リクナビNEXTジャーナル

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商社勤務から年収4億を稼ぐ“リフォームの匠”へ―「好きなことやって生きる」とは?

リフォーム…と聞くと、なんとなく頭をよぎるのが「なんということでしょう…!」なあの番組、あの音楽。

 

ですが、実はあの番組が流行るちょっと前、2000年代にものすごい大リフォームブームがあったことを覚えている方…いらっしゃいますでしょうか?

 

日曜午前7:30、リフォームしたての家々を回るだけ。というシンプルながらワクワクさせてくれた人気番組『辰巳琢郎のリフォーム夢家族』がその火付け役とかなんとか言われています…が。

  

その人気番組に何度も登場し、日本離れしたハイセンスなリフォームで一躍人気者となった ”元祖リフォームの匠" となったコーディネーターの存在を覚えている方は…多分、そんなに多くはいないはず。

 

で、今回はその匠。こと パウダーイエロー代表 稲垣史郎さんを訪ねて「好きなことやって生きる」ってどんなんですか?みたいな話を聞いてきました。

 

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リフォームコーディネーター 稲垣史郎パウダーイエロー 

代表取締役 兼 チーフデザイナー 

 

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インタビュアー紹介
ナカムラ
株式会社ビットエーのメディアプロデューサーという偉そうな肩書を持つ。

 

 

はい。というわけでやって来ました。

 

 

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茅ヶ崎です。

 

青梅在住の人間が会社のある品川まで毎日出てくるだけでも頭おかしいのに、唐突にメール一本で呼び出されて、昨日の今日で茅ヶ崎です。

 

 

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正味3.5時間ぶっ通しで電車に揺られ倒して、尻と眠気がそろそろ限界ですが

 

コンディションがどうあれ今日はリフォーム界のレジェンド、稲垣史郎さんへのインタビュー。

 

学生時代にちょーどリフォームブームで「俺、リフォームコーディネーターになるんだ!」とか何とか言いながら就活で落ちて、諦めきれず始めた通信教育でのインテリアコーディネーター講座を途中で投げ出したほどの経験を持つ(マジ)ナカムラにとっては、ちょっとどころじゃなくワクワクするまたとない機会です。

 

気合い入れて、行ってきます!

 

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コンテンツindex

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猿回しの猿より、回し手になりたかった

 

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さて、長ったらしい前フリが終わり、ようやく会いたかったインテリアコーディネーター稲垣史郎さんにインタビュー開始です。

 

写真を見てお分かりいただける通り「ちょいワル」な色気ムンムンなお方。

 

が、実は生まれは京都の結構なエリート家系。両親からは京大への進学を望まれていたという、なんというか、えーっと、コメントしづらい生い立ちらしいです。

 

 

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もちろん、エリート街道そのまま行った方であれば今回伺ってはいないわけで…

 

芸大 ⇒ 放送作家 ⇒ 商社勤務⇒ いきなり独立してリフォームデザイナー…という、脈絡がなさすぎて常人の理解を超えたような謎キャリアを積み上げてきたという稲垣さん。

 

ちょっと本気で何がなんだか分からないので、なんでそんな無茶な生き方をしてきたのか。ひとまずそこからご本人に聞いてみました。

 

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 ―稲垣

とにかくモテたかったんですよ(笑)格好つけて女の子にモテて遊びまわりたかった。

 

本当に若い、どうしようも無い願望だと思うんですが、それを「大人になる」なんて言い回しでごまかせなかったんですよね。

 

だから、京大じゃなくて芸大を選んで、大学始まったらロクに学校いかないで、放送作家のバイトやって…。好き放題やってました(苦笑)

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―稲垣

で、そんな性格と生活してればそりゃ、父親のツテで就職した商社になんて馴染むワケないですよね。

 

確かに仕事は面白かったし、勉強にもなったとは思います。でも、それで自分のやりたいことに言い訳できるほど出来た人間じゃなかった…というか、未だにそれが出来ないんですよ。 

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 多分これ、普通のオッサンが言うとムチャクチャ格好悪いセリフです。が、稲垣さんが言うとムチャクチャ説得力がある。なんか格好いいんですよね。

 

そして稲垣さんの場合、ここからさらに経歴の非常識っぷりが加速してしまいます。

 

なんと新卒就職先として入った一流商社を飛び出して、いきなり『俺、デザイナーです』と名乗ると同時に六本木にオフィスを構えてしまったんだとか。

 

今で言うリフォームコーディネーター(当時はただ内装デザイン業者と呼ばれたらしい)としての経験も実績もコネも金も何にも無く、いきなり六本木にオフィスって…!

 

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―稲垣

とにかく自由にやりたいことやって生きていきたかったので、「猿回しの猿」じゃなくて「回し手」のほうにならなきゃ!と考えていたんです。

 

芸能人や雇われデザイナーになったら回される側になっちゃう。

でもできるなら好きなデザインでやっていきたい。

 

……ならいっそ『何も分からない業界でやりたいことやってみようか?』みたいな発想だったんですよ。

 

何も無いならまずは見た目から。だから事務所は六本木。て、本当ただそれだけの話なんです。実は。 

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もはや何を言っているのかも理解できず完全に取材陣も混乱していましたが、つまりこういうことなんだそう。

 

  • 自分の評価を誰かに委ねたくない
  • だから独立してやりたいことをやってみる
  • 中途半端に知識と人脈があったら頼ってしまう。そしてきっと「誰かの真似」をしてしまう
  • だから思い切って経験も知見もない世界で「やりたいこと」をやってみた
  • そこがたまたま内装デザインの世界で、たまたま六本木だった

 

と、強引にまとめるとこういうことでしょうか?

 

とても正気とは思えないような選択ですが、言われてみれば確かに…という気もしてきます。

 

そりゃ「誰かを頼る」ことは、言い換えれば「頼った相手のビジネスに乗る」とも言えるでしょうし、安易な選択と言われればそう…なのかも知れません。

 

しかし、それでも『完全な未経験ジャンルで一人っきりで独立』なんて怖くは無かったんでしょうか?聞いてみました。

 

「経験が無いから出来ない」なんてただの思いこみ?

 

 

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―稲垣

確かに何もなかったです。コネもツテも人脈も知見もスキルも、あとお金も(苦笑)

 

でも、『だから出来ない』なんてことは別に決まってないんですよ。国家資格が必要なわけじゃなし。

 

僕はデザインの仕事がしてみたかった。だからやってみた。

 

どのビジネスだってそれは同じで、「こうなりたい!」という目的…というか意思に対し、てやるべきことを決めるだけだと思うんです。

 

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いや、あのえっと…さすがに無茶苦茶ですよ稲垣さん…

 

と思いながらも、しかしそれこそが成功する人の考えかも知れない?とも考えてしまいました。

 

当たり前の話ですが「やったことあることから考えてみよう」とすれば視野も発送も狭くなり、「失敗しないようにリスクを回避しよう」と考えれば、既に成功した人を真似しようと思考が狭くなる。

 

「格好いい仕事して稼いでモテたい」なんて下世話な理由でも何でもいいので、原動力となる思考にどれだけ真剣になれるか。

 

この気持ちこそが大事なんだと、稲垣さんは続けます。

 

大きな会社なんて要らなかった。やってみて気づいた自分の本心

 

―稲垣

で、内装デザイン受託の会社が社員10人くらいになった頃ですかね。

 

全員に高い給料を払って自分の仕事を無くしてマネジメントしてみたら、僕やることなくなっちゃって(笑)

 

 

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―稲垣

結局のところ僕は、「デザインでビジネスをしたい」のであって「ビジネスをマネジメントしたい」わけじゃなかったんだ。

 

と、ようやくそこで気づいちゃったんです。だから一度全部捨ててみたんですよ。 

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はい。かなりシレっと言っていますが、ここで稲垣さんが取った行動はこれまた非常に極端なもの。

 

なんと、ようやく軌道にノッてきたデザイン事務所の社員を全て解雇。

 

六本木の事務所をたたんで数千枚もっていた取引先の名刺を全て捨ててしまったんだとか。

 

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 ―稲垣

もっともっと自分のやりたいことに正直になってみよう。もっと尖ってみよう。そのために自分のオリジナルでやってみよう。みたいな事を考えてたんですよね。

 

だから、古いつながりを一度全部捨てなきゃいけなかった。

 

そこから始めないと、以前やったことの応用でなんとかしようとしちゃいますから。 

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いやはやとんでもない。

 

積み重ねた先に未来を作らず、未来を先に考えてそこへのルートを作る。ってなとこなんでしょうけども…。

 

そこそも上手く行っている。でも変わらなきゃいけない。そう感じることは人生において意外と多かったりします。

 

が、そこで「過去を捨てるという決断」が取れる人が果たして何人いるのやら…

 

なるほど。独立を成功させる人とうまくいかない人の境界、なのかも知れないですね。

 

 

 

ビジネスを本当に「ゼロからつくる」ということ

 ―稲垣

もう一度一人になった僕は、今でいうフリーランスデザイナーみたいなスタイルになって茅ヶ崎に引っ越してきたんですが、「仕事をください」って言って回るのが嫌だったんですよね。

 

そんなの事務所持ってる時代にさんざんやってきたんし、今度は「あなたに仕事して欲しい」って言われる側になりたかったんですよ。

  

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―稲垣

だから、まず自分のデザイン建材ブランドを作り上げたんです。とことんこだわって、しかも安く使えるハイクオリティ建材を。

 

で、生産をなんとかするために工場を買って、デザインしたタイルや化粧板でモデルルームを作って、プロに写真とパンフのデザインを依頼して…。

 

できあがったパンフレットを持って全国のリフォーム業者を回ったんです。「このリフォーム建材を扱いませんか?加盟料100万円必要ですけどね」て売り込みながらね。 

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えーっと、ちょっと勢いがおかしくてまとめきれてませんが無理やりまとめると…

 

  1. 会社やめる
  2. デザイン事務所作る
  3. 大きくなったあたりで飽きて閉じる
  4. フリーで茅ヶ崎に移住
  5. オリジナルのリフォーム用建材を作ってブランド化
  6. 工場と流通ルートを開拓…というか作って
  7. その販売権利とマニュアルを日本中に売って回った

 

と、こういうことでしょうか。わかりません。

 

工場を買うお金が無かったので、静岡県の潰れたてな木工工場(当時はバブル崩壊直後)に出向いて解雇されたばかりの職人を集めて株を発行。

 

職人それぞれに株を保有してもらいつつ資金を集め、現地で法人を作って工場とスタッフを同時に手に入れる。

 

パンフはセンスの良い大学生に依頼して作成(この学生が後の超有名クリエイティブ・ディレクター水野 学さんというトンデモ話も)。

 

 

 

 

と、とにかくすさまじいまでの行動力ですが、何より驚いたのが「この間わずか1~2年」だという脅威のスピード感。

 

当然フランチャイズ展開の知見も、代理店契約の知識もなし。

 

家具製造・流通・販売の手法だって完全に未経験だったにも関わらず…というんですから本当に驚きです。

 

やりたいことを、やりたい時に、やりたいようにやれるか

 

―稲垣

多い時は全国に98店舗、僕のブランドを扱う代理店やリフォーム会社がありました。

 

TVや雑誌に僕が出始めたのもこの頃ですね。

 

 

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 ―稲垣

本当に忙しかったです。年間40本近くの依頼に対応して、年収も4億を超えてましたしね。

 

結局、やりたいことをやりたい時に、やりたいようにやる。

 

それを可能にすることが僕にとって人生の目標みたいな感じだったので、この頃達成したんだと思います。若いころの野望はね。

 

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と、まるで漫画のような成功談を語る稲垣さん。

 

実は、現在は(ほぼ)仕事を請けず、自分とフィーリングのあったものだけ年に2本ほどに絞り、後は家族と過ごす時間にあてて過ごしているんだそう。

 

ここまで野心ありきで進んで来た鉄人が、なぜここに来て『仕事を広げる』ではなく『絞る』ことを選んだのか。

 

ちょっと気になりますね。

 

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―稲垣

今の僕にとっては当時の豪邸も高級外車も、もうあんまり意味がないんですよ。

 

こういう歳の取り方・生き方をしてきたせいか、今頃になって家族とパートナーの大事さに気づいた。ってとこでしょうか。

 

夫婦二人で自適に生きていくには十分すぎるだけお金はありますし、若いころとは形が変わったけれど…これからは『やりたかったけどやれなかった事』をやっていくだけです。

  

一線は退いた。とはいえ、やっぱり生涯現役でデザインがしていたいという稲垣さん。

 

現在進捗中なのは、到底商業ラインには乗らないレベルの超こだわり家具をデザイン・生産・販売する特殊ブランド「SpazioBianco」のプロデュースなんだとか。

 

 

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家具づくりとしてはありえないレベルのこだわりを塗装やカーブ、素材など超細部にわたってこだわりまくった「作るだけで無茶苦茶手間がかかって儲からない」ものを作り上げ、気に入ってくれた人にだけ売る。

 

という、アートのようなビジネスらしいんですが…。

 

んんんーーー 徹頭徹尾、超格好いいです。

 

 

 

 

できるかできないかなんて、他人に決めてもらうものじゃない

 

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―稲垣

僕って、「失敗したことがない」んですよ。

 

だって、自分で「失敗したー!」と言って諦めたことがないから。

 

どんな困難だって、乗り越えるのは自分の意思。そしてその意思を立ち止まらせてしまうのは、絶望的な状況よりなにより、本人の諦めだと思うんです。

 

まとめ

 

自分自身の中で挑戦を諦め、「ああ、これはダメだったんだ」と諦観してしまえばそれはそこで失敗になる。

 

そして失敗してしまうかもしれない。という懸念は挑戦するチャンスと気概を失ってしまう。

 

だから、どれだけ諦めずに「成功するまで、自分が納得するまで、自分がやりたいようにやる」という意識を持ち続けづけることこそが重要になる。

 

ふぅーーー…

 

稲垣さんが実ビジネスで学んだ多くの人生哲学は、本当に楽しく、羨ましく、僕らのキャリア構築…というか今後の生き方に何かしら影響を与えてくれそうなナイス体験でした。

 

とりあえず、もう一回会いに行ってきます! 今度は ウイスキーでも持って。

 

ありがとうございました!

 

 

取材・編集チーム紹介

ナカムラ(編集・執筆)、三田村(企画・プロデュース)、河合(カメラ)

 

この記事はアントレnet先輩開業ストーリーからの転載です。