はてなの営業は考える。広告企画は数値以上に「ユーザー経験がどれだけ豊かになったか」が大切なんだと。

かつては「御社って、何で利益を得ているんですか?」とよく聞かれたという株式会社はてな。だが、この10年で収益を支える大きな柱に育ったのが広告営業だ。オウンドメディア構築ツール「はてなブログMedia」など最近の商材を軸に、はてなビジネス開発本部・営業部長の高野政法氏に、営業部の格闘を聞いた。

はてな 高野政法氏▲株式会社はてな ビジネス開発本部 営業部長 高野政法氏

オウンドメディア作成をもっと簡単に

企業が自社の製品、サービス、技術、あるいは自社ブランドを宣伝するにあたっては、既存メディアに広告やPR記事を出稿するというのがこれまでの当たり前の姿だった。ただそこには費用対効果などさまざまな課題もある。いま企業が関心を深めるのが、自社で構築したニュースサイトのようなオンラインメディアを活用して、顧客との直接的な関係を築くことだ。このような形式のオウンドメディアが新たなマーケティング手法として注目されている。

とはいえ、企業内部に十分なITリソースを持つ企業ならともかく、日替わりで更新されるオウンドメディアをマーケティング部門だけで運営するのは、結構大変なこと。できるだけコストと手間を省きたいというのが企業の本音だろう。

こうした状況に対応すべく昨年登場したのが、はてなの「はてなブログMedia」だ。「書きやすく使いやすい」というのが定評で、β版のリリースから4年近い運用実績がある「はてなブログ」の機能を活用し、自社サイトにオウンドメディアを構築するためのプランだ。

「はてなブログは、書きやすい、使いやすいということに加えて、検索エンジンから評価されやすいサイト構造を持っているという特徴があります。はてなブログMediaでは、はてなブログで作ったオウンドメディアを自社サイトの企業ドメイン直下に設置することができます。さらに、SaaS型(※インターネット経由で必要な機能を利用する仕組み)のサービスであるため、面倒なインストール作業やサーバー監視が不要。サーバーやソフトウェアの保守まわりを全部アウトソーシングできるというのも強みですね」
と言うのは、はてなビジネス開発本部・営業部長である高野政法氏だ。

はてな 高野政法氏

いまオウンドメディアに関心が高まる背景として、高野氏が挙げるのは2つのポイントだ。

「顧客に情報を見つけてもらう、顧客とのつながりを深める手段の一つとして、ソーシャルメディア・マーケティングがブームになりましたが、企業はソーシャルメディアにフローとして情報を流すだけでなく、どこかにストックとしてまとめる必要性を感じています。その軸になるものとしてオウンドメディアが重視されるようになったんじゃないかと思います。

さらにSEO的な観点でも、かつては外部リンクを貼っておけば順位が上がっていきましたが、無効・不正な外部リンクが弾かれるようになると、やはりコンテンツが優れていることが、SEO施策としても重視されるようになっています。それも、オウンドメディアの内容を重視する企業が増えていることの背景にあると思います」

そうしたオウンドメディアの拡大をサポートするサービスとして、「はてなブログMedia」は位置付けられる。サービスは2014年3月にスタートしており、導入企業は増え続けている。

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記事の信頼性を高めるために、「PR表記」一つにもこだわり

「はてなブログMedia」の導入ケースとしては、リクルート住まいカンパニーの「SUUMOタウン」、ぐるなびの「みんなのごはん」などが知られる。
「お客様の業種や企業規模など、ターゲットは絞ってはいません。ただ、しっかりオウンドメディアを作りたいと考えている企業さんとご一緒したい。1記事500円ぐらいの低コストで書きっぱなしみたいなサイトではなく、しっかり読者に記事を楽しんでもらうという姿勢がある企業さんですね」

はてなのオウンドメディアに対する考え方は、自社のオウンドメディア「はてなニュース」にもよく表れている。「はてなニュース」には自社で独自取材した記事がある一方、いわゆる「PR記事」も掲載されている。広告なのかジャーナリズムなのか、その境界が曖昧になるなかで、「はてなニュース」は、スポンサー付の広告記事にはきちんと「PR」という記述をもうけている。

「提案を進める中で、『このPR表記外してもらえませんか』と言われることはよくあります。その度にお断りをし、失注に至るケースも多くありました。私自身、『PR表記外したほうがいいのでは』と正直迷ったこともありましたが、いま思うと、突っぱねてきたのはよかった」と高野氏は、2012年に自身のはてなブログの中で語っている。ステルスマーケティングが嫌われる世の中では、こうした広告に対する毅然とした態度と考え方は、逆にユーザーからの信頼を呼ぶことになるのだ。

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はてなコミュニティの資産と経験を最大限活用

数あるブログサービスの中で「はてなブログMedia」がどのようにクライアント企業に受け入れられていったかを知るために、ぐるなびの「みんなのごはん」の例を挙げてみよう。もともと「みんなのごはん」は、CMS(コンテンツマネジメントシステム)としてMovable Type(MT)を使っていた。ただ、どんなCMSにも長所と短所がある。なかでもMTだけでSEO対策を施すには、それなりの専門的知識が必要だ。

「MTにも使いやすさはありますが、記事が膨大にたまってくると管理画面のプレビューを見るだけで何秒もかかってしまうなどの難点もあります。そうした使いやすさの改善が求められていました。また、ぐるなびさんは、はてなブログのSEO対応を評価してくださっていたので、みんなのごはんを『はてなブログ』に移行してみませんかという提案をしました」(高野氏)

移行作業は決して簡単ではなかったが、はてなブログへの移行が完了すると、シンプルに見たままの形で編集ができるなど記事が書きやすくなった、実際にPVも上がった、担当者3人だけで十分サポートができるようになった、などの効果があったという。

はてなブログを使うことで、はてなコミュニティとの連携がしやすくなるのも利点の一つだ。例えば、はてなブックマークによる情報共有もその一つだ。

「ただ新入社員が何人入りました、ということのみが書かれているような広報リリース記事だと、関係のない読者は読まないですよね。ところが、そのニュースと企業の製品やサービス、戦略との関連性を高めて、昨年を振り返ったり今年度の方針を語ったりとストーリーを語るようにすると、はてなブックマークでも注目が集まる可能性があります。はてなのコミュニティや文化をうっすらと認識しながら、企業はユーザーとの関係性を強めることができる。それも『はてなブログMedia』の隠れた利点の一つだと思っています」

インターネットの大海原にいきなり船を出すよりも、一つのコミュニティがすでに足跡や知見を刻んだ航路を行く方が、はるかに快適な航海ができることは間違いない。ソーシャルコミュニティの活用を進める企業にとっても、オウンドメディアをはてなで始めるというのは、合理性のある一つの選択になろうとしている。

企業とコミュニティを接合させるプロデューサー

オウンドメディアが従来の広告やマーケティングと異なるのは、徹底したユーザー視点だ。企業視点から発信されてきた一方的な情報を整理し、それをより伝わりやすいユーザー視点のコンテンツに変換していくことが戦略上重要だとされる。最終的には、このコンテンツマーケティングが、ニーズを意識していない見込み客を集め、それを自社顧客に育てることになる。

はてなの編集部がクライアントにはてなの人気ブロガーを紹介し、ユーザー視点で語られる記事が寄稿・投稿されることで、そのメディアが盛り上がったケースもある。記事のテーマや連載の方向性などについてメディア側との打合わせをし、記事が掲載される前には、はてなサイドの編集が加わる。

はてな 高野政法氏

「はてなが編集責任を持つので、メディア側は記事になるべく手を入れないでほしいと要望しています。ブロガーさんの世界観を大切にしてもらった方が、メディアのテイストも広がり、読者も広がると思うんです。また、はてなブロガーさんにとっても、普段のブログ以外のところに執筆の舞台を持つことで、活躍の場を広げるきっかけになるのではと考えています」(高野さん)

企業オウンドメディアと、はてなコミュニティを接合させ、新しいコンテンツ価値を生み出す、プロデューサーの役割を高野氏は果たしているのだ。

数値ではなく、人の動きの背後にある感情を見たい

高野氏が、それまでのサーチエンジンマーケティングの広告代理店からはてなの営業部に転職してきたのは、2010年の7月のこと。広告営業でいえば、代理店から媒体側への転職ということになる。

「広告代理店ではWebにおける人の動きを数値だけで見ていたような気がします。そこでは、数値が上がることが最もよいことでした」

ただ、媒体側に移ってからは、数値では図れない「感情の動き」を見るようになったという。
「どれだけ誘導できたかという数値よりも、ある広告主をはてなユーザーに紹介する場を作って、その場でどれだけユーザーに楽しんでもらえたか、それによって、ユーザーに広告主を好きになってもらえたか、をいつも考えています」

ネットマーケティングやネット広告についても、媒体側に移ることで、より深い理解ができるようになった。代理店にずっといたら、オウンドメディアの可能性にも気づかなかったかもしれないという。

「eコマースも、かつては検索してモノを買うのが一般的な消費者行動でした。ところが最近はソーシャルメディアで話題になったものなら、たとえリンクが貼っていなくても、検索して購入しようとする。その行動の裏にある消費者の感情の動きにも、注目しなければならないと思うんです」

はてなの営業部はもともと少数精鋭で、高野氏が転職してきたころは、専任は3名だけ。バナー広告や記事広告を担当するのは実質、高野さん一人だった。現在は兼務も含めると9名に増えている。

「かつては営業メニューが少なくて、全然売れなかった。売り上げを出せてない私が会社のフリードリンクを利用していいんだろうかと悩んだこともあります(笑)。まずは、なんとか売れるメニューを考えるというのが、私のミッションになりました」

スポンサーの社長をコラ素材に。はてならしい企画で勝負する

広告が売れるようになったきっかけは、2010年12月のはてなニュースに掲載されたサイボウズの記事広告。「はてなチーフエンジニアが聞く、サイボウズLiveのアジャイルな開発現場」。はてなコミュニティにはエンジニアが多いことに気づき、高野氏が積極的に仕掛けた。

サイボウズは、「サイボウズ式」などオウンドメディアに熱心な会社でもある。
「ユーザーへの接し方という意味では、はてなに近いものがあったのだと思います。そういう企業さんを選んで営業を持ちかけるという、私なりの営業戦略が生まれました」

はてなのユーザーは、ただの広告にはあまり反応しない傾向があるという。
「その一方で、面白いコンテンツであれば、どんどんブックマークがつくし、参加していく。やはり、広告もコンテンツで勝負すべきだという実感が生まれたのはこのころです」

その後、高野氏が仕掛けた企画やイベントは数知れず。例えば、2012年春の「ライフネット生命社長に好きなセリフを言わせよう!」という企画。同社の東証マザーズ上場を記念したもので、出口治明社長(現CEO)がコラージュ素材になり、そこにはてなブロガーが自由にセリフを付けていく。

2012年11月の、さくらインターネットの北海道石狩データセンター見学ツアーも、40名の枠に150名の応募があるなど盛り上がった。決してリクルーティングのための企画ではなかったが、その後の同社の新卒採用社員ではこのツアーに参加した人が多かったという。

「もちろんどうやったら広告が売れるかを、知恵を絞って考えた末の企画ですが、結果的にはてならしさを活かした、コンテンツ広告になったんじゃないかと思います。はてなのいいところは、社員の一人ひとりがインターネットについてビジョンを持っていること。広告の企画会議で『それって、たしかにお金が入るかもしれないけれど、はてな的にはどうなの。インターネットがそれで楽しくなるの?』という、ちょっと青臭い議論になることがよくあります。でも、私はその雰囲気が好きなんですよね」

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「数値を上げる」ことよりも、「ユーザー経験がどれだけ豊かになったか」が大切。そう思い定めたからこそ、数字を上げる以上の創意工夫が生まれる。インターネットをもっと楽しくするために、はてなの広告営業の心は日々騒ぐのだ。

取材・文:広重隆樹 撮影:刑部友康 編集:馬場美由紀

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