「こんな橋ならいらない」という住民も…それでも巻き込み“出島”に橋を!――出島表門橋架橋プロジェクト・渡邉竜一氏たちの挑戦

現在、長崎市で歴史的プロジェクトが進行していることをご存知だろうか。

そのプロジェクトの名は「出島表門橋架橋プロジェクト」。江戸時代と同じように出島と江戸町の間に再び橋を架けようというロマンあふれる事業である。前編では、プロジェクトの前に立ちはだかる2つの「大きな壁」について、また、世界的に前例のない橋の設計ができるまでの経緯について紹介した。今回は、その後「橋を架ける」までの、渡邉さんをはじめプロジェクトメンバーの奮闘について紹介しよう。

※【前編】<「2つの壁」を乗り越え、“出島”に再び橋を架けろ!――出島表門橋架橋プロジェクト・渡邉竜一氏たちの挑戦>はこちら

「架橋」を“お祭り”に

実は渡邉氏が尽力したのは、橋の設計だけではない。2015年秋に東京の設計チームと長崎のコンサルタントの6名で任意団体「出島ベース」を結成し、出島表門橋架橋プロジェクトに関するさまざまなイベントを企画、実施してきた。「出島ベース」の目的は、このプロジェクトを多くの町の人たちに知ってもらい、出島表門橋と江戸町側の公園ができるまでを1つの「お祭り」として楽しんでもらうこと。

「土木工事って巨額の税金を投じるので、世間的にあまりいいイメージがないですよね。でもその昔、東大寺大仏殿の屋根を支える長さ23.5mの虹梁が、鹿児島から海を越えて奈良まで運ばれました。その様子を描いた「東大寺大虹梁木曳図」を見ると、多くの見物客が工事を街のお祭りごとのように楽しんでいる様子が描かれています。この出島表門橋架橋プロジェクトも、このような楽しいお祭りごととして、町の人たちが受け入れて楽しんでくれれば、工事をする側もモチベーションが上がり、結果、よりいいものができると思うんです。作っているのは感情のある人間ですからね。橋の設計だけじゃなくて、そういう状況を作りたくて、出島ベースを立ち上げていろんな活動をしてきたんです」(渡邉氏)

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▲出島ベースのメンバーと来日したローラン・ネイ氏(写真中央)。仮囲いの前で

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「こんな橋ならいらない」と罵声を浴びたことも

出島ベースの重要なミッションの1つは、渡邉氏とネイ氏が設計した出島表門橋のコンセプトを正しく伝えること。渡邉氏はこれまで幾度となく住民説明会やワークショップを開催してなぜこのような橋を設計したのか、設計に懸ける思いなどを繰り返し伝えてきた。

「このプロジェクトがスタートした当初から、特に地域の高齢者を中心に、鎖国当時の石橋を復元してほしいという声が根強くあります。しかし、先にも説明した通り(※前編参照)、その期待には応えることができません。まずはその事実を丁寧に説明した上で、なぜこういうデザインにしたのかを説明してきました。でも1番重要なのは、説明そのものより設計者が頻繁に顔を見せて信頼してもらうことだと思っています。その上で、様々な条件・制約の中で、今の技術でベストな橋を架けることが、僕らの使命だと思っているんです

プロジェクトがスタートした当時は説明会の場で傍聴者から「昔の石橋を作ってほしい」「想像していた橋と違う」「こんな橋ならいらない!」などの罵声を浴びせられることもあった。新聞の投書欄にも「こんな橋にするという話は聞いてない」という声が掲載されたことも。しかし、渡邉氏たちは根気強く、地元住民と直接顔を合わせて、彼らの声に耳を傾け、言葉を尽くして語りかけてきた。

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見るだけでワクワクするような仮囲い

また、出島ベースのメンバーで出島ポーズを考案。さらに、メンバーの1人でありグラフィックデザイナーの鈴木氏がプロジェクトのロゴを制作。「ポーズ」と「ロゴ」の2つを、このプロジェクトを広く社会に周知させるためのアイコンとした。そして、出島対岸の江戸町側、公園整備の工事現場に設置した全長300mの仮囲いに、156名もの老若男女が出島ポーズで撮影した写真と応援コメントを貼り付けた。通常の工事現場にある、白いだけの殺風景な仮囲いとは全く違う、見るだけでワクワクしてくる楽しい仮囲いが出現。これにより大勢の人々がこのプロジェクトを応援しているという雰囲気を醸し出すことに成功した。さらに、仮囲いが完成した際はイベントを開催し、参加した多くの市民と交流を深めた。

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▲出島ポーズを取った多数の長崎市民とメッセージが貼り付けられた仮囲い

その他、町の飲食店でプロジェクトのミニレクチャーを実施したり、テレビ局主催の出島博に出演して出島ポーズを広めたり、活動資金を得るためTシャツや手ぬぐいを製作して販売したりと、さまざまな活動を展開。これら出島ベースの地道な活動を通して市民の意識にも徐々に変化が見られるようになってきた。

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▲出島博などのイベントでPR活動を実施

「地元の人々に説明する時も『出島に橋を架けるのはこうするより他に方法はないんです』という言い訳めいたことを話して理解してもらおうというよりは、『この橋すごいな』『この出島アゲインのロゴ、いいな』『このイベント楽しいな、イベントに来たらいろんな知り合いが増えるから楽しいな』と思ってもらえることを重視していました。こういった活動により、最初は僕とネイが設計した橋にあれだけ猛反発していた人が徐々に少なくなってきたと思えるようになったんです」(渡邉氏)

事実、橋のデザインが決まった当初は好感をもってなかった地元の有名老舗企業の社長も、渡邉氏が直接会ってこの橋に懸ける思いやこれまでの活動を話したところ、「こういう橋もありだと思うから、今後は応援しよう」と言ってくれたという。

「このような活動を行政主導ではなく、もちろん行政の人たちにも協力してもらいつつ、出島ベースという任意団体主導で、グッズ販売等で市民から少しずつお金をいただきながら行うという点に大きな意味があると思っています。このプロジェクトをお祭りごとにするためには、多くの人に知ってもらい、楽しんでもらう必要があります。そういう状況を生み出さなければならないという思いで活動してきました。有志による地道な活動ですが、やっぱりやってよかったと思いましたね」(渡邉氏)

渡邉氏たちの活動は長崎市側も高く評価している。

「渡邊さんたちはよくやってくれていると思います。出島ベースのみなさんは若くて、発想力、行動力があるのでいいですよね。特に渡邊さんは、ヨーロッパの設計事務所に勤務した経験があるので、パブリックデザインや市民の関わりなど、ヨーロッパのエッセンスを取り入れて活動している点が非常におもしろいと思います。公共事業を役所だけ、技術職だけが行うというものではもはやなく、行政と市民が一緒に町や橋を作っていくというのが、これからの主流になっていくと思います。長崎市も市長が市民力、職員力という言葉をよく使っていて、“町づくりというのは職員だけでもできないし市民だけでもできない。みなさんで一緒に町を作っていきましょう”というスローガンを掲げているので、今回の出島ベースとの協働はこの流れとも合致しているんです」(長崎市出島復元整備室 馬見塚室長)

人と人との化学反応

そして、渡邉氏ら出島ベースは出島表門橋の骨組みが完成したばかりの2017年1月28日、「出島表門橋現場見学ツアー」を開催した。これもこのプロジェクトを町を挙げての「お祭りごと」にするための一環だった。

橋は地元の企業で造っているので、大勢の地元の人々に製作現場を見てもらうことは地元の企業にとってもいいことだし、一般市民にとっても普段滅多に見られない現場を見られるので喜んでいただけるかなと。それでもう随分前から出島表門橋を見ていただく見学バスツアーをやりたいと思っていました。でもほかにもいろいろやることがあったので、僕らだけではなかなか開催できなかったんです」(渡邉氏)

そんな折、1つの化学反応が起こる。渡邉氏は、友人であり、現在長崎大学で都市インフラに関する研究をしている小島健一氏に雑談をしている中で出島表門橋製作現場の見学バスツアーをやりたいと話した。小島氏は10年以上も前から、東京を拠点に数百回にも渡って見学ツアーを企画・主催している、社会科見学ブームの火付け役だ。さらに小島氏は渡邉氏らが開催するシンポジウムなどのイベントにも積極的に参加しており、このプロジェクトの概要や過程も熟知している。

渡邉氏から見学会の話を聞いた小島氏は即答した。

「実は僕も長崎でも工場や工事現場などの見学会をやりたいと思っていたんですが、なかなか機会がなかった。そんな時に友人の渡邊さんから出島表門橋の見学ツアーをやりたいと聞き、ぜひやりましょうと言ったんです」(小島氏)

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▲小島氏の写真が使用された見学会告知資料

見学ツアーは大盛況

出島ベースは2016年11月初旬に見学ツアーの募集を開始。告知・募集は出島ベースのFacebookページのみだったにも関わらず、当初の募集定員である30名を遥かに越える80名の応募があった。折角の機会だから1人でも多くの人に見てもらいたいと急遽定員を約2倍の64名まで増やし、抽選とした。

快晴に恵まれた2017年1月28日の見学会当日。当選した幸運な参加者たちは、出島対岸の公園整備工事現場に集合。大勢の参加者が笑顔で出島ポーズを決めた人々の写真で埋め尽くされた仮囲いを興味深げに眺めていた。

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▲川を挟んで左側が江戸町、右側が出島。ここに130年ぶりに橋が架かる

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▲出島対岸では公園整備工事が着々と進められていた

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▲集合場所の工事現場に続々と現れる参加者

11時過ぎ、受付終了後、参加者で満席となったバスで大島造船所へ。車中では主催者側の挨拶の後、参加者全員の自己紹介が行われた。参加者の3分の1は山形、東京、神奈川、大阪、高知、熊本、佐賀など長崎県外からの参加で、このプロジェクトに対する関心の高さがうかがえた。半数近くを占めていた長崎市民はやはり自分が生まれ育った土地で進行している歴史的プロジェクトへの興味から参加したという人が目立った。次に多かったのが土木・建築関係の技術者や大学生。その他長崎放送のアナウンサー、地域起こし協力隊員、ドイツ人留学生、漫画家、ライターなど、さまざまな年齢、職業の人たちが参加した。車中では渡邉氏から今回のプロジェクトの解説や橋の設計に懸ける思いなどの話があり、参加者たちは熱心に耳を傾けていた。

お昼頃、大島造船所に到着。小島氏の発案で大島造船所名物・造船所カレーの昼食を取った後、バスに乗り込み、造船所内を見学。普段目にすることのできない巨大な船の建造シーンや運搬車などに参加者は大興奮。バス車中は大いに盛り上がった。

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▲バス車中では大島造船所の松山さんが詳しく解説。より理解が深まった

一通りバス車中から造船所内を見学した後、いよいよ出島表門橋が展示された建屋に到着。骨組みが完成したばかりの全長38.5mの橋を至近距離で、なおかつ下から見上げることのできる唯一の機会とあって、バスを降りた参加者は巨大な橋に近寄り、様々な方向から思い思いのアングルで熱心に写真を撮影したり、触れたりしていた。中には一箇所を凝視する参加者や渡邉氏を質問責めにする参加者の姿も。

たっぷり2時間、橋を間近で見学した後、再びバスで出島へ。帰りのバス車中は興奮覚めやらぬ参加者の熱気で包まれていたのが印象的だった。出島ベースが主催した初の出島表門橋現場見学会は大好評のうちに無事終了した。

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▲思わず息を呑むような美しさと力強さが同居した出島表門橋

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▲下にカーブしている箇所がテコの原理の支点になる所(※橋の構造については前編を参照)

見学会を終えて

渡邉氏とともにこの見学ツアーを企画し、橋の制作現場の写真提供やPRを担当した小島氏は「この橋の美しさは感動的でした。しかもこの橋のおもしろいのは構造だけでなく、その“在り方”。出島に新しく架かる橋として過度な自己主張をせず風景に溶け込む橋として設計されているのです。もちろん近寄って橋だけ見てもちゃんと強い主張はある。この橋が出島に架かる日が楽しみですね」と語った。

渡邉氏もこの見学会には満足した様子だった。

「今回、ご参加いただいた方々は年齢、職業などすごくバラエティに富んでいました。橋って場所と場所をつなぐものですが、この橋がいろんな人と人をつなぐきっかけになればうれしいですよね。また、このような見学会は人々に純粋に橋を見て楽しんでもらうというものなので、みなさんが橋の周りに集まって、いろんな角度で写真を撮ったり、まじまじ見ていたのを眺めていると喜びが湧き上がってきました。いろんな人から質問されたのもうれしかったです。やっぱり設計者としては、みなさんに受け入れられるものを作りたいですからね。僕らとしてはこの橋のデザインが建築界などで高く評価されるよりも、いろんな人たちの記憶の中に残る方がうれしいんです。そういう意味でもこういう見学会ってすごく有意義だし、開催してよかったと思います」

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▲参加者たちは満面の笑みで「出島ポーズ」を決めている

お祭りの総決算

そしてこの渡邉氏らが仕掛ける「お祭りごと」にするための集大成が、2月27日に開催される「出島表門橋一括架橋イベント─架けるを、楽しむ─」である。

「我々は出島築造381年という歴史的な流れの中で架かる新しい橋を、長崎市民のみなさんと一緒に迎えたいという思いから、『架けるを、楽しむ』を企画しました。最後にこの橋を出島に迎え入れ、架かったときに、長崎の町の人たちがこの橋が架かったということを楽しんでくれて、記憶として残してくれたら、この橋がその後の時代を経ていく上でもきっとプラスになると思うんです。ぜひ多くの人に見に来てほしいですね」(渡邉氏)

江戸時代、出島に橋が架っていた同じ場所に130年の時を超えて再び現代の橋が架かる。ヨーロッパの技術と日本の長崎が持つ技術が合わさることによって完成した新しい橋が。歴史的瞬間はすぐそこまで迫っている。

【前編】<「2つの壁」を乗り越え、“出島”に再び橋を架けろ!――出島表門橋架橋プロジェクト・渡邉竜一氏たちの挑戦>はこちら

【イベント詳細】

・日時:2017年2月27日(月)8:30~12:00

・場所:出島和蘭商館跡 見学スペース内 特設会場

・入場:無料・事前申込不要

・コーヒー、カステラ付き

・先着限定200名様に架橋記念プレート配布予定

※詳しくはFacebookの出島ベースのイベントページを参照

文/写真:山下久猛 写真提供:渡邉竜一

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