「経営」の分野で、修士課程あるいは専門職学位課程を修了した人に与えられる学位「MBA」。一昔前は海外に留学して取得するのが一般的でした。しかし、近年は国内ビジネススクールで平日夜間や土日に受講できるMBAコースが増え、働きながらでも学びやすい環境となっています。
国内で学べるMBAのカリキュラムは通常2年程度ですが、ビジネススクールによっては1科目からの受講も可能。「マーケティング」「アカウンティング(会計)」「人材マネジメント」など、強化したい分野のみを受講する人も多いようです。
そこで、国内最大規模を誇るビジネススクール、グロービス経営大学院を訪問。カリキュラムの中で基本科目に位置づけられている「クリティカル・シンキング(論理的思考)」の授業をのぞかせていただきました。
目次
授業は座学ではなく「グループディスカッション」が中心
訪問したのは木曜日、19時~22時のクラス。この日の出席者は26人で、4~5人のグループに分かれて着席します。MBAカリキュラムのほとんどの授業は、グループディスカッション形式。教員の話を一方的に聴く講義形式ではないため、仕事が終わった後で疲れていても、うっかり寝てしまうようなヒマはありません。
ディスカッションのテーマは事前に出題されており、学生は各自で考えた上で授業に臨みます。テーマは、主に企業で実際に持ち上がる課題。「××社はこういう経営状態にある。今後はこうしていきたいと考えているが、どんな戦略が有効か」といったものです。
この日のテーマはこちら。
「コンサルティング会社・A社。最近、売上は伸びているが、営業利益が下がっている。社長から原因分析と対策を求められている」
この主題とともに事前に学生に渡されているのは、A社のサービス内容、事業部門別の売上高の推移、組織の人員構成、チーム構成など、各種経営データ。それらのデータを読み解きながら、問題点を探り、自分なりの考えを持って授業に臨みます。
異業種・異職種のメンバーで議論することで、新たな視点を得られる
ディスカッションタイムが始まると、各グループはホワイトボードに向かい、これまでのクラスで学んできた考え方に基づいて議論を進めていきます。
会社での議論と異なり、この場に集まる学生たちは、業種や職種、ポジションもさまざま。多様な意見が出され、ときにはグループ内で意見が割れる場面も出てきます。
「原価率が高いサービスに受注が集中しているのでは?」
「人件費が増加している。バックオフィスの人件費がかさんでいるのでは?」
「採用費と広告費も上がっている」「でも、それらは営業利益への影響は少ないよ」
「若手が辞めている一方、人件費が高いシニアが辞めていないんだよね」
「なぜ、若手は辞めている?シニアはなぜ辞めない?」「教育・研修に費用をかけていない。そこに不満があるのでは?」
それぞれ経験値が異なるため、分析の視点も異なります。だからこそ、お互いに気づきが生まれ、議論の活性化につながっているようです。
45分のディスカッションを経て、各グループの原因分析と打ち手が出揃いました。
その後は、あるグループが発表し、その内容に対して他のグループのメンバーから質問や反論が出るなどして、クラス全体でディスカッションが行われます。ここでも自分たちのグループでは出なかった考え方に触れ、視野を広げることができるのです。
まるで格闘技!教科書では学べない「対人折衝力」の養成
「クリティカル・シンキング」のクラスに限らず、MBAのカリキュラムを学んだ人は何を身につけ、どのように成長していくのでしょうか。グロービス経営大学院 経営研究科 荒木博行副研究科長にお聞きしました。
「経営上の課題解決スキルが身につくのはもちろんですが、『グループディスカッション』という独特の授業形式によって、対人スキルや交渉スキルといったものも養われます。
ディスカッションを行う中で、『自分と隣の人は違う考えのようだ』『メンバーの1人が勝手に議論を進めていってしまう』といった場面に出合います。そんな局面で、自分がどんな働きかけをすれば自分が望む方向に向かうのか。限られた時間の中で考えるトレーニングになるわけです。
ある種、格闘技みたいなものですね。相手との呼吸の合わせ方、どのタイミングで合意を求めるのか、反論をどう伝えれば効果的かなど、教科書を読むだけでは得られないことを身を持って学ぶことができます」
課題意識が明確な人より、実は漠然とした不安を持って入学する人が多い
荒木先生によると、MBAコースに入学する人の多くは、最初から課題意識が明確なわけではなく、漠然とした不安を抱いて来る人も多いといいます。
「皆、『このままじゃいけないのでは』と思っているんです。『今の会社で働き続けていて大丈夫なのかな』とか、先輩や上司を見ていて『こうなりたくない』とか。けれど、すぐに転職するというのはピンと来ない。まず、自分の武器となるスキルを増やしておこうと考える人が多いですね。
MBAで学ぶ価値は、課題解決のスキルを高める以上に、クラスメイトから刺激を受けられる点にあると思います。通ってくる人たちの業種・職種、年齢、ポジションはバラバラです。役員クラスの人もいれば起業している人もいます。
普段は接点がない人たちとディスカッションすることで、『こういう考え方もあるのか』『この人はこんな目線で仕事をしているのか』といった気づきを得られます。自分の会社内だけにとどまっていると、受ける刺激のパターンが同じで、思考が固定化してしまいがち。殻を破って視野を広げられるのが大きなメリットといえるでしょう。
また、自分自身の強みに気づく人も多いですね。自分の会社では当たり前にやっていることが、クラスに来ると『誰でもできるわけではないんだ』と気づいたり。逆に、自分では得意だと思っていたことが、他の会社の人と比べるとそれほどのレベルではないことがわかるというパターンもあります。
こうして、社会の中での相対的な自分の強みを認識することができるので、その強みを活かして転職に踏み切る人もいます。加えて、何かやりたいことや将来ビジョンをクラスメイトに伝えると、その人たちを経由して情報が飛んでくる。『この人に会ってみるといい』『本気でやるなら、この人を紹介するよ』という風に。そうした情報を交わし人脈を築けることも、大きな収穫と感じている人が多いですね」
学んでいるうちに、「経営に関わりたい」と思うように
続いて、実際に学んでいる学生の方にもインタビュー。
松下美香さん(仮名・27歳)は、通信会社で法人営業を務めた後、企画部門に異動。先輩の仕事ぶりを観察する中で、「できる人は勘だけで動いていない」「論理的に考える力が必要」と気づいたそうです。
グロービス経営大学院の単科生制度(※本科生として入学する前に、基本科目を1科目から受講できる制度)を利用して受講を始め、まずは「クリティカル・シンキング」を学んだ松下さん。受講後、どう変わったのでしょうか。
「自分の思考を整理できるようになっただけでなく、他の人の話を分析できるようになりました。『この部分は思考が広がっているけれど、この部分は考えが深まっていないな』というように。
同僚や上司の思考のクセというか、パターンがつかめてきたんです。話が広がっていたり深まっていたりするのは、その人が興味を持ち、重視しているポイント。そこで、私から説明やプレゼンを行う際も、相手が重視するポイントを強調して話すよう心がけるようになりました。結果、理解や承認を得やすくなったと思います」
松下さんは、このほか「マーケティング・経営戦略」「アカウンティング(会計)」も単科生として受講したそうです。
「以前は、企画を立てるにも、何から手をつけていいかわかりませんでした。マーケティングや経営戦略を学んでみて、会社の戦略→事業部の目標→市場の状況→問題点→対策というように、順番に落とし込んでいけるようになりました。
お金に関する話は苦手でしたが、アカウンティングを受けてみて、興味が湧くようになりました。ニュースで騒がれている大手企業の不正問題なども、以前はよくわかっていなかったのですが、ようやく理解できるようになりました。社会や会社がどう回っているのかに対し、意識が高まったと思います」
MBAカリキュラムの一端を学び、「経営に関わりたい」という思いが強くなった松下さん。在籍中の通信会社ではそれが叶わないと考え、金融会社に転職しました。
今後は本科生として入学し、より学びを深め、いずれは海外戦略を手がけたいと考えているそうです。
「グロービスでは、授業後にはいつも懇親会が開かれます。授業のない週は、学生が集まって自主的に勉強会を開催するのもグロービスの特徴。グロービスは学生同士の仲間意識が強く、クラスメイトたちは皆、一生付き合えるとても大切な存在になりました。『皆で頑張って学びを深めよう』なんて、社会人になってからなかったこと。それが楽しいし、仲間がいる幸せを感じます」
MBAの授業風景、いかがでしたか?ビジネス力を高めるだけでなく、「仲間」という財産も得られることが、MBAを学ぶ大きなメリットといえそうです。
EDIT&WRITING:青木典子 PHOTO:平山諭、新見和美