モノづくりエンジニアの魂が、現場を熱くする <第3回>

富士重工業、日本電気、JFEスチール★開発の舞台裏

逆境の日本において、自分の信念に従い、世界に影響を与える「モノづくり」をしているエンジニアたちがいる。そんな「技術者魂で現場を熱くする」エンジニアを紹介するシリーズの3回目。今回は富士重工業、日本電気、JFEスチールの3人だ。

2012年5月9日

バトンを渡せ!ブレーキなしでクルマを止める「EyeSight(ver.2)」
――富士重工業株式会社

「ステカメ」から始まった、人命を守るためのバトン

富士重工業

スバル技術本部
電子商品設計部 主査
関口 守氏

富士重工業

TOKIOの山口達也がハンドルを握るスバルのCM。「すげえぞ、これ!」と彼に言わせたのは、ブレーキを踏むことなく障害物の直前でピタッと停止する先進の安全運転支援システム、「EyeSight(ver.2)」だ。その完成までには20年以上の苦難があった。

1994年ごろ、「ステカメ」を商品化する話が急浮上した。「ステカメ」とは「ステレオカメラ」の略。後の「EyeSight」である。当時研究所にいた関口守氏は、商品化・量産化を前提とした開発チームに異動した。
「研究所の開発陣とは何度も本気でケンカしました。それだけ僕は、『目』という人間が行動を起こすための外界認識手段に最も近いこのシステムの、ポテンシャルを信じていたのです」
「ステカメ」の開発は1989年のスタート。しかしCPUも周辺デバイスも十分な性能ではなく、不況のせいもあって「中止!」の声が何度も飛んだ。その荒波の中で時には潜り、時には闘って、エンジニアからエンジニアへと技術のバトンが渡されていった。

そして数年後、研究所に戻った関口氏は新しいプロジェクトに取り組んでいた。「ステカメ」を軸にした次世代の自律型運転支援システムの開発と、さらにその先にあるインフラ協調システムの開発だ。関口氏らの努力は2003年夏、一定の形で結実する。その時点での先端技術を結集した、理想に近い自律自動運転の研究車両をつくり上げたのだ。その名は「IVX」(Intelligent Vehicle X)。

自動車会社が背負うべき原罪を、テクノロジーで解決する

「IVX」は「ステカメ」とミリ波レーダーで障害物を認識し、高精度のGPSにより経路誘導を行う、「全部入り」システムだ。テストコースでプレゼンが行われ、社内の上層部やメディア関係者がずらりと並んだ。
「さすがに緊張しましたね。念のためにドライバーは乗りますが、運転には介入せずにステアリング、アクセル、ブレーキのすべてが自動化ですから、『頼むぜ。事故るなよ…』と祈りました」
結果は成功。しかしそれは、テストコースという外乱のない理想的な世界でのこと。関口氏はほっとしながらも「道は長いな」と感じていた。

そして2009年2月、東京のお台場には自動車メーカー各社の実験車両が並んでいた。業界全体の実証実験だ。交差点に設置された装置が情報を発信、1台のクルマが周囲のクルマや道路と会話しながら状況を把握し、事故になりそうな事態を予測してドライバーに知らせる。その上で各車は独自の事故防止支援システムで目前に迫ったピンチを回避する。「事故ゼロ」の理想に向けた試みだった。

「僕は事故から人を守りたい。人の幸せを守りたい。それは志なんてもんじゃなく、自動車会社が自動車をつくる限り、背負うべき原罪だからです。テクノロジーで解決すべき責務です」
「EyeSight(ver.2)」を搭載したレガシィは2010年5月に発売され、目標搭載台数の4倍を超える売れ行きでスタートを切った。

富士重工業
富士重工業

逃げない!携帯電話を変えた0.09mmの圧電フィルムスピーカ
――日本電気株式会社

世界最薄スピーカで、世界最薄の携帯電話をつくりたい

日本電気

システム実装研究所
主任研究員
佐々木康弘氏

日本電気

携帯電話の着メロや音楽をきれいに再生できる超薄型の圧電フィルムスピーカ。厚さは従来の3分の1以下という0.9mmだ。このデバイスが携帯電話の常識と歴史を変え、パソコンなど他製品にも導入が広がった。実現には17年が必要だった。

2002年11月、佐々木康弘氏は携帯電話事業部の開発責任者、高師氏に直談判をしていた。
「世界でいちばん薄い携帯電話をつくりましょう。搭載スピーカを1mm以下まで薄くできる圧電セラミックス技術と振動音響設計技術を見出しました、投資をお願いできませんか」
10年以上にわたる基礎研究を経ての確信だったが、高師氏はうなずかない。携帯電話事業部はパーツではなくプロダクトをつくる部門。部品のデバイスは部品メーカーから調達すればいい。
「しかし、製品の差別化はいつだってデバイスの差別化から生まれます。私にはキーとなるデバイスは自前でつくるべしという信念がありました」

佐々木氏が愚直に想いをぶつけ続けると、最後に高師氏が唸った。
「商品化するまで逃げずに、24時間オレたちと戦ってくれるか?それならオレが工場を用意してやる」
2003年4月。原型開発と原理実証の日々が始まった。目指すは音質、音量、衝撃耐久性すべての実用性を満足させる、世界最薄の圧電セラミックススピーカ。自称「圧電フィルムスピーカ」だ。しかし、数々の困難が立ちはだかった。「濁音を生じやすい」「高音が出すぎる」「落下などの衝撃に弱い」…。

おまえが逃げなかったから、オレも逃げられないと思った

こうした声の中、佐々木氏は毎日のように試作品を作って事業部側へ持ち込み、音響責任者と一緒に評価した。
「2000個、あるいは3000個作ったでしょうか。その甲斐があってか2005年12月、ようやく事業部側の最終テストにこぎつけました。これにパスすれば商品設計と量産化に入ります」
テストはある金曜に埼玉工場で実施された。山形の米沢工場にいた佐々木氏の携帯電話が鳴り、「衝撃耐久性に疑問を感じる。埼玉に来られるか?」。

山形新幹線に乗った佐々木氏は埼玉工場に向かった。疲労困憊していた彼は体が重く、気分も重かったという。埼玉工場内の空気も重いだろうと扉をひらいて中へ入ると、一斉に明るい声がふりかかってきた。「佐々木が来たぞ!」「これで鬼に金棒だな!」。
佐々木氏は徹夜で問題の解決に当たり、再テストをパスさせた。以後このプロジェクトは社外を含め100名が動員されるビッグプロジェクトになってゆく…。

2007年2月、NECの世界最薄折りたたみ携帯電話がリリースされた。その中に、世界最薄の「影の主役」が入っていたことを知る人は少ない。
「あの時の仲間たちとは、今でも年に1回は集まって飲みます。そして世のオジさんたちの習性どおり、何度も同じ話を繰り返します(笑)。高師さんもいつもこう言うんです。『おまえ、逃げなかったよな。だからオレも逃げられないと思った』」
2011年、佐々木氏は文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞した。

日本電気
日本電気

ひっくり返せ!生産量の記録を更新したカリフォルニアの製鉄所
――JFEスチール株式会社

携帯が鳴れば現場に急行、メンバー60人の態度が変わった

JFEスチール

西日本製鉄所(倉敷地区)設備部
開発・設計室長
田中伸治氏

JFEスチール

ロサンゼルスから東へ約100kmの町、フォンタナ。ここにあるJFEスチール米国子会社の製鉄所「カリフォルニアスチールインダストリー」(CSI)は、生産量の新記録を続々と更新し、収益を驚異的に上げた実績を持つ。そのきっかけはひとりのエンジニアだった。

2001年7月、田中伸治氏はこの製鉄所の熱間圧延工場へ、保全マネージャーとして赴任した。組織のメンバー約60名中日本人はゼロ。ちなみに英語力も自信ゼロ。着いた初日に機械・電気設備チームのメンバーたちと会って握手、ハグ…しかし彼らの目は笑っていなかった。
「私の任務は工場の稼働率を上げ、生産量を増やすこと。彼らからすれば、日本の親会社から送り込まれた監視役に見えたのでしょう」

工場設備のトラブルが起こるたびに、田中氏の携帯電話が鳴った。メンバーが話す内容は全く聞き取れなかったが、田中氏は会社にいるときはもちろん、夜中でも、休日でも、携帯電話が鳴ったら現場へ急いだ。この行動を半年程貫いてゆくうちに、思わぬ効果が生まれ出した。ロッキーという、田中氏よりもはるかに年長の現場のリーダーが後にこう語ったという。
「ああやっていつも現場に来る日本人には初めて会った。あんたとはうまくやっていけると思ったぜ」

赴任約1年後には田中氏の英語力も上がり、あるとき、装置やパーツが壊れたときの対処法を説明した。新品と取り換えてただ捨てるのではなく、ひっくり返して裏側から見たり、バラして中をチェックして原因を調べることが、次回のトラブル防止策にもつながるという話だ。
「大切なのは…ターン・オーバー・エブリ・タートルの精神だ!」
メンバーたちがいつも巨体を揺らして亀のようにノソノソと歩くイメージと、伝えたい内容とが混じり合い、思わず「1匹1匹、亀をひっくり返せ」と言ってしまったのだ…。

試練の年を超えてV字回復、送別会のプレゼントとは?

2002年、赴任2年目は試練の年となった。例えばスピンドルのトラブル。圧延機では、スラブと呼ばれる鋼板を2つのロールで挟み込んで送り出してゆく。このロールをモーターで駆動するきわめて重要な装置をスピンドルというが、これが折れる現象が頻発した。徹夜がかりで取り替えても、数日後にまた同じところが折れる。

しかし、メンバー全員が一致団結してさまざまな観点から調査を重ねた結果、田中氏の赴任半年前のリフレッシュ工事による影響と判明した。操業条件が変わっていたので圧延機にかかる荷重が増大し、スピンドルの強度を2倍に上げなければもたない状況になっていたのだ。原因を究明できれば対応はできる。
2003年以降は状況が一気に好転した。設備故障の減少により生産量の新記録を続々と更新し、収益も驚異的に上昇。メンバーたちの意識も変化し、自分で課題を発掘して、周囲に働きかけるようになっていた。

2004年10月、田中氏の帰国が決定。その数週間前にメンバーが開いてくれた送別会では、皆からプレゼントが渡されたという。そして、ロッキーが歩み出た。
「オレからもあるぜ。とってもスペシャルなやつがな」。
「いささか無骨な感じがする手作りの木製の額縁の中に、折れたスピンドルのミニチュア版が収められていました。額には"To SHINJI"と書いてあり、もう1行がこう書き込まれていました」
"Turn over every turtle !"

JFEスチール
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