【仕事を学問してみると】カリスマ経営者はなぜトイレ掃除にハマるのか?

整理、整頓、掃除、清潔、躾をまとめて「5S」と呼ぶ。これは日本企業独自のもので、欧米ではそれほど知られていないという。そのベースにあるのは「掃除をすると社員が成長する」「掃除をすると会社の業績がよくなる」という考え方だ。しかし日本においても5Sの効用が理論的に語られることはまれで、「何となくよさそうだ」という理解に留まっている。ここに学問のメスを入れているのが、日本大学経済学部の大森信教授だ。著書『トイレ掃除の経営学』ではトイレ掃除が持つ経営学的な意味と事例を解説している。

「トイレ掃除で会社がよくなる」、それってどういうこと?

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■掃除が企業にもたらす「効用」とは?

日本には、掃除を大切にしている会社が多く存在しています。なぜかといえば、それは「掃除が会社をよくするから」。実際に私が大阪の企業を対象に実施したアンケート(※)でも、「経営者と従業員で掃除を行っている」と答えた企業は、高い割合で「売上げが向上した」「社員達のモラル、チームワーク、連帯感が向上した」と回答しています。一体それはなぜか。

掃除をして身の周りが整えば、仕事の効率がよくなり、生産性がUPする。これは多くの人が想像しやすい直接的な効用ですよね。しかし掃除には、それ以外に間接的な効用があり、それも合わさって、アンケートの回答にもある「売上げの向上」「社員達のモラル、チームワーク、連帯感の向上」といった効果につながっているんです。この間接的な効用、ポイントは「掃除が社員を変える」ということ

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■掃除を通じ3段階で「人財」が育成される

掃除が社員を変える?なぜか。理由の1つは、掃除を社員が繰り返すことで組織の一体感や仲間意識が養われていくことにあります。「社員達のモラル、チームワーク、連帯感の向上」はここから生まれます。しかしより重要なポイントは、掃除が社員たちに様々な気づきをもたらすということです。

最初は上司に言われてやむなく掃除を始める社員が大半ですが、身の周りが綺麗になれば素直に嬉しい。掃除はやればやっただけ目に見えるかたちで成果が現れる作業ですから、達成感や充実感が得られやすいのです。組織の一体感と、働く個人の達成感や充実感。そして、掃除を通じて身の周りの設備や備品に注がれる愛着は、やがて会社全体に対する愛着に育っていきます。これらが相まって、結果、社員のモチベーションが底上げされ、掃除のみならず仕事そのものにも一生懸命に取り組むようになります。そして、結果的に売上げの向上につながっていくのです。

社員の変化はまだ続きます。掃除を身の周りに限るとすぐに終わり、やがてマンネリがやってきます。「なぜ掃除なんて」とふと疑問に感じるときがくる。しかし、その疑問を乗り越えて掃除を続けていると、「他人のため」に掃除をする、人に喜んでもらうために掃除をする段階に進むのです。それはつまり、「『自分のために』とやっていた掃除」に対して抱いていたマンネリを、「他人のために」と意識を転換することで打破していくことになるのです。

すると、それまでは「自分の机が綺麗になれば満足」と感じていただけだったものが、他人が使う共有部分も綺麗にしないと満足にならない状態になってくるのです。ここで生まれるのが、利他の精神です。自分のためだけではなく、他者のために掃除をするようになる。他者のために働くことに、喜びを感じるようになる。ついには、特定の誰かのためではなく、自分と他人の区別なく「仲間のため、会社のため、お客様のため」という意識が芽生えるわけです。

こうして、社員は掃除を通じて3段階の変化を見せていくことになります。

(1)自分のために自分が懸命になる(利己・自力)

(2)他人のために懸命になる(利他・自力)

(3)特定の誰かのためではなく、すべての人のためにあらゆることを引き受けて全身全霊で取り組む(利他・他力)

1つの会社には、この3段階の社員が共存しているのが理想です。組織全体の視点で考えると、(1)は目の前の仕事に懸命に取り組む人材、(2)はその仕事が顧客のためになっているか判断するのに適した人材、(3)はさらに広く長期的な視点であらゆる課題を持ち込む人材と言い換えが可能です。これこそ強い企業に不可欠な「3種の人財」なんですね。

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■本やネットでは身につかない「まず、やってみる」姿勢

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もっとも、「会社がよくなるので掃除をしましょう!」と言ったところで、経営者にしろ社員にしろ、疑問を持ち続ける人が大半です。会社をよくする方法は掃除以外にもあります。「掃除をしたら会社がよくなる」と効果がすぐに目に見えるかたちで現れるものでもありません。そもそも仕事と掃除は直接関係のないもの。忙しく働いている社員が急に「掃除をしろ」と言われても、納得できないでしょう。

要は、「会社を良くする」意味での掃除は、「手段志向」で行う必要があるということです。手段志向とは、特定の目的と直結していない、また結果との因果関係が明らかでない手段を大切にすること。ひと言でいえば「まず、やってみる」という考え方ですね。このように事前に目的を説明できないことを現代人は敬遠しがちです。現代は「目的志向」がメジャー。私たちはたくさんの知識を本やネットから吸収し、「この結果が得られるから、このプロセスを踏もう」と意思決定します。ある意味、頭でっかちになっている。すると「まず、やってみる」ことが難しくなるわけです。

そんな状況の中で社員に掃除をしてもらうためには、社員に命じる前に経営者自らが掃除をしてみせることです。でなければ、目的が判然としない掃除を命令だけで組織に根付かせるのは難しい。「社長1人に掃除をさせるわけにはいかない」。そんな思いで社員たちも掃除を始める。最初は疑問でいっぱいかもしれない。しかし続けているうちに、達成感や他人への奉仕の気持ちが芽生え、「なぜ掃除をするのか」を身体で理解していく。こうしたプロセスを経て組織に掃除が根付いていきます。一飛びには、掃除の習慣を根付かせることはできないのです。

今、掃除を大切にしている経営者にしても、最初からそうだったわけではありません。ほとんどは、本も読んだしコンサルタントの意見も聞いた、それでも会社がよくならない、一体どうしたらいいんだろうということで最後、藁をも掴む思いで、掃除を始めるんです。

こんなふうに「まず、やってみる」ことでしか得られない知識というのが存在するんですね。知識には、暗黙知と形式知という2つがあります。形式知を頭で学ぶ知識とするなら、暗黙知と身体で学ぶ知識と言い換えられる。掃除はこの暗黙知に属するものです。暗黙知は身体を通じて得られるものであり、本やネットで読んだだけでは身につきません。頭に偏らず、身体も動かして知識のバランスをとる。そのために掃除がとても有効なんです。

イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんが始めた「新宿掃除の会」という会があります。朝早起きして新宿を1時間掃除するんですが、参加者にとって目に見えるメリットはないんですよね。お金をもらえるわけでもないし、感謝されるわけでもない。でも、そこに結構な数の若い人も参加して、一生懸命掃除をしています。きっと身体が欲しているんです。ネットのなかだけでは得られない情報、普通に仕事をしているだけでは得られない充実感が、そこにあるんじゃないか、と。

■トイレ掃除が社長の「経営哲学」を社員に伝える契機に

なかでもトイレ掃除には、掃除の効用が凝縮されています。理由はトイレが共有部分であることです。つまり、トイレはあなたの場所でもあるし、私の場所でもある。あるいは逆に、私がやらなくてもいいし、あなたがやらなくてもいい掃除とも言える。ですからトイレがきれいな会社はメチャクチャきれいですし、汚い会社はすごく汚い。会社に掃除の習慣が根付いているかどうか、トイレを見れば一目でわかるわけです。

そのためか、カリスマと言われる経営者がトイレ掃除を大切にしている例がいくつもあります。前述のイエローハット創業者の鍵山秀三郎さんは、「凡事徹底(当たり前のことを徹底して行うこと)」「率先垂範(自ら手本を示すこと)」といった自らの経営哲学を自分の姿から学んでほしいと、トイレ掃除を始めました。10年以上もの間トイレを1人で掃除して、会社全体も掃除して、やがては社員も巻き込みながら会社の周辺まで掃除をするようになりました。日本電産創業者の永守重信さんもトイレ掃除や5Sを非常に大切にすることで知られています。新入社員や買収した会社の社員にはまず1年間、トイレ掃除をさせる。日本電産の経営理念である「品質第一」の実現に欠かせない、品質維持の習慣を実地で学ばせているんです。

私が面白いと思うのは、経営者それぞれトイレ掃除に求めるものが違うということです。どれが正解かといったらどれも正解。「うちの会社はこういう意味でトイレ掃除をしているんです」という独自解があるだけです。掃除によって社員が変わるという話をしましたが、変わるのは社員だけはない。掃除は経営者自身が「経営者としてどう仕事に向き合うか」「会社として何を大切にするのか」考え、それを社員たちに伝えるいい材料にもなるんです。

掃除の効用は、働き手にとってすぐ腑に落ちるものではないものかもしれません。それでも、「まず、やってみる」。そして、「やれば、わかる」のです。掃除をし続けることによって社員が育ち、会社が成長する。また掃除は、社員個人の人生をも変えうるものです。そこに充実感を得て、やりがいある毎日と、身体を動かすことでしか理解できない暗黙知を手に入れる。経営者も自身の経営観を磨いていく。ここに、日本企業が掃除に注目する理由があるんです。

※平成24年「企業経営における清掃、整理・整頓、清潔に関するアンケート」より

取材・文 東雄介

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