最終的には「人」。優れたリーダーには人間力がある【日本マイクロソフト株式会社代表執行役会長 樋口泰行氏の仕事論】

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樋口泰行(ひぐち・やすゆき)

1957年兵庫県生まれ。 80年大阪大学工学部電子工学科卒業。同年松下電器産業(現パナソニック)入社。91年ハーバード大学経営大学院(MBA)卒業。92年ボストンコンサルティンググループ入社。94年アップルコンピュータ入社。97年コンパックコンピュータ入社。2002年日本ヒューレット・パッカード(日本HP)との合併に伴い、日本HP執行役員インダストリースタンダードサーバ統括本部長。03年同社代表取締役社長就任。05年ダイエー代表取締役社長就任。07年3月マイクロソフト代表執行役兼COO、08年4月同代表執行役社長就任。2011年2月日本マイクロソフトに社名変更。2015年7月より現職。著書に『「愚直」論』、『変人力』(ダイヤモンド社)『マイクロソフトで学んだこと、マイクロソフトだからできること』(東洋経済新報社)がある。

2007年、マイクロソフト日本法人(当時)に
COOとして入社。
翌年、社長に就任し、
弱かった法人部門を強化すべく、
社内改革を進めてきた。
2011年には、前年比2桁成長を達成。
経営のプロに、リーダーにとって
必要なことを聞いた

リーダーの確固たる信念があってこそ、共感が生まれる

リーダーとして社員を引っ張っていくためには、“みんなが一丸となる”ことが必要です。そのためには強いモチベーションがいる。それは何かというと「共感」です。心から共感できることがあるか、それが生産性に大きく影響するんです。

仕事である以上、お金のために働く一面は当然ありますが、お金だけではいいパフォーマンスは期待できません。お金を超越した働くモチベーションがないと一体感は生まれない。「何のために働いているのか」。働く人が心から賛同し、共感できるビジョンがないとだめなんです。

ビジョンは“信念”という言葉で置き換えてもいいかもしれません。信念とか軸とか、そういったぶれないものがあって初めて、組織というのはまとまります。それを明確に打ち出すのがリーダーの役目です。

過去、名経営者と言われる人もみな、そういう確固たるビジョンを持っていました。だから苦しい状況下でも、みんながついていったんです。やはり最終的には“人”。金銭的な価値ではなく、「この人と働きたい」と従業員が強く感じないと、求心力は生まれません。

マイクロソフトの場合はどうだったかと言うと、マイクロソフトにはもともと、「ソフトウェアの力で、世界中のすべての人々とビジネスの持つ可能性を最大限に引き出すための支援をする」という企業ミッションが明確に打ち立てられていました。これは「世界を変えられる」というミッションを一人ひとりが持つことにつながっていました。

私がマイクロソフトに入社したのは2007年。そのときは代表執行役兼COOでした。最初から社長として働くより、社内の状況や会社が置かれている環境を把握するにはCOOのほうが、都合がよかったんです。

社長に就任したのはその翌年。就任してからは、「お客様に顔が見え、親しまれ、かつ尊敬できる企業」といった、マイクロソフト日本法人(2008年当時、2011年日本マイクロソフトに社名変更)が「目指すべき企業像」を社員総会で明確に示しました。これはとても好評で、「非常に共感できた」というフィードバックを従業員からたくさんもらいました。

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就任した時、
マイクロソフト日本法人が
抱えていた問題は、
法人向け事業が遅れていたことだった。
樋口氏は自ら、300社以上の顧客企業を訪れ、
不満や要望を聞いて回ったという

8,568通り、あなたはどのタイプ?

マネジメントをするには、自分の弱みを知って改善することが大事

社長に就任してから、弱かった法人部門を強化すべく改善点を洗い出しました。そのため、まず行ったのは顧客企業を訪問すること。1年で300社ほど回ったでしょうか。その際、「マイクロソフトのロゴは知っている。でも人の顔が見えない」という厳しい意見をいただきました。そこで、「顔の見えるマイクロソフト」になるため、社内改革を行ったのです。

成長において自分の弱みを見つけ、改善していかなくてはならないのは、組織であっても、個人のキャリア形成であっても同じです。もちろん強みだけを伸ばしていくという考え方もあります。ファイナンシャル関連など高い専門性が必要な仕事の場合はそうでしょう。強みが突出しているほうがいい。そういう職種は別ですが、リーダーとして組織全体をマネジメントしていくには、自分の弱みを知って補強していかねばなりません。キャリアのステージが上がっていくほど、求められるスキルは幅広くなりますからね。

実は弱みの種類は2つあるんです。1つは、スキル上の弱み。もうひとつは性格上の弱みです。前者は知識を学んだり、仕事の経験を積むことで補強することができます。特に若いころは幅広くいろんなことを学び、がむしゃらに仕事に取り組んだほうがいい。マネジメントをするなら、「財務わかりません、経理わかりません、ITわかりません」では通用しない。最終的には全ファンクションが理解できるレベルに持っていかないと、マネジメントはできません。自分もそうでしたが、わからないことや苦手な分野は必死に勉強し、いろんな業界で経験を積み重ね、圧倒的な仕事スキルを磨くことが必要なんです。

もうひとつの性格上の弱みですが、これは治すのが難しい。コーチングなどで変わる場合もありますが、やはり難しいでしょう。私は昔からくよくよ悩む性格で、それは治りません。ただ、リーダーはいろんなタイプがいてもいいと思うんです。性格上の弱みは、自分らしさにつながります。それは魅力にもなるし、求心力にもなりますから。

私はくよくよ悩む性格だと言いましたが、そのおかげでよかったこともたくさんあります。仕事をした後は、もっとうまくできたんじゃないかといつも悩む。常に課題を抱えているので、もっと勉強しようと思う。振り返ることは成長につながりますからね。くよくよした性格があったからこそ、いろんな経験を次に活かすことができたのだと思います。

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人の成長を喜ぶこと、厳しい環境に身を置くことで人間力は磨かれる

リーダーに必要なことはもう一つあります。それは人間力です。国内外問わず、優れたリーダーはみな、人間力を持っています。

じゃあ、人間力はどうしたら身につくのか。まずは人の成長を喜ぶこと。伸び悩んでいる人がいたら手を差し伸べてあげられるか。そういった「人に対しての感受性」を持っているかどうかで、人間力の有無は決まってきます。

苦労をしていることも大事ですね。誰からも見向きもされないような部署から這い上がってきた人は感受性があるなと感じることが多い。そういう人は困っている人に対して何をしてあげたらいいのか、すぐに察知できます。甘やかされた環境で育っても人に対するセンスは身につかない。やっぱり苦労は買ってでもしろ、なんですよ。

本当は何が欲しいのか、顧客一人ひとりの生の声を聞くことが大事

あと、重要なのはやはり信頼ですね。これはリーダーだけに必要なことではありません。どんな職種にもいえること。組織としても同じです。信頼が企業を支えます。

先ほど、自分で顧客の会社を300社ほど回ったとお話ししましたが、それは「本当に欲しいものは何か」をお客様に直接うかがいたかったからです。昔は、新しい技術を使って商品を出せば、新しい技術が付加価値となって商品が売れた。でも今は違います。新しいだけでは付加価値にはならない時代です。顧客が求めるものを常に聞いていかなければ売れない時代なんです。

そうやってお客さんと話をしていると、「マイクロソフトは顔が見えない」「誰と話していいのかわからない」と厳しい非難の声をいただきました。そこで、お客様の声を真摯に受け止め、期待にこたえるために、お客様から上がってきた品質問題にすぐに対処できるCQO(チーフ・クオリティ・オフィサー)という役職を作りました。これで「電話1本ですぐに対応できる」体制ができたんです。このことはお客様の信頼構築に大きく寄与しました。

ただ、組織として忘れてはならないのは、盲目的に顧客の要望を受け入れるわけにはいかないということです。すべてを受け入れていたのでは、経営は成り立ちません。全体最適と部分最適のバランスが大事なんです。組織全体の効率化を踏まえてソフトウェアの開発費などを考えることが、全体最適。一方、現場の営業の視点は部分最適です。要は、特殊な要望をなるべく減らして効率よく予算を使うということ。全体最適と部分最適をバランスよく考える。この感覚がなくては経営はできません。

もうひとつ持っておきたい視点が、時間軸です。5年後を見たときにニーズがあるか。15年前は内需が見込めましたが、今後は内需に期待が持てません。しかも今は、ものすごく変化の激しい時代です。そんな未来を見据えて、ニーズを考えていきます。

マイクロソフトの場合は、「Microsoft Azure」を主力としたクラウド・コンピューティングに力を入れていますが、これも将来を見据えてのことです。すでに結果が出ていて、2017年には売り上げの半分をクラウド・コンピューティングで担う予定です。

では、どうしたら、未来を見据える力を持てるか。難しいことですが、1つ言えるのは大きな船にばかり乗っていると、感じる力が弱くなるということです。小さい船に乗っていると、揺れをすぐ感じますよね。世の中の動きを感じ取る力も同じです。なるべく小さな変化を感じ取れるシチュエーションに身を置くといいでしょう。

今はダイバシティの重要性が高まっていますが、多様性がある環境に身を置くことは大事です。それこそ転職もいいと思いますよ。私も、松下電器産業、ボストンコンサルティンググループ、アップルコンピュータ、日本HP、ダイエーと様々な業界で働いてきました。やはり社風もそうですが、その会社を取り巻く環境、従業員が置かれている状況は個社ごとに全く違っていました。その都度、たくさんの人にいろんな話を聞いて勉強し、自分ができることを考えていきますが、いつも試行錯誤の連続です。そういった意味では毎回、大きな壁にぶつかっているようなもの。でも、そこで悩んだり苦しんだりすることが、自分を成長させているのだと思います。だから、今、厳しい状況にいる人は、そこでできることを精一杯やってみる。今の職場で刺激がないようなら、あえて厳しい環境に飛び込んでみる。そうやって胆力や判断力は磨かれていくのだと思います。

【information】
『Microsoft Azure』
「Microsoft Azure」とは、Microsoftが提供するクラウドコンピューティングサービス。Azureのサービス、統合ツール、テンプレートを使うことによって、エンタープライズ、モバイル、ウェブ、モノのインターネットのアプリケーションを開発して管理できる。コスト削減、災害対策、IT基盤の整備が迅速にできるというメリットがある。2014年度にはクラウドパートナーは1500社だったが、2015年度には2500社に、2016年度は3500社に拡大する予定。日本マイクロソフトが主力とするクラウド製品はほかに、「Office 365」「CRM Online」がある。

※リクナビNEXT 2016年4月13日「プロ論」記事より転載

EDIT/WRITING高嶋ちほ子 PHOTO栗原克己

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