認定こども園、幼稚園型認定こども園、特定地域保育事業などを含む

資料:厚生労働省「保育所等関連状況とりまとめ(平成28年4月1日)」

まず、待機児童は、冒頭に述べた通り、都市部に多く、東京が8,466人と突出しています。また、首都圏(埼玉・千葉・東京・神奈川)、近畿圏(京都・大阪・兵庫)の7都道府県やその他の政令指定都市・中核市の合計で、全待機児童の約74%を占めています。保育園への入りやすさには、都市部と地方で大きなギャップがあるのです。

また、待機児童を年齢別に見ると、例えば2016年4月時点では0歳~2歳児が2万446人と、全体(2万3,553人)の86.8%を占めます。小さい子どもは、職員の配置も手厚くしなくてはならないので定員が少なくなります。このため待機児童が生まれやすいのです。

少子化でも需要は減らない?

保育園の数や、定員の数は増えていますが、子どもを預けて働きたい親のニーズには、追い付いていません。利用したい人の数は、保育園の定員が増えるよりも早いスピードで、増えているのです。

今年の待機児童の数が100人だったからといって、来年100人分の保育園定員を増やせば待機児童がゼロになるか?というと、そうではありません。保育園への「潜在需要」はかなり大きいため、保育園の定員が増えると、これまで子どもを預けて働くのをあきらめていた人が、「それなら私も子どもを預けて働きたい」と考えるわけです。

保育園を増やすことにあまり積極的ではない自治体もあります。特に都市部の場合は、地価や人件費が高いため、保育園を作って運営するのにお金がかかります。少子化が進んでいるので、将来は不要になる施設にお金をかけたくないと考える自治体が多いのも一因です。

少子化は今後も進むとみられていますが、日本総研が2017年1月に発表した将来予測によると、減少するのは幼稚園へのニーズだけで、保育園に対する需要はそれほど減少しないようです。幼稚園の需要は2015年の実績151万人から、2040年には64万人と半分以下に減るとみられていますが、保育園の需要は2015年の233万人から、2020年には254万人まで増加。その後はほぼ横ばいで推移し、2040年には263万人になると推計しています。

保育園不足に保育士不足

待機児童問題が深刻な都市部では、保育園の用地が足りません。「子どもの声がうるさい」など住民の反対にあうこともあります。保育士も不足していて、せっかく保育園ができても開園できないところまで出ています。

保育士不足は深刻です。2016年11月の全国の保育士有効求人倍率は2.34倍、東京では5.68倍にのぼっています。仕事の割に、待遇が良くないことが大きな理由の一つです。全産業の平均賃金が約33万円なのに対し、保育士の平均は約22万円です。離職者も多く、平均勤続年数は7.6年と、全職種の平均12.1年に比べると短くなっています。

安倍内閣は、「女性の活躍」を打ち出していて、女性の就業機会を拡大するための施策を推進しています。待機児童の解消は、その柱の一つ。2017年度末までに、待機児童をゼロにすることを目標としていて、対策を進めてきましたが、保育需要の伸びには追い付いておらず、安倍晋三総理大臣は今年2月の国会答弁で、目標達成は難しいと発言しています。

「保活」のすさまじさ

待機児童の増加が問題化する中で、「保活」という言葉も広がりました。「保育園に子どもを入れるための活動」を指すもので、本来であれば受けられるのが当たり前の行政サービスではあるのですが、就活や婚活と同様、さまざまな「対策」をする必要のある“狭き門”になっていることも多いのです。

都市部の、待機児童が多い激戦区の保活はすさまじいものがあります。保活に関する情報は集約されていないことが多く、また、デジタル化も進んでいないので、電話を掛けまくり、何度も現地に足を運んで準備しなくてはなりません。大きなお腹を抱えて、または、産後で体調が良くない中を新生児を抱えての「保活」は、大きなストレスになっています。

2016年のユーキャン新語・流行語大賞では、「保育園落ちた日本死ね!!!」がトップ10に入りました。過激な表現に驚いた人も多かったようですが、それほど苦労した「保活」が残念な結果に終わった、母たちの理不尽さへの怒りや絶望を象徴する言葉でもありました。

待機児童問題は、都市部など一部地域に限定した問題で、かつ、一度保活で苦労した人も、子どもが大きくなってしまうととたんに縁遠い問題になってしまいます。子どものいない人や高齢者には、直接関わりのない問題のように感じられますが、実は、女性の就業拡大、少子化対策、さらに貧困対策にも関わる大きな課題なのです。

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