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キャリア・ビジネスの情報満載【リクナビNEXTジャーナル】

自動車業界にLOVEビーム!?イタリア人女性マーケティング部長が語る「愛あるブランドの作り方」

 男性管理職の多い自動車業界で「イタリアの太陽」と呼ばれ、異彩を放っている女性がいる。FCAジャパン株式会社のマーケティング本部長、ティツィアナ・アランプレセさんだ。FCAジャパン株式会社は、3つの販売チャネル「アルファ ロメオ/フィアット」、「クライスラー/ジープ」および「アバルト」を通し、5ブランドの個性豊かなモデルを国内顧客に提供している。

 幼少期から日本の文化や慣習に感銘を受け、ナポリ東洋大学で日本政治学を専攻後、九州大学大学院経済学部を卒業。2010年には、イタリアと日本の交流や発展に寄与した人物に対して贈られる「イタリア共和国功労勲章」をイタリア大統領より受賞した。

 そこにいるだけで場がパッと明るくなり、エネルギーに満ち溢れてくると評判のティツィアナさんの人生訓は”Be myself(ありのままに)”だ。有名無名問わず、数々のアーティストやNPO団体と組み、国境、人種、宗教、性差などありとあらゆる垣根を越えたユニークなプロジェクトを実現。自動車のプロモーションやブランディングを次々と成功させている。人と人の想いをつなぎ、社会をもっと笑顔にしたい。その“LOVE”に満ちた仕事観や人生観について聞いた。

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意思決定の軸は“インナー・ピース(心の中の平和)”

 これまでのキャリアで大事にしてきたことは「インナー・ピース(心の中の平和)」です。管理職に就く以前から、インナーピースを軸に意思決定をし、行動することを続けてきました。何か物事を決めなければならないときに、それは自分の幸せになるか、他者の幸せになるか、数年後も正しいと思える選択であるかなど、ありとあらゆる角度から自分のインナー・ピースと向き合います。そうすることで、最終的に「後悔しない選択」ができると信じています。

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 他者や自分を傷つけたり、欺いたりする可能性のある指示に対しては、たとえ上司の命令でも、はっきりと「NO」と伝えてきました。それにより一時的な衝突を引き起こすことがあったとしても、自分が毅然とした態度で主張すれば最後はリスペクトされ、互いの理解が深まることのほうが多かったように思います。無論、熾烈な競争の中で、ふと自分だけの利益を考え、高圧的な態度を取ってしまう人も中には存在します。けれど、どんな人にも根底には良心が存在しますし、悪いことや人を傷つけることはインナー・ピースに反しますから、本当はやりたくないはず。その良心に訴えかけ、「NO」を言うことは大切です。それによって一時的に出世が遅れ、ここに至るまでに遠回りしたこともあったかもしれませんが、自分のインナー・ピースに背いてストレスを抱えたり、誤った選択をして後悔しながら生きたりすることに比べたら他愛もないことでしょう。自分を好きなまま、他者も好きなまま、「LOVE」の気持ちを膨らませ続けられる人生のほうがよほどハッピーです。

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 とはいえ、中にはどうしても人を育てられない、部下の自尊心を傷つけてしまう、そんな状態にある上司にめぐりあうこともあるでしょう。そういうタイプの上司に出会ったら、早めにラインを引くことです。そして、何かを主張したいときは、同僚にも協力してもらう。特に若い世代のビジネスパーソンは、上司の言葉をすべて真剣に受け止めて、ダメージを受けやすい傾向がありますからサポートが必要ですし、私もサポートしていきたいと思っています。

 ビジネスの世界では立場や業績がとても重視されます。もちろん、野心を燃やすことや目標を達成することは大事ですし、よいことですが、それが行き過ぎるとストレス過多となり、ハッピーにはなれません。インナー・ピースとハピネスは因果関係があるため、自分のことだけを考えた野心やアチーブメントでは幸せになれません。ですから、目標を設定するときは、自分のフィロソフィーを軸としつつ、プラネット(他者との関係)を考えることが大切ですね。というのも、自分の心の中のフィロソフィーやクリエイティビティとプラネットの結びつきを考えていくことは、インナー・ピースやハピネスとそのまま直結するからです。

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LOVE TEAM, LOVE BRANDING,LOVE MARKETING

 私が自動車業界に飛び込んだ頃は、風通しがよい環境とは決していえませんでした。「強い男性がステータスのために所有するもの」といった自動車のイメージは、いまだ根強く残っています。

 だからこそ、自分が理想とするマーケティングを実現できる立場になってからは、ポジティブ志向の「LOVEブランディング」を絶対に広めたいと考えました。

 LOVEといっても、華やかなハートマークだけがLOVEではありません。本当のLOVEには責任がつきものです。相手のことを思って、誤っていることは誤っていると指摘することもLOVEに入ります。だから、私は自分のチームに対してすごくシビアですよ。

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 LOVEブランディングに必要なことは、自分の自由を尊重し、相手の自由も尊重することです。ダイバシティの尊重、ユニークネスの尊重があるからこそ、その過程がどんなに大変でも、すばらしいプロジェクトになるのです。

  LOVEの輪を広げるために、私たちのチームはポジティブな情報もネガティブな情報も共有するようにしています。情報の循環を増やすことは、他者を理解し、他者とつながるLOVEマーケティングにとってとても重要です。

 

エレベーターで見知らぬ人と笑顔で記念撮影!「Smile Project」

Smile Project」とは、朝一番の出勤時に、エレベーターの中で見知らぬ人に声をかけてスマイルで写真を撮る非常にシンプルなプロジェクトです。イタリアでは外でも、オフィスでも、“CIao!(チャオ)”と、知らない人同士でも声を掛け合うのが普通なので、それを日本でも実現できたらよいなと思いつき、続けています。

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 当初、このプロジェクトは私ひとりで始まりました。1日の始まりをスマイルでスタートさせたいというシンプルな気持ちからエレベーターの中の姿見に映る自分のセルフィーを撮って、Facebookに載せ続けました。その数ヶ月後、ふと思い立って乗り合わせた人に声をかけるように。中でも初対面の人と撮るのが一番楽しいです。

 一見簡単そうに思われるかもしれませんが、これがなかなか大変なんです。私のオフィスは24階で、その前に降りてしまう人も大勢いるから、せいぜい6秒くらいしか時間がなく、その6秒が勝負。たった6秒の間に「はい、私はスマイルプロジェクトを今からやります。すごく楽しい。やりましょう」と言いきって、相手の許諾を得て、シャッターを切らなければなりません(笑)。

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▲ティツィアナ・アランプレセさんのFacebookの画像

断られることもありますが、大概は皆、快く受け入れて、スマイルで応じてくれます。中にはリピーターがいたり、宅配便のお兄さんがいたり、清掃員の方がいたりと、サプライズも多いです。日本人はあまりオープンじゃないなどと言いますが、全然そんなことはありません。ちょっとのきっかけさえあればスーパークレイジーに対応してくれます。

 このプロジェクトを通して実感したことは、誰もが「ほんのちょっとのきっかけ」を待っていて、欲しているということです。だとしたら、You have to give a chance to everyone (チャンスは皆に平等に与えなきゃ)でしょう。自分自身がちょっとの勇気をもって動くことで、自分も周りも自然とスマイルになり、ハッピーになれる。そんなアイデアがあるなら出し惜しみすることなく、どんどん共有して、広めていくべきだと思います。

 

取材・文 山葵夕子  写真 ヒダキトモコ

「消費にシビアな時代」に何が売れる?商品ジャーナリストが語る「2016年ヒット商品」の条件

2015年も数々生まれたヒット商品。北陸新幹線、Apple Watch、『火花』、ガウチョパンツ…「買った」「利用した」という人も多いだろう。ヒット商品は、世の中の動きや消費者の志向を色濃く反映する。2016年のヒットの傾向をつかむことができれば、的を射たビジネスアイディアも浮かびそうだ。

昨年に引き続き、元『日経トレンディ』編集長で、現在は商品ジャーナリストとして活躍する北村森さんに、2016年の動きを予測してもらった。今年のトレンドを、ぜひビジネスのヒントにしてほしい。

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北村 森さん
1992年に日経ホーム出版社(現・日経BP)に入社し、『日経トレンディ』『日経おとなのOFF』などの編集に携わり、2005年に『日経トレンディ』編集長に就任。2008年に商品ジャーナリストとして独立し、製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を行うほか、地方自治体と連携し地域おこしのアドバイザー業務などに携わっている。著書に『ヒット商品航海記』(日本経済新聞出版社:共著)、自身の体験を元にしたノンフィクション『途中下車』(河出書房新社)など。

 

無駄になり得るものは安くても買わない。「価値あるものを吟味し、お金を払う」傾向が続く

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「2016年は、景気の先行きが見通しづらい状況にある」と北村さんは予測する。

 2014年4月に消費税が8%に引き上げられ、来年4月には10%へと再度引き上げられる見通し。増税の端境期にある今、消費マインドがこれ以上温まることは考えにくく、今後も「消費にシビアな状態」が続くと見ている。

「実際、『安くて品質はそこそこ』の商品・サービスは昨年来総じて失速しています。大手ファストフード、居酒屋チェーン、有名ファストファッション…いずれも一時期の勢いは感じられません。無駄になりそうなものはいくら安くても買わないが、価値のあるものにはお金を惜しまないという傾向は、2016年も続くでしょう」

 一方で、「地方に注目が集まる年になる」とも分析する。

 ここ数年、お取り寄せブーム、ふるさと納税人気などの影響で「地方発」の商品が注目され続けてきたが、今後はそのブームがひと段落し、地方発商品の中での「勝ち負け」が明確になると見ている。

「安倍内閣では、成長戦略の一環として農業、漁業などの一次産業の『六次産業化』を掲げています。この『六次産業化』とは、一次産業が生産だけではなく調理、加工、流通、販売までを一元的に担うことを指す言葉であり、参入業者も増えたために地方発人気が盛り上がったわけですが、まだ大ヒットと呼べる商品がさほど生まれていないのが現状。六次産業という言葉がクローズアップされるにつれ、地方の一次産業業者の“戦略”に注目が集まり、売れ行きを左右することになりそうです」

 以上の時代背景を考慮して、北村さんは2016年のヒット商品の条件として「過剰品質」、「必然性」、「あなたさま仕様」という3つのキーワードを挙げている。それぞれどういう意味なのか、順に説明していこう。

古くから日本に根付いてきた「過剰品質」は、日本の強みになり得る

 第一のキーワードは「過剰品質」。そこまでやるか!?という予想を上回る驚きを人々に与えるものは、嬉しさとともに「人に語りたい」という思いが刺激され、財布の紐が緩む傾向にある。

「『過剰品質』は時として、日本のものづくりにおいて悪い部分のように言われてきました。しかし、それは一部のデジタル系ガジェットに限ったものであり、その他の分野では逆に日本ならではの強みになり得ると思っています。そもそも日本においては、古くから過剰品質を愛で、大事にする文化が根付いています。例えば、日本料理で汁椀を開けると、蓋の裏に蒔絵が施されている…というような演出がそう。2015年のヒット商品で言えば、洋服にシミがついたらすぐに洗いたいというニーズに応えた、世界最小のハンディ洗濯機『COTON』や、文具各社が発売した『折れないシャーペン』、ハチミツが垂れにくい『くるりとハチミツスプーン』などが挙げられます」

 このキーワードで今年話題を集めそうなものとして北村さんが挙げるのは、愛知ドビーという名古屋の鋳造メーカーが作る「バーミキュラ ライスポット」だ。

「この会社は、2010年に鋳物ホーロー鍋『バーミキュラ』を発売し、最長15カ月待ちの大ヒット商品になりましたが、これはその大ヒット鍋の周りをさらにIH熱源で包んだもの。バーミキュラが持つ熱効率の良さ、気密性の高さという特徴に加えて、火にかけることなく煮炊き、炊飯ができるという優れもの。料理が苦手な人ほど活用範囲の広い調理器具であり、家庭料理の世界をガラリと変える可能性を持った商品だと感じています」

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▲鋳物ホーロー鍋の周りをIH熱源で包んだ「バーミキュラ ライスポット」。もはや調理に火もいらない。

なぜこれが世に出たのか?ルーツが明確な商品に人は惹かれる

 第二のキーワードは、「必然性」。なぜ、その商品を世に出したのか、作り手の意思が明確であるものは、消費者の納得感と共感性を呼ぶからだ。

「このキーワードは特に、前述した『六次産業』において当てはまります。六次産業のものにヒット商品は少ないと申し上げましたが、その理由は『なぜ、この商品を出すのか』が明確でないケースが多いから。だから、地方発の六次産業系商品と言えばジャムやジュース、ドレッシングばかりになってしまうんです」

 その中、「なぜこれを出すのか?」を追求し、2015年に大ヒットしたのが三重県のトマト農園「デアルケ」が発売する「極上200%トマトジュース」。低温で7時間以上煮詰め何度も漉して作られた、うま味が凝縮したトマトジュースで、500ml・3,480円と高額ながら飛ぶように売れている。普段使いではとても手が出ない値段だが、消費者がオカネを最大限有効活用しようと考え抜いた結果、「これなら」と納得のうえ、プレゼント用途や記念日に購入しているという。

「この流れを踏襲するものとして私が今年注目しているのは、鹿児島県南さつま市にある笠沙漁港が手掛ける『さつまからすみ』。からすみは、ボラの卵巣を加工したもの。通常ボラは河口や内湾に生息するため臭みが強く、卵巣以外は捨てられることが多いのですが、笠沙で水揚げされるボラは外海を巡ってくるため臭みがなく、身が刺身で食べられるほど。その卵巣で作られたからすみは濃厚な香りと味、ねっとりとした触感で得も言われぬ旨さ。まさに『ここでしか獲れない名産』であり、笠沙のものを買う意味がある商品だと、誰もが納得するはず。このように、消費者が商品のルーツに納得できることが、ヒットを生む必須条件になると思っています」


「あなただけに」と提供された商品に、消費者は価値を感じる

 そして第三のキーワードが「あなたさま仕様」。ターゲットを消費者1人にまで絞り込み「あなたのための商品」と提供されれば、誰もが心惹かれ、価値があると感じるからだ。

 2014~2015年にヒットし、いまも品薄状態が続いている時計ブランド「Knot(ノット)」は、時計本体が約20種、ベルトが約200種もあり、それを自由に組み合わせて自分だけの時計が作れることで人気を集めた。ムーブメント、ガラス板、ベルト、そのほとんどがメイドインジャパンで、ベルトは京都の組み紐、栃木のレザーなどバラエティーに富んでいる。

「このキーワードで2016年に注目されそうなのが『テレファーム』というリアル農業ゲーム。農場や牧場のシミュレーションゲームはいくつもありますが、このゲームはプレイヤーが農作物を育てると、実際に同じものがリアルな畑で栽培され、ゲーム上で収穫期を迎えると現物が送られてくるというもの。バーチャルながら、まさに“自分が育てた、自分だけの農作物”が送られてくる楽しさ。すでに話題になりつつあるゲームですが、今後さらに注目が集まるでしょう」

「今話題の『電力自由化』もこのキーワードに当てはまります。4月1日の電力自由化を機に新規参入する『新・電力会社』は通信会社、ガス会社などさまざまありますが、各社ともエネルギーとインターネット、通信などを組み合わせたプランを提案する見通し。1社でライフラインをまとめることで、お得にサービスを提供し、新規顧客を取り込もうとしています。いかにユーザー一人ひとりに沿った、リアリティーのあるプランを提供できるかが各社の腕の見せ所でしょう」

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▲「テレファーム」の栽培シミュレーション画面

 


 以上の「過剰品質」、「必然性」、「あなたさま仕様」という3つのキーワードから考えると、「2016年は大企業よりも中小企業にチャンスが大きい年になる」と北村さんは見ている。

「中でも『過剰品質』のテーマは、一定以上の品質のものを多くの人に広く届けるという使命を背負った大企業には難しく、中小こそが取りやすいスタンス。『必然性』『あなたさま仕様』のテーマもフットワークの軽い中小企業に強みがありそう。さまざまな地域、さまざまなジャンルから、思わぬ着眼のヒットが飛び出してくると期待しています」


守るべき部分は死守し、引くところは引く…自身の仕事の「生命線」を決めることが価値ある仕事につながる

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 ビジネスパーソンは、時代の流れをつかみ、それに沿った企画や提案を考えることが重要だ。2016年の流れをつかむために、ビジネスパーソンはどんなことにアンテナを張り、どんなスキルを磨いていけばいいのだろうか?数々のヒット商品を見続け、その開発者、企画担当者の話を聞いてきた北村さんは次のように分析する。

「ヒットする商品を見ていると、発想力だけでなく“説得力”も非常に重要なスキルなのだと感じます。自身のアイディアをどのように社内の関係者に伝え、商品化につなげるためにいかにうまく説得して巻き込むか――ひとつの発想を商品化につなげる過程にこそ、開発者、企画者の努力と苦労があるのだと。

 たとえば、昨年発売され、今も人気が続いているホンダの新型軽自動車『S660』は、軽ながらスポーツカーのようなスペック、スタイリッシュなデザインが支持されています。先日、内装、外装デザイナー2人と対談する機会があったのですが、彼らがいかに社内各署と折衝を重ね、『守るべき部分は死守し、どうしても引かねばならないところだけ引く』を徹底したのかが伝わり、非常に感心させられました。

 “軽自動車でもスポーツカー並みのスペックとデザイン”がS660の生命線。そのため、軽では珍しく、オリジナル部品が多数使われています。しかし一方で、コストはできるかぎり抑えなければならない。そこで、内装パネルなどは安価な素材を採用しているそう。これが彼らの『引いた部分』です。しかし、決して安い素材には見えない仕上がりになっているのが素晴らしい。安価な素材でも、いかに高スペックに感じてもらうか。単に『引く』だけではだめ、ということ。試行錯誤を繰り返し、その過程でさまざまな部署と交渉を重ねて、S660というヒット車種が生まれたのです。

 企画・開発担当者に限らず、ビジネスパーソンは普段の仕事の中で常に『高品質』と『納期厳守・コストダウン』の両立を迫られていると思います。もちろん、納期やコストを守るのは大切なことですが、担当者として“絶対に守らなければならない生命線は何か?”を理解し、通すべきこと、引かねばならないことをとことん考え抜くことが、より価値のある仕事につながるのだと思います。それに、『これだけは守る』と決めた生命線をつかめていれば、『もう無理!』と思っても、そこからもうひと頑張りするパワーが生まれる。そう感じています」

 

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山 諭 

 

「マリオ&ルイージ図屏風」の木版画を制作した『芸艸堂』は日本唯一の手摺木版本の出版社!

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日本画の歴史ある流派の一つ「琳派」400年と任天堂「スーパーマリオブラザーズ」30周年を記念し、国宝「風神雷神図」をモチーフにした「マリオ&ルイージ図屏風」が制作されて話題となっています。また、その木版画も制作され、90部が限定販売されるとのこと。木版画を制作するのは120年以上の歴史をもつ日本で唯一の手摺木版本の出版社である『芸艸堂(うんそうどう)』。今回は、芸艸堂の素敵なお仕事と、「マリオ&ルイージ図屏風」の木版画の情報をお届けします。

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「マリオ&ルイ―ジ図屏風」©Nintendo 作 山本太郎 2015年

『芸艸堂』は本来の意味で、日本唯一の「板元」

芸艸堂』は本来の意味で、日本唯一の「板元」 出版業界では出版社のことを「版元(はんもと)」と呼ぶことが多いのですが、語源をご存じでしょうか。江戸時代は機械印刷がないので木版画が主流。版木の製作から印刷・販売まで一貫して行う書物問屋などが版木を所有していたことから「板元(はんもと)」と呼ばれていました。時代が移り変わり「板」が使われることが減り、「板」は「版」に転じたのです。そして現在、木版画など手摺りの木版本刊行や手摺り技術を活用した美術書の制作をしている「板元」は日本で芸艸堂』だけです。

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創業1891年(明治24年)と、120年以上の歴史を持つ芸艸堂四代目の山田博隆さんにお話をうかがいました。 「昔から京都の地場産業は着物の染織などが主だったところでした。そういった着物の図案家(デザイナー)さんや工芸作家さん達が参考にする図案本(集)を私どもは出版してきたんです。昔はカラー印刷といえば木版摺でした。1枚の絵や図案をつくるのに色を重ねていくので版木はたくさん必要なんです」(芸艸堂・山田さん) 明治・大正・昭和初期に活躍した神坂雪佳(かみさかせっか)は京都でも有名な画家・図案家。琳派の柄を使い、新しいデザインを提案して、京都の工芸界を活性化させました。その神坂雪佳の図案本などを出版していたのが芸艸堂。

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※芸艸堂サイトより。琳派模様(りんぱもよう)百々世草(ももよぐさ)

「当時、雪佳さんの本を出すと、他の出版社は別のデザイナー(図案家)を見つけてきて新しいデザインを提案した本を出すわけです。お互い競い合っていましたね。現代のファッション誌のようなものをイメージしてもらったら分かりやすいかもしれません。『次はこういう柄が流行りそうですよ』とどんどん新しいデザインを出し合って京都の図案家や工芸作家に販売していた。競争があるから次から次に新しいものが増える。そうすると必然的に摺るための版木も増えていったというわけです。所蔵している版木は数えたことはありませんが、推定で10万枚以上ですね」(芸艸堂・山田さん)

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芸艸堂の経験ある彫師、摺師といった職人さん達の手間と労力によって、平成の世にもしっかりと継承される美しい木版画。その技術は浮世絵や鑑賞作品、美術本以外にも活かされています。扇子、手ぬぐい、絵はがき、便箋・封筒、折り紙、ファイルなど、ついつい集めたくなる和雑貨。木版和綴じノート和の手控え帖、シリーズになっている豆本も世代を超えて人気があります。また、海外からのお客さんも多く、かわいい一筆箋は、縦書きに不慣れな外国人からの要望で珍しい横書きバージョンも販売。どれもオススメですのでぜひチェックしてみてください。 興味深いのは、こういった伝統ある版元がまた新たな販売方法に挑戦していること。 コンビニエンスストアのファミリマートが企画するコンテンツ事業の一つ「ファミマプリント」のぬり絵シリーズにて芸艸堂の「北斎漫画」と「花版画」を発売しています。

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※芸艸堂サイトより。→ファミマプリント

芸艸堂 http://www.hanga.co.jp
《京都本店》9:00~17:30(店休:土日祝) 京都府京都市中京区寺町二条南入妙満寺前町459番地
《東京店》9:00~17:30(店休:土日祝) 東京都文京区湯島1-3-6 

 琳派400年×スーパーマリオ30周年記念「マリオ&ルイージ図屏風」

「マリオ&ルイージ図屏風」を制作した経緯をイムラアートギャラリー(展覧会の企画・制作)の清水雅子さんにうかがいました。

「現代の琳派継承者の一人、画家の山本太郎(イムラアートギャラリー所属)が琳派400年という機会に『何か特別なことができないか』と考えておりました。そんな折に任天堂の『スーパーマリオブラザーズ』が30周年を迎えられると耳にしまして、せっかくでしたらお互いをお祝いするような絵を描かせていただけないかとオファーをさせていただいたのがはじまりです」(イムラアートギャラリー・清水さん)

山本太郎さんは、古典絵画の中に現代の風俗を紛れ込ませたユーモラスな作風で、ニッポン画家とも、現代の琳派とも称されています。 今回の「マリオ&ルイージ図屏風」のモチーフになったのは、俵屋宗達による「風神雷神図」。 「琳派の祖といわれている俵屋宗達の『風神雷神図』は400年もの間、継承されてきた琳派の大切なモチーフ。山本太郎も敬愛の念を強く持っています。そして、任天堂も『スーパーマリオブラザーズ』というキャラクターを企業の宝として守っていますよね。もし、描かせていただくのであればこういう構図がいいのではないかと提案させていただきました。とは言っても実は、山本太郎も私どもみんな『スーパーマリオ』世代なんです (笑)」(イムラアートギャラリー・清水さん) 

f:id:arkcomm:20160112045804j:plain“MARIO and LUIGI Rimpa Screen” ©Nintendo, Taro YAMAMOTO, 2015

「マリオ&ルイージ図」は屏風だけではなく、木版画として芸艸堂が制作し、イムラアートギャラリーが販売します。
「屏風だけですと一般の皆様の手元には届きませんよね。こういう機会にせっかくですから木版画を作って、琳派のファンにも任天堂ファンにもお届けできないかと、任天堂と芸艸堂に相談させていただいたんです」(イムラアートギャラリー・清水さん)

「任天堂もイムラアートギャラリーも芸艸堂も、同じ京都の企業です。これに参加して同じ作品が作れるのは光栄ですし、楽しいですね」(芸艸堂・山田さん)

f:id:arkcomm:20160114014815j:plain©Nintendo 作 山本太郎 2015年

木版画「マリオ&ルイージ図屏風」
シート価格:15万円(税別)
額装も可能。「山本太郎」落款が入ります。90部限定で、限定番号入り。
お問い合わせ:イムラアートギャラリー → http://www.imuraart.com

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この木版画は全世界でたった90人しか持つことができません。日本の美術史にもゲーム史にも残る、ある意味「国宝級」作品の複製を手元に置くというのは現代人として極上の幸せではないでしょうか。 

 

文:魚住陽向 (facebook
編集:大山勇一(アーク・コミュニケーションズ

 

※本記事は、アーク・コミュニケーションズ運営の「アークのブログ」より転載した記事です。

www.ark-gr.co.jp

【オラに元気をわけてくれ】今話題のARスポーツ『HADO』を編集部でプレイしてみた

新年を迎えて半月あまり。ひとによっては「会社なんて行きたくない」というおとなのイケナイ感情が、ふつふつとこみ上げてくる頃だろう。そんなときに思い出したいのが、子どもの頃に描いた「スーパーヒーローになる」という夢。夢を追いかける熱い心を思い出せば、今日も明日も明後日も、元気いっぱい過ごせるはず。

そんな夢を抱いて開発されたゲーム『HADO』は、自らの手で魔法が打てるように開発された、ウェアラブルデバイスとAR技術を駆使した新時代のスポーツだ。スマホ挿入型のヘッドマウントディスプレイとウェアラブルデバイスの振動感知センサーを腕に装備すると、炎やストーン、モンスターなどさまざまなエフェクトが目の前に出現。その対象物に向けて手のひらから魔法を放つことができる。HADOは、ITを融合した新しいジャンルのスポーツという意味で「テクノスポーツ」と名付けられている。

今回、リクナビNEXTジャーナル編集部の中でも、日ごろのうっぷんが特にたまっている編集者・KSKが、HADOに挑戦。「ドラゴンボールの孫悟空になりたい」という熱い夢を抱きつつ、かめはめ波でモンスターに打ち勝つまでの軌跡を追った!

 

夢と希望と勇気をもって、愛と地球を守るために半年前に転職してきたKSK。けれど、なんだかずっと顔色が悪いご様子。

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家では便器のフタがあがったままだとヨメに叱られ、会社では上司や同僚に仕事のミスが多いと指摘される日々。

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いつからボクの人生はこうなってしまったんだ。スカッとしたいよーーー!

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オラに元気をわけてくれーーーーーーーーーー!!

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へーんしん!!

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気合だ!気合だ!!気合だ!!! 

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よーし、パワー全開だぞ! 大地よ、海よ、そして生きているすべてのみんな......このオラにほんのちょっとずつだけ元気をわけてくれ...!! ヨメも上司もかかってこい!

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トォォォ!

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スタート!!(しかし、おめえ強そうだな)

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か…め…は…め……

 

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……!?

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……はっ!?

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あっさり敗北。(エフェクトなしだとこんな感じ)

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モンスター強し。まいった。このままかめはめ波も打てないまま終わるのか......。バイバイ、みんな...。

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その時、聞き覚えのある声が。
落ちこぼれでも必死に努力すりゃエリートを超えることがあるかもよ
そこに現れたのは敵と思い込んでいた上司。立ちはだかる敵は腰がひけてしまう自分自身の分身だったのだ。よし、こうなったら、みんなで力を合わせて闘おう!

 

「かめはめ波ーーーー!!」

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ゴングは再び鳴った。今度のオラはちょっと強えぞ!

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オラがやらなきゃ、誰がやる! オラのすべてをこの拳にかける!!

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こんな楽しい闘いはオラはじめてだ!!わくわくするぞっ!!

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かめはめ波ーー! 

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どやああああああ!!

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「ステキ」と褒められて、気分も上々! サンキュー、HADO!!

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HADOを制作するmeleap社CSOの本木卓磨さんによると、開発メンバーは全員どんぴしゃの「ドラゴンボール」世代。「かめはめ波を打ってみたい」という純粋な気持ちから同プロジェクトを立ち上げた。しかし、創業当時のmeleap社には、映像システムに詳しいエンジニアは誰一人おらず、何もかもゼロからのスタートだったという。

「幼い頃、どんなに憧れても使うことのできなかった魔法ですが、今の技術を使えばもしかすると可能なのではないかと思ったんです。日々試行錯誤の連続ですが、『魔法を使えるシステムを開発したら世界を圧倒的に面白くできる』という思いを胸に開発を進めています」

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HADOには今回紹介した「リアルモンスターバトル」ほか、3対3でドッジボールのように魔法を打ち合える対人ゲーム「HADO」があり、子ども同士でも、おとな同士でも、親子でも楽しめる。イベント会場では、第三者視点のカメラ映像が設置され、プレイヤーが魔法を使いながら闘う様子をリアルタイムで見物できるのも魅力のひとつだ。

「勝っても負けても、『魔法をつかえた』という希少な体験を共有できるため、レクリエーションに最適です」 

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リアルモンスターバトル」も「HADO」も、1ゲーム120秒。前後運動が多く、常に動き回っていないと負けてしまうので、1ゲームが終わると汗ばんでいることも。

「この仕事についてから筋肉痛は日常茶飯事です。HADOの開発は、人間の動きをきちんと考慮しなくてはいけないなど、ゲームの開発というよりはスポーツの開発に近いと思います」と本木さんはいう。

「これまでは筋電位でパワーを蓄えないと、波動拳が打てない仕様でしたが、それだと力のない人はなかなか打てず、子どもは腕輪がゆるくて使えないトラブルがありました。なので今は、単純に振りを感知するセンサーだけをつかい、誰もが波動拳を打てるように改良しました」 

 「リアルモンスターバトル」はテーマパークやショッピングモールで行われるアトラクションとして、競技用ゲーム「HADO」は、社内レクリエーションなどの場で広めていく方針。「リアルモンスターバトル」はハウステンボスですでに常設設置されている。

 ちなみにどちらも開発者である本木さん以上の点数をたたき出したプレイヤーはいないとか。王者を倒したいひとは奮って挑戦を!

文:山葵夕子 撮影:ヒダキトモコ

参照:「ドラゴンボール」(鳥山明/集英社)

ものづくりの未来を支え、技能の日本一を決める!「技能五輪全国大会」に行ってみた

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 「技能五輪全国大会」をご存知ですか?

 「技能五輪全国大会」とは、各都道府県から選抜された、原則23歳以下の若者たちが “技能の日本一”を競う大会のこと。厚生労働省と中央職業能力開発協会が主催し、年に一度開催されています。選手は企業に所属している従業員と、高校・大学・各種専門学校の生徒たちです。

 では、この「技能五輪全国大会」、どのような技能を競技しているのでしょうか。競技職種は6区分41職種で構成されており、「電気溶接」「曲げ板金」などの金属系、「メカトロニクス」「工場電気設備」などの電子技術系、「抜き型」「機械製図」などの機械系、「ウェブデザイン」などの情報通信系、「タイル張り」「とび」などの建設・建築系、「美容」「日本料理」などのサービス・ファッション系に分けられています。

<競技職種>

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国際大会もある「技能五輪」

 実はこの大会、二年に一度開催されている「技能五輪国際大会」の派遣選手の選考会も兼ねているんです。2015年8月に国際大会が開催されたばかりなので、残念ながら今年ではなく、来年の全国大会で派遣選手の選考も行われる予定です。ちなみに、2015年に開催された「第43回技能五輪国際大会」はブラジルのサンパウロで行われ、世界59カ国・地域から選手が参加、国内の大会より少し多い50の技能で競技します。2015年の日本選手の成績はというと――

<技能五輪国際大会の日本人選手の成績>

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 自動車板金や移動式ロボットで金を獲得しています。若者の技能大会でも、メカトロニクスの分野では日本は世界トップレベルを維持しているようです。しかし国・地域別の金メダル獲得数を見てみると2007年の日本で行われた国際大会で16の金メダルを獲得し圧勝したのを最後に、その後4回の大会では1位を逃しています。代わりにトップを独走しているのは韓国。2009年の大会から、金メダル獲得数トップの座を譲っていません。2015年も韓国が1位、2位はブラジル、3位が日本、オーストリア、中国、南チロル・イタリア、チャイニーズタイペイという結果でした。技能大会は、ものづくり立国としての日本の威信をかけた戦いなのです。

参加選手が多い“人気の競技”は?

 それでは、41の職種(参加者1,183名)のなかでも、選手が多いのはどの職種なのでしょうか?参加選手が多い順に上位10職種を見てみると――

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 選手数ではメカトロニクスの82名がトップです。ただし、メカトロニクスは2名で1チームとして行う競技なので、実質は41組。メカトロニクスは技術系の学校の生徒だけでなく、キヤノン、トヨタ自動車、デンソーなど日本を代表する大手メーカーの若手社員が名を連ねています。続いて多い建築大工は、全国の工業・建築技術系の学校の生徒と工務店、建築会社の従業員が参加。日本料理は調理系の専門学校の生徒とホテルや旅館、日本料理店から選出されています。

 学校や企業を代表して参加するこの大会、選手のプレッシャーはいかばかり…。

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大会概要

 全国大会は13会場で行われますが、2015年のメイン会場は幕張メッセ。写真の左上にひときわ多くの人が集まっていますが、ここが「メカトロニクス」です。そう、日本が世界でトップレベルの技術を誇るメカトロニクス分野は、技能大会でも参加選手が多く、かつ所属している企業の先輩たちの熱い期待が集中する大会のホットスポットなのです!

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▲左上のギューギューにご注目ください

 

 もちろん、熱く見守られているのはメカトロニクスだけではありません。ほかの競技でも、所属企業の先輩たちの期待を一身に受けた各選手の周りには、思いの詰まった寄せ書きがかけられていました。 

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 ▲超高精度の0.001mm(1ミクロン)単位の加工技術を求められる機械組立て

 

  大会の競技課題の進行は、各技能によってさまざま。「フラワー装飾」のように1日で終わる技能もあれば、「電子機器組立て」のように準備含めて3日間、競技も複数行われるものもあります。また、競技によっては当日に課題が発表されるため、迅速な対応力も問われます。与えられた時間の中で課題を完成させ、その時間と内容によって判定されるのです。

競技ダイジェスト

 それでは、大会の様子をダイジェストでご紹介します。

タイル張り

【競技のポイント】
あらかじめ決められた課題通りに、壁と床を想定した下地にタイルを張り、目地詰めを行います。正方形のタイルを、課題に合わせて切断して作成しますが、加工が1mmでもずれると出来映えに影響します。その名の通り、タイル張りの速さと美しさを競う競技です。

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▲競技課題。幕張で開催なので、チーバくん登場

 

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▲耳の鉛筆がいいですね!正確に、タイルをカッティングしていきます

 

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▲最後まで念入りに正確さをチェック。今回の優勝作品です。

電子機器組立て

【競技のポイント】
スマートフォンやテレビなど、ほとんどの工業製品に組み込まれている電子機器。「組立て」といっても、実際はCADを用いて「回路図の設計」を行い、回路を「組み立て」、電子機器を動かすための「プログラミング」を行い、また、動作不良の電子機器を「診断」し「修理」するといった幅広い知識・スキルが問われます。1日目は電子機器の製作、2日目は動かない電子機器を修理するという課題が与えられました。

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▲機器の点灯部分がさいころの目と同じになるように設計します(課題の一部です)

 

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▲まるで我が子を見守るかのような先輩技術者のみなさん

 

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▲ハードとソフトのどちらの知識も必要とされ、国際大会でも常に上位入賞している競技です

建築大工

【競技のポイント】
課題図に示された複雑な形状の「五角形小屋組」を製作し、その技術・技能や出来映えを競います。作業は「原寸図」→「部材の木削り」→「墨付け」→「加工仕上げ」→「組立て」の順。加工技術の高さと速さを問われる競技です。

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▲こちらが課題。最初に与えられるのは課題図のみです。完成品は最後に展示されていました。

 

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▲1日目はほぼ「切って、削って、切って、削って…」という作業

 

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▲正確に加工しないと組み上がりません

電工

【競技のポイント】
「電工」とは、ビルや工場、一般家庭の電気設備の工事のこと。スイッチやコンセントの取り付け、機械や照明への配線、電線保護のための配管が主な仕事です。電気設備は建物とともに長く確実に機能することを求められており、もし設置不良個所があった場合、漏電や感電、火災などの重大事故につながることも。そのため、課題には安全で確実な電気設備の構築を目指し、代表的な工事の組み合わせと、制御機器を用いた施工で競技します。

 

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▲競技課題の一部。こちらもチーバくんをイメージしています

 

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▲標準時間5時間30分、打ち切り時間6時間20分。スピードが求められる競技です

 

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▲着々とチーバくんが現れてきました。「終わりました!」という選手の声に観客から拍手が起こります

 左官

【競技のポイント】
11時間30分で行われる左官競技。事前に公表された課題図を基に、石膏の造形美と塗り壁の美しさを競うだけでなく、軽量鉄骨組み立てと石膏ボード取り付けを追加した競技です。「速く、きれいに、正確な」塗りの技能とともに、素材の性質を熟知した工法、塗りの表現力など、無駄のない動きと集中力が求められます。

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▲こちらが課題です

 

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▲大会の開催は12月ということで、クリスマスをイメージ!

 

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▲スタッフの方の背中の「左官」ロゴにもこだわりが表れています(写真左奥)

 とび

【競技のポイント】
図面に示された各部材を順序よく、正確に組み立てることにより、その技能と小屋組の出来映えを競います。単管パイプによる足場組立の作業を基本として、基準柱を割り出し、その他の柱の位置を決めることがひとつのポイント。段取りを考えながら、いかに安全に速く組み立てることができるかが重要です。

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▲見通しのいい会場なので、速さの違いが一目瞭然です

 

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▲体力も重要な要素。単管を素早く組んでいく姿に目を奪われます

 

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▲2日目は「解体」。こちらも手際の良さが評価されます

情報ネットワーク施工

【競技のポイント】
光ファイバやLANケーブルなど、情報通信の施工技術を競います。課題は6種類と幅広く、住宅内を想定した配線施工や光ファイバを配線図に従って正確に接続する作業、あらかじめ不良個所が含まれているケーブル線路を発見し、故障診断を行う作業など。いかに速く、正確に、そして美しく施工されているかどうかを判断されます。

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▲「情報ネットワーク施工」も、2015年の国際大会で日本は金メダルを取りました

 

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▲丁寧に、そして素早く。

理容・美容

【競技のポイント】
ヘアカットとカラー、パーマネントなどの技術を通じ、美しさと確かな技能を競います。どちらも4種類の課題が出されます。

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▲理容課題4「クラシカルバック バリエーションヘア」

 

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▲理容の作品。カラフルでアバンギャルドな作品が並びます

 

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▲こちらは美容の作品群。蘭の花のような佇まい

メカトロニクス

【競技のポイント】
生産工場の現場では、メカトロニクス技術を応用した自動化や生産管理によって、危険性の高い作業現場の無人化や製品の高度な品質管理などを実現しています。メカトロニクス技術とは、センサ、モータ、空気圧回路、制御装置、制御プログラムなどを用いて、機械システムを自在に電子制御する技術のこと。この競技は、工場の自動生産ラインを模擬し、ベルトコンベア、機械装置、産業用ロボットなどを自動制御して製品を決められた手順に従って搬送します。1チーム2名の選手が連携して装置の設計、組み立て、調整、プログラミングや保守を行い、作業の速さと正確さを競います。メカトロニクス技術は、日本が得意としている領域だけに、会場の熱意もただ事ではありません。 

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▲支給された部品と図面をもとに、ここに生産設備を構築します

 

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▲食い入るように見つめる先輩たち…

 

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▲チームワークも重要な要素。課題は設備構築だけでなく、不具合の特定と修復も含まれます

 

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▲チェック中。真ん中のアームが動いているのが分かりますか?

最後に

 各競技、それぞれ盛り上がっていた技能五輪全国大会。競技によっては、振り返りに使用するため会社の先輩が競技の一部始終を動画撮影し、チェックシートに進行状況を書き入れている場面も。

 ひたむきに技能競技に取り組む若者と、日本一のみならず世界一を目指す技術力を育てる現場の情熱と意気込みを感じることができる技能五輪、入場は無料なので機会があれば覗いてみては。なお、2016年は山形県、2017年は栃木県、2018年は沖縄で開催予定です。

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▲2019年・2020年は愛知が連続して立候補

 

文:タニー只野 イラスト:見ル野栄司

 

 

子どもが売られない世界を作る!児童買春問題に本気で取り組む若手社会起業家が描く「絶対に実現したい未来」

東南アジアを中心に根深い問題となっている「児童買春」。貧しい家の子どもが「都会に行けばいい出稼ぎ先がある」とだまされ、売春宿に売られるというケースが多いという。そんな現状を変えたいと立ち上がったのが、認定NPO法人かものはしプロジェクトを率いる村田早耶香さん。彼女がこの問題を知ったのは、今から15年近く前の大学2年生の時だ。

非常に酷烈、しかし遠い異国で起こっている社会問題。それに対して、村田さんが「自らが動かなければならない」という強い使命感を覚えたのはなぜだろうか?

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認定NPO法人かものはしプロジェクト 共同代表 
村田早耶香さん
フェリス女学院大学2年生の時に授業で、「東南アジアで子どもが無理やり体を売らされている」問題があると知り、衝撃を受ける。その後タイとカンボジアを訪れ、問題の根深さを目の当たりにし、問題解決のための活動を開始。2002年、世界の「売られる子どもの問題」をなくすために、本木恵介さん、青木健太さんとともにかものはしプロジェクトを設立。現在、主にカンボジアとインドで活動している。

 

12歳の子どもがわずか1万円で売られ、HIVで死ぬという現実に愕然

 村田さんが「子どもが売られる」問題を知ったのは2001年6月、大学2年生の時。国際問題に関する授業の中で取り上げられた新聞記事がきっかけだった。

 東南アジアのある女の子が、貧しさゆえに12歳でベビーシッターとして出稼ぎに出ることになったが、だまされて強制的に売春宿で働かされ、わずか20歳でHIVによって亡くなったという内容。彼女が生前語った「“学校”というところに行って勉強してみたかった」という夢も紹介されていた。

「当時、私は19歳。ほぼ同じ年齢、同じ時代に生きているのに、生まれた国が違うだけでこんなにも人生が異なることに衝撃を受けました。彼女が出稼ぎに出た時、家族に支払われたのは1万円。ちょうど、その時私が着ていたワンピースと同じ金額でした。ワンピースと同額で売られ、勉強したいと願いながらも若くして亡くなってしまう…あまりにひどい!と憤りに近い感情を覚えました」

 授業をきっかけにこの問題を調べ始め、年間180万人もの子どもが新たに被害者となっていることを知る。しかも、本人の意に反しているにもかかわらず、売春宿にいた子どもに対する世間の目は厳しく、せっかく保護されても学校に通わせてもらえなかったり村を追い出されたりするケースが頻発している。被害者なのに「悪い仕事に関わっていた」と犯罪者のように扱われるため、将来を悲観して自殺する人も少なくない。あまりに理不尽だと感じた。

 矢も盾もたまらず、2カ月後に東南アジアに足を運んだ。特にひどいと感じたのは、カンボジア。

「被害者を保護している施設を訪問したところ、わずか5、6歳程度の子どもが何人もいるんです。ここは売春宿からの保護施設なのに、一体どういうことなのか…?となかなか理解できませんでした。こんなに小さいのに売春宿に売られ、客に買われ、嫌だと泣けばひどい虐待を受ける。だから、みんな『表情』がないんです。自由に笑ったり泣いたりすることさえ許されない環境下で、どんなにつらい思いをしてきたか…予想よりもはるかにひどい状況に絶句しました」

「自分たちが立ち上がらなければ、この一瞬にも被害者が増えている」

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 帰国後、村田さんは本を読んだり文献を調べたりとさらに勉強を進め、自らこの問題に関する勉強会を開催するなど精力的に動いた。その働きが関係者の目に留まり、同年12月に横浜で開催された「児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」に日本の若者代表として参加することになったという。

「せっかくの機会を活かしたくて、問題解決のための要望をまとめました。子どもが売られる問題に関する現地法律を厳しくする必要性や、先進国から途上国政府への『子どもを守る活動』に対する金銭的な支援などを盛り込み、参加者である世界各国の政府や国連、NGOの代表などに伝えることができました。しかし、世界中で最もこの問題について活動している人が集まった会議で問題提起したにもかかわらず、会議で取り組みが大きく前進したように感じることができず、『このままでは被害は増える一方。やはり自分たちが先頭に立つ気持ちで活動しなくてはならない』と覚悟を決めました

 当時、東京大学で社会起業家を輩出するための活動をしていた青木健太さん、本木恵介さんとの出会いもあり、「世の中をもっとよくしたい」という互いの思いに賛同。3人が共同代表になるという形で2002年にかものはしプロジェクトを発足した。

「一番の加害国」として批判され、日本人だからこそ取り組まなければならない問題だと痛感

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 東南アジアで子どもが売られている問題は、想像を絶するほどの酷烈な問題だ。ただ一方で、多くの日本人にとっては当事者意識を持ちにくいテーマにも思える。しかし村田さんは、「日本人だからこそ、自ら動かなければならないと強く思った」という。

「世界会議の場で、『日本はアジアで一番の加害国である』と何度も指摘されました。児童ポルノの一番の生産国であり、しかも対策のための法整備は遅れていた。自分自身が日本人であるがゆえに、非難される対象にもなってしまい、恥ずかしさを覚えました。また、タイ、カンボジアで『被害者にもかかわらず犯罪者のように扱われ、人生そのものを奪われてしまう』子どもたちを多数見てきました。こうしている間にも、被害者は増え続けている。まずは行動することで、一人でも被害者を減らしたいと思ったんです」

 活動を開始してほどなく、早く成果を上げるためには駐在事務所を置くなどして「仕事」として本腰を入れなければならないと気付く。そのために就職はせず、大学卒業後も活動に取り組むことを決意した。ただ、決断までには迷いはあった。失敗したら後はない、片道切符のようなもの。そこまでリスクを取っていいのか?いったんどこかの企業に就職すべきではないか?とも考えたという。迷いを振り切り突き進めたのは、現場に出向いたからこそ肌で感じた深刻度の深さ。「見なかったふりなど決してできない」という思いだった。

だまされやすい状況にある子どもを売られる前に保護。職業訓練を受けさせ、自立を支援する

 団体が発足してから13年、現在は「子どもを売らせない」「子どもを買わせない」という大きな2つの柱を掲げて活動しているが、ここまで来るには紆余曲折があった。

 まず、当時急激に被害者が増えていたカンボジアにおいて、「子どもが売られる問題」の構造を分析したところ、一番のネックは「加害者が処罰されない」こと。売春宿が摘発されない、子どもを買っても捕まらないから、どんどん被害者が増えている現状を変えるには、「警察がきちんと加害者を捕まえる」ことが大切だとわかった。しかし、まだ学生の身で一国の法執行に関わるのは難しい。今できるのは、「だまされて売られる子どもを減らすこと=だまされやすい状況にある子どもを売られる前に保護すること」と考え、まずはカンボジア・プノンペンにIT職業訓練学校を立ち上げた。

 現地で就職するにはパソコンスキルが必須。貧しい家庭の子どもや孤児院の子どもを対象に教育カリキュラムを作り、Word、Excelを指導。これらを習得した子どもは、さらにWEBデザインを教えた。日本においては既にIT事業部を立ち上げており、IT業務を請け負い将来的にカンボジアに発注するというサイクルを作ろうと考えた。

被害が都心部から農村部へ移っていったことで、事業内容を大きく見直し

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 立ち上げて3年後、日本のIT事業部はビジネスとして回るようになり、カンボジアでは実際にスキルを活かして就職できた子も出た。しかし、大きな問題が生じる。3年の間に、被害者が農村部に集中し始めたのだ。

 それまでは、比較的都心に近い貧困層や、ストリートチルドレンも対象にしていたが、ユニセフ等による「子どもを売らせない」啓蒙活動が浸透し始めたためか、より情報が行き届いていない地方の農村部に犯罪者の矛先が向かった格好だ。

 そこで、農村部の貧困家庭に対して仕事を創出することで、家庭に収入をもたらし、「子どもを出稼ぎに出さなくて済む(=だまされて売られないで済む)」環境を作ることに事業内容を大幅にシフトする必要が出てきた。

「農村部は電気も通っていない場所が多く、そこでITの職業訓練を行うのは無理があります。また、IT教育は少なくとも小学4年生程度の学力がないと身につきにくい、とも言われています。就学もままならない農村部においては子どもにITを教えるよりも、貧困家庭に仕事を供給することで、子どもが売られるリスクを減らすほうが問題解決につながると考えました」

 具体的には、カンボジアの“い草”を使った生活雑貨を作る工房(コミュニティーファクトリー)を立ち上げ、現地の女性に作り方を指導し、できた商品をお土産ものとして販売するというビジネスモデルを考案。現在はコースターなど約20種類を作成し、アンコールワットなど観光地の土産物店や観光客向けホテルなどで販売している。

 ただ、3年も続けてきたITビジネスを畳んで新しい事業を始めると決断するまでは、団体内で揉めに揉めたという。この事業を行うという名目で支援を募ってきただけに、支援者にどう説明するのか、約束を破ることにならないかという意見が出たほか、現地の職業訓練学校やIT事業部で雇用したメンバーをどうするかという問題もあった。

 しかし、被害の現場が大きく変化した以上、現状のままでは被害者を減らすことはできない。村田さんは幾度も思い悩んだが「被害者を減らすというミッションを取るか、事業を取るかで言えば、前者を尊重しないと意味がない。救済の対象者を『売られる子ども』だけでなく『貧困家庭』にまで広げればいいという意見もあったが、事業を集中させないと『売られる子どもをなくす』というゴールは遠くなる」と考え、最終決断した。

「決断までに皆で根気よく、何度も何度も話し合いを重ねたので、全員が改めてわれわれのミッションを再確認できました。初めは、ミッションを取るために自分一人で独立することも考えましたが、『みんな一緒の方がより大きなことができるはず』と説得もされ、よりメンバーの結束力も強まりましたね。なお、現地の職業訓練学校は、学んでいる子どもへの指導が終了するまで継続し、その後はPCや教材は現地の孤児院などに寄付、自習教材として活用いただきました」

 い草製品のコミュニティーファクトリーを立ち上げたのは2008年。現在では、約70人の女性が働いており、卒業生も含めると200人が収入を得ることができている。熟練度の向上に伴い売り上げも伸び、現在の年間売上高は2500万円以上となっている。

 2009年からは、カンボジアの内務省、警察、そして国際機関等と協力して、警察支援にも着手している。現地警察に研修にかかる資金支援を行いながら、売春宿摘発のための研修をともに作成。現行犯逮捕の実習など、実践を踏まえた訓練を行うことで、摘発精度の向上と現地警察官のモチベーション向上を図り、摘発数増加につなげている。実際、摘発数は着実に増えており、「子どもがいると摘発の対象になるから」と子どもを雇う売春宿も激減しているという。

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▲コミュニティーファクトリーで作られた「い草製品」は観光客に人気だ。photo by Natsuki Yasuda / studio AFTERMODE

次の目標はインドでの被害縮小。困難続出も「歩みを決して止めない」覚悟

 10年超をかけてカンボジアで一定の成果を上げたいま、村田さんが新たに見据えているのは「インド」。足元での被害状況が最もひどい国だという。

 インドで性産業に従事する(させられている)女性・子どもの数は100万人~300万人にも上ると言われ、そのうち人身売買の被害者は数十万人規模とされている。

 貧困が原因で子どもが売られるのはカンボジアと同じだが、インドでは子どもをだまして売った人、買った人が裁判で有罪判決を受けないケースが多いのが特徴。加害者が有罪判決を受けるのはわずか数%と言われている。被害者からの証言が出てこないことが大きな理由だ。

「被害者に対する社会的迫害はカンボジア以上にひどく、彼女たちのカウンセリングや精神的なケア、そして自立を支援して、裁判での証言を可能にする環境を整える必要があります。そして、法による抑止力を高めることが何よりも急務。いきなり州政府を動かすのは難しいので、現地のNGO団体と連携を取りながら地道に働きかけています。一歩一歩ではありますが、諦めることなく着実に歩を進めることで、問題解決に近づきたいと思っています」

 インドの国土はあまりに広大だ。被害状況を全て把握し、全てを網羅して活動するのは不可能に近い。まずは最も被害者が多いとされる「西ベンガル州からマハラシュトラ州」への人身売買ルートに照準を絞り、「その後は一つひとつエリアを潰していく」計画だ。

 なかなか先の見えない取り組み。時に足が止まりそうになることもあるが、村田さんは「この問題が過去のものとして語られる未来」を夢見て、気持ちを奮い立たせている。

「例えば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がポリオ(急性灰白髄炎)撲滅支援に取り組んでいますが、患者数の多さから根絶は難しいと言われたポリオが、現在では根絶寸前まで来ています。また、戦乱のあった地域には1億個以上もの地雷が埋められていると言われていますが、世界を挙げての地雷除去活動が功を奏しつつあります。これらの事実には、とても勇気づけられますね。『子どもが売られる問題』が世界からなくなる日も、いつか必ず来るはず。その日のために、決して歩みを止めない覚悟はできています」

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▲村田さんのインドでの活動の1コマ。photo by Siddhartha Hajra

 

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:刑部友康 

 

「今さら」ではなく「今だからこそ」第2弾を発売。『もしドラ』岩崎夏海氏が『もしイノ』で伝えたい“イノベーション”とは

2009年に発売され、約280万部の大ベストセラーとなった“もしドラ”こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』。映画化やドラマ化、漫画化もされ、日本にもしドラブームを巻き起こした。

そして今月、その第2弾となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』が発売された。

前作から6年。なぜ今、「イノベーション」を伝えたいと思ったのか?著者の岩崎夏海氏にインタビューした。

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岩崎夏海氏
1968年生まれ。東京芸術大学建築科卒業後、放送作家として数々のTV番組の制作に参加。AKB48のプロデュースなどにも携わる。2009年12月、初めての著書『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が大ベストセラーに。その後も数々の著書を世に送り出し、2015年12月、満を持して『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(ダイヤモンド社)を発売。

 

競争社会の中で自分が勝てる場所を作るのが「イノベーション」

(あらすじ)
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(以下、『もしイノ』)も、前作『もしドラ』同様、高校が舞台。浅川学園1年生の岡野夢が偶然『もしドラ』に出会うところから物語は始まり、友人の真美に誘われて野球部のマネージャーになる。でも、浅川学園には野球部はなく、2人はドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を教科書に、自分たちの手で野球部を作ることを決意する。

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――大ベストセラーとなった前作『もしドラ』から6年を経ての第2弾。今、『イノベーションと企業家精神』を題材にしようと思った理由は何ですか?

 

 今の日本には、「イノベーション」が必要だと感じたからです。

 終身雇用制はほぼ崩れ、世界的な競争激化の波に人々はもまれています。会社が個人の成長を支えるのではなく、個人の成長は個人が請け負わなければならないという過酷な時代に突入しています。

 競争が激しくなるということは、「誰もが競争に参加できる」という意味では公平ですが、この公平さは「オリンピックに競技が1つしかない」のと同じ状況。100メートル競走で70億人が一斉によーいドンで走るようなものであり、勝者はウサイン・ボルト一人、その他すべては敗者という、極めてバランスの悪い世界です。

 例えるならば、そんなオリンピックに競技や種目を1つ1つ増やしていくのが「イノベーション」です。100メートル競走だけでなく200メートルや、リレーなども追加し、陸上だけでなく球技や格闘技なども増やし、金メダルの数を増やしていく。そうすれば競争に巻き込まれることなく「勝てる」人が増えていく。

 ただ、現実には競争からはみ出され、自分の居場所を見失っている人が増えています。しかし、今の社会にはそういう人を拾い上げてくれるようなセーフティネットは存在せず、自分で自分の居場所を見つけなくてはならないのが現状。そんな中、個々人がイノベーションを起こすことが、自分の「勝てる居場所」を見つけることにつながり、イキイキと活躍できるようになると考えたのです。

ITの進化が既存の仕事を駆逐する。自分を守るためにも個々のイノベーションは必須

――自分の居場所を見つけるために、イノベーションの重要さを知ってほしいと。

 

 その通りです。さらに言えば、「自分の居場所を見失っている人が増えている」一方で、ITやインターネットの進化に伴い「競争の画一化」が進み、人々が「戦えるフィールド」は確実に減少しつつあります。つまり、個々が早くイノベーションというテーマに着手しないと、居場所をなくしてしまう人は増える一方になってしまうのです。

 例えば、現在多くの会社が自動運転システムの開発に取り組んでいますが、これらの試みがもし本当に実現したら、世界中から運転手という職業がなくなります。飲酒運転がなくなるから警察官の数も減りますし、違法駐車を取り締まる監視員も必要ありません。コインパーキングだってなくなります。目的地に着いたら一度家の駐車場に戻して、また呼び寄せればいいんですから。となると、コインパーキングビジネスに関わる人も職を失います。

 遠い将来のものに聞こえるでしょうが、ここまでのインパクトではなくとも、今足元では同じようなことがたくさん起きています。

 例えば、今では駅の改札は自動改札が当たり前ですが、ほんの10年ほど前までは有人改札がメインでした。私が学生の頃は、駅の改札にはたくさんの駅員が並び、切符を切っていたものです。彼らは、どこに行ったのか。ITの進化の陰で、人員削減が進み、職を失っている人がたくさんいるのです。

 この流れに対抗するためには、個々人がイノベーションを起こして「居場所」を作り出すしかない。そのためのヒントが『イノベーションと企業家精神』にはたくさん詰まっている。今の時代を生き抜くヒントを伝えたいと思ったのです。

 

――だから今、『もしイノ』ということなのですね。ただ、おそらく続編の話は、『もしドラ』直後から持ちかけられていたのではと思うのですが、いかがでしょう。

 

 おっしゃる通りですが、私としては第2弾を出すつもりはありませんでした。全身全霊を『もしドラ』に込めたので、もう書くことはないと思ったのです。でも、この6年でさまざまな社会構造の変化が起こりました。そして、人々が戦うフィールドは減り、競争は激化する一方――今こそイノベーションの大切さを伝えなければ先がない、という危機感を覚え、考えを改めました。

 …SNSでもよく「今さら第2弾か」と突っ込まれていますが(笑)、私から言わせれば「今さらだから第2弾」なんです。

 そもそも「イノベーション」とは、他者とは違うものを生み出すこと。第1弾がヒットしたからすぐ続編、ではイノベーションとは言えませんよね(笑)。ブームが過ぎ、人々が『もしドラ』を忘れかけた今出すからこそ、この本自体もイノベーションになるのだと。

誰もがイノベーションの重要さを理解でき、かつ物語としても納得できる結論を

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――『もしドラ』のテーマは「マネジメント」と「真摯さ」でしたが、今回の『もしイノ』は「イノベーション」と「居場所」ですね。女子高生がドラッカーを読みながら、マネジメントによってメンバーの居場所を作り、組織を成長させ、競争に打ち勝っていく。…物語を組み立てる上で、苦労した点はありますか?

 

 物事には「問題提起」が必要です。『もしイノ』では、その問題提起を「イノベーションとは?」に置きました。

 ただ、ドラッカーは「大切なのは問題提起であり、答えは重要ではない」という考え方ですが、小説の世界は「問題提起をしただけでは成り立たない」んですよね。推理小説において、殺人事件が起きたのに犯人がわからないのと同じことで、読者は消化不良を起こしてしまいます。

 今回の問題提起である「居場所とは?」に対する答えはさまざまあると思いますが、『もしイノ』が小説という形態であるからには、この1冊を通して一つの回答を示さねばなりません。すなわちそれが本の「オチ」なのですが、それに到達する過程で悩み、試行錯誤しましたね。

 前作の『もしドラ』には、実はいろいろなメタファー(隠喩、暗喩)を随所に込めてみました。でも結果として、多くの読者がそれに気付かず読み飛ばしてしまった。自分としてはそれがショックだったのですが、読者にとってそれは特段重要なことではなかったのですよね。そして私が「こんなメタファーを込めた」と主張すると、それに対する批判が起きたりして、いろいろ考えさせられました。
 
 だから、今回はメタファーはキッパリ止めようと。そして、前作では初めに明確なプロットを書いてそれに則って書いていましたが、それも止めようと決め、オチを事前に考えずに書き進めたんです。「居場所とは?の答えは数多あるから、きっとどこかに行き着くだろう」と。

 

――『もしドラ』とは全く異なるアプローチを取ったのですね。

 

 そうです。でも8~9割がた書き終えたところで、答えが数多あるからこそ、どれをオチにするべきか悩みました。どのオチであれば、『イノベーションと企業家精神』の内容をうまく伝えつつ、読者に一番納得いただけるだろうかと。

「オチを考えずに書き進めた」と言いましたが、「『もしドラ』とは違うゴールにしよう」とだけは思っていました。『もしドラ』は甲子園がゴール。だから『もしイノ』は同じ野球部が題材ではあるものの甲子園ではなく、主人公である夢と友人・真美の友情物語で締めようと。でも、ややネタバレになりますが、いろいろ考えて結局オチは甲子園になりました。

 ビジネスパーソンが忙しい中で本を読むのって、かなりの負担ですよね。それでも時間をかけて1冊を読み切るのは、最後にカタルシスというか、何らかの快感を得たいという欲求があるからこそ。暑いサウナに耐えた後のビールみたいなもので(笑)。

 この「最後のビール」がないと、読書自体が単なる苦行になってしまうのではと考え、割り切って誰もが納得できる甲子園というオチに決めました。でもそれを決めたことがいいキッカケとなって、すんなり結末がまとまり、自分自身「なるほど、こういう話になったか」と納得させられました。

 結局、僕自身が一番、「あの『もしドラ』の第2弾」であることに縛られていたのかもしれませんね(笑)。今では、『もしイノ』は最もいい形で最後を締めくくることができたのではないかと自負しています。

『もしイノ』をアンチョコにドラッカーを読めば、読解力や理解力の強化にもつながる

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――『リクナビNEXTジャーナル』の読者に、『もしイノ』をどう活用してほしいと思われますか?

 

 ドラッカーの本は非常に有益ですが、どれも一読するだけではなかなか理解しづらい側面があります。だから、この『もしイノ』を、ドラッカーの「読み方サンプル」と捉えてほしいですね。つまりはドラッカーという教科書、専門書の“アンチョコ”みたいなもの。

 日本人は、理論を現実に落とし込む「具象化のスキル」が欠けていると言われています。これは、日本特有の詰め込み型の教育が影響していて、1つの事例をクリエイティブに考え、発展させる教育がなされていないせい。だから社会に出て、前例がない問題や答えがない問題にいくつも直面し、思い悩んでしまう。

 例えば、『イノベーションと企業家精神』に記されている「イノベーションの7つの機会」の1つに「予期せぬ成功」があります。このままだとどんな意味なのか、何を指しているのかにわかには理解しづらいですが、『もしイノ』では女子高生の目を通して「予期せぬ成功はこうして見つければいい」と日常に当てはめて解説しています。

 実は、「予期せぬ成功」は皆さん日々の生活の中でたくさん体験しているものなのですが、当たり前のことだと見過ごしてしまっている。『もしイノ』を読むことで、日常の中の「予期せぬ成功」に気付き、イノベーションのチャンスをつかんでほしいと願っています。そして、『もしイノ』の後にはぜひ、教科書であるドラッカーを読んでほしいですね。

 

――アンチョコで理解が進めば、教科書を読まなくても実践できる気がするのですが、やはり教科書であるドラッカーは読むべきでしょうか?

 

 両方を読むと、2冊の間にある「距離」がつかめます。それが、読解力や理解力の強化にもつながると思っています。

 僕は今までの人生の中で、「理解とは何か」を研究し続け、その奥義を突き詰めてきました。「理解力」という点では、皆さんよりも多少アドバンテージがあると思っており、だからこそドラッカーをわかりやすく示す「アンチョコ」が作れたのではないかと思っています。

 ドラッカーの本には、事実の間に役立つ情報や示唆が多数隠されています。それをわかりやすく「表に出して解説」したのが『もしイノ』ですが、『もしイノ』のあとにドラッカーを読むと、その「隠された情報・示唆」がどのあたりに隠れているのか、見当が付くようになる。これを他の書でも繰り返すことで、物事を読み解く力、物事の理解力が格段に高まるようになります。

 理解力が付けば、それを他者にわかりやすく説明できるようになるし、それを実際に応用する力も付く。競争化社会においてイノベーションを起こすうえでは、重要なスキルです。

『もしイノ』、そして『イノベーションと企業家精神』が、「イノベーションとは?居場所とは?」を理解するだけではなく、読解力、理解力をさらに深めてビジネスパーソンとしてさらにステップアップするきっかけになれれば、と思っています。

 

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▲『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(ダイヤモンド社)

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭  

 

「ノマド」は哲学用語って知ってた? ビジネスにも当てはまる哲学の考えかた

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2015年3月に出版された『哲学用語図鑑』(プレジデント社)が、版を重ねてロングセラーとなっている。「哲学」という一見固いテーマの書籍がなぜここまで受け入れられているのか。書籍ができた背景や制作中のエピソード、「ビジネスパーソンにすすめたい哲学用語」を著者の田中正人さん(写真左)、編集・監修の斎藤哲也さん(写真右)に伺った。

 

出版される確証もないままに、制作をはじめた

――出版されて以来、発行部数は10万部を超えたとのことですが、周りの反響はいかがですか?

 

田中正人さん(以下、田中):僕は……あまり変わらないですね。特にSNSもやっていませんし、反響が直接伝わってきませんので(笑)。

 

斎藤哲也さん(以下、斎藤):でも、書店員のかたにとても喜んでいただいているのが実感としてはありますね。佇まいとしてすごく「物質的」というか、パラパラと立ち読みすると、すごく「読ませる」ものになっているというか。

 

田中:確かに「プロダクト感」みたいなものは大切にしましたよね。

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――田中さんはもともとグラフィックデザイナーとして活動されていて、書籍の企画や装丁、制作にも携わっているとのことですが、そもそもなぜこういった「哲学書」を書くことになったのでしょうか?

 

田中:祖父が読書家だったので、実家に洋書や哲学書がたくさんあって、小さなころから気になっていたんです。高校生くらいになると読めそうなものから手に取ったり、イギリス留学中に本を読む機会も多かったので、実家に帰ると改めて読み返したりしていました。何か特別なきっかけがあったわけではないんですが……ちょっと話は変わりますけど、グラフィックデザイナーとして仕事をしていますが、打ち合わせをしているとき、僕が見ている色や形と相手が見ている色や形は、本当に同じなんだろうかと思うことがあるんです。実は違ったまま通じあっているだけなんじゃないかと。そのことを捉えようとしたときに、哲学的な考えがしっくりきたというか。その考えかたを可視化できたらいいなと思ったんです。

f:id:kensukesuzuki:20151217115122j:plain著者でグラフィックデザイナーの田中正人さん

 

斎藤:本人を前にして言うのもなんですけど、田中さんってすごく「視覚的な」人間なんですよ。

 

田中:……本を読むときに図を書いて理解したり、あと電話番号を覚えるときに、ボタンの位置関係とか形で覚えたりしますね。けっこう誰でもそうしません?

 

斎藤:いやいや、それはあまりないですよ(笑)。

 

田中:それでまぁ、僕は哲学者でもなんでもないので、「本を出したい」と言っても出してもらえないだろうから……。

 

斎藤:このご時世、哲学者でもなかなか出せませんよね(笑)。

 

田中:逆に言うと、「こういう内容です」というものがあれば、出版してもらえる可能性があるかな?と思って、とりあえず作りはじめたんです。

 

――本になる確証がないままに制作をはじめたんですか?

 

田中:そうですね。出版社の担当編集さんには以前、会食の席で「こういう本を作りたくて」とは話していて、「じゃあ、できあがったら見せてね」みたいな口約束はあったんですけど。本業の合間に半ば趣味みたいなかたちで、会社のスタッフに協力してもらいながら制作していました。2年くらいかけてできるところまで書いて、それで出版社に持ち込んだんです。

 

斎藤:そこから僕が監修と編集に入った、という感じですね。僕が最初に打ち合わせに行った時点で既に7割方は出来上がっていました。

f:id:kensukesuzuki:20151217115206j:plain編集・監修を担当した編集者・ライターの斎藤哲也さん

 

哲学書だけれど「自己啓発本」ではない!

――巻末の膨大な参考文献を見てもわかりますが、古代から現代までの哲学者たちをこれだけ網羅して、しかもわかりやすく図解されていて、パラパラとめくっただけでこの本のすごさが伝わってきます。どの哲学者や用語を紹介するのかはどうやって決めたのですか?

 

田中:それは僕が決めました。もともとは現代哲学をメインに取り扱いたかったんですけど、アカデミックな体系に沿わないと伝わらないですし、古代のほうがやはり重要なのでしっかり押さえつつ、あとは高校の倫理の教科書も参考にして。

 

斎藤:倫理の教科書って、実は西洋哲学の入門的な内容をうまく押さえているので、それに加えて足りない部分を付け足していって完成したという感じですね。

 

――「哲学を知りたい」と思っていても、あまりに多くの哲学者がいるので、どこから手を付けたらいいかわからないひとも多いのではないかと思います。

 

田中:個人的には、古代から入ったほうがいいと思うんですけどね。連ドラとかアニメとかもそうですけど、途中から見たらわからないじゃないですか。それと同じというか。

 

斎藤:確かに古代から読むのが一番いいんだろうけど、この本ならどこから読んでも楽しめるし、そのなかで自分の好きな哲学者を探したり、間口が広い本として受け入れられている感じはありますよね。今までの哲学書のベストセラーとは違う売れかたをしている気がするんですよ。『ソフィーの世界』や『14歳からの哲学(考えるための教科書)』とかは「自分探し」「人生論」として読まれていますよね。「私はだれ?」「君はどう生きるのか?」みたいな。『超訳 ニーチェの言葉』もある種自己啓発ですし。けれども『哲学用語図鑑』にはあまり自己啓発の要素ってないよね。

 

田中:まったくと言っていいほどないですよね。関係ない。

 

斎藤:むしろ、その網羅性に意味があるのかもしれません。

 

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――読んでいて不思議だったのですが、解説文と図解が渾然一体となっている感覚があったんです

 

斎藤:そもそもデザイナーが哲学書を書くっていうこと自体が前代未聞だと思うんです。普通はまず原稿があって、それに対してどう図解するかを考えるじゃないですか。田中さんの場合は違うんですよ。まず最初に、図があるんです。そしてそれを埋めるために言葉があるという感じなんですよね。

 

田中:本当は図だけでも良かったんですよ。

 

一同笑

 

田中:通常、書籍にイラストを使う場合、イラストを書いてから、レイアウトに合わせてデザイナーが配置する際に拡大や縮小をするので、線の太さが変わってしまう。けれども今回はそうならないように、レイアウトしてからイラストの下書きをその場所に入れて、あとからペン入れをしているので、線の太さは全部同じになっています。

 

――『哲学用語図鑑』の作りかた自体が、通常の書籍の作りかたと違うんですね。

 

斎藤:僕が編集監修にあたって気を遣ったのは、普通、哲学入門書みたいなものでも、監修は大学教授や研究者が担当すると思うんですよ。けれどもこの本は、かなり噛み砕いているわけじゃないですか。専門家が見たら「この言葉遣いはどうだろう?」って指摘するような部分もあると思う。けれどもそういうものも含めて、あえて「その言葉を使わないと伝わらない」っていうのがあって、そこが田中さんの持ち味なんです。なるべく田中さんの言葉を活かしつつ、解釈が間違っている部分などは指摘しつつ、そのさじ加減を決める役割を担った、という感じですね。

 

田中:でも斎藤さんのチェックが入ったことで、ちゃんとパズルが組み合わさったという感覚がありましたね。削ぎ落としすぎてしまったところも、ちゃんと言葉を入れてくれた、みたいな。

 

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ビジネスにも当てはまる哲学の考えかた

――全部で200近くもの哲学用語が図解されていますが、おふたりが好きな言葉、共感している用語はなにかありますか?

 

斎藤:……僕からいい? アリストテレスの「中庸」という考えかたなんだけど、「ひとが幸せに暮らすためには中庸の精神が重要だ」という。本のなかでは「勇気」がありすぎると「無謀」になるし、なさすぎると「臆病」になると図解してあるけど、これは本当に、何事もそうだなと思っていて。過剰と過小、どちらでもバランスが悪い。「ぼちぼちでいいんじゃない?」と、アリストテレスのような大天才が言っているところがおもしろいですよね。

 

田中:僕は……ウィトゲンシュタインの「家族的類似」ですかね。たとえば家族写真があって、すべてのひとに見られる共通点はなくても、おじいさんと孫、お母さんと子どもはそれぞれ似ているところがあるから、全体としてなんとなく似ているように見えるという。それは考えかたにも応用できて、逆に同じ言葉を使っていても、共通点がまったくない場合もある。たとえば会社だと、ちゃんと言葉の定義を決めて会議をしないと、10名いたら10名それぞれの定義が違っている場合もあるわけですから。

 

――確かに、ビジネスの現場ではよくあることですよね。そもそもの定義が食い違っていて、同じ目標に向かっていけない、とか。他にもビジネスやキャリアに役立ちそうな用語はありますか?

 

田中:まぁあえてすべてを貫く法則があるとしたら、ヘラクレイトスの「万物は流転する」ですかね。あらゆるものが変化するのだから、失敗してもあまり執着しなくていいんじゃないかと。自分自身も変わっているし、その対象も、周りも変わっているんだ、っていう。西洋哲学の範疇だけれども、シャカの「諸行無常」に通じるような、仏教思想とも重なる考えかたですよね。

 

斎藤:そこから入るかぁ。仕事しなくなっちゃうかもよ?(笑)

 

田中:でもまぁ、落ち込んでもそこからまたがんばれるんじゃないかなぁと。

 

斎藤:あとは最近ちょっと流行っているけど、サルトルの「実存は本質に先立つ」。「自分は企画に向いている」と思っているのに、希望とはまったく異なる部署に配属されて、愚痴をこぼすひともいるじゃないですか。けれどそれはサルトルに言わせれば間違いなわけで、そもそもそのひとに企画の本質があるわけではない。あくまで仕事をやっていくうちに本質が作られていくんだって。そう考えれば、向き不向きじゃなくて、その仕事をするなかでそのひとのコアなものが出来上がっていく……というのが、ビジネス的サルトルの解釈かな(笑)。

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――しかしこれだけロングセラーになると、今後の展開も気になるのですが。

 

斎藤:「東洋も入れてほしい」という声は結構あるんだよね。

 

田中:東洋は哲学というよりは思想というか、けっこう宗教とも密接に関わってくるので意図的に外した経緯はありますけどね。

 

担当編集の中嶋愛さん(以下、中嶋):台湾と韓国、中国で翻訳版が出版される予定はありますね。台湾版はあと2、3ヶ月中に出版されると思います。

 

――図解するという意味では、本当に国を問わないのかもしれませんね。

 

斎藤:そうですよね。

 

田中:あれこれ指摘する気が起こらないような、「ゆるい」絵で表現しているっていうのもね。

 

中嶋:特にアジア圏からの反応が良くて、「キャラクターで哲学を図解する」というコンセプト自体がアジア的なところがあるようです。欧米ではこういうキャラクターだと、「これは子ども向けなんですか?」とよく質問を受けるらしくて。

 

田中:ちなみにこれ、まったく子ども向けにはしてないですからね(笑)。

 

中嶋:でも読者からは、それこそ小学生から80代の方までお便りをいただいているんですよ。

 

斎藤:やっぱり、この「ゆるさ」というか、カジュアルさが受け入れられた要因なんでしょうね。

 

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かわいらしいキャラクターを目当てにページをめくると、今の自分やこの世の中を言いあらわしているような言葉や考えかたがすぐに見つかる。古代から近世、現代にかけて、それぞれの時代を生きた哲学者たちが、自らが生きる時代を捉え、その社会を解釈しようとして編み出されてきたものが「哲学」だとすれば、その共感する心が、いつの時代も変わらないひとのありかたを私たちに教えてくれているのかもしれない。

 

田中正人さん
1970年生まれ。ロンドン芸術大学ロンドンカレッジ・オブ・コミュニケーション卒業。MORNING GARDEN INC.において、グラフィックデザインを中心に書籍の企画・制作を行っている。

斎藤哲也さん
1971年生まれ。編集者・ライター。東京大学哲学科卒業。『現代思想入門』(仲正昌樹ほか・PHP)、『知識ゼロからのニーチェ入門』(竹田青嗣、西研、藤野美奈子・幻冬舎)などを編集。『おとなの教養』(池上彰・NHK出版新書)、『知の読書術』(佐藤優・集英社インターナショナル)『世界はこのままイスラーム化するのか』(島田裕巳×中田考、幻冬舎)ほか多数の本の取材・構成を手がける。著書・共著に『読解評論文キーワード』(筑摩書房)、『使える新書』(WAVE出版)など。TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」出演中。

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哲学用語図鑑
([著]田中正人[編集・監修]斎藤哲也・プレジデント社)

WRITING 大矢幸世+プレスラボ PHOTO 安井信介

癒やしだけじゃない!企業ペットのもたらす効用と、オフィスでの正しい飼い方

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オフィスで動物を飼育する、いわゆる「企業ペット」。日本でも増えつつある企業ペット導入の裏には、アニマルセラピーによる癒やし効果だけにとどまらない確かな理由がありました。企業ペットがオフィスにもたらす効果とその実例、そして実際に飼うときの注意点についてご紹介します。

ペットがあなたのオフィスにもたらす3つの効果

ペットが職場にもたらす効果はさまざまですが、特に以下の3つが大きい効果として挙げられます。

  • 社員の健康増進
  • 社内外におけるコミュニケーションの活性化
  • 生産性の向上

職場に動物がいることは、社員を健康にする

動物には、見ているだけで幸せな気分になったり、触れていると癒やされたりするといったような効果があります。これは科学的にもその効果が確かめられており、例えば犬を見ていると、脳内で分泌されるストレスを軽減する作用のある、オキシトシンというホルモンが増えるのだそうです。(※1)

また、休憩時間にペットと散歩をすることで、社員の運動不足の解消に寄与した例もあります。職場にペットがいることで、社員は心身ともに健康になれるのです。

社員のコミュニケーション力向上にも

人は動物を前にすると、意外な一面を見せることも多くあります。企業ペットを導入している会社の職員は、職場に会話と笑顔が増えたという効果をよく口にします。また、企業ペットがいることが社外にも知れ渡ると、顧客との会話のネタにもなります。

生産性の向上

社内でペットを飼うのではなく、職員が自宅で飼っているペットを職場へ同伴することを認めている企業もあります。この場合、ペットを連れてきた職員には、仕事への集中力の向上や欠勤の減少といった効果がみられるとのことです。ペットを自宅に置いてきているという不安を取り払うことで、生産性の向上にも寄与するようです。(※2)

あの大企業も!日本における企業ペットの導入例

企業ペットは海外の、それもベンチャー企業で導入されているという印象が強いかもしれません。しかし、日本にもたくさんの企業ペットの事例が存在します。

大手IT企業の日本オラクル株式会社には、社員番号0番の社員犬「キャンディ」がいます。日本オラクルの社員犬は、なんとキャンディで4代目。社員への癒やしの提供を主な目的としているほか、TwitterやFacebookでの広報活動にも一役買っており、社内外のアイドルとして親しまれています。

人材派遣業のパソナグループに所属する企業ペットは、なんとヤギとアルパカ。専用の飼育スタッフも雇用され、同社の顔となっています。職場環境を笑顔があふれるものにするほか、同社が取り組む介護分野や農業分野でのサービスの象徴にもなっています。

企業ペットを飼いはじめるときに注意したいこと

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上手に飼えばメリットがたくさんの企業ペットですが、なんの準備もなく導入しても、職場に混乱をもたらすだけです。企業ペットを飼うときの注意点をまとめました。

飼う前に:ヒト・モノ・コトの準備を整える

すべての仕事と同じように、ペットを飼う場合にも事前の準備が成功のカギを握ります。職場に動物が苦手な人やアレルギーを持つ人がいないか?飼うために必要な設備や継続して飼育していくための予算は確保できているか?テナントの許可や、何か不測の事態が起こった場合の保険などの確認は?といったように、準備をヒト・モノ・コトの全面で進めていくことが大事です。

飼いながら:役割分担とルールの徹底、そして定期的な見直しを

ペットはかわいいだけの愛玩物ではなく、人間と同じように命を持つ生き物です。飼うものの責任として、きちんとルールは決めておくべきでしょう。多くの企業が採用しているルールの1つに、ペットの出勤時間を限定するというものがあります。常に動物の世話を気にかけなければならないデメリットを防ぐためです。

また、ワクチンや去勢などの処置もしっかりとルール化しましょう。それらのルールをだれが主導で行うかも決めておくべきです。ただし、特定の人にかかる負担が過剰になることを防ぎ、また「みんなで飼っている」意識を保つためにも、役割の定期的な見直しも有効です。

目的と責任の分担を明確にすれば、意外とハードルの高くない企業ペットの飼育は、かわいい動物と一緒にいられるというメリットにより、職場にいる時間をさらに楽しくできるかもしれません。ぜひ一度検討してみてはいかがでしょうか。

<出典>

※1:
The role of oxytocin in social bonding, stress regulation and mental health: An update on the moderating effects of context and interindividual differences(Psychoneuroendocrinology)

http://www.psyneuen-journal.com/article/S0306-4530(13)00236-9/abstract?cc=y

ヒトとイヌの生物学的絆を実証(麻布大学)
http://www.azabu-u.ac.jp/topics/2015/04/post_555.html

※2:

Why Welcoming Dogs Will Lead to a Better Workplace(Inc.com)

http://www.inc.com/veer-gidwaney/why-welcoming-dogs-will-lead-to-a-better-workplace.html

執筆:HAL

「デロリアン」がごみ燃料で走った!リサイクル技術で日本は資源大国になれるか

2015年10月21日、リサイクル燃料で走る車「デロリアン」がお台場を走り抜けた。1985年公開の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で描かれていた30年後の未来の一つ「ごみで車が走る」を実現した瞬間だった。

実現したのは、日本環境設計株式会社というベンチャー企業。同社の「衣料品からバイオエタノールを生産する技術」を使い、使用済み衣料品・繊維製品回収事業「FUKU-FUKUプロジェクト」で集まった原料を活用した。

「大学時代に映画を見て、『ごみが燃料になる将来』に感銘を受けた」という同社の岩元美智彦社長は、この技術を活用してさらに大きな夢の実現を目指しているという。『「捨てない未来」はこのビジネスから生まれる』との著書もある岩元社長に、現在に至るまでの道のり、そして実現したい未来を伺った。

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日本環境設計株式会社 代表取締役社長
岩元美智彦さん

大学時代、映画を観て「30年後の2015年にはごみで車が走るんだ!」と感銘を受ける

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▲ごみを燃料に走った「デロリアン」。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の世界が現実に

 

 岩元さんが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観たのは1985年、大学3年生の時。地元九州・小倉の映画館だった。「今から30年後には、ごみで車が走るようになるのか!」と純粋に感動したという。

「30年後という未来感が、ほどよく想像力をかきたてました。30年後、私は51歳。その頃には、普通にごみで車が走り、自分もそれを運転するようになるのかなと。映画の世界が実現するものと、信じていましたね」

 しかしそのときは、まさか「自分の手でそれを実現する」などとは微塵も思っていなかった。大学卒業後は、大阪本社の繊維商社に入社。「面接で、九州支社にずっといさせてくれると言っていたから」という理由で選んだ会社だった。その後は、営業担当者として活躍した。

 岩元さんが「リサイクル」というワードに再び出会ったのは、30歳の時。1995年の容器包装リサイクル法施行を機に、勤務先の会社を含め、商社や行政など数団体によるリサイクル・プロジェクトが発足、そのプロジェクトを岩元さんが担当したのだ。メインミッションは「ペットボトル由来の再生繊維を作る」こと。今でこそ、ペットボトルのリサイクルは当たり前だが、当時は回収率1%という状態。まずは原料となるペットボトルを回収するフローを作るために、各自治体にかけ合って「ペットボトルを回収する意味」から伝え、製品化に向けて取り組んだ。

「環境問題に本気で取り組む人など、まだほとんどいない時代。皆の意識も低かった。しかし、その中で先陣を切って環境問題に取り組めることに、存在意義を感じました。しかも、いち営業が、法律を武器に周りを説得し、巻き込む機会なんてそうそうないし、だからこそ反応もいい。今までにないやりがいを感じることができました。そして仕事をすればするほど、再生繊維に関する知識も付いていきました」

再生繊維を作っても、衣料品のリサイクル技術が進まなければ結局はまたごみを生み出すだけ…というジレンマ

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 そんなある日、「衣料品のリサイクル」がほぼ手つかずであることにふと気付かされた。古着ショップなど中古衣料市場はあるものの、ほとんどはごみとして焼却されたり埋め立て処理をされるだけ。ペットボトルから再生繊維を作り、それで衣料品を生み出すプロジェクトに取り組んでいるのに、作っても「その先」がない――。

 同時期、経済産業省において「繊維製品リサイクル法」の検討が進んでおり、2001~2005年の4年間に渡り議論が行われていた。岩元さんは大きな期待を持って何度か検討懇談会に出席したが、結局は制定には至らなかったという。理由はさまざまあったが、大きなものは「繊維製品をリサイクルする技術が、まだ確立されていない」から。

技術がないから、できない。ならば、その技術を何とか作れないものか…と考える日々が続きました。とはいえ、私は営業畑であり、再生繊維に関する知識はあっても技術に関する知識や知見はありません。ちょうどその頃、東京に異動になったのを機に、知識や知見を持った人の意見を集めるため、異業種交流会や勉強会などさまざまな集まりに積極的に参加するようになりました」

 このとき、岩元さんが学んだのが、「具体的に想いを言葉にする」ことの重要さ。異業種交流会のようなさまざまなバックグラウンドを持つ人が集まる場所では、その場の交流を深めるだけの話に終始しがちだが、岩元さんは自身が抱える問題意識を伝えたうえで、「こういう分野に詳しい人を知りませんか?」と具体的に聞いて回ったという。本気の言葉には、人は耳を傾ける。この時に培った人脈が皆、後に渡って岩元さんを応援し続け、実際に力を貸してくれたという。

 そして、その時に出会った一人が、当時東京大学の大学院に在籍していた髙尾正樹さん。後に日本環境設計の立ち上げメンバーとなり、現在は専務取締役として活躍することになる。

「穀物からバイオエタノールができるならば、綿でも作れるのでは?」素人の思いつきが現実のものに

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 転機になったのは2006年。ある日、「バイオエタノール」に関する新聞記事を読み、ひらめきを覚えた。

「トウモロコシから、エタノールなどのバイオ燃料ができる。地球温暖化が深刻化しCO2の削減が課題となっていた欧米を中心に、急速に市場を拡大している――そんな記事内容でした。トウモロコシからバイオエタノールが作れるならば、同じ植物である“綿”でできた服からもバイオエタノールができるのではないか?そう思ったんです」

 トウモロコシからバイオエタノールを作るには、まず主成分であるでんぷんを分解して「糖(グルコース)」を作り(糖化)、発酵→蒸留という工程を経る。一方、綿の主成分はセルロースという炭水化物の一種であり、「糖(グルコース)」が連なってできたもの。トウモロコシと同様、セルロースを糖に分解(糖化)できれば、バイオエタノールを作ることも可能、ということになる。

 当時、前述の東大大学院の髙尾さんとは、「飲み友達」状態にあった。岩元さん42歳、髙尾さん26歳とかなり年が離れていたが、妙にウマが合い、新橋の居酒屋で経済談義、技術談義をする仲だったという。

 新聞記事を見てすぐ、岩元さんは髙尾さんを呼び出し、居酒屋で飲みながら自身の考えをいつものように熱く語った。すると髙尾さんの答えは「いけるんちゃいますか?」。

「後に聞いたら『酔った勢い』だったようですが(笑)、俄然気持ちが盛り上がりましたね。実際、彼はすぐに動いてくれました。自身のつてをたどって、大阪大学で物理学を研究する兼松泰男教授から共同研究の快諾を得てくれたのです。そして、研究室の方と一緒に『ものは試し』と実験を開始。第1回目の実験として、Tシャツを小さく切り、セルロースを糖化する働きのありそうな酵素に浸したところ、なんと布片は明らかに薄くなり、グルコースの測定が確認できたのです。もちろん、実用化には程遠いレベルではありましたが、素人発想がすぐに結果に結びつき、思わずガッツポーズをしてしまいましたね」

 ずっと夢に描いていた繊維製品リサイクルが、この手で実現できるかもしれない。その感覚を得た岩元さんは、勤務先を退職し、2007年1月に日本環境設計株式会社を設立。先の実験結果をもとに、使用する酵素や実験する条件を細かく変えて、何度も実験を繰り返し、1年後に実用化レベルの技術開発のメドが立った。

 次の課題は「設備」。実証実験用の工場が必要だが、当然ながら自社で用意するほどの余裕はなかった。

 そして、またもや髙尾さんのつてで行き着いたのが愛媛県・今治のタオル工場だった。

 タオル工場に注目したのは、タオルの染色工程がバイオエタノールの製造工程と似ていること、そしてタオルの製造過程で大量に出て処理費用がかさんでいた「綿かす」(タオルの耳部分)がバイオエタノールの原料になること。加えて、今治は「今治タオル」のブランドで有名だが、安価な海外品の流入により工場稼働率が低下していた。

 日本環境設計にとっては、施設を使わせてもらえる上に原料も確保できる。工場にとっては、稼働率を挙げられるし、綿かすの処理費用もゼロになる。互いに利益のある話であり、工場の快諾を得ることができたという。2009年から今治でのプラント実験をスタートし、2010年にはバイオエタノールが安定的に抽出できるようになった。

「技術」の次は、「技術を活かすしくみ」作り。小売店を巻き込み、衣料品回収モデルを確立する

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 衣料品からバイオエタノールを作る「技術」はできた。しかし、その技術を活かす「しくみ」がないと、事業は回らない。つまり、着られなくなった服を回収できてこそ成り立つビジネスモデルなのだ。

 技術実用化のメドが立ち始めた頃から、岩元さんはメーカーや小売店などを回り、洋服の回収拠点を設置させてほしいと訴え続けた。メーカーの生産工場などと連携を取れば、回収量もバイオエタノールの生産量も安定する。しかし、敢えて小売店をターゲットにしたのは、消費者を巻き込むため。「消費者参加型」のモデルを作り、今まで捨てていたものが資源になることを消費者に実感してもらわないことには、社会は何も変わらないと考えたからだ。

「もの買って、使って、使わなくなったら捨てる」…いままではこうだった。これからは、「リサイクルして、買って、使う」を意識してほしい。そのためには、消費者がものを買う小売店にこそ回収拠点を設けたい。

 その思いにいち早く賛同したのが、「無印良品」を展開する良品計画。回収実験として一部の店舗に回収ボックスを置き、それ以外の同エリア店舗と比較したところ、客数、売上高とも実験店舗が上回ったという。

「消費者参加型を実現するには、ちょっとしたエンターテインメント性が必要。今回の場合は、いらないものを、いつも通っているお店に持っていくことへのワクワク感です。消費者がリサイクルを目的に店舗を訪れ、その結果、購買意欲が刺激されてついでにものを買う。つまりリサイクルする行為と消費する行為が、一つの店舗でつながることを確認でき、横展開できると確信しました」

 このモデルが、使用済み衣料品・繊維製品回収事業「FUKU-FUKUプロジェクト」だ。現在では、イオンリテールやパタゴニアなども加わり、全国の小売店など約1450カ所に回収ボックスが設置されている。

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▲店頭に置かれた「FUKU-FUKUプロジェクト」の回収ボックス

「地上資源」が循環すれば、資源戦争はなくなり、世界は平和になる

 着られなくなった衣料を、バイオエタノールという資源にしてもう一度活かす――岩元さんが目指した世界が、ようやく現実のものになった。会社設立時あたりから、「もしかしたら自分の手でできるかも…?」とうっすら思い始めていた「デロリアン」も、実現することができた。

 しかし岩元さんは、「ようやくスタート地点に立てた。これからが本番」と気を引き締める。

「日本国内で生まれる産業廃棄物は年間4億トン、家庭ごみだけでも年間4500万トンに上ります。その家庭ごみをリサイクルするだけで、国内のプラスチック需要約1500万トンが賄えます。つまり、資源がない国と言われる日本においても、これだけの資源が生まれるということ。資源大国という言葉は、石油などの『埋蔵量を誇る国』から、『技術力を持つ国』に変化していくと思っています」

 今の岩元さんの夢は、ごみなどの「地上資源」の循環だけで成り立つ、石油を1滴も使わない「循環型社会」を作り上げること。

「世界では、限られた地下資源を巡って常に紛争や戦争が起こっています。それを無くすのは、武器やおカネではなく循環型社会であると信じています。そのためにも、衣料だけでなくプラスチック製品のリサイクルも強化したいし、海外展開も本気で考えたい。…リサイクルで戦争を無くすなんて、目標が壮大すぎると言われるかもしれませんが、衣料品からバイオエタノールを作るという、どこにもできなかったことを実現できたのですから、この夢だっていつか絶対に叶うと確信していますよ

 岩元さんによると、夢を実現する秘訣は「夢を言葉に出して、言い続けること」だという。

「日本人は、想いを内に秘める人が多いけれど、そんなんじゃ叶いっこない。とにかく言って、言って、言い続けること。そうすれば、周りもだんだんその気になり、仲間が増える。私も、夢を語り続けることで周りを巻き込んできました。たとえ失敗したって、死にやせん(笑)。長い人生、一度の失敗なんてたかが知れている。本気の夢ならば前に進むのみ、ですよ」

 

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▲岩元さんの著書『「捨てない未来」はこのビジネスから生まれる』(ダイヤモンド社)

 

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭