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定年退職した「最高にできる鬼上司」が後悔した、たったひとつのこととは?

ひとつの会社に19年勤めて脱サラし、現在はICHIROYAというアンティーク・リサイクル着物の販売会社を経営しているIchiro Wadaです。日々感じたこと、19年間の会社勤めで感じたことなどをブログに書いていますが、僕が感じた悩みは多くの人に通じるものでもあるようです。

cover photo by By Jon Phillips
photo by By Jon Phillips (UNSPLASH)

 僕は19年間ひとつの会社にいて、たくさんの方の退職の挨拶を聞くことになった。
 自ら大海原に向かって大冒険に船出するように辞めた方もいたし、やむなく会社を去ることになった方もいる。もちろん、定年まで勤め上げて退職される方もいた。
 退職の挨拶では、辞める理由がなんであれ皆一様に会社や仲間への感謝の言葉を述べる。そして、「自分の会社人生は幸せだった」と言われるものと決まっていた。
 さすがに「あの時の上司の評価のせいで、私の会社人生は狂ってしまいました」と言う人はいないし、「35年間のサービス残業の合計の残業代2,000万円をいただけなければ死にきれません」などという人もいない。
 だから、それぞれの方の胸の奥にどんな思いが眠っているのか、それが挨拶で聞く言葉どうりのもの、暖かな光に包まれたものものなのか、それとも、静かに降り積もった海底の沈殿物のようなものなのか、わからない。

僕が後悔したこと

 かく言う僕は、大学卒業から19年間勤めた会社をたくさんの後悔とともに辞めた。
 もちろん、同期や同僚や先輩後輩たちがやってくれた退職の宴で、僕はそんな気持ちを言わなかった。
 「会社という閉塞した空間を飛び出して、自分で新しいビジネスをつくるのだ」と威勢よく宣言したものだ。
 しかしもちろん実態は、会社のなかではもうどちらへ向かっていいのかわからなくなっていた。全力を振り絞って戦ってきたのに、さほど成果は出ず、42歳の僕にはこれから続くであろう20年に近い長い年月を、どこへ向かって頑張るべきなのか、何を自分の拠り所に働くべきなのか、完全に見失っていた。
 会社に「辞めてくれ」と言われたわけではない。だけど、僕には居場所がないように思えたのだ。

 何を後悔したかって?

 それまでの会社生活のすべてを。
 それまでの僕の会社での姿勢や思慮のなさや組織というものに対する理解の浅さ、自分の気持ちを抑えることのできない未熟さなど、すべてのことを。
 会社のなかで自分の人生を、納得のいく居場所を探すなら、会社が望む人物像に近づくようにもっと努力すべきだった。自分の生き方を会社の中に押し込んで、無理やり作ろうとはせずに。
 そうすれば、きっと希望や働く意味を、あと20年抱き続けることができたに違いない、と。
 やり直すことができるのであれば、入社1日目に戻ってやり直したい。
 しかし、19年という年月はすでに流れ去ってしまい、行き先も見えてしまった。

 19年間勤めて、会社を辞めたときに何を後悔したかをブログに書いたら、思いのほか拡散されて、たくさんの人に読まれた†1

 だけど、「今の」僕は、ほんとうはそのことを後悔していない。
 退職後、なんとか自分の道をみつけ、13年間を自営業者として生きてきた。
 今の僕は会社にいたころの僕のままだが、ずっと居心地が良い。そして、僕の本来いるべきところを見つけたような気がしているのだ。
 今では、本当にお客様のためになると信じることしかしない、本当に効果のあることしかしないし、スタッフにもさせない、そして、正直な商売を貫いているつもりだ。
 結局のところ、僕はそんな風にしか生きることができないし、どれほど後悔したって違うようには生きることができなかった。
 そして会社勤めをしていたときの数限りない失敗もわずかな成功も、鼻もちならない理想主義と直球ばかりのやり方も、やっぱりすべては僕そのものだったのだ。

 「今の」僕は、たしかにそう思っている。
 でも、もし、あの時に会社を去らず、不本意な仕事をあと18年続けたとしたら、同期や後輩を上司と仰ぎ、勤め続けたとしたら、僕は本心からそう言えただろうか。納得のいく自分の人生を見つけることができただろうか?
 もちろん、会社に残った僕がその後どういう人生を送ったかはわからないし、パラレルワールドにいる別の選択をした僕に質問をすることもできない。

 だけど、元上司のGさんになら、僕が心酔したGさんになら、それを訊ねてみることができる!
 なれなかった僕に訊ねるかわりに、久しぶりに食事に誘ってくれたGさんに、本心を訊ねてみることにした。

鬼上司Gさんとの日々 

THE boss 
THE boss by Le Tchétché, on Flickr"

 Gさんは「最高にできる鬼上司」だった。
 いつもベストの結果を求めていて、部下でいることは大変だったけど、最も大切なものを学ばせてもらった日々だった。
 Gさんは社内でピカイチの、けっしてぶれない審美眼を持っていた。
 Gさんはマーケティングに関して最高の理論家だった。
 Gさんは必ず筋を通した。喧嘩をすれば必ず勝った。
 Gさんは周囲が驚くような大きな目標をぶちあげて、必ずなんとかモノにした。
 Gさんの愛憎は激しく、社内には多くの敵(多くは野心も問題意識も低い人たち)と、少数の同志(実質的に組織の方向を左右していた人たち)がいた。

 僕は一番脂の乗った数年間をGさんの下で働かせてもらった。
 死ぬほど働かされたけど、Gさんの掲げる理想の元、ともに戦える自分が誇らしく、とても充実した日々だった。
 そんなGさんだったけど、僕にも危なっかしく思えることもあった。いつもいつもエッジの上を歩いているような仕事の仕方は、僕ら部下はともかく、Gさんの上司や、さらにその上の人たちをもプレッシャーにさらす。たぶん、上司にとってはGさんは抜き身の刀のような存在で、ギラギラと鋭利に輝き過ぎていたし、下手をすると自分をも傷つけたり、返り血を浴びたりしてしまうような存在なのかもしれなかった。
 僕は部下の分際で、そんな心配をしていた。

 Gさんは仕事人生のすべてを僕のいた会社で過ごし、定年退職された。
 退職されたときの職位は「部長」だった。
 その職位と最後の仕事に満足しておられたのか、不満に思っておられたのか、具体的にはわからない。ただし、会社は若手の抜擢をすすめ、僕の同期や近い年齢、Gさんからは10才ぐらい年下の年次のものから、どんどん取締役が出た。
 愛憎の感情が激しいGさんのことだから、そのことに関してはさまざまな思いを持っているだろうなと、僕は勝手に思っていた。
 Gさんは組織のなかで、もう少し上手く、慎重に立ち回っていたら、もっと出世して大きな立場になっていたに違いないように、僕には思えた。
 Gさんは、そのことを実は後悔しているのではないだろうか?
 僕をそのように思わせるようなちょっとした光景を、Gさんはたった1回だけど、僕の前にさらしたことがあった。
 だから、僕は思っていたのだ。
 もし僕があの時会社を辞めず定年まで会社にいたらどんな気持ちになるかは、きっとGさんが抱いておられる感情に近いはずだと。
 そして、そのことを本気で訊ねてみたいと。

そしてGさんと会った

Wine diamonds 
Wine diamonds by Pavlina Jane, on Flickr

 グラスに揺れる赤ワインをぐいっと飲み込んで、僕は思い切ってGさんに訊ねた。
「会社生活で一番後悔していることはなんですか?」

 「後悔なんて、これっぽちもしていない」

 それがGさんの答えだった。

 「たくさんの失敗もしたし、あそこはこうすればよかったのかもしれんということは、掃いて捨てるほどある。だけど、それぞれの選択は、その時のオレが限られた範囲で最善と思って選んだことだ。オレという人間がそれぞれの選択をした。その選択の積み重ねがオレそのものだ。失敗も成功もなく、選択した事実だけがあるんだ」

 僕はワイングラスを持ったまま、ゴジラのようなごつごつした顔、怒れば阿修羅のように鬼気迫るGさんの顔を見つめた。そして、その言葉がけっして強がりなんかではなく、今のGさんの本心であるとわかったのだ。

 僕は胸につかえていたものが、すっと下りた気がした。
 会社がGさんにどんな風に報いようが、GさんはGさんの生き方を貫いて満足のいく人生を送られたのだ。
 退職して数年を経た現在だから、Gさんも心底そのように言えたのかもしれない。
 でも、きっとこういうことだと思うのだ。
 定年後に振り返る会社人生というものは、枝からもがれてテーブルに置かれたリンゴのようなもので、いつの間にか熟してその甘さと深みを増す。
 その場その場での些細なこと。ボーナスの額が違ったり、自分の意見が通らなかったり、ライバルに出世で遅れたり、そういったことは、やがて洗い流されて、自分の選択を積み重ねて揺らがなかったということが、人生の宝となる日が来る。

 かりに僕があのまま会社に残っていたとしても、きっとGさんのような気持ちになっていたに違いない。
 パラレルワールドにいて会社に残っている僕も、会社を辞めてしまった僕のように、自分らしい生き方を貫いて決して後悔しなかっただろう。

そんなGさんが後悔した、たったひとつのこと

 Gさんと僕の沈黙で、その話に句点を打ったもりになっている僕に、Gさんが思い出したように言った。
「そういえば、たったひとつだけ、後悔していることがある」
 僕は夢想から現実に引き戻された。
「いったい、それはなんです?」
「それはな。あまりにも、寄り道をしなかったことだ」
「寄り道……」

 Gさんは言うのだ。
 「いつもいつも結果を求めて一直線に走ってきた人生だった。環境や運がそうさせてくれなかったのだけど、あえて自分から望んででも、寄り道や回り道をすべきだった」
 一本道だったがゆえに、自分が見れなかったもの、楽しめなかったもの、知らなかったものをたくさん残してきてしまった、と。

 迷い続けた僕とは異なり、入社以来、一直線に、寸分を惜しんで、少しでも自分の技量を磨き、大きな仕事をして社内や業界を驚かせたきたGさんだ。
 そんなGさんが、何十年という会社人生を振り返って言っているのだ。
 たったひとつ後悔したことは、寄り道をしなかったことである、と。

 寄り道ばかりしていた僕には、驚きの答えだった。
 そして、一直線に走り続けてきた人には、そういう種類の後悔もあるのかと驚き、また、少しわかるような気がした。
 どこでどう過ごそうと人生の残り時間は刻々と減っていく。GさんはどこにいてもGさんだったろうけど、たしかに、寄り道をすれば、会ったことのないような人たちの考えに触れたり、違うものへの感心を育んだり、予想もしない喜びを感じるチャンスはあったかもしれない。
 会社のためにすべてを捧げて一直線に生きることと、会社がその報いに返してくれるもの。寄り道をしたために会社でのチャンスをいくらか失うことと、自分の守備範囲を拡げること。
 Gさんの話は、そのバランスについての物語だと思う。

 その夜、Gさんと別れてから、その言葉を何度も心の中で反芻した。
 それを後悔しているということは、ほんとうなのだろう。
 だけど、深夜の電車に酔った頭を揺られながら、僕はもうひとつの意味に気がついた。
 Gさんは、遊びに熱中する子供のように、サッカーが好きで好きでたまらない少年みたいに、脇目もふらず仕事をしてきたのだ。それが、Gさんにとっては最高に楽しく、寄り道をする気にすらならなかったのだ。
「寄り道をしなかったことが後悔だ」とは、つまり、「寄り道なんて考えられないほど楽しかった」と同意であった。
 それを「たったひとつの後悔」と言えるGさんの会社人生は、やはり、心底、最高に幸せなものだったに違いないのだ。

著者:Ichiro Wada (id:yumejitsugen1)

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1959年、大阪府生まれ。京都大学農学部卒業。大手百貨店に19年勤務したのち、独立。まだ一般的でなかった海外向けのECを2001年より始め、軌道に乗せる。現在、サイトでのビジネスのほか、日本のアンティークテキスタイルの画像を保存する活動を計画中。
ブログ ICHIROYAのブログ

†1 「僕が19年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと - ICHIROYAのブログ」を参照