「将棋を憎んでいた…」。そう語る奨励会出身異色の映画監督【豊田利晃】が20周年の節目に選んだテーマは奇しくも「将棋」だった

中学3年で奨励会に入り、プロを目指しながらも、年齢制限のため26歳で夢を断たれた男が、絶望から這い上がって将棋を再開。働きながらアマ名人戦優勝などで活躍した後、支えてくれた人たちと一緒に将棋界に働きかけて、プロへの編入試験を受け、30代でプロ棋士になる……。そんな奇跡を描いた実話『泣き虫しょったんの奇跡』(瀬川晶司著)が映画になる。

豊田利晃監督は、なんと17歳まで関西で奨励会員だったという、異色の経歴の持ち主。『泣き虫しょったんの奇跡』は、監督作品10本目の作品にして、監督デビュー20周年の作品となった。監督という仕事について、映画について、豊田監督に聞く。

アルバイトが「監督とかやってみたいです」

――17歳まで将棋をしておられて、そこからどうやって映画の世界に向かわれたのでしょうか。

豊田:5歳くらいから将棋を始めて、青春時代もなかったくらい、将棋漬けの毎日を送っていました。でも、将棋への情熱がなくなっていって。メンタルが大きく作用するのが将棋なので、集中できないと勝てなくなるんですよ。それで離れてしまった。

小学校も中学校も、校長先生から、いくらでも休んでいいと言われていました。高校もぜひ来てほしいと言われて入学して。中退してしまいましたけどね。

将棋をやっているだけの人生でしたから、普通の人間に戻りたいと思って4年くらいリハビリしました。人としゃべらずに図書館に籠もってずっと本を読んだり、映画を観たり。不良たちとつるんで遊んだり、メッキ工場で働いたり。

21歳のとき東京に出てきて、ライターとか音楽とか、そういう仕事がしたいと思って、いろいろ応募していました。映画にも興味があったんですが、『どついたるねん』という映画を作ったりしていた荒戸源次郎事務所がアルバイトを募集していて。そこに入って、宣伝なんかをやっていて。

あるとき「何がやりたいのか」と聞かれたので、「監督とかやってみたいです」と言ったら、「じゃあ、脚本を書け」と言われて、3カ月で書いたのが『王手』でした。それが、阪本順治監督で映画になって、助監督をやることになったんです。

 

――『王手』は将棋の映画ですが、ぐるっと回って将棋の世界とつながったんでしょうか。

豊田:いや、通天閣の賭け将棋の話なんですよ。“真剣師”と呼ばれる賭け棋士が、名人を負かす、というファンタジーですね。どちらかというと、将棋の世界への憎しみから生まれたものです。プロになれなかった将棋を、憎んでいましたから。

ただ、将棋に罪はないんです。自己嫌悪ですね。長い時間、それだけ夢中になっていたのに、そこに挫折したという自分に対するもの。この自己嫌悪は強かった。挫折感は、かなり尾を引きました。『王手』は、その現れでした。

将棋の映画は撮らない、と言っていた

――映画の世界に入って、いつか将棋の映画を、という気持ちはお持ちだったんですか。

豊田:いや、思っていませんでしたね。10年ほど前、僕が将棋をやっていたことを知って、将棋の映画を観たい、将棋の映画に出たい、と役者たちから言われたこともありましたが、撮らないと言っていました。

そんなとき、あるプロデューサーから「読んでみたら」と言われて渡されたのが、『泣き虫しょったんの奇跡』の原作だったんです。僕は瀬川晶司さんのことも知らなかったし、奇跡の騒動も知りませんでした。

僕も、年を取ったんでしょうね。奨励会にいたのは40年も大昔なんですよ。それで客観的に見ることができたし、原作も客観的に見る視点みたいなものをくれたんだと思います。

原作者の瀬川さんは、年がひとつ下で、ほぼ同年代なんです。同じ時代の空気を生きていた。僕は落第生で、瀬川さんは3段リーグというもうちょっとでプロになれるところまで行った人だったんですが、それでも一つひとつのエピソードにものすごくリアリティがありました。

他にも将棋のことが書かれた本はたくさんあったんですが、こういうリアリティが書かれた本は読んだことがなかった。将棋をやめて大多数と同じように別の世界に行くのではなく、将棋の山を登り直すという僕には思いつかない選択肢を取っていて、あ、なるほどと思ったわけです。

将棋を憎んでいた瀬川さんが、もう一回、面白さを取り戻していく過程は、読んでいて、とても心が癒されたし、動かされたし、洗われました。この原作で、映画にできるかなと思って、台本の第一稿を書いたのが、2011年。約7年前でした。

プロ棋士が「手つき」を指導。役者も将棋を

――やっぱり時間がかかっているんですね

豊田:そう言われると、ホントですね(笑)。映画会社とかに持っていくと、みんな面白い、原作もいい、と言うんですが、今の映画界は若い女性をターゲットにしている世界なんですよ。費用もかかりますから、回収は難しいかな、と言われて。

僕自身も正直まだ、将棋の映画に前向きというわけではなかった。他につくりたい映画もいろいろあったし、そっちに向かいました。

そのとき周囲からも言われたんですが、タイミングが来るんじゃないか、と。だから、焦る必要はない、と。僕が撮る将棋映画は誰にも撮れないはずですから。年をとってからでもいいんじゃないかと。

2016年になって、今回の映画のプロデューサーから、これ面白い、脚本もよくできている、やりたい、と言われて。実は別の映画を考えていて忙しかったんですが、じゃあ、やりますか、と(笑)。

タイミングですよね。ちょうど監督デビューから20年の節目で将棋の映画をやっておくのはいいな、と思ったりもして。このタイミングを逃すとジジイになっちゃうな、とか。

今は将棋ブームですが、2016年のタイミングでは、藤井聡太くんもまだ盛り上がっていないんですよ。だから、ブームとかでなく、純粋にいい映画になる、と思ってもらえたんだと思います。後から、風が吹いてきたんです。

 

――将棋を知り尽くしている監督です。どこにこだわりを持ちましたか。

豊田:いろんな将棋映画がありましたが、手つきがダメなんです。プロが見たら、すぐにわかる。だから、瀬川さんや他のプロの方にも来てもらって、指導してもらいました。ただ、映画的なことを考えると意外に迫力がなかったので、「こんなふうに指すよう指導してください」と僕が瀬川さんにお願いしたりして(笑)。「監督、指すのうまいですねぇ」なんて言われたり(笑)。

実際に現場では、将棋をみんなでやっていましたね。役者もスタッフも。瀬川さんはさすが、教え方もうまいんです。わざと負けてくれたり。ど素人が楽しく指せるよう教えてくれる。

僕は基本やらないんですが、生意気な役者が何か言ってきたりすると相手をしてやって、ギャフンと言わせていましたね(笑)。永山絢斗とか(笑)。

演技を指導するのではなく、同じ景色を見に行く

――大変だったところは、どんなところでしたか。

豊田:将棋は静の戦いですよね。ただ、やっている本人は命の取り合いをしているような気持ちでやっているんです。これをうまく画面に表すことができるか、ですね。役者、カメラマン、照明はじめ、みんなで考えてからつくっていきました。

実際、将棋は刀の斬り合いなんです。だから、勝ったり、負けたり、という指している人の心の揺れにぜひ注目してほしいですね。人生にはそんなに明確な答えはありませんが、夢を追い続けている人の心情が伝わったら、と思っています。

あきらめない気持ち、って言葉で言うと単純ですが、大変なことですから。みんな、あきらめちゃいますから。

 

――主演の松田龍平さんはじめ、そうそうたる役者陣ですが、新井浩文さんや渋川清彦さんは、豊田映画なら必ず出る、と語られていました。

豊田:役者経験がないのに、僕が映画に抜擢したりしましたから。その恩をちゃんと受け止めてくれているんじゃないですか(笑)。大胆でしたけど、彼らはやっぱり光るものがありましたよね。面白いと思いました。

――他にも、妻夫木聡さん、板尾創路さん、藤原竜也さんなどがこっそりと出ておられたりして、びっくりしました。

豊田:それは、お願いしたら出てくれるんじゃないですか(笑)。

――いや、そんなことはないでしょう。

豊田:わかりませんが、僕が映画しかやっていないからじゃないですか。映画をまじめに作り続けているつもりです。それを見ているからですかね。自分でオリジナルで脚本を書いて、オリジナルで作って、という監督がいなくなってきていますから。昔はいっぱいいたんですけどね。

現場でも、やるべきこと、言うべきことを言っていますが、どこかで彼らの琴線に引っかかるものがあるのかもしれません。演技を指導するとかではなく、監督がいて、役者がいて、同じ景色を一緒に見に行こう、と僕は考えています。だから、方向だけ示すようにしています。

好きなことをやらないで、何をするのか

――どんな人を仕事相手に選ぶのでしょうか。

豊田:映画を撮っているわけですから、映画が似合う人、かな。個人的には、品がある人が好き、ですね。あ、でも、そんなことないな(笑)。好み、かな。好きな女性が出ているわけではありませんよ(笑)。恋愛に発展しないし。

嫌な人とは仕事はしませんね。大女優と言われる人でも、もうこりごり、という人もいます(笑)。

 

――どうして、これだけの映画監督になれたのでしょうか。

豊田:僕は流れてきただけ、なんです。脚本を書いたら、助監督やれ、と言われて。たまたま大阪でブラブラしていると、当時は無名だった千原ジュニアと仲良くなって一緒に住んだりして、吉本興業の連中とお友だちになって。それで千原ジュニアと『ポルノスター』という映画を撮ったんです。

流れに身を委ねているだけです。無駄なことはしない。好きなことだけ、やり続けているだけ。だから、お金にならないんですけどね(笑)。映画監督は儲かりませんよ(笑)。

 

――いい仕事をするためのヒントをどうアドバイスしますか。

豊田:僕は映画の現場を経験して、映画が好きになったんです。若山富三郎さん、勝新太郎さん、原田芳雄さん、菅原文太さん……。こんな人たちと一緒に仕事をして、一緒にお酒を飲んで。それはもうカッコいいんですよ。映画にすべてを捧げていて。映画に誇りを持っていて。映画を頑張っています、と僕も誇りを持って言える。

好きなことをやることです。僕は、好きなことしかしてこなかった。人には必ず「人生の最後」があるんです。好きなことなんて仕事にできない、という人もいますけど、好きなことをやらないで、何をするのか、聞きたいです。

あの世にお金は持っていけない。だから、好きなことだけやればいいんです。それを突き詰めていったら、まわりが動いてくれるような気がしますね。人は、関係性の中でしか、生きていませんから。

文:上阪 徹   写真:刑部友康
編集:丸山香奈枝
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『泣き虫しょったんの奇跡』9月7日(金)全国ロードショー

監督・脚本:豊田利晃
原作:瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社文庫)
出演:松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、渋川清彦、駒木根隆介、新井浩文、早乙女太一、
妻夫木聡、松たか子、美保純、イッセー尾形、小林薫、國村隼

©2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

 

 

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